【勇者⑤】
ディーノは帰還して1ヶ月が経った頃、ヤヨイに言った事を現実にするために動き始めた。それに伴い王にも計画を話す。
「――という事でございます。いかがでしょうか」
「魔法学園に、プロ勇者制度か……他ならぬ貴公の頼みだ。断る理由はあるまい」
「有り難く!」
そうして許可を貰ったディーノは嬉々として部屋から立ち去っていった。
だが、ディーノが去っていった後の王の表情は険しいものに変わっていた。
「ディーノめ。厄介な……」
王は悩んでいた。というのも、ディーノは魔王討伐して以来、勇者として国中どこでも歓迎されている。
そしてそれは、もはや王の知名度や支持を遥かに超えるものとなっているのが事実である。すなわち、この国には事実上力を持つものが王族と勇者達一行の2つ存在してしまったという事だ。
これは既に王族達の間で問題となっていて、このままでは勇者達に国を乗っ取られる、という意見や魔王より強い人間を自由にしてていいのか、という意見が出ているのだ。
勇者の力は絶大だ。それは他国への牽制にもなる最強の武器と言える。だがそれはそのまま自国が乗っ取られる危険性も孕んでいる。
そこに来て魔法学園やプロ勇者制度というものを導入されると益々ディーノ達の権力は高まる。
だが英雄達からの頼みを断るというのは体裁上出来ない。
それをディーノ達が計算ずくで行なっているかどうかはまだわからないとしても王にとっては充分脅威だった。
王は、人を信用しない。今まで数多くの人間が富と名声の前に信念を曲げて王の地位を狙ってきたからだ。それは勇者達も例外ではない。
(人外の力を持つ奴らをこのまま放っておくわけにはいかん……)
王は、勇者達への黒い考えを自分の奥底にしまっていた。
一方ディーノは魔法学園を設置するにあたって、国中を周り優秀そうな人材がいないかを探していた。
その頃に出会ったのが15歳のクレアである。その際、他にも優秀な人材を見つけてはスカウトしていた。
そうしてディーノは魔法学園への人材の確保やプロ勇者の宣伝などを行なっていた。
そんな事をしつつ、遂に彼は人生における重要な日を迎えた。
「綺麗だ……レオナ」
ディーノは純白のドレスを着たレオナに対してそう言った。
この日、ローグディンの村ではひっそりと結婚式が挙げられていた。
参列しているのは彼らの両親とディーノ達を小さい頃からずっと見てきているローグディンの村の住人。そして苦楽を共にしてきたパーティのメンバー達だった。
今日、結婚式が行われる事は彼ら以外には言っていなかった。不要な混乱を招く恐れがあるためなのと、村の住人達に肩身の狭い思いをさせてしまいそうだという理由からである。
「本当にここで良かったのかい?」
「ええ、ここが、私達の村が良いのよ」
レオナは笑顔でそう答える。
勿論、王都で世界一豪勢な結婚式を挙げることもできた。しかし彼らが結婚式を挙げている場所はローグディンの村の広場だ。特に何もなく子供達が遊んだりするだけの場所だが、レオナがこの村が良いと選んだのだった。
「ふふ……確かに。僕達の村だもんね」
「そうよ。私達が生まれ育った、優しい村」
そう言って、レオナは周りを見渡す。村の住人達はみんな暖かい笑顔で彼らを見つめていた。
「じゃあテンタおじさん、じゃなかった。神父様お願いします」
「おいおい、全くしまらねえなお前らは」
レオナは前にいる神父の格好をしたテンタと呼ばれるおじさんにそう頼んだ。彼はラゲルの親であり村の村長だ。ディーノ達の事も昔からよく見ていた。
(こいつらも……立派になりがったなぁ)
そんな事を彼は心の中で考えていると、ふと彼の目からは涙がこぼれた。
「おいおい、親父! 神父のくせに泣いてんじゃねえよ!」
「るせぇ! ラゲル! お前もさっさと嫁さん探せ!」
ラゲルの野次にテンタは怒鳴る。そんないつもの風景を見て、村人達は声を出して笑った。
「す、すまんな。じゃあ気を取り直して。ディーノよ。汝、病める時も健やかなる時も――」
テンタが誓いの言葉を読み始めたのを見て、ラゲルは隣にいるヤヨイに話しかけた。
「ヤヨイ、お前が神父やった方が良かったんじゃねえの? お前賢者だし」
ラゲルのその問いにヤヨイは切なそうな表情で答えた。
「いえいえ、やはりレオナさんにも馴染みがある人でないと……それに……」
「それに? それになんだよ」
「いいえ、別になんでもありません」
「ふーん」
(それに……彼らのあんなに幸せそうな顔を間近で見たら、心が保てそうにありません)
ヤヨイは俯いてそんな事を考えていた。ラゲルはそんな彼女を見て何かを悟ったのか、あっけらかんとした態度でこう言った。
「まぁ元気出せよ。俺なんて6歳の頃から想ってたんだぜ。けどあいつらには幸せになってもらいてぇや」
「ラゲル……そうですか。あなたも」
「……2人でくっつけば?」
ヤヨイの横にいた、背の小さい女性。“武闘家レイ”がそんな風に口を挟んだ。
するとラゲルとヤヨイはほぼ同時に反応した。
「それは無い」
レイはそれを聞いて「ま、わかってたけど」と言って笑った。そしてラゲル達も笑った。
「――誓いますか?」
「誓います」
彼らがそんな話をしていると、いつのまにか誓いの言葉はレオナの番も終わっていた。
「では、誓いの口づけを」
神父によってそう言われると、ディーノ達は互いに見つめ合う。
「ディーノ、夢じゃないのね」
「夢じゃないさ。勇者ごっこも……夢じゃなかった」
「ふふ、そうね。けど勇者はラゲルじゃなくてあなただったわ」
「僕にとって、僕が勇者なら仲間は皆勇者さ。それに、そんな事を言ったら君なんか魔王役だったじゃないか」
「確かにそうだわ。さて、勇者殿、この魔王を倒せるかな?」
「ちょっと難しいかもね」
そう言ってディーノとレオナは口づけをした。あたりからは歓声と拍手が聞こえる。
その後、式は滞りなく進み、最後はちょっとした宴会のようになっていた。
「おーいディーノ。絵師さんに来てもらったから書いてもらおう」
レオナの父親がディーノをそう呼んだ。
「はーい。父さんと母さんもほら行こう」
ディーノが両親を呼び、レオナ達の家族の元へと向かう。
「ラゲル君や、パーティのみんなも呼ぼうじゃないか。ご利益あるよきっと」
レオナの母親がそう言った。
そうこうしてディーノ家とレオナ家、そしてラゲルとヤヨイとレイ全員集合した絵を絵師は描いた。
時間はかかったが、絵は完成しレオナに渡された。彼女はそれを見て涙を流しながら嬉しそうに笑う。
「私こんなに幸せだと思った事はないわ」
「僕もだよ」
「ふふ、ディーノ。ずっと一緒にいようね」
「ああ、僕の命を君に捧げる」
「大好きよ、ディーノ」
「大好きだ、レオナ」
そのまま宴は続き、村人達は大いに楽しんだ。泣いて、笑って、村全体に幸せが広がっていた。
そして、この日のこの幸せがローグディンの村にとって最後のものになるのだった。