【勇者④】
ディーノ達は王都に帰還すると国民達から大歓声を受けた。
そのままディーノ達は城に入り、王と対面する。彼は死闘の末に魔王を打ち滅ぼした事を報告した。城内は歓喜に包まれた。
「よくぞ、やってくれたディーノ。貴公こそ真の勇者よ」
「は、勿体無き御言葉でございます」
「ラゲル、レイ、ヤヨイ。貴公らも正に英雄よ。大儀であった」
「有難く存じます」
ヤヨイがそう言ってこうべを垂れた。他の2人もそれに続く。
「今日は旅の疲れを癒してくれ。最上級のもてなしをしてある」
王はそう言って、ディーノ達を下がらせた。
王のいうとおり、ディーノ達を待っていたのは最上級のもてなしと言って余りあるものだった。
王族しか入れない部屋を1人ひとつあてがわれ、更に1人につき2人の従士を選べる。この従士は国内でも随一の容姿を持つ美女と美男子で編成されており、全てにおいて雑務をしてくれる存在であり、頼めば何でもやってもらえる。
料理は世界中から集めた最高級の物をそれに見合った腕を持つ料理人が調理をし振る舞った。
その他にも様々な最高級サービスをディーノ達は受け、その日を終えた。
次の日になり、国を挙げての勇者達の帰還パーティは一週間かかるとの事でディーノ達は自由に行動していいと通達された。
勿論ディーノとラゲルが向かったのは故郷である“ローグディン”である。
「デ、ディーノ? それにラゲル! お、おいお前ら! 勇者様達が帰って来たぞー!」
村の人々はディーノ達の帰還を大いに喜んだ。そして、
「ディ、ディーノ……?」
「レオナ……」
レオナだった。髪は以前よりも伸び、顔は大人びて美しさを増していた。
レオナはすぐにディーノの胸に飛び込んだ。
「ずっと待ってたわ。7年もよ」
「ごめん、少し待たせちゃったね」
「少しどころじゃないわよ、もう。まぁいいわ、帰ってきてくれたから」
「ありがとう」
「そうじゃないでしょう?」
「ん? あぁ、そうだね……ただいま」
「はい、おかえりなさい」
ディーノとラゲルとレオナは実に7年ぶりに再会したのであった。
ディーノ達はひとまず家に帰り、親や家族との再会を果たした。そして夜になって彼らは誰が言うでもなくいつもの基地に集まっていた。
最初に来ていたのはラゲルだった。そのあとディーノがくる。
「やぁ早いねラゲル」
「まぁな。親父が酒飲みすぎてぶっ倒れてよ。いい歳してよくやるぜ」
「ははは、ラゲルん家らしいね。うちも母さんと父さんが泣いてたよ」
「まぁ、それだけの事をしたからな……昨日のあれ、ディーノのはどうだった?」
ラゲルはニヤニヤしながらディーノにそう訊いた。ディーノは何が何やらわかっていない様子だ。
「あれって?」
「あれだよ。従士さん、美女が2人もついただろ? どうだったよ。俺はもう朝まで殆ど寝れなかったぜ」
「……そういうことか。それなら確かに僕も誘われたな。夜中はずっと誘われ続けたけどなんとか断ったよ」
「えー、断ったのか。勿体ねえなぁ」
そう、ディーノは昨夜従士の女達にずっと夜の情事を誘われていた。しかも殆ど肌が見えるような服でである。
そもそも従士達はディーノの元に配属されるまでにも途轍もない競争を勝ち上がっていたので、そこでディーノをモノにしないと苦労が報われなかったのだ。
しかしディーノは魔王討伐の旅で培った鋼の精神でそれを全て断った。
「そんなのやってバレたらレオナに殺されちゃうからね」
「そりゃそうだ」
「――あら、私がなんだって?」
「レオナ!」
レオナがディーノ達の背後から現れた。悪い事はしていないのにディーノは思わず驚く。
「まぁなんでもいいだろ。それより久し振りに3人揃ったんだ。積もる話もあるだろ」
「そうねぇ」
ディーノ達はまるで無邪気な子供のように昔や今の話に花を咲かせた。
そして数時間が経ち、話もそろそろ尽きたとの事で解散する事になった。
「じゃあまた明日なー」
「ああ、また明日な」
ラゲルがそう言って家に入っていくのを見送ったあと、ディーノとレオナは2人奇妙な雰囲気に包まれていた。
「ねぇディーノ。可愛い子に誘われてたのに断ったのって……私のため?」
レオナは上目遣いで少し恥ずかしげにそう訊いた。
「聞いてたのか。そうだよ、君がいるのにそんな事できるわけないじゃないか」
「嬉しいっ。私、旅の間にディーノが心変わりしちゃったらどうしようって思ってて」
「そんな事ないよ。それに僕は、そんなに女の子にモテたりしないし」
嘘だった。当たり前だがディーノは勇者なので旅の道中でも様々な女性に言い寄られていた。実は仲間の賢者ヤヨイも密かに想いを寄せている。
不意にレオナは、何かを決心したのか頬を赤らめたままディーノに言う。
「……ねぇディーノ。私の家、来ない?」
「それって……いいの?」
「聞くな馬鹿」
「ご、ごめん」とディーノは謝って、2人はくすくすと笑い合っていた。
その夜、ディーノとレオナは初めて結ばれた。
そして次の日の朝。
「昨日は、お楽しみでしたね」
レオナの母が起きてきたディーノ達に向かってニコニコと笑いながらそう言った。レオナは顔を真っ赤にしていたが、ディーノはすみませんと言いつつ笑っていた。
「ディーノ。お前本当にこんな娘でいいのかぁ?」
「馬鹿っ。勇者様が貰ってくれるって言うんだから変な事言うんじゃないよ、あんた」
「んなこと言ってもなぁ。レオナは不器用だし大変だぞぉ?」
「僕にとっては彼女しかいませんよ」
ディーノはレオナの親とそんな風に談笑しながら過ごした。
そんな時、ふとディーノは棚に飾ってあった絵を見つける。レオナとレオナの両親が描かれている。
みんな笑顔で楽しそうであるのを見て、ディーノも思わず笑みがこぼれた。
「それは私が5歳の時に絵師に描いてもらったものだから、もう17年は経ってるわね」
「へぇ、確かにわんぱくそうなレオナだ」
ディーノは昔のレオナを思い返しつつそんな事を言った。
「今度また描いてもらいましょうよ。次はディーノ君やホープレイ家も入れて。結婚式の絵でも」
「もうっ、気が早いよお母さんっ」
レオナはペチペチと母を叩いてそう言った。
そんな風にしてディーノ達はその後一週間を村で過ごした。
そして勇者の帰還パーティが開かれるため、ディーノ達は再び王都に戻った。
パーティは盛大に開かれた。世界中から一流の人々が訪れ、勇者達にもてなしをした。
城下町でも民衆による祭りが行われ、ディーノ達は民衆達へ正式に魔王を討伐した事を宣言し、場は熱狂の渦に巻き込まれた。
一日中様々な人の相手をして疲れ果てたディーノは熱が冷めない人々達から逃げるように、城の人気のないバルコニーに出た。
そこで夜風に当たっていると、後ろからある人が現れた。ヤヨイだった。彼女はいつもとは違い、ドレスを着ている。
「ヤヨイか」
「はい。今日は、大変でしたね。いろんな方に引っ張りだこで」
「本当だよ。けど君も随分といろんな人に声をかけられてたみたいじゃないか」
「ええ。殿方から求婚のお誘いなどが。やはり名声というものは人を惹きつけますね」
「それで、結婚するのかい?」
ディーノのその問いに、ヤヨイは一瞬期待した。彼が自分に結婚してほしくないのかと思ったからだ。
だがディーノのその純粋な眼差しを見て、それはそんな甘美な話ではなく、ただただ疑問を訊いているだけのことだと悟ったのだった。
(賢者なんて言われても、私も女ですね……)
「いいえ、彼らとは結婚する気はありません。どうも私には高貴な方は合わないようです」
「はは、それは僕もわかるよ。なんだかこっちも気が緩まないからね」
「ディーノ君は……ディーノ君は結婚はしないのですか?」
ヤヨイは精一杯勇気を振り絞ってそう訊いた。
ディーノは、夜空を見上げながらそれに答える。
「……実はね、故郷の幼馴染と結婚するんだ」
「えっ」
覚悟はしていた。覚悟はしていたが、ヤヨイはやはりその言葉を理解できなかった。いや、理解したくなかったのだ。
「魔王討伐の旅に出る前から約束してたんだ」
(胸が痛い……張り裂けそう)
ヤヨイの耳にはディーノの言葉が入ってこなくなっていた。咄嗟に彼女は心臓を右手で抑える。
それを見て異変を感じ取ったディーノがヤヨイに近づき、肩を掴む。
「どうしたんだいヤヨイ。大丈夫?」
(私に触れないで……その優しい手でこれ以上私を困らせないで)
ヤヨイはなんとか気を保とうと意識を振り絞って、ディーノの手を退けた。
「ご、ごめんなさい。もう大丈夫です」
「本当? なら良かった。それにしても7年か、長い旅だったね」
「ええ……本当に」
(この気持ちは、閉まってしまおう。私の中の奥底に。開けてしまったら、壊れてしまうから)
こうしてヤヨイは自分の気持ちに蓋をすることを決めた。
ディーノはそんな事を知る由もなく、今までの思い出を思い起こしていた。
「……ヤヨイはこれからどうするの?」
「私は、医者として人々を救いたいと思います」
「そうか、君らしいや」
「ディーノ君は?」
「僕、僕はね。やっと最近具体的にやる事が決まったんだ。魔法学園とプロ勇者制度っていうのを作ろうと思う」
ヤヨイはその言葉に首をかしげる。
「なんですかそれは」
「この国は生まれが良い子達は騎士学校で魔法を学ぶ事ができるがそうでない子は独学で学ぶしかない。僕とラゲルがそうだったように。誰でも優秀な才能を持つ子なら入れるのが魔法学園さ」
「身分というものが無い学園ですか。あなたらしい素晴らしい考えです。それでプロ勇者というものは?」
「ああ、そっちは勇者を組合のようにして制度化したものを作ろうと思う。今の討伐隊のままだと死人が多すぎるから、階級なんかを作って身の丈にあったクエストなんかを受けれるようにさせたい。まだまだ世は荒れているからね」
ヤヨイは驚いていた。ディーノの考えは根本からこの国を作り変えてしまおうというものだ。その独創性と大胆さに彼女は驚嘆していたのだ。
「流石ですねディーノ。私も手伝いますよ」
「それは有難い」
「けれどあなたがその先に目指すものはなんなのですか? 争いのない平和な世界?」
「……まぁそうだね。けどそんな理想は難しい事はわかってる。ただ一つ、魔族と人間が少しだけでも分かり合えたらなって思ってるよ……」
ディーノは虚空を見つめてそう言った。
ヤヨイはその儚い彼の顔を見て、少しだけ頬を染めた。
「できると、良いですね。魔族と共存。未知の世界です」
「ああ。できるだけ頑張ってみるよ。約束があるからね」
「約束?」
「うん。友達との、約束」
ディーノはその静かな瞳の奥に、燃え盛る大志を抱いていた。