【魔王、勇者になる】
「君が最後の受験者か。僕は無理やり呼び出された挙句試験官をやらされて少々イラついてるんだ。早めに終わらせるとしよう」
試験官のロキはそう言うと、アレフのように構えはせず、力を抜いた状態でアレフに対してくいっと人差し指を曲げて挑発した。
「きなよ。最初の一撃は打たせてあげる」
「ふっ」
アレフは思わず笑ってしまった。相手の危機意識の無さにだ。
(プロの割には意識が低いな。まぁならお言葉に甘えさせてもらうか)
アレフは右拳を握り締めると、右足に体重を乗せ、一気に解き放ち、一瞬でロキの間合いへと飛び込んだ。
その瞬間、ロキは自身の誤算に気づく。
(なっ? 速っ、避け……無理⁉︎)
一瞬のうちにロキの思考は回り出し、汗が滲み出た。
圧倒的な初速でパンチを繰り出したアレフ。不可避の攻撃に対してロキがとった行動は、取る予定のなかった防御。
「ぐっ」
両手でなんとかアレフのパンチを凌いだロキだったがその衝撃によって防いだ両手は弾かれた。
「俺を侮った貴様の負けだ。戦場なら死んでるぞ」
「なにを!」
アレフはそう言うと、完全にガードの空いたロキの顎めがけて掌底を叩き込んだ。
それにより、ロキは脳震盪を起こして意識を失った。
「ふん、最初から本気を出しておけばもう少しは楽しめたかもな」
アレフはそう言い残すと、闘技場を後にした。
が、それを見ていた人物が一人だけいた。アナウンスを告げていた女性である。
まさかの出来事に対してこの女性がまず感じたことは
(受験者が試験官を気絶。こ、これは事件よ)
であった。
そのため、彼女はアレフがどのような人物なのか知るために、彼が登録するときに書いた申請書を読み始めた。
(名前は、ネームレス=サタン? なんだか怪しい名前ね)
それもそのはず。その名前はアレフが名前を知られたくないために適当に書いた名前だからである。
そんな事とはつゆ知らず、女はその紙を読むのに必死になり、アレフが会場を後にした事に気付かなかった。
勇者協会を後にしたアレフは目的を見失っていた。
「さて、何をしようか」
そう思ってアレフが歩き始めたとき、ひょこひょこと紺色のとんがり帽子がアレフ側に歩いてくるのが見えた。先ほどの幼女である。
幼女もアレフの存在に気付き、トテトテと走って近づく。
「あー。あんた、さっきの! こんなとこで何してんの?」
「プロ勇者とやらの試験を受けてみた」
「勇試を? ふーん、それでどうだったの? 結果は」
「結果? 試験官を気絶させてしまったからな。あれは合格なんだろうか」
アレフのその発言に対して、幼女は少し思案顔になったが、笑い始めた。
冗談だと受け取ったのである。
「ははは。さてはあんた、試験に怖気付いて逃げてきたんでしょう? ダメねー」
「まぁなんでもいいが……お前は何をしているんだ?」
「お前じゃなくてクレアよ! アタシはねー、ちょっと協会に用事があってきたのよ」
(こいつ、あんだけ急いでた癖になんで俺よりここに着くのが遅いんだ)
もっともな疑問を抱いたアレフだったが、それを指摘するとまた何かごちゃごちゃと言われると考え、言うのをやめた。
「ふふん、何しに来たか聞きたい? 実はねーここだけの話、つい数時間前まで街崩壊の危機だったのよ」
「街崩壊の危機? 物騒な話だな」
「ええ、というのもこの街にドラゴンクラスの魔物が近づいてたらしくてね、まぁそれは何故か討伐されてたらしいんだけど」
(ドラゴンクラス……どこかで聞いた気が)
一瞬考えたアレフだったが、思い出せなかったので諦めた。
「その魔物がもしかしたらアタシの呪いと関係あるかもしれないから協会に魔物のデータをもらいに来たのよ」
「ほう、ところでそのドラゴンクラスというのはなんだ? 強いのか?」
「はぁ? あんた魔物のクラスも知らないの? 馬鹿なの? いい? 魔物っていうのは――」
(罵倒する割にはすぐ教えるのだな)
アレフは冷静に心の中で突っ込んだが、それは表に出さず話を聞いた。
魔物のクラスとは、簡単にいえば魔物を危険度順で分けたものである。大雑把に上から、
【魔王クラス】
【ドラゴンクラス】
【グリズリークラス】
【スライムクラス】
と分けられている。スライムクラスは一般人でも頑張れば倒せるレベルだが、グリズリークラスとなるとそうはいかない。プロ勇者が必要になってくる。
ドラゴンクラスだと実力のあるプロ勇者が徒党を組んでやっと倒せるかどうかという強さになる。
もちろん魔王クラスなどは滅多に表には出ないが、出れば街崩壊どころではなく、国ごと滅亡の危機に瀕することとなる。
「――とまぁ、こんなとこね。今回出て来たのはドラゴンクラス。どんだけやばいのかわかった?」
「わかったような、わかってないような」
「もうっ。まぁいいわ、あんたじゃどうせ手も足も出ない領域だし」
(ふむ、となるとここに来るまでにあった魔物はどのクラスだったんだろうか。俺の初撃に耐えたし、スライムはないか? グリズリーくらいかな)
アレフはそんな風に考えていたが、否、ドラゴンクラスである。
先ほどから話に出ているドラゴンクラスを倒した張本人こそがアレフだ。
ちなみに魔王であったはずのアレフが部下であったはずの魔物の強さがわからないのは、元からである。
アレフ自身が強すぎるため、他の客観的な強さというものが測れないのだ。
「ついでだしあんたも来なさいよ。素人がドラゴンクラスの魔物データがみれるなんて希少よ」
「ほう」
そのままアレフは幼女クレアについて行き再び勇者協会の中へ。
中へ入ると受付の人がアレフを見て駆け寄って来た。手には紙を持っている。
「ああ、サタンさん。探しましたよ。これ先ほどの試験の結果です。おめでとうございます合格です」
彼女が渡した紙には勇者認定と書かれていた。他にも色々と細かい字で規定などが書かれている。
(あんな派手に試験官倒したのに合格で良かったのか)
アレフはそう思っていた。しかしこの話にはもちろん裏がある。
アレフが試験官であるロキを倒してしまった事を目撃していた女性がある行動を起こしたのだ。
なんと彼女は気絶しているロキの懐から合格か不合格かが書かれている受験者の名簿欄を奪い取り、勝手にアレフの所に合格と書いたのである。
そしてそれをそのまま受付に提出。何も知らない受付はそれを見てアレフを合格だと判断し、認定の紙を発行したのだ。
彼女のこの行動の理由には、彼女が大の勇者ファンであり、深い考えがあったのだが、アレフはそんな事とはつゆ知らず、呑気に紙を眺めていた。
「へぇ、良かったじゃない。まぐれでも合格できて」
「名前の横にレベル1と書いてあるな。なんだこれは」
「あんたそんなことも知らないわけ。それは勇者レベルよ。レベルが高いほど凄い勇者ってわけ」
(勇者は人々が認めて初めて凄い勇者になるのではなかったのか)
アレフはそんな事を思っていたが、自分には関係ない事だと考え、放っておいた。
「ちなみに勇者レベルの目安としては――」
クレアが始めた講義をアレフは黙って聞いた。
勇者レベルの目安としては、次のようになる。
【レベル1】一般人より少し強い程度。
【レベル2】スライムクラスなら一人でも倒せる
【レベル3】グリズリークラスを徒党を組んで討伐できる
【レベル4】ドラゴンクラスを複数人なら討伐できる
【レベル5】魔王クラスと戦える
「――まぁこんなとこね。レベルを決めるのが協会だからあくまで目安だけど」
「ふむ。クレアは割と強かったのだな」
「あ、やっと名前で呼ぶようになったわね。そうよ、アタシは強いの。尊敬した?」
クレアは胸を張ってしたり顔をかます。当たり前だがアレフは無関心である。
「いや別に。それよりこの世界にレベル5の勇者は何人いるんだ」
「レベル5ならそうね、2人よ。行方不明だけどプロ勇者制度を作った張本人のディーノ=ホープレイと、目撃者がほとんどいないスイレンという人ね。ディーノがいない今スイレン一人といっても過言ではないわ」
「ほう」
(ディーノ以外にもあの境地まで達した人間がいるとはな)
アレフは素直に感心していた。人間は魔族に比べると脆い。肉体的にも魔力的にも。
それゆえに、ディーノのような強さを持つ者に対し、アレフは感心していた。
「話が逸れたわね。ねぇ、ドラゴンクラスの魔物が討伐されたらしいじゃない。資料見せてよ」
クレアは受付のカウンターにジャンプし、腕でぶら下がりながら受付の女性にそう聞いた。
その質問に対して、女性が困惑の表情を浮かべていたため、アレフは事態を理解し、呆れた目をして見ていたが、クレアはそうではなかったらしい。
「あのーお嬢ちゃん? 迷子センターはここじゃないのよ?」
受付の女性はクレアに対して諭すようにそう言った。
もちろんこの後クレアが火を噴くように顔を真っ赤にして反論したのは言うまでもない。