【勇者①】
ディーノ=ホープレイ。彼は生まれた時から勇者だと決められていたわけではない。
彼は片田舎の“ローグディン”という村で生まれた。彼の両親は何の変哲も無いただの親だった。彼はそこで健やかに育っていた。
「おーいディーノ。遊ぼうぜ」
同じく村で育ったラゲル=グレンズは同い年のディーノをよく遊びに誘っていた。この時ディーノ達は6歳だった。
「えぇ。いいよぉ僕は。ラゲルの遊びって危ない事多いじゃん」
ディーノは玄関の扉から半分だけ顔を出すとそう言った。ラゲルはどこかで拾った木の枝を高く突き上げると、
「うるせぇ。さっさと行くぞ! 勇者ごっこだ!」
「ちょ、ちょっとぉ!」
無理矢理ディーノを引っ張り出すと、そのまま走り出して村の近くにある林の中に入っていった。
彼らにはいつもお決まりの秘密の場所がある。というかラゲルが無理矢理ディーノにも手伝わせて作らせた雑な基地なのだが。
基地といっても屋根はなく、机すらない。枯葉を集めてそれを座布団のようにし、冒険と称して手に入れた謎の木の実やら虫やらをお手製の宝箱に入れたりしてるだけである。
「おそーい!」
ディーノ達が基地に着くと、頭上から木の実が投げられた。彼らは上を見る。
するとそこには木に登り、枝に腰をかけながらディーノ達を見ている女の子がいた。
「ごめんごめん。またディーノの奴が駄々こねやがってよ」
「またー? 全くディーノはお子ちゃまねー」
女の子は木から猫のようにスルスルと降りると、ディーノの頭をぽんぽんと叩き笑いながらそう言った。
ディーノはポツリと呟く。
「レオナ達が無理矢理連れてくるだけじゃん……」
「なんか言った? ディーノ」
「別にぃ」
そう言って3人はいつものように基地に集まる。
レオナ=サルートン。金髪だが肩にかからない程度の短髪で顔は可愛らしい女の子だ。
彼女も村の住人でディーノ達と同い年である。彼らは親どうしの交流があるため幼い頃から会っており、こうしていつも遊んでいた。
「で、今日は何するの?」
レオナはそう問いかける。するとラゲルは不敵に笑った。
「勇者ごっこだ!」
「またーっ? 昨日も一昨日もやったじゃない!」
レオナは呆れたようにそう言った。
「いいんだよ、ほらやるぞ! 俺勇者な! ディーノは僧侶だ!」
「また僕僧侶なの? 偶には勇者とかやりたいんだけど……」
「お前にゃ勇者は無理だ! ヘビだって触れねえんだもん。んでもってレオナは魔王な!」
「結局いつもと同じ役じゃないの。何で私が魔王なのよ」
「いいからいいから!」
そう言ってラゲルは前に見つけた若干木刀に見えなくもない木片を手に持った。そして元々持っていた木の枝をディーノに渡す。
「よし、ディーノにはこの賢者の杖をやる」
「賢者の杖って……流石にこの小枝で杖は無理があるような」
ディーノは渡された枝を見てそう感じた。
「んでもって俺のこの剣は聖剣だ! 勇者にだけ持てるっていう光の聖剣、“ヴィクティム”!」
そう言って木片を掲げるラゲル。
ラゲルが言っている聖剣は子供達に親が読み聞かせる童話のある勇者が使ったとされる聖剣だ。初代勇者が使ったとされる聖剣エクスカリバーと並んで子供達に知名度が高い聖剣である。
「さぁ魔王! お前を倒しに来たぞ!」
ラゲルがレオナにそう言うと、彼女は腕を胸の前で組み邪悪な笑みを浮かべた。
「ふっふっふ。お前ら如きにこの魔王様が倒せると思っているのか? 喰らえ闇魔法ー!」
レオナはラゲルの方に手をかざした。当たり前だが何も出ていない。
だがラゲルは腕を交差させ、ガードするかのような素振りを見せた。
「くっ。やはり魔王の魔法は強い! 僧侶! 回復魔法をしてくれ!」
ラゲルにそう言われたディーノはあたふたとしながら両手をラゲルの背中に添えるようにした。
「え、えーと。回復魔法、えいっ! ど、どう……?」
「回復したぜー! うおりゃあ! 聖剣を喰らえー魔王ーっ!」
「な、何ーっ。魔王の魔法を打ち破っただとー!」
レオナは驚いた素振りを見せた。ラゲルは剣を構え走り出すとそれでレオナを斬った。とは言っても体には当てていないが。
「う、うぎゃあああ。や、やられたぁ」
そう言ってレオナは倒れた。
「世界を救ったぞー!」
ラゲルがそう宣言してこの勇者ごっこは終わった。
「いやぁ、今日も楽しかったな勇者ごっこ」
遊びを終え、基地でお手製の枯葉椅子に座りながらラゲルがそう言う。
「流石に飽きたわよ。毎回同じ事の繰り返しだし。ねぇディーノ」
「僕は他の遊びに比べると危なくないから好きだけど」
「おっ、よく言ったディーノ!」
「全く……」
レオナはため息をついた。
「ねぇ、ディーノとラゲルはさ、将来の事考えた事ある?」
「将来?」
レオナの唐突な質問にディーノは思わず聞き返した。
「俺はあるぜっ! 勇者になって魔王を倒してやる! 俺が世界を救ってやるぜ」
ラゲルは立ち上がりながらそう言った。
「まぁラゲルはそうよね。ディーノは?」
「僕かぁ。僕はこの世界の事がもっと知りたいな」
「世界?」
「うん。木や植物や動物、色々なものがこの世界にはある。種族だって人間だけじゃなくて魔族もいるでしょ? 自然や命。その全部を知りたいんだ」
ディーノのその発言をラゲルは理解不能だと言わんばかりに眉をひそめて聞いていた。だがレオナはどこか嬉しそうにそんなディーノを見つめていた。
「魔族の事なんて知る必要ねーだろー? あいつらは悪い奴らなんだからさ。ぶっ殺さないと!」
ラゲルはそう言う。
「僕はそれも自分の目で確かめたいんだ。本当に彼らが悪い人達なのか。もしかしたら友達にだってなれるかもしれない。怖いけどね」
ディーノは「あはは」と笑いながらそう返した。
「友達なんてなれるわけねーよ! 相変わらず変な奴だなディーノは! なぁレオナ!」
「んー? そうだね。ふふ、けどディーノらしくていいんじゃない?」
「レオナは将来考えてんのか?」
「私ー? 私はねーお嫁さん!」
(あんなに強気なレオナでもお嫁さんになりたいんだなぁ)
レオナのその発言に、ディーノは呑気にそんな事を考えていた。
ラゲルはというと顔を真っ赤にし、そっぽを向きながら、
「お、おおお俺が貰ってやってもいいぜ。ゆ、ゆゆゆゆ勇者の嫁としてなっ」
そんな事を言っていた。
「ラゲルのお嫁さんかー。どうしよっかなー」
レオナはそう言いつつディーノの方をチラチラと見る。当のディーノはいつも通りのほほんととぼけた顔をしていた。それを見てレオナは少しムッとする。
「ディーノはどうなの? 私がお嫁さんは嫌?」
ディーノはその問いに対してのほほんとしたまま、
「嫌だなぁ。もうちょっと髪が長くて女の子らしい大人しい子が好きだもん僕」
そう言った。
レオナは顔を真っ赤にするとディーノの頬をビンタした。
「もうっ、馬鹿っ!」
プンスカ怒ってレオナは家に帰ってしまった。
ディーノ6歳。乙女心はこの頃よりわかっていなかった。