【魔王、幼女と出会う】
街を出ること一時間と少し、アレフは都に到着していた。
綺麗に区画整理された家々、中央にそびえ立つ大きな城。
道を行き交う大量の人々、油断すると酔ってしまいそうな人のうねりが都にはあった。
「さて……勇者協会とやらはどこだ?」
アレフは勇者協会を探して街を歩いた。
すると武器屋の前を通った時、小さな子供と武器屋の店主が言い争いをしてるのが見えた。
「ちょっと! これ高過ぎじゃない⁉︎ あんたこれぼったくりでしょう!」
「お嬢ちゃん。商売の邪魔されちゃ困るんだよね、言いがかりはよしてくれ」
そんな声が聞こえて来たのだ。
アレフは気になって近寄って見ると、そこには「通洞の杖」が3500ゼラで売られていた。
(通洞の杖は簡単にできるから量産化されている。普通は500ゼラ程度のはずだ。確かにぼったくりだな)
「なんだあんちゃん。おめえも俺の商売に文句あんのか?」
「さてな。ただ都の武器屋がこんな低レベルだとは思ってなかったな」
「なんだと!」
アレフの挑発に店主は顔を真っ赤にさせていた。
世間知らずの貴族たちにはこの価格でも売れるため、商人は味を占めていたのだ。
「おめえらに俺の商売ケチつけられるほどの実力があるってのかぁ? ええ? 見たところ旅人って感じだが、勇者レベルいくつだ?」
「勇者レベル? よくわからないが俺は今からプロ勇者とやらを見に行く予定だ」
すると商人は腹を抱えて笑い始めた。
「なんだおめえ素人かよ! こいつぁお笑いだ。そんな奴に武器のケチつけられるたぁな」
それを聞いてアレフはしばし考え、
(どうやらプロ勇者とやらは人のステータスを表す指標にもなっているようだな)
そう冷静に分析していた。
「勇者レベルで判断するならアタシはレベル4よ!」
「なっ、何! お、おめぇみてえなちんちくりんが!?」
そう言われると幼女は無い胸を張って腰に手を当てはじめた。
「ええ! 『魔女クレア』って名前、一度なら聞いたことあるでしょ?」
「なにぃ? 魔女クレアだと?」
自称クレアの幼女がそう言うと、商人は疑いの眼差しを彼女に向けた。
「嘘をつくならもっとマシな嘘をつきやがれ。魔女クレアはおめえみたいなちびっ子じゃなくてボンキュッボンなお姉さんだわ! おら、これ見ろ!」
商人が見せて来たのは雑誌か何かの切り抜きのようだった。そこには魔女クレアという女性についての特集が組まれていた。
紅い髪を三つ編みにして垂らし、魔女のような紺のとんがり帽子とローブを羽織っている。
顔は美しく、スタイルも良い。
それに対し、自称クレアを名乗るこの幼女は紅い髪と紺の帽子、ローブこそ似ているが、ただの子供のコスプレにしか見えない。
圧倒的に身長が足りて無いのである。背中に背負っている大きな杖は彼女よりも大きい。
(ふむ、どこからどう見てもこのガキがクレアとやらには見えないな)
アレフもそう思い、この幼女に疑問を覚えてきた。
「それもアタシよ! 色々あって今はこんな姿になってんの! わかった⁉︎」
「わかんねえな。仕事の邪魔だ、さっさと帰んな!」
商人に凄い勢いで追い返され、アレフたちは立ち去ることを余儀なくされた。
「もうっ。なんなのよあの武器屋」
「お前、事情があってその姿になっていると言ったな。それはなんだ? 呪いか?」
「何よ急に。あんたもアタシの事疑ってたんじゃないの?」
その通りアレフは疑っていたのだが、幼女の発言から自身の身体の変化の秘密を知れるかもしれないと思い、考え直したのだ。
「いや、そんな事はないぞ」
「ふぅん。まぁけど見ず知らずのあんたに教えるようなもんじゃないわ。アタシ急いでるの。無駄な時間を過ごしちゃった、行かなきゃ。じゃねー」
そう言うと、幼女はとことこと歩いてどこかに行ってしまった。
(ならあんな武器屋と揉めなければ良かったのでは……わからん)
アレフは疑問に思いつつ去っていく幼女を見送った。
そして何度か迷いつつもアレフは目的地である勇者協会へとたどり着いた。
「ここか、でかいな……」
勇者協会は街の端に位置しており、かなり大きな建物である。
中には闘技場や訓練場もあり、魔物への対策を練る会議もここで行われる。
アレフはキョロキョロと辺りを見渡しながら中へと入った。
するとそこには受付があり、女性が座っていた。目が合うと、女性はにこやかに笑いアレフに話しかけてきた。
「こんにちは。今日は訓練場をご利用ですか?」
「訓練場? いや、プロ勇者とやらに興味があってな」
「あぁ! プロ試験申し込みの方でしたか。ではあちら側、闘技場へどうぞ」
「申し込み? い、いやそういうのではなくてだな……」
アレフの否定も虚しく、案内人らしき人物にアレフは連れて行かれることとなった。
アレフが着いた先は闘技場。
丸い円状の舞台があり、その周りを観客席らしきもので覆っている。
(誰か闘っているな……)
闘技場では二人の男が肉弾戦を繰り広げていた。
しかし、二人は互角ではなく、圧倒的に一人の男が余裕を見せている。
アレフがその様子をじっと見ていると、案内人が気を利かせたのか、説明をする。
「あのようにして、試験官と受験者は闘いを行います。もちろん勝つ事で合格というわけではなく、というか勝てませんが、色々な基準を経てプロ勇者合格となるのです」
「ほう、勝てないと。あの試験官、強いのか?」
「もちろんです。彼は【鮮烈のロキ】。勇者レベル4の怪物です」
その言葉を聞いてアレフは考える。
(勇者レベル。さっきも言ってたな、確かあのガキも自称レベル4だとか言ってたが……)
「ではそちらの席に座ってお待ちください。順番がくれば戦うことになります」
「わかった。丁寧な対応に感謝する」
アレフは言われた通り、席へと座る。彼以外にも受験者は数人いて、席で待っていた。
彼が座ると隣で既に座っていたパンツ一丁の筋肉の塊のような男がアレフに話しかけてきた。
「よぉにいちゃん。あんたもプロ勇者になりにきたのか、俺もだ。あんたも少し前の【迷彩のリンカ】のニュースに影響されたたちか?」
(なんだこいつは。馴れ馴れしいな。しかしこいつの格好面白)
そう思ったアレフであったが、パンイチで筋肉ダルマの格好を見て割とツボにはまってしまったアレフは、質問に答えることにした。
アレフは面白いものが好きなのである。
「ふっ、知らんなそんなニュースは。俺は強い奴に興味があってきただけだ。その迷彩のナンチャラとかいう奴も強いのか?」
「ニュースを見てないのか? 二週間ほど前、盗賊団が王族を拐おうとする事件があったんだ。その時、たまたまそこに居合わせた【迷彩のリンカ】が盗賊を撃退したんだ。そのおかげで彼女は王族から多大な謝礼を受け取ったそうだぜ」
男は自分の手柄かのようにその話をアレフに聞かせた。アレフはというと、大して興味なさそうだった。
「ふん。その話と勇者と何が関係あるんだ? 別にそれは勇者じゃなくても謝礼は貰えただろう」
「いやいや、それが普通はできないんだ。プロ勇者は国が認めたものだから貴族階級のみが入れる場所にも条件付きで入れるからな。そのおかげで王族のピンチに駆けつけられたんだぜ。俺もプロ勇者になって貴族階級に漬け込んでやるんだ! これぞ勇者ドリーム!」
男が拳を高く突き上げそう言ったのに対してアレフは心底どうでも良さそうにしていた。
それもそのはず、元魔王の彼にはもはや特権階級の旨味などどうでもよいのだ。
「プロ勇者は他にも一般人が入れない場所にも行けたりするんだぜ」
男が付け加えたその情報にはアレフは食いついた。
「ほう。ということはより世界を冒険しやすくなるということか。それはよいな」
「なんだあんた、このご時世に旅かい。魔族やらの抗争や戦争なんかでどこも危ないぜ」 「いいんだ。俺はその程度のものは見飽きた」
「へっ?」
男が素っ頓狂な声を出したのと同時に、アナウンスが流れた。どうやらパンイチの男が闘う番のようだった。
「さて、いっちょかましてやっかな」
男はそんなことを言いながら、闘技場へと上がり、試合を開始した。
始まると同時に、男は走り出し試験官に殴りかかる。
(あの男、大見得切った割に弱いな)
アレフの思う通り、男の先制攻撃は空振りに終わり、試験官の軽やかな蹴りで吹き飛ばされることになった。
その後も男は何度か立ち向かうが軽くあしらわれ、そしてついに気絶した。
「次の受験者の方、どうぞ」
その声が響いたので、アレフは立ち上がり、闘技場に登った。試験官のロキと視線を交差する。
(ふむ……確かに少しは強そうだ)
アレフはそう言うと、静かに構えた。
闘技場に張り詰めた空気感が流れ始めていた。