【消したい過去】
ディーノはふらふらになりながらも城の中へと侵入した。
「ディ、ディーノ様? そのお怪我は」
「ど、どいてくれ……」
「は、はい」
そんなディーノの様子を見て場内の兵士たちが声をかけるがディーノはそれを無視して進んだ。兵士達もディーノの鬼気迫る表情を見て何も言うことができなかったのだ。
ディーノ達が王と敵対した事を知っているのは城内でも王と彼を擁護する王族、そしてディーノを拘束した王直属の兵士数人だけである。
つまり今この城内においては未だディーノが怪我している原因を知っているものは殆どいない。
「……はぁっ、はぁっはぁ」
(くそっ、目が霞む。視界が安定しない。動け、足!)
「ディ、ディーノ様っ? 王は今面会の時間ではありませんが……」
「くっ、いいからどけっ!」
「うわっ」
ディーノは王の間へ続く扉を見張っていた兵士を突き飛ばし、中へと入った。
「なんだ? 今余は面会を許しておらぬ――っ!?」
王はディーノの姿を見て目を見開いて驚く。
「はぁ……はぁ。随分と驚いてるじゃないか、王様」
ディーノは肩で息をしながらも口元を歪ませてそう言った。
「な、何故だ……貴公は殺した筈。何故生きているっ!」
「地獄から……地獄から戻ってきてやったぞ……王ォォオオオ!!」
「こ、近衛兵! そいつを取り押さえろっ!」
「は、はっ!」
王に向かって走り出したディーノを近衛兵達が行く手を阻む。
「君達が僕に勝てると思ってるのか! ライトスピア!」
「ぐぁっ!」
ディーノは手から無数の光の槍を出現させそれを近衛兵に突き刺した。そして動きが止まった彼らをディーノは剣で斬り伏せていく。
「手負い相手に何をしてるっ! 早くそいつを仕留めろ!」
王は冷や汗混じりに近衛兵達にそう指示するが、ディーノは止まらない。
そのままディーノは近衛兵をなぎ倒し、遂に王の前へと辿り着いた。
「や、やめてくれ。殺そうとしたのは悪かった。だから――」
「慈悲は無い!」
彼は返り血で赤く染まった剣を王へと振り下ろす。
「ひぃっ!」
「死ねぇっ!」
だがその剣は、王へは届かなかった。
剣は王に届く直前、一瞬で王守るようにして現れた盾に防がれていたのだ。
そして、その盾を持っていたのは他ならぬディーノの仲間、武闘家レイだった。
「レイっ!? 何故邪魔をする! そこをどけぇ!」
「……ぐぅ。悪いけど私にも守らなきゃいけないものがある……!」
「貴公は! 武闘家。ははは! いいぞ! そのまま余を守れ!」
「くそがっ!」
盾を弾き飛ばせないと判断したディーノは盾から少し離れた。
「はぁ……はぁ。レイ! そいつは僕の愛する人達の命を奪った奴なんだぞ! 君が守る必要なんてない!」
「わかってる……! 私だって家族を人質に取られてるから……!」
「そうだ! 貴公が余を守りきれなければすぐに貴公の家族の首が晒されるぞ!」
王は下卑た笑みを浮かべてそう言った。
「なっ……! そういうことか。どこまでも汚い……!」
「だからディーノ……お願いここは逃げて。私は今の貴方なら、殺せてしまう……!」
「何を言っている武闘家! そいつを殺せ! 殺すのだ!」
ディーノは既に満身創痍だった。目は霞み、足はふらつき体全体は重い。今、立って剣を振るっているのも奇跡に近かった。
もはや今、レイに挑んでも返り討ちにあうことは明白だった。
しかし――ディーノは剣を振るった。
「うおおおおおおっ!」
「馬鹿っ……! 神体促進……!」
「ぐぁっ」
レイは盾をディーノに放り投げた。ディーノはそれをなんとか避けるが、盾を陽動に使ったレイは強化された足で、死角からディーノを蹴り飛ばす。
ディーノは無残にも吹き飛び、そのまま壁に激突すると壁を突き破った。崩れた瓦礫がディーノに落ちる。
「いいぞ! そのまま殺れ! 殺ってしまえ!」
王が命ずるままにレイは転がっていったディーノの元へと向かう。
ディーノは口から血を吐き、もはや立つことすらままならなくなっていた。
「殺す……あ、あいつ……は僕が、殺す……んだ」
「ディーノ……」
ディーノはこの極限の状態においても復讐に取り憑かれている。かつての彼の面影が無くなっている様子を目にして、レイの目からは涙が溢れていた。
「ヤヨイ……いるんでしょう、ヤヨイ」
レイがそう呼びかけると、崩れた壁の反対側からヤヨイが現れた。
そのまま彼女は崩れた瓦礫に寄りかかっているディーノに近寄る。
「ディーノ君、こんなに傷だらけになって……!」
「ヤ、ヤヨイか……君も、僕の復讐の邪魔をするのか……」
「巡再生」
ヤヨイはディーノに回復魔法をかけた。ディーノの傷は治っていく。
「やはり……尋常ならざる傷です。これが死を回避するということなのですか。回復魔法じゃ表面上は治せても、壊れた身体は治すことが出来ない」
ディーノは一度死を回避する為に聖剣によって復活した。しかしその代償としてもはや二度と戦うことができない体となっていた。
「はぁ、はぁ……ヤ、ヤヨイ。ありがとう。これで、あいつを……殺せる……!」
「ディーノ君……こんな体で戦っては駄目です。貴方の体はもう、戦うことなど……」
「賢者、貴公! 何故其奴に回復魔法をかけている! 貴公の家族がどうなってもいいのか!?」
「う……!」
王のその言葉にヤヨイの手は思わず止まる。
「ディーノ、逃げて……早く」
レイはディーノに懇願するようにそう呟いた。
「そうです! 早くしないと……このままでは貴方は死んでしまいます……!」
ヤヨイもそう続ける。
だがディーノの目は彼女達を捉えておらず、ただただ王を見ていた。
「どけ……殺してやる……殺して……やる!」
「もう私達の声が、聞こえてない……」
レイは見たことも無いディーノのその姿に戦慄していた。そしてヤヨイは何か苦悶の表情を浮かべた後、意を決したかのようにディーノに向かって手のひらを向ける。
「ヤヨイ……?」
レイは思わず、ヤヨイに呼びかける。
「もう、この手しかありません……ディーノ君に催眠魔法をかけて、この場から逃げ出す暗示をかけます」
「駄目……! そんな事したらヤヨイはただじゃ済まされない……! それに家族も……!」
そう、ここでディーノを逃せば明確な王への命令違反となる。それはすなわち人質に取られているヤヨイの家族の命も危うくなるという事だ。
「でもこれしかないんです! 私は、私にはディーノ君を殺すなんてできない……! 私にとって、ディーノ君はかけがえのない――」
(そう、たとえ彼の目には私が映っていなかったとしても……!)
「かけがえのない人なんです! 回復属性、位階極! 女神の子守唄!」
「うぁっ……!」
(さよなら、ディーノ君――)
ヤヨイが向けた手のひらからはまばゆい光が発された。
しばらくして光が晴れると、そこには既にディーノの姿はなかった。
ディーノがいない事が分かると、王は激昂した。
「賢者! 貴公これはどういう事だ!」
だがヤヨイの顔に後悔の色はなかった。
一方その頃城から脱出したディーノは、木に寄りかかっているラゲルを担ぐと、そのまま走り出した。
「お、おいっ、ディーノ! 王はどうなったんだ! 仇はうてたのか!」
「帰るんだ……帰る。家に帰るんだ」
「ディーノ!? おいディーノ!」
ラゲルの呼びかけにも応じず、ディーノは城から離れてもただ歩き続けた。
そしてディーノは重傷のまま数時間歩き、深夜ではあったが彼らは辿り着いた。
「嘘だろおい、ここは……」
ラゲルはその先の言葉が出なかった。
そして、ディーノは辿り着くとともに糸が途切れるかのように意識を取り戻した。
「こ、ここは……?」
「ディーノ……目覚ましやがったか」
「ラゲル? そ、そうだ。僕はヤヨイに催眠魔法をかけられて……ここまで歩いて。ただ村へ、ローグディンに帰ってこようとした……」
「そうみたいだな……」
「ねぇ……嘘だよねラゲル? ここが、ローグディン? な、何も、何もないじゃないか……」
「……ディーノ」
彼らはローグディン“だった”場所に辿り着いた。
「う、あぁ……」
ディーノは声にならない叫び声をあげる。
そこには瓦礫の山しかなく、村の面影はなかった。
あたりにはまだ惨殺による血痕が残っていた。だが死体は全て王国が処理していたためあたりには見当たらなかった。
「う、嘘だ……嘘だ。レオナ……レオナ……!」
ディーノは、ふらふらとレオナが住んでいた家があった場所に行くと瓦礫の山にふとあるものを見つけた。
「うぅ……! うううぅ!」
つい先日、結婚式でレオナの家族達とディーノの家族達を絵描きに描いてもらった絵だった。隣にはレオナの家族だけの絵もある。
「うああああああああぁ!」
ディーノはそれを懐に抱いて、ただただ泣いた。彼の慟哭は何もない瓦礫の山にただ虚しく響いた。
その後、ディーノ達はある場所でゼロと出会い、身体を回復させる事につとめた。
彼らの傷は深く、ラゲルは1年でなんとか回復したがディーノは5年かかった。
ディーノは身体を休めながらも“銀の槍”を成立。王族に恨みを持つ魔族達も纏め上げ、新生魔王として君臨した。
♦︎
「――ここまで、長かった」
時は戻り今、ディーノの剣は王の喉元に触れていた。彼はマサトをラゲルに任せ、王がいる部屋へと入り、兵士達を一瞬に肉塊へと変えた後王に剣を突き立てた。
王は、汗が止まらずに吹き出していた。
「ま、待て。話せばわかる。ディーノ! 余は国のためを思って!」
「その薄汚い口を閉じろ!」
「うぎゃあああああ!」
ディーノは王の口元を剣で切った。王は頬が切れ、大量に出血していた。
「お前の自分勝手な思いで、いったいどれだけ罪のない人や魔族の命を奪ったんだ」
「ご、ごめんなひゃい。許ひてくだひゃい」
「お前はそう言われて許してきたのかっ!」
「うぎゃあああああ!」
ディーノは王の太ももに剣を突き刺した。聖剣ヴィクティムの刀身が赤く染まる。
「ごめんなひゃい、ゆるひてくだひゃい。なんでもひまふゅ」
王は小便を漏らし涙を流しながら土下座をした。そして赦しを乞うかのようにディーノを見つめるが、ディーノはそれを無表情で見つめていた。
「なぁ、お前はどこを刺せば1番苦しむんだ? ここか? ここか!? それともここか!」
「ぎゃあああああっ!」
ディーノは王の体を次々と死なない程度に剣で切り刻んでいく。
「なぁおい……レオナに、母さんに、父さんに村のみんなに! 返してくれよ! みんなを! 返してくれよ!」
「うぁぁぁ……! や、やめてくれぇ。ディーノ……こ、ここんな事はお前の親や婚約者も望んでない筈だっ。そうだ、復讐なんて誰もお前にして欲しくなんか――ぐああっ!」
王が言い終える前に、ディーノは王を斬る。
彼の顔は修羅のものとなっていた。
「こんな事は……望んでないだと!? ふざけるなっ! 理不尽に殺されて! 理不尽に家族を奪われて! そんな相手に復讐しなくていいなどと、みんなは言ったりしない! 侮辱するなぁ!」
「ひぃっ!」
「……あの時の関係者は全員殺した。残るはお前だけだ……」
「や、やはり騎士団達の謎の変死は全部貴公によるものだったのか……」
「ああ。僕は復讐を完遂する」
そう言ってディーノは剣を振りかぶる。
王は血だらけの体で尚も逃げようともがいていた。
「ま、待ってくれ。どうだ、王族にしてやってもいいぞ。そうだ、リリィの! 我が娘の婿にどうだ? そしたら貴公は次期王だそれなら――」
「レオナの代わりなどいはしないっ! いないんだっ……!」
「許してくれ、許してくれぇ……!」
王の一言一言が逆にディーノを逆なでしていった。ディーノは叩きつけるように王に叫ぶ。
「何よりお前は、僕のっ! この世で最も大事な人の命を奪った! 到底許せるわけがない!」
ディーノの脳裏にはレオナとの日々が蘇る。気づけばディーノの眼帯をした右目からは涙が流れていた。
「……レオナを僕から奪った。それがお前の――“消せない罪”だ……死ね」
「待っ――」
ディーノは剣で王の心臓を貫いた。
王は何をするわけでもなく、その場で事切れた。
「レオナ……終わったよ」
ディーノは懐から出した結婚式の絵を見て、ポツリとそう呟いた。
これにてこの章は終わりです。
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