【魔王、潜入する】
「毎度どうもー」
ローグディンに到着すると馬車の運転手はそう言って去っていった。
アレフたちは辺りを見渡す。
「これは……」
「ね? 本当に何もないでしょ?」
辺りには家の残骸と見られる瓦礫の山が散在しているだけで何も見当たらなかった。
アレフはその瓦礫の山に近づき、瓦礫に埋もれていた一つの小さい額縁を取り出す。
そこには楽しそうに笑う家族の絵が描かれた紙が入っていた。
「それは……ここの家にいた家族ね」
イーシェスが覗き込んできて少し哀しそうな顔をするとそう言った。アレフは何も言わず持っていた絵をあった場所に戻した。
「……それで、銀の槍のアジトはどこだ?」
「こっちよ」
イーシェスは歩き始め奥にある瓦礫の山を少しどけた。するとそこには黒い扉が地面に設置されており、槍の紋様が彫られていた。
「これが入り口か」
「うん。ここに、『銀の槍は魔を祓いし神の鉄槌』って言うと――」
イーシェスの合言葉により扉は横にずれ、地下へと続く階段が現れた。
「開いた。入れるよ」
「よし、入ろう」
そうしてアレフ達は地下へと降りていった。階段はかなり下まで続いており、壁には一定間隔で燭台があり火が灯されていた。
階段が終わるとひらけた空間が広がっており、壁や天井も整備、塗装されていた。
流石にアレフもこの光景には驚いた。
「地下とは思えんな」
「私も初めて見た時はそう思ったよ」
「扉がいっぱいあるが、どれが何の部屋かはわかるのか?」
「いや私は入団の時と手に入れた道具を渡す時以外はここ入ってないからなぁ。奥にラゲルの部屋があるのは確かだけど」
「ならとにかくそこへ向かうか」
そう言ってアレフ達は奥へと進んでいった。
少し歩いているとイーシェスが訝しげな表情をし始めた。
「おかしい」
「どうした?」
「いや、最初入ってきた時から何か違和感はあったんだけど今やっとわかったの。人がいなさすぎるのよ」
「いなさすぎる……確かに、俺達はまだ1人も遭遇していないな」
アレフ達が歩いてから既に5分は経過していたがまだ誰にも遭っていない。これは前に数度訪れただけのイーシェスからしても相当おかしな事だった。
銀の槍は研究が盛んなため、アジトに常駐している人も多い。その人達にも遭遇していないのだ。これは異常である。
(本拠地に人がいない理由など限られている。罠かもしくは……)
アレフはその場でかつて魔王だった時の目線でこの状況を考えていた。
「おそらく、始めたな」
「始めたって何を?」
イーシェスの純粋な疑問に、本当にこいつはこれで幹部だったのかと少し心配を覚えたアレフだったが、その疑問に素直に答えた。
「襲撃だ。王都への二度目の襲撃。アジトに殆ど人がいないのを見ると今度のは本気だな」
「あぁなるほど。次は壊滅だろうねぇ。けど銀の槍はなんで王都をまた襲うんだろ? 目当ての城の秘宝は手に入れたらしいのにね」
「金や出世以外の理由となると……“復讐”か? まぁ元勇者達が守っていた王達にその勇者の仲間が刃を向けているんだから復讐なのは間違いないんだが……」
アレフは首を傾げた。というのもどうもこの一連の流れが不可解だからである。
アレフは当初銀の槍は奴隷業を生業とした盗賊団として認識していたが、ここ最近の行動を見ると盗賊というよりは武装集団と言った方が正しい。
そして一番の謎は彼らの行動原理だ。金を必要としているのは研究のためだと予想できる。そしてその研究は、クレアの呪いなどに使われている。
これまでの話を統合すると全て人間を陥れる為にやっているように思える。元勇者の仲間が何故そんな事をするに至ったのか。そこが不可解なのだ。
「なぁイーシェ。俺が死んだ後勇者達はどうなったんだ?」
「え? えーと、正直そんな事考える余裕なかったけど、奴等は確か人間達に英雄扱いされてたと思うよ。ギルレイドとかは勇者達に復讐する為に色々調べてたみたいだけど奴等その後散り散りになったみたいで復讐できないってイラついてたな」
「その散り散りになる際にラゲルに何か王に復讐したくなるほどの出来事があったと考えられるな」
「そういうのは全く聞かなかったなぁ」
イーシェスはうーんと唸りながらそう言った。
「まぁいい本人に聞けばいいか。さて、ここか?」
アレフが言った先には大きな扉があり、行き止まりとなっていた。
「ここがラゲルの部屋だね。まぁこの様子じゃ今はいないと思うけど」
「邪魔するぞ」
そう言ってアレフは扉を開けた。するとそこは広々とした空間で真ん中には人が座る椅子や机が置いてあった。装飾がされた豪華なものだ。辺りには地図が貼ってあったり武器が置いてあったりとしていて作戦室のような場所である事が伺える。
その中でその豪華な椅子には1人だけ男が座っていた。白衣を着ておりボサボサの長髪に痩せこけた体。眼鏡をかけているがその目は確実にアレフを見ていた。
そして彼は立ち上がると、笑いながら腕を広げて友好的な態度を取った。そしてこう言った。
「やぁ、待っていたよ。魔王」