【魔王、いちごパフェを欲する】
目の前にある大きなイチゴのパフェ。イーシェスはスプーンでそれをすくって口に放り込んだ。
「ん〜!」
彼女は身をよじらせて美味しさを表現する。街の中にある食事処にアレフが行きたいと言い出したために二人は食事をしていた。ちなみにあまり周りに人がいないためフードは脱いでいる。
アレフはそれを自身が頼んだバナナパフェと比べ、羨ましそうにみていた。
(く、くそっ俺のやつよりイーシェの方が美味しそうだな。まぁ俺のも美味しいんだが……)
アレフがイーシェスのパフェをじっと見つめていると彼女はその視線に気づき、ニヤニヤしながらスプーンでパフェをすくった。
「アレフ、もしかして食べたいの?」
「あ、ああ……」
「じゃああげるよ。はいあーん」
「いやそれはちょっと恥ずかしいというか」
「じゃああげない」
「う、ううむ。やっぱり欲しい」
「じゃああーん」
「あ、あーん」
己のプライドというものがもろくも崩れ去るのを感じたアレフだったが、イチゴパフェはそれを遥かに上回るうまさだった。
「おお! これは美味しいな! イーシェ!」
そんな嬉しそうなアレフを、イーシェスは頬を染めながら見ていた。
(ああ、良いなぁこういうの。魔王だった頃より自由な分こんなこ、恋人みたいな事もできるんだもん。ハミングの邪魔も入らないしずっとこうしてたいなぁ。やっぱ魔王には戻らなくていいのかも)
彼女はそんな事を考えていたわけだが、アレフ本人はただただ美味しそうにパフェを食べていた。
「そういえばイーシェ。銀の槍はどこに潜伏してるんだ?」
「んーと、南に昔【ローグディン】って村があったんだけど今は焼け野原で何もないのよ」
「焼け野原? 昔魔王軍が襲ったところか?」
「いや五年前の戦争時にはまだあったみたい。無くなったのはその後らしいわ。理由はわからないけど」
「ほう。で、その焼け野原がなんなんだ」
「実はその地下にあるのよ。銀の槍のアジト」
そう銀の槍は今は無き“ローグディン”の跡地にアジトを構えていた。
アレフはその惨状の原因も気になり、アジトに行くことを決意した。
町を出てアレフたちは馬車に乗せてもらう事にした。
「どちらまで?」
「ローグディン跡地まで頼む」
「こりゃまた珍しいお客さんだ。本当にあそこは何もありゃしませんよ?」
そう言いながら男は馬を走らせ始める。
「構わん。それよりローグディンで何があったんだ? なぜ滅びたか知っているか?」
「いやぁ私も詳しくは知らないんですがね、前に王都の騎士団員から聞いたんですよ。これ内緒ですよ? 確かあれは五年前に魔王が討ち取られてすぐだったかな。あの村の住人達が魔王軍に加担してたとか何とかで処刑される事になったとか。何せ平和な雰囲気を崩したくないとかなんとかで大々的にやったわけじゃなく密かに逮捕から処刑までやったもんだからほとんどの人は知らないみたいですが」
(魔王軍に加担だと?)
アレフは疑問を感じた。それもそのはず、そのような者たちに加担された覚えはないからである。それはイーシェスも同じだった。だとするならばローグディンの住人は誰かにはめられたか何かだとしか考えられない。
「村人達を捕まえた騎士団というのは“白薔薇の乙女”か?」
「ええ、そうです。私が聞いたのもその団員でしたから。ああ、でも五年前は今の団長とは違う人でしたね。確か今の団長の母上でしたか。その後すぐに娘さんが団長になられたそうですしそれが最後の仕事だったと思いますよ」
(今の……つまりアリスの母親がローグディンの村人達を捕まえたのか。ここにアリスがいたら色々聞けたんだが)
そのまま男はこう語った。
五年前魔王が討伐され、勇者達の栄光が讃えられていた中ローグディンだけはそうではなかった。
当時“白薔薇の乙女”団長だったアリスの母、アレイリは団員達数人とともにローグディンの村人達を拘束。抵抗する人々はその場での処刑が認められており、正に地獄絵図だったという。
そしてその事件があってからその時同行していた団員達は全員騎士団を辞めている。
「一般人の村人達へのその場での処刑許可とは……異例だな」
「でしょう? まぁ嘘か真か、騎士団に密かに伝わる都市伝説みたいなものだと言われましたけどね」
「ローグディン、か……」
アレフ達の心には何か引っかかりが生まれていた。だがその“何か”がなんなのかがわからない。少しの苛立ちを覚えながら、アレフは外の景色を見るのだった。
♦︎
一方時は少し遡り、王都ダムステルアの城内にいるギャルン=ジオサイド王は焦っていた。
(早急にあの小憎たらしいアレフとかいう小僧と同程度の実力者を見つけねば)
王都襲撃の一件から王は王都の防衛能力の低さに気がついた。戦士ラゲルが言う通り、アレフがいなければもはやここは残っていなかっただろうと反省したのだ。
だがしかし、王は彼に対して不遜な態度をとるアレフを雇うことなど許せなかった。そのため今、王は兵士達を総動員し国中から実力者を集めようと躍起になっている。
「まだ見つからんのかっ?」
苛立ち気味に兵士に訊く王。
「は、はっ。未だめぼしい人材はいないとの事です」
「ちっ。どうなってるんだ。“スイレン”は見つからんのかっ? 唯一の“レベル5”、スイレンはっ!」
「は、はい。スイレン様はやはり消息不明で、一年前に最後に受けたクエストも“邪竜討伐”でして……その成果報告が“協会”に来てなかったようなので……」
「死んだと言うのかっ? スイレンが!」
「げ、現状ではその可能性が高いと思われます……」
王の苛立ちは限界まできていた。親指の爪を噛み、眉間に皺を寄せている。
そう、王が一番期待していたのがこのスイレンだった。“勇者”ディーノの他に唯一存在するレベル5のプロ勇者、スイレン。
性別も年齢も一切不明。スイレンはディーノ自身にスカウトされプロ勇者になった。その時スイレンが条件に出したのが個人情報を一切出さないならやってもいいという事だったのだ。
そのためスイレンの素顔を知っているものはほとんどおらず、王ですら会ったことがない。
そんなスイレンに期待していた王だったが、死亡の可能性を示唆されて内心は焦りを隠しきれなかった。
(どうする、どうする。スイレンが駄目なら恐らくプロ勇者にあのラゲルに勝てるものはいない。このままだと……)
王が悩んでいる中、ひとりの兵士が発言した。
「畏れながら申し上げます。王、勇者ディーノ様の居場所はご存知ないのでしょうか。彼がまだご存命ならば……!」
「その名を口にするなぁあああああ!」
王は激昂し、腰から剣を抜き取ると発言した兵士の首を刎ねた。
周りは動揺したが、王は血のついた剣を放り出すと他の兵士に指示を出す。
「そいつは処分しておけ。いいか、勇者はもういない。いない者の事は考えるなっ。そいつのようになりたくなければ発言には注意するんだな」
その言葉に一斉に兵士達が黙り始める。
そんな中部屋の扉が開き兵士がひとり入ってくると、息も絶え絶えに口を開いた。
「お、畏れながら申し上げます! 西の“リンゼイア地方”の“ゼコ”という町が最近、犬族と猫族の縄張り争いに巻き込まれたそうなんですが、それを解決した青年がいるそうでっ!」
「ほう、実力はどれほどだ? プロ勇者か?」
「い、いえ。プロ勇者ではないそうです。ただ町の人が言うには途轍もなく強いそうで、なんとせ、“聖剣”を扱っていたと!」
「聖剣だとっ! それは本当か! すぐにここに来させろ! 名前はなんと言うんだ!」
「マサト、という旅人だそうです……!」
王はすぐに兵士達をマサト捜索に向かわせた。