【ロキとダンジョン】
ロキの目の前には胴体が真っ二つになっている魔物の姿があった。既に事切れている。
ロキはそんな魔物を少し息を切らしながら見下ろしていた。
「おーい、ロキ。倒したか?」
「ああ、君も無事みたいだな」
迷宮の奥から出てきたのはゴレアムだ。2人とも着ているものは泥や魔物の血で汚れていた。
「しっかし幾らでも湧いてきやがるなぁこいつら」
「僕はもうこれで20体殺したぞ。流石に疲れてきた」
「割と深くまで潜ってきたからな。の割には全然お宝ねぇなぁ」
ロキ達がダンジョンに潜って既に4時間が経過していたがめぼしいお宝はまだ手に入れていなかった。
「まぁここならレベル2、3のプロ勇者なら来れてしまうからね。先に取られているんだろう。プロ勇者に何回か会ったしね」
「つーことはやっぱりそいつらじゃ敵わなそうな魔物がいる層まで行かなきゃ行けねえんだな。ひえーおっかねえぜ。まぁヤバそうだったらトンズラこくしかねえな」
「そういうことだ。さぁもう少し潜ろう」
そうしてロキ達は再びダンジョンの下へ下へと降りていった。
そうこうして彼らは“危険地帯”と言われる20階層に到達した。既に休憩も含めて10時間は経過していた。
「遂に“危険地帯”に入っちまったな」
そう言って汗を流すゴレアム。
危険地帯とは、ダンジョンの地下20階以降を指す。意味は読んで字のごとくそれ以前の階層より遥かに危険な地帯ということだ。
これはダンジョン内の資源を調べるにあたり、ダンジョンの統計的なデータを集めた際に見つけられた傾向で、どのダンジョンでも多少のズレはあれど20階層から現れる魔物の強さが上がるのだ。そして手に入る資源や道具の貴重さや強さもそれと正の相関がある事が分かっている。
「ここからは魔物のレベルが格段に上がる。ゴレアムは僕から離れない方がいいぞ」
「男のお前にそんな事言われてもちっとも嬉しくねえな」
「進もう」
そう言ってロキ達はダンジョンを壁伝いに歩いていった。
余談だがダンジョン内は光る鉱石である“ライトクリスタル”と呼ばれる石が辺りを照らしているためあまり暗くない。
彼らが歩いて数十分、最初に異変に気付いたのはロキだった。
「止まれゴレアム!」
「んあ? なんか見つかった?」
「何か聴こえないか?」
「何かって別に……いや、待てよ?」
そう言ってゴレアムは耳を澄ました。すると確かに僅かだが何かが聞こえる。
「これは……獣の咆哮?」
「おそらくそうだと思う。声からしてかなりの大きさだ。僕は行ってみるべきだと思うが……君はどうする?」
「行くに決まってんだろ! こいつぁお宝の匂いだぜ!」
そして彼らは声のする方向へと向かって行った。徐々にその咆哮が大きなものへとなっていき大気が震え始める。
「もうすぐだ」
「いやぁ強いんだろうなぁ。ん? お、おいロキ、人が倒れてるぜ」
「何?」
ゴレアムが指差したところには確かに血だらけで壁に寄りかかった男がいた。
ロキ達はその男の元へと駆け寄る。
(これは……傷が深すぎる。もう助からないな)
ロキはその男の肩から腰までかけて切り裂かれた傷跡を見てそう判断した。
男はロキ達が来た事に気付くと、虚ろな目で口を開く。
「き、君らもプロ勇者か? 俺もそうだ。この先に行くならやめておけ。お、奥には“化け物”がいる」
「化け物? それよりあんた酷い傷だぜこりゃあ。俺が上まで連れてってやるから、捕まりな」
「……いや、俺はもう駄目だ。正直言うと既に目が殆ど見えないんだ。さっきから体も動かせない。だから君達には伝言を頼みたい。“テミサ”という町にいるジャングという家の母娘にマロウから『最後まで迷惑かけてすまない』と。それとこれを渡してくれ」
そう言って男がロキに渡したのは泥まみれになった袋だった。そしてその中には煌めく何かの鉱石のカケラが入っていた。
「ば、馬鹿野郎。あんた家族がいるなら自分で渡すべきだぜ! 生きるんだ! なぁおい!」
ゴレアムは男に呼びかけるようにそう言うが男はそれに答えることはしない。助からない事が分かっているからだ。
「マロウさん。あなたの伝言は確かに僕が伝えますよ」
ロキは男の手を握りそう言った。
「……ありがとう」
男はそう言って最期に何か人の名前か何かを聞こえない程の大きさで呟き、首にかけていたペンダントを握りしめると、そのまま事切れた。
「さて、死ねない理由が出来たな、ゴレアム」
「元から俺は死ぬつもりなんてねえけどな」
ロキは受け取った袋をダンジョン用に持ってきたバッグにしまい、更に奥に進んだ。
途中、道中で先程の男の仲間なのかどうかわからないが、数人の死体が転がっていた。そんな中、彼らは遂に“そいつ”に出逢った。
「グルォオオオオオオオ!」
太い四つ足で顔は太った猫のようだがそんな優しいものではなく口からは牙が鋭く生えている。体長は4メートルといったところでその獲物を狩る眼光は確実にロキ達を捉えていた。
「デカイ……確実に“主”だ」
「こいつぁ一体なんだぁ? 猫みてえな顔してやがるけど……化け猫? 尻尾二本あるし」
「来るぞっ、ゴレアム!」
ロキ達は横に避けた。
魔物はその尖った爪でロキ達がいた場所を切り裂いた。地面は砕け、爪の跡がくっきりと残される。
「さっきの人達もこれでやられたのか」
「気ぃ抜いたら死ぬなこりゃ。無属性、位階中! マッスルボディ!」
ゴレアムの全身が一段階肥大化し、着ていた服がパンツ以外破裂した。
ゴレアムはそのまま回り込み、魔物に拳を叩きつける。だが魔物はその動きを察知し、素早く避けるとなんと口から尖った岩を吐き出した。
「風属性、位階中! 業風!」
ゴレアムに当たりそうになったその岩を、ロキは風で逸らした。
「助かったぜロキ」
「君は少し考えて動いてくれ」
そう言ってる間に魔物は再びロキ達に攻撃を仕掛ける。ロキはそれを剣を使いながら上手く躱し逆に魔物に攻撃を加えていた。ゴレアムもロキほど上手くないにはせよ、致命傷にならない程度には攻撃を避けていた。
そうこうして30分が経過した頃、遂に決着の時を迎えようとしていた。
既に魔物は全身の切り傷から血が滴り、息も上がっていた。だがそれと同じくロキとゴレアムも至る所に傷があり、体力が限界に近かった。
「はぁ……はぁ。次で、決めるぞゴレアム」
「はぁはぁ……つか、そうじゃないと困るぜ。もうきつい、ふらふらするし」
「グルォオオオオオオオオオオ!」
魔物が口から岩を連続で発射した。それをロキ達はギリギリで避ける。
だがロキが避けて跳んだ所を魔物は見逃さず、身動きが取れないロキめがけて爪で切り裂こうと腕を振り抜いていた。
(まずいっ。疲れで避け方を間違えたっ。これは避けきれない。魔法をっ。駄目だ詠唱が間に合わないっ)
ロキが最早避けきれないと判断して剣で身を守る構えをした時、ゴレアムは走っていた。そしてロキに攻撃が当たる前に自身の最大の強化魔法で強化した右腕で、
「うおおおおおおおっ」
魔物の腕をぶん殴った。
その勢いでロキへの攻撃は逸れた。
「行けぇ! ロキィイイ!」
「風属性! 位階上! 斬斬舞!」
ロキはその勢いのまま剣に研ぎ澄まされた風を宿し、魔物の首を切り裂いた。
魔物は断末魔をあげ、しばらくして息絶えた。
「はぁ、はぁっ。や、やった」
「ど、どうだロキ。ちょっとは考えて動いたろ? 俺も」
「……最高だよ」
二人ともふらふらにも関わらず笑いあった。そしてそこで少し休憩をした後、彼らは魔物がいた場所より少し奥に進んだ。
するとそこには何かを奉るような祭壇があり、そこには“剣”と“鉱石”が置いてあった。祭壇の周りや壁には絵や文字が書かれているが現代の文字ではない為ロキ達は読めない。
「こりゃあ聖剣、なのか?」
剣は剣身が蒼白く光っていて、鞘はなかった。剣には小さい文字で何か書かれていたがそれも現代の文字ではない。
「わからないな。けどまぁとりあえず貰っておこう。そっちの鉱石は君が貰っておくべきだ」
「なんなんだこりゃ。手に収まるくらいしかねえぞ。はぁ、ここまで来てこんなんかよ」
「何言ってる。それは【リンセナイト鉱石】だぞ。そんな大きい物は初めてみた。売れば数千万はくだらないだろう」
「ええええええ! こんなのが!? ま、マジかよ。ごっつぁんです」
そう言ってゴレアムは懐に鉱石をしまった。その後ロキ達は仕留めた魔物の使えそうな素材だけを切り出しそれも持ち帰ることにした。
「ダンジョンから出たらあの人達の遺体を回収してもらうように頼まないとな」
「あぁ、じゃあとりあえず帰りますか! 王都に!」
そう言って彼らはダンジョンから出た。
だが彼らがダンジョンから出た時に最初に聞いた話は驚くべきものだった。
――王都が、燃えている。