【勇者②】
ディーノ達はそれからも3人一緒に遊び、いつのまにか彼らは15歳になっていた。
「ねぇ、もうそろそろよね」
レオナがディーノ達に向けてそう言う。
「そうだね。僕達ももう15だ。魔王討伐に行くための入隊試験を受ける事ができる」
ディーノは興味なさそうにそう言った。
入隊試験は毎年王都ダムステルアで行なっている。すなわち魔王を倒せる可能性のある15歳以上の若者を募集し、隊を編成して討伐に向かわせるのだ。
入隊試験とは名ばかりで、基本的には身体が健康であれば誰でも受かる。
だが討伐隊として向かった者たちで無事に帰ってきたものは1人もいない。しかし入隊希望者は後を絶たない。それは何故か?
理由としては2つ挙げられる。ひとつめは家族や親しい者を魔物や魔族に殺された者達が志願する場合。ふたつめは報奨金目当てだ。討伐隊に入り、魔物を殺しそれを報告するとそれに準じたお金が貰えるのだ。そしてそのお金というのが、普通に働いている人達の平均月収よりも遥かに高い。
貧乏な農家の三男が親に言われて志願したり成り上がりを狙った野心溢れる若者が志願するのだ。
『集え若者よ、君が次の勇者だ』
王都が出したこの広告は若者の志願者を更に倍増させた。
「ラゲルは、行くんでしょ?」
レオナのその問いかけに、ラゲルは頷いた。
「勿論だ。俺は魔族どもをぶっ殺しまくって勇者になってやるぜ」
「変わらないわね、あんたは」
そう言ってレオナは笑う。
「ディーノは……どうするの?」
「僕は志願しないよ。僕は戦いなんて出来ないし、それに……人も魔族も傷つく所を見たくない」
ディーノは俯きながらそう言った。
「まーたそんな事言ってやがんのかお前はよ! まぁお前にゃ勇者は向いてねえよ。俺がお前の分も戦ってきてやるから安心しな」
「そりゃ頼もしいね。ラゲルはいつ行くんだい?」
「入隊試験は来週だ。5日後くらいにはここを出るさ」
「そうか……寂しくなるね」
「何言ってんだ。さっさと魔王ぶっ倒して戻ってきてやるよ」
そう言ってラゲルは豪快に笑う。つられるようにしてディーノとレオナも笑った。
そしてラゲルが村を出る1日前、事件は起きた。それは夜更けの事だった。
(月が綺麗だ……)
ディーノはずっと一緒に過ごしてきたラゲルが明日からいないという事実を考えていると眠れなくなり、暗がりを散歩していた。
ディーノはふとラゲルと2人で話したいと思い、ラゲルの家に行きラゲルを呼び出した。
「何だよディーノ。こんな時間に」
ラゲルは眠そうに欠伸をした。
「ちょっと話したくなってね。基地に行かない?」
「珍しいな、お前が。良いぜ」
ラゲルとディーノはいつもの場所に座る。
「で、どうしたよ急に」
「……ラゲルはさ、怖くないの?」
「怖いって何がだ? 死ぬことか? そりゃ死ぬ事は怖いけど」
「違うよ。人を傷つける事さ」
「人を、傷つける……? まぁ一般人はそりゃ躊躇するけど悪人や魔物は別だろ。あいつらが悪いんだから」
「そうかぁ……そうだよね。僕はさ、怖いんだよ。傷つけるのも、傷つけられるのも」
ディーノの発言に、ラゲルは優しく微笑んだ。
「知ってるよ、そんな事は。お前は優しい奴だ。度を越すほどのな。そんなお前だからこそ……レオナだって惚れたんだろ」
「レオナ? 何で今レオナが出てくるの?」
ぽかんとした表情でそう言うディーノ。ラゲルは驚愕した。
「お前本気か!? レオナはお前のことすきなんだよ!」
「えぇ? 嘘だぁ? 勘違いでしょそれ」
「阿呆! お前あんなにそれっぽい素振り見せられて気づいてねーのかよ! 鈍感にも程があるぞ。この唐変木が!」
「そ、そんなにあったかな?」
「今だってあるだろが! レオナの髪!」
「髪? 髪がどうかした?」
ディーノは顎に手を当てて考えるが思いつかない。
「長くなっただろ! 前と比べて!」
「あぁ、確かに! でもそれが?」
「お前がっ、昔! レオナに髪が長い女の子が好きって言ったからだろうが!」
「そ、そんな事言ったっけ僕」
「言ったの! あぁもう駄目だこいつ」
ラゲルは深いため息をついて呆れ返った。ディーノはおろおろと動揺している。
「お前さぁ、レオナの事どう思ってるんだ?」
「どうって? 勿論好きだよ」
「どうせお前の好きってのは家族とか仲間としてだろ?」
「いいや? ひとりの女性として好きだよ。レオナの事は」
「へっ?」
予想だにしていなかったディーノのその発言に、ラゲルは素っ頓狂な声を上げてしまった。
「す、好きなら何であいつの変化とかに気づかねえんだよ」
「見た目も勿論好きだけど……僕が好きな所はレオナの心だから。純粋な、優しい心」
「……そうかい」
(こりゃ、敵わねーな。早くくっつけよバカヤロー)
ラゲルは密かに心の中でそう思った。
そんな事をしていると誰もいないはずの林から人が通る音がした。
ディーノとラゲルはすぐに気づき、咄嗟に動かないようにして音を消す。
彼らが音がする方を見ると、大の男が3人ほど雑木林の中を小走りで進んで行くのが見えた。
(村の住人じゃない。それに、肩に何か担いで……?)
その男達は肩に何かを担いでいた。暗がりでよく見えていなかったが、その時その方の何かが声を発した。
「んんんんん!」
(人っ!?)
ディーノ達は驚いた。肩に担いでいたのは人だったのだ。
「こらっ、騒ぐんじゃねえよ! どうせ助からねえんだからよ!」
そう言って男のひとりが声を出した女の顔にビンタをした。すると女は声を発しなくなった。
ディーノ達は男達に気づかれない大きさで話し始めた。
「お、おいディーノ。ありゃ盗賊だ」
「そうみたいだね、あの人達を助けないと」
「馬鹿かお前、俺達武器も何も持ってねえんだぞ。かといえ今から家に取りに帰ったらあいつらは見失うし」
「これを使うしかない」
「おいおいお前、これって……」
ディーノがラゲルに渡したのは聖剣“ヴィクティム”だった。つまりただの木片である。
そしてディーノはそこら辺の木の枝を折り、腰の高さほどの杖を作った。
「これで“賢者の杖”だ」
「遊びじゃねえんだぞ」
「わかってる。けどあの人達を救うには今やるしかない。僕は救いたいんだ……僧侶だからね」
そう言ってディーノはラゲルを見つめる。ラゲルは観念したかのように深呼吸した。
「そうだな。勇者がこんなところで人を見捨てるわけねえ。行くぞディーノ!」
「ああ!」
そしてラゲル達は男達に背後から忍び寄ると、それぞれ頭に一発ずつ持っていた木を叩き込んだ。
「ぐぁっ!」
「なんだぁっ!?」
「どうした!」
男達は急な攻撃と眩暈に驚き、肩に抱えていた人たちを落とした。
そしてすぐさま後ろを振り向き、ディーノ達がいる事を確認する。
「なんだお前ら? 俺達を盗賊と知ってのことか?」
「その人達を解放しろ!」
「馬鹿が、ご丁寧に答えやがって。死んじまいなクソガキども」
男達は腰から短剣を抜き取るとそれを構えてディーノ達に襲いかかった。
ディーノはそれを何とか躱す。そして男に体当たりした。伊達に何年も勇者ごっこやラゲルの危険な遊びに付き合ってきたわけではないのだ。
「うぉっ?」
ラゲルは入隊する為に鍛えてきた身体が功を奏し敵の攻撃を避けつつ頭に聖剣ヴィクティムを叩き込んだ。
「いてぇ! 何だこいつら、割とやるぞ」
「だがここまでだお坊ちゃん達」
3人組の1人が、そう言ってディーノ達の方を向いた。彼の手には剣が握られており、その切っ先は捕らえた女の首元に向けられていた。
そして驚くべき事にその女とは、レオナだった。
「レ、レオナっ!?」
ラゲルが驚愕の声をあげる。ディーノも目を見開いて焦りを隠しきれなかった。
「んんんんん!」
レオナは何か言おうとしているが口が防がれているためわからない。
「なんだお前ら知り合いか? なら話が早え。この嬢ちゃんの命が惜しいなら抵抗をやめな。ほら手を挙げて」
「くそっ……」
ラゲルは悔しそうに手をあげた。ディーノもそれに倣い手をあげる。
そしてそのままディーノ達はうつ伏せにされると背中を椅子がわりに男達に座られた。
「おぉいてて……見ろこれ頭血ぃ出てね?」
「出てるな、ガハハ。間抜けなツラだ」
男達はディーノ達の背中に座りながらそんな事を言い合っていた。
そしてひとりの男がある提案をする。
「なぁ動いたら少し遊びたくなっちまったんだが、この娘使わねえ?」
男がそう言ってレオナの事を上から下まで舐るように見た。レオナは抵抗をするが何もできない。
「や、やめろっ!」
ラゲルはそう言って背中の男をどけようとするがそれも叶わない。
ディーノは辺りを見渡して何か使えないものがないか探していた。
「んんんんんん!」
男はレオナの衣服を破り始める。レオナのみずみずしい肌が露わになっていた。
「くそおおおおお!」
ラゲルは口から血が出るほど歯を噛み締めていたが、それを見て男達は更に楽しそうに笑い出す。
そしてその男達の気の緩みをディーノは見逃さなかった。
ディーノはその隙に男の尻に敷かれている片手だけを、気づかれずに解放しそのまま近くの土を掴んだ。そして、
「あっ!」
「ん?」
ディーノは声を出して男の目線を自分に向けさせると手に持っていた土を顔面に向かって投げる。
「うわっ!? 土? ぺっ、ぺっ!」
男が困惑している隙にディーノは男を押しのけると、男の腰元から剣を抜き取り、そしてラゲルを拘束している男の方に向かうと動揺している彼を斬りつけた。
「うぎゃああああ!」
「なんだ、どうした!?」
「ラゲル、そいつから剣を抜け!」
「お、おうっ」
ディーノはラゲルに指示を出し、斬りつけた男から剣を奪い取らせた。
そしてディーノは目に土が入っている男を放ったまま、レオナに襲いかかっている男の隙だらけの背中を斬りつける。
「うがあああああ!」
「な、なんだっ。お前らどうしたんだよ!」
暗がりの上に目に土が入った状態の男はあたりで仲間の悲鳴が聴こえるのみ。
「ラゲル! 斬れっ!」
ディーノの指示が飛ぶ。
「う……ああああああ!」
ラゲルは大声を出しながら訳もわからずあたふたとしている男を斬りつけた。
男は悲鳴をあげ血しぶきをあげながらその場に倒れた。
「はあはあはあ……俺は……初めて人を……」
ラゲルはぼうっと斬った相手を見つめていた。
「レオナ、平気かい?」
ディーノは自分の服をレオナに着せると、涙で濡れている彼女の頬を手で拭った。
「こ、怖かったぁ」
「よしよし」
抱きついてくるレオナの頭をディーノは撫でていた。
「ラゲル、ひとまず彼女達を担いで村に戻ろう。そして大人達を呼んで来るんだ」
「……あ、ああ」
「大丈夫か? ラゲル」
「ああ……平気だ。急ごう」
そしてディーノ達はレオナと他2人の女性を村に運び、村の住人達に事情を説明した。
そして村付きの騎士団員が応援を要請し、盗賊達を拘束した。とはいえうち2人は既に失血で死んでいた。
(人を傷つけた。それどころか、僕は殺してしまった……)
ディーノはこの事件を機に心境の変化を迎えていた。
ディーノ達は事件の処理を騎士団員に任せると、家で倒れこむようにして寝た。
そして次の日になった。
「行くんだね」
「ああ」
レオナのその言葉にラゲルは迷いなくそう答えた。今日はラゲルが王都に向かう日である。
既に家族達との別れは済ませ、幼馴染3人だけで会話をしていた。
「ディーノ、あんな事があった後だ。お前がレオナを守ってやれよ」
そう言ってラゲルはディーノとレオナを交互に見る。レオナはラゲルが言いたい事を察して頬を染めて俯いた。
だがディーノはどこか思いつめたような顔をして、こう言った。
「それなんだけど……僕も魔王討伐に参加する事にした」