【魔王、考える】
「お前が……ゼロか」
アレフは目の前にいる白衣を着た男に向かってそう言った。
男は眼鏡の位置を手で調整すると、少し笑みを浮かべて答える。
「そうだよ、私がゼロだ。始まりでもあり終わりでもある」
「貴様の下らん戯言に付き合う気は無い。単刀直入に訊くぞ。貴様、何故俺が魔王だと知っている」
「私がそれを答える義理があるのか?」
「義理はなくても命は惜しいだろう。死にたくなければさっさと言え」
アレフのその言葉にゼロは声を上げて笑い始めた。
「情報を聞きたいのに殺したら意味がないだろう、魔王さん?」
「底無」
「おぉっと!?」
アレフは闇のエネルギーをゼロに向かって放った。ゼロはそれを横に避けたが、白衣の一部が消え失せた。
「怖い怖い、本気だねあんた。流石魔王。さすまおだよさすまお。良いよ、ここまで来たご褒美だ。教えてあげるよ」
「さっさと言え」
「別に私も最初からあんたが魔王だって気づいたわけじゃあないよ。きっかけはあれさ、王都の結界をすり抜けられるかテストをした時の魔物。カブトンって言うんだけど、あいつを君が倒したからだよ」
(そんな奴倒したか? 俺)
ゼロの言葉にアレフは全くピンと来ていなかった。ドラゴンクラスとかなり強いにも関わらず可哀想な魔物である。
「その様子だと覚えてないみたいだけど。彼は中々強力に“強化”した魔物でね。並大抵の奴には倒せない筈だったんだが、君はそれを倒してしまった。あ、ちなみにあの魔物には監視用の鳥が一匹付いていたのだよ」
「ふん、それで俺を見つけたと」
「そう。そこから私はあんたを監視した。次に行った町は“テミサ”、そうだろう?」
アレフはその町の名前に反応した。魔物化した人々がいる町だ。アレフの中である考えが浮かぶ。
(魔物化する呪い、まさかこいつ……)
「どうやら気づいたみたいだな。あの“呪い”は私の研究成果によるものだ。まぁあんたがあの町に訪れたのは本当に偶然だったけれどね。あの町に配置した“ベレデロン”という魔物、実は彼も私が“改造”してやったんだ。彼はその改造の時のトラウマから私の事を恐れていたみたいだね」
「ふん、随分と悪趣味な研究だな」
「有難う。その後も色々とあんたの魔法なり何なりとデータを採取した結果、あんたが魔王だとわかったのさ」
「解せんな」
アレフのその言葉にゼロは首を傾げた。
「何が?」
「何故貴様が魔王の使っていた魔法を知っている。魔王の情報は魔族にも容姿以外名前も魔法も伝わっていないぞ」
アレフは容姿は人間達にも伝わっていると考えていた。しかし実際には魔王の姿を知っているものは人間には勇者を除くといない。
噂が噂を呼び全く関係ない容姿として伝わっていたのだ。
「決まっているじゃないか。魔王の魔法を知っている人物から教えて貰ったからだよ」
「何?――」
♦︎
場所は変わり、王都。
城は兵士たちの怒号が飛び交っていた。魔物が襲来したためだ。流石にここまで早く襲撃が来るとは思っていなかったため対応が遅れ、現場は大混乱に陥っていた。
「あっちが燃えているぞ! 早く増援向かえ!」
「駄目だ! 橋は既に魔物が包囲してる!」
推定グリズリーからドラゴンクラスの魔物が城や城下町に急襲してきたのだ。城下町は騎士団達が救護や戦闘の対応していたがアリスもいない為あまり統率が取れておらず、押されていた。
そんな中城内部の王の間では近衛兵達が迫り来る魔物達と戦闘していた。
そしてその中にはマサトもいた。
「爆蓮!」
「ぐぁぁっ」
マサトの放った爆発が目の前にいた魔物の胴体を吹き飛ばした。
「うおおおおおおお! エクス……カリバー!!」
マサトはその勢いのまま腰を低くして走り出すとジャンプし、近衛兵達が戦っている魔物の首を刎ねた。
「ま、マサト様!」
「無事かっ?」
「は、はいっ」
近衛兵達はマサトを感激の目で見つめる。マサトは止まらずに次々と王の元へ向かおうとする魔物達を斬り伏せていった。王の間は魔物と人間の血で惨劇と成り果てた。
しかし王は生きている。マサトが全て魔物を殺したからだ。
「ちっ、何人死んだ?」
マサトは忌々しそうに魔物の死体を見ながら近衛兵に聞いた。
「ここだけで8人はやられました」
「くそ……守りきれなかったか」
「い、いえっとんでもない! マサト様がいなければ私達は全員死んでいました!」
「そう言ってくれると助かる。魔物はまだ来る筈だ。君達は城下町の援護に行ってくれ。王は俺が守る」
「し、しかし……」
「いいから、早く行くんだ!」
「は、はい!」
近衛兵達は急いで走り出した。そして王の間の扉を開き廊下に出ようとしたところ、唐突に近衛兵全員の首が消えた。
否、斬られたのだ。一瞬で。マサトがその事に気づくのは少し遅れての事だった。
その男は近衛兵を斬って血のついた太刀で空を切り、血を飛ばした。短く整った黒髪に獲物を狩るような鋭い目。かつて勇者と共に旅をした仲間、戦士ラゲル。その男だった。
「随分派手にやってくれたね」
その一言でマサトは気づいた。
(この男、強い……!)
「あんた、誰だ? 何故王を襲う」
マサトのその言葉にラゲルは目を丸くして驚いた。
「お前、俺を知らないのか? 戦士ラゲルを? どんな田舎もんだよお前」
「悪いが田舎どころか別世界出身さ」
「意味のわからないことを。とにかく割と出来るみたいじゃないかお前。今までどこに隠れていたんだか」
「だから異世界だってば。そういうあんたは何でこんな事をする。人間だろ」
ラゲルはその言葉に対して眉を潜め、歯ぎしりをした。
「人間? お前の言う人間ってのは何だ? 他者を差別し虐げ、必要であれば排除する。欲に溺れた醜い豚共も、皆等しく人間か?」
「……何の話だ?」
「俺はもううんざりだ。そんな奴らも、そんな奴らに利用される自分も、なぁっ!」
ラゲルは走り出し、その大きな太刀をマサトに振るった。マサトは聖剣でそれを迎え撃つ。
刃同士がぶつかり合い鈍い金属音が鳴る。そのまま鍔迫り合いとなった。
「やるじゃないか! この太刀は名工【一刀斎】の一振りだ。それを真正面から受け止めるとはな!」
「誰だよ一刀斎って! 知らねーよそんな奴!」
そう言って彼らは剣を弾きあった。二人揃って距離を取る。
(こいつも強キャラかよぉ。最近多くない?)
マサトは敵を見てそう思っていた。
一方ラゲルの方も、
(なんだこいつ……この国の強い奴は大体調べ尽くしたはずだ。どこから湧きやがったこの野郎)
そう考えていた。