【煩悩】
マサトは近衛兵に連れられて王都まで出向いていた。当然だがリンナ達は魔族なので結界内に入る事は出来ない。
その為彼女達は近くの“マーブル”という街で待機することになった。余談だがマーブルは最初にアレフが訪れたあの街である。
(は、初めて王様見たよ。本当に王冠被ってんだな。ゲームみてえ)
マサトは王の間に連れられてそこに跪きながらそんな事を思っていた。彼は割と緊張していた。
王はそんな彼を一瞥し口を開けた。
「其の方が、マサトか?」
「は、はい」
「貴公が魔族達の争いを治めたというのは真か?」
「はい、本当です」
「なれば、“聖剣”を持っているというのも真か」
「はい、これが聖剣エクスカリバーです」
マサトは腰にあるエクスカリバーを鞘ごと抜き、それを床に立てた。
王はそれをまじまじと見つめる。
「ほう、美しいな。確かに聖剣の名に違わぬ美しさよ。触らせてくれ」
「い、いえ。それは出来ません。エクスカリバーは私以外の者が持つと皮膚が焼け焦げてしまいます」
「なんと……聖剣が持つ者を選ぶというのは真だったか。わかった、では話を変えよう。マサトと言ったか。早速だが貴公を此処に呼んだ理由を教えよう。貴公にはこの王都を守って貰う!」
そう言って王は立ち上がり、険しい顔でマサトにそう告げた。
マサトはそう言われ、あまり表情の変化もなくそれを聞き入れた。というのも王都に来るまでの馬車の中で、こうなるまでの経緯を近衛兵に全て教えてもらっていたからだ。
つまり彼は馬車の中である程度の覚悟を決めていた。
「さぁ答えはっ! マサト!」
王のその圧倒的な圧にも屈せずマサトは元気よく答えた。
「有り難く受けさせて頂きます!」
周りにいた兵士達が怒号のように声にならない大歓声を上げた。
さてマサトは何故受けたのか。彼は馬車の中で敵の強さも危険度も十分聞かされた。それにも関わらずマサトが受け入れた理由。褒賞? 名声? 否、そんな事ではない。
(これは“覚醒イベント”に違いねえ! ここを逃す手はない! それにこいつを成功させれば女の子にモテモテだ!)
彼には煩悩しかなかった。
♦︎
時は少し戻り、マサト達と別れたクレア達はアレフを追いかける、のではなく町である“キリト”に向かっていた。
「アレフを追いかけなくて良かったのか?」
馬車の中でアリスはクレアにそう訊いた。
するとクレアはまだアレフを怒っているらしく、少し言葉に怒気を含みつつ答えた。
「今あいつを追いかけたところであの“四大帝”がいるんじゃ返り討ちにされるのが見えてるわ。それに一旦何が起きてるのか整理したいのよ。アタシの中でアレフをどうしたいのか、方向性が決まったら追いかけるわ」
「……なるほど。それにしても本当にアレフのあの行動はなんだったんだろうか。何故彼が四大帝と……うーむ、わからん」
アリスは顎に手を当てて首を傾げる。彼女達からすれば当然の疑問である。
「素直にあいつの行動をなぞるなら、仲間である四大帝がマサト達に攻撃されそうだったから助けに行ったと予想できるけど」
クレアは頭の中でアレフの行動を思い返しながらそう言った。
「しかしだな、その理論だと一つ疑問が残る。アレフのような唯の人間が何故四大帝などと関わりを持っている?」
「それは……これはアタシもまだ信じてないけどアレフ自身がこう言ってたわ。『俺は元魔族だ』って」
「私もそれは隣で聞いていた、感じながらな。ただ魔族ってそんななったり辞めたりするようなものじゃないだろう」
「まぁそりゃそうだけど……あいつこうも言ってたわ。『呪いでこうなってる』って。それって要は元々魔族だったけどアタシみたいに呪いで人間になってるって事よね?」
確かに、とアリスは頷いた。そもそもクレアが稀有な呪いを受けた被害者なのだ。そんな彼女がいなかったらこの話も信じていなかっただろうが、いるためにアレフの話は嘘だとも思えなかった。
「だがそうだとすると、アレフは私達を騙してた事になるが……」
「うーん、あいつにそんな器用な事が出来るとも思えないんだけど……」
「私もそう思う」
本人がいないところで勝手に不器用認定されるアレフだった。
「後考えられるとしたら操られてる可能性ね。アレフがあの四大帝に」
「アレフを操る事で得られるメリットは何だ?」
「さぁ、人間の中でもかなり強いアレフなら色々と融通が利くでしょ。というかそもそもアレフの出自が謎過ぎるのよね」
「確か“西の大陸”の出身と言ってたな」
西の大陸は東の大陸と比べると魔族達の比率が高い為にかなり物騒である。どんな国でも武装はしている上に兵士達の練度も東とは比べ物にならない。
しかし西の大陸から東の大陸に渡航してくる人は殆どいない。仮にするとしたら船での移動になる訳だが、その時問題になってくるのが内海にいる魔物達だ。
実は外海を通って大陸間を渡る事は出来ない。外海は天候が不安定すぎる為に絶対に辿り着けないからである。
しかしだからと言って内海を通ってくるのも至難の技だ。船という閉鎖的で足場が不安定な場所にも関わらず海の魔物が襲ってくる為だ。
その為各国の王達が一堂に会する“王族会議”など、よっぽどの理由で無ければ渡ろうとする者はいない。
「今思えばあいつ西の大陸で修行付けて貰ってたとか言ってたわね。ある勇者がこっちの大陸にいるから来たとか……」
「“ある勇者”って誰だろうか。うーん、何だか考えれば考えるほどアレフって謎だな」
「なんかまた腹立ってきたわ! うがー! もうやっぱりあいつに直接訊くしかない! 一回聞いてひっぱたいてやる!」
クレアは頭を掻き毟りながらそう宣言した。そんなクレアを見てアリスは、相変わらず元気が良いな、などと言って笑った。