【勇者③】
ディーノの突然の発言にラゲルもレオナも驚いた。
「ば、馬鹿。何言ってんだよお前急に。お前あんだけ戦いたくないとか言ってたじゃねえか」
「今だって戦いたくないさ。けど僕はそれ以上に仲間が、友達が傷つけられるのを見ていられない。昨日実感したんだ、昨日は運良くなんとかなったけど彼らが間抜けじゃなかったら僕らは全員死んでた。そうだろう?」
「それは……」
ラゲルは何も言い返せなかった。彼も心の中でそれを痛いほど痛感していたからだ。
「僕には力が無い。こんなに弱いまま魔物達に襲われたら僕達は成すすべもなく負ける。それだけは嫌なんだ。力をつけて大切な人は、自分の力で守りたい」
そう言ってディーノはレオナの方を見た。その視線にレオナは気づくと、頬を染める。
「た、大切な人って……」
(友達とか仲間とかそういう意味よね? 変な期待しちゃ駄目よね?)
レオナは鼓動が早くなる自分の胸を押さえながらそう思っていた。
ラゲルはそんな2人を見て少しだけ物憂げな表情をした後に、
「お前がそう言うなら俺は止めねえよ。じゃあ俺は先に馬車の中で待ってるぞ」
そう言って頭をかきながら馬車の中に入っていった。残ったのはディーノとレオナの2人だけ。2人は見つめあっていた。
「ディーノ、本当に行っちゃうの……?」
上目遣いでレオナはそう訊く。
親に捨てられる子供のようなその表情にディーノは思わず決心が揺るぎそうになったが、それを必死に断ち切り、
「ああ、もう決めたんだ」
そう言った。
レオナは俯いて、両の拳を握りしめると少しして唐突に顔を上げた。
「ディーノっ! あのっ、あのねっ! 私、私! そのっ――」
「好きだよレオナ」
「へっ?」
ディーノのいきなりの告白にレオナは事態がつかめず素っ頓狂な声を出した。
そして徐々にディーノが言っていた言葉の意味がわかり始めるとボッと顔を真っ赤にしてしまった。
「え、あ、え? あ、あああああのその好きっていうのは」
「友達とかそういう意味じゃないよ。ひとりの女性として、君が好きだ、レオナ」
「嘘っだって、私、今までディーノにいろいろやってみたけど全部っ。髪だって。」
「ごめんね、僕がそういう事に疎くて。髪も長くしたのが僕の為とは、わからなかったんだ。けど僕はレオナの事は好きだよ。いつからそう想ったのかはわからないけど、君の優しい純粋な心が僕は好きだ」
ディーノは真っ直ぐにレオナを見つめてそう言った。レオナは不意に涙を流し始めると、何も言わずにディーノに抱きついた。
「私も好きっ。ずっと前からディーノの事が好きっ」
涙を流したまま上目遣いでレオナはそう言った。
2人はそのまま見つめあった。レオナは目を閉じる。だがディーノは空気を読まず、
「ねぇレオナ。これってキスしてもいいって事?」
そんな事を言った。レオナは少し頬を膨らませた。
「馬鹿っ、そんな事訊かないでよっ。ふふ」
「あはは、ごめんごめん」
そう言って2人は唇を合わせた。長く長く繋がったままの2人は、どちらともなく唇を離した。
「ディーノとこんな事になるなんて、夢みたい」
「夢じゃないよ。だってほら、君の体温を感じるし」
「……ねぇディーノ。本当に行くの? ここで私とずっと一緒に暮らしましょうよ。魔王討伐なんて危ないわ」
レオナは心配そうにそう言った。
「君とずっと一緒か。楽しいだろうね、でももう決めたんだ」
「……そう」
「大丈夫大丈夫。魔王討伐できるなんて思ってないから。分をわきまえてやるさ。力をつけたら戻ってくる。魔王討伐はいずれ現れるだろう勇者にやってもらうよ」
「絶対死んじゃ嫌よ?」
「必ず戻ってくるさ」
レオナは再びディーノの胸に顔を埋めた。そのまましばらくすると、顔を離して笑顔になる。
「じゃあ待ってるよ、私。ここで貴方が帰ってくるのをずっと」
「うん、任せて。またレオナとラゲルと僕であの基地でくだらない話でもしよう」
「そうね」
そう言ってディーノは笑った。レオナも笑った。
「……じゃあ行くよ」
「うん、またね」
「ああ、『また』」
まるで夕暮れ遊び終わった子供達が家に帰る時の挨拶のように2人はそう言った。そしてディーノはレオナに背を向けると馬車に向かって歩いて行った。後ろは振り返らずに。
レオナは去っていく馬車をただただ見つめていた。
それからディーノ達は王都に向かい、無事討伐隊に選ばれる。そしてその時に知り合った後の“賢者ヤヨイ”と“武闘家レイ”を含めた10人パーティを組み、魔王討伐に出かける事になる。
そこから彼らは旅を続け、いつしか共に魔王討伐を誓ったパーティ達は旅の途中で力尽き、残りはラゲルとヤヨイとレイの3人になっていた。彼らはこの段階でかなりの実力を身につけており、王都でも名が知れ渡っていた。
――もしかしたら彼らならやってくれるかもしれない、と
そして旅を始めて7年。神歴698年、ディーノは22歳の時、遂にその日は訪れた。
「どこまでもお節介なやつだ。世界を頼んだ……ディーノ」
ディーノの前に血だらけで壁に寄りかかっている魔王は、最期の願いとしてそう言った。
ディーノは、この旅でいろいろなものを見てきた。
彼は幼い頃から魔族だって魔物だって分かり合えるのではないかと思っていた。だが旅をしてみるとその幻想は打ち砕かれた。
人間を見境なく襲ってくる魔物達。話は通じない、そして深まる人間達の魔物への憎しみ。
7年前、討伐に出かける前に考えていたディーノの考えはいつのまにか『魔族達は救えないクズ』である、と変わっていた。
だが彼は“魔界”と呼ばれる魔族や魔物達が住むこの領域に入ってからその考えを再び疑問視し始めていた。
この魔界には非戦闘民である魔族や魔物達がたくさんいた。彼らは戦えないのにもかかわらず、自らの子や家族を守るためにはディーノ達の前に立ちはだかった。
その光景はかつて、レオナの為に勝てるともわからない盗賊の前に立ちはだかった自分の姿と重なった。
そう、人間であってもわざわざ侵攻してくるような連中は気性が荒く野蛮な性格である事が多い。
王都から討伐隊として立ち上がった他の人々も殆どは好戦的な人間だった。言ってしまえばラゲルもそうだ。
(みんな、人間も魔族も勘違いしてる。だからこそ僕が……世界を……)
「ああ……!」
だからこそ、ディーノは魔王のその頼みを受け入れ、力強く頷いた。
魔王がそれを聞き、満足気に目を閉じたのを確認し、ディーノは自身の剣、聖剣ヴィクティムを魔王の心臓に突き刺した。
「……終わった」
ディーノは動かなくなった魔王を見てそう呟くと、彼の遺体を担ぎ、瓦礫の山となった魔王城から気を失った仲間達を探し出し、時間をかけて王都へと帰還した。
そしてディーノは仲間達以外には秘密裏に魔王の墓を作り、丁重に埋葬した。
ディーノが魔王の墓を作った理由は、魔王の復活を防ぐためであった。
禁魔法には死体を操るものや死者を復活させるものがある事をディーノは知っていた。
仮にここで魔王が復活したら今度こそ彼らは全軍を率いて侵攻してくる。そうなったら甚大な被害が出るだろう事をディーノは予想していた。そのリスクを減らす為に遺体を持ってきたのだ。
(とはいえ彼の事を慕う者達には悪い事をした)
そう、魔王を慕う者達は大勢いる。
王に秘密にした今、魔王の死体が公衆の面前に晒される事もなく、魔王の死体は無いものとなる。
つまり魔物達が魔王の遺体がこちらにあるとは思いもしない。事実魔物達はその後、魔王の死体は勇者との決戦で跡形もなく消えたのだろうと考えていた。
「けれど……彼の、アレフの意志も僕が継いでみせるから。必ず人間と魔族の共存を……」
こうしてディーノ達は7年の時を経て見事魔王討伐を果たし王都に帰還したのであった。




