【ロキとゴレアム】
王都の城の中庭でロキ=サザンクロスはわなわなと体を震わせていた。
「ぼ、僕としたことが……迂闊だった。まさか寝ている間に逃げられるとは」
「逃げるってお前……勝手にぐーすか寝てたおめえが悪いんじゃねーか」
そう言って珍しく服を着ているゴレアム=マッスルスターは頭をかいた。
図星のロキは顔を真っ赤にしながらゴレアムに向かって指を指す。
「君は起きて話したんなら僕にも声をかけるべきだろう!」
「知らねーよ。だいたいお前会ってどうするつもりだよ。勝負でも仕掛けるつもりか?」
「そ、そうだっ!」
「馬鹿か。お前アレフの旦那は一人であの魔族ぶっ飛ばしちまったらしいぞ。魔族一人倒すのに満身創痍だったお前が勝てるかよ」
ゴレアムとロキはアレフによって気絶させられていたため闘いの様子は見ていなかったが、事の顛末は聞かされていた。
「ぐ、ぐぬぬ。それは……確かにそうだが」
「なんだ、思ったより素直だな」
「悔しいがあのクラスの魔物を一人で倒すなんて格が違う。才能が違いすぎる」
「だいたいおめー何のためにアレフの旦那追いかけてんの?」
その言葉でロキは少し考え込んだ。
(サザンクロス家には敗北は許されない。だから僕が負けちゃいけないんだ。勝ち続ければ父さんも認めてくれるはずだ)
「サザンクロス家に敗北は許されないからだ! あんな不意打ちでの負けなんて認められるか!」
「いやお前あのワータイガーにボコボコにされてたじゃん」
「う、うるさいっ。あれは体調が万全じゃなかったからだっ!」
地団駄を踏んで主張するロキ。万全じゃなくともおそらくあの魔族には勝てなかっただろう、とはゴレアムは言わなかった。
「ふーん。まぁとにかくよ、ロキがアレフの旦那に勝つつもりなら今のままじゃ無理だろ? どうすんだ? 修行でもすんのか?」
「いや、あのレベルの天才に下手な努力は意味がない。力を持つ道具や武具が必要だ」
「うーむ、なるほど。あ、じゃああれ行かねえ? 最近巷で噂になってる聖剣。あれ手に入れようぜ」
その噂とは、最近発見された【地下迷宮】での事である。
ダンジョンは、“遺跡”とも呼ばれどんな時代に作られたかは場所によって異なるが、全て古代時代と呼ばれる遥か昔のものだという事が分かっている。
そんな昔に作られたにも関わらずダンジョン内にある道具や武具は今の時代でも作ることができない超越技術である事が多いため、希少価値が高い。
以前は一般人も入れたが今はプロ勇者や学者など特別な証明書がないと入れなくなっている。
これは決して盗賊に荒らされたため、などではない。一般人が入ると死んでしまう危険性が高いからだ。
事実、財宝目当てにダンジョンに入ったやり手の盗賊たち六十人が一人も帰ってこなかった事があった。中にいる強力な魔物などのせいである。あまりに死人が出すぎて規制をかけたというわけである。
ちなみにダンジョンに現れる魔物は“一度”も地上に現れた事はない。理由は不明である。
話が逸れたが、今王都から南の方角で見つかった【オロロ迷宮】に聖剣があると噂されているのだ。
「聖剣か。確かに聖剣は圧倒的な力を持つって言われてるけど、だいたいは眉唾ものなんだよな。まぁけど行く価値はあるか」
「おーし、じゃあ行こうぜ。俺も財宝手に入れて大金持ちになってやる」
ふとロキはそう言ってやる気を見せているゴレアムに対して疑問を持った。いや、違和感を感じたという方が正しい。
「そういえば、君はなんで出世だの大金持ちだのこだわっているんだ? この前の功績でかなりの褒賞金を貰っただろう?」
そうゴレアムたちはこの前の王都襲撃の際の功績が認められ褒賞金を得ていた。更にゴレアムは勇者レベル2に引き上げられている。
ちなみにアレフは王への暴言が原因で褒賞金もレベルアップもされていない。
「男が野心を持つ事は普通だろ?」
「君を最初に見た時はそう思ったが、この前意識が変わった。君は文字通り命がけで王たちを守った。出世のためとはいえ普通出来ることじゃない。何か目的があるんじゃないのか?」
ロキのその問いにゴレアムは沈黙した。彼は真実を言うべきかどうか迷ったのだ。
(適当なことを言ってごまかす事は出来る、が……ロキがいなかったら俺は死んでたしな。言うべきだな)
「実はよ、俺には妹がいるんだ。レイナっつうんだが、あいつはよ生まれてすぐ難病にかかっちまったんだ。【ジバル病】って知ってるか?」
「……聞いた事はある。現在でも対処法は見つかってないんだったか」
“ジバル病”。発生源、感染方法共に不明。ある日前触れもなく突然“それ”は対象者に発症する。発症すると額に特異な“紋様”が現れる。
その紋様は徐々に額から顔全体に広がっていき、体全身まで広がる。紋様が広がった体の部位は動かせなくなり全身まで広がるともはや自身の力では何もうごかせなくなる。
ここまでが“フェイズ1”と呼ばれていて、“フェイズ2”に進行すると髪の色が、“白色”に変色する。
髪の色も全て変わると最終段階の“フェイズ3”に移行し、全身に巡る紋様が感染者を締め付けていき、やがて全身から血を吹き出して死に至る。
その存在自体は古代時代から確認されているが、現在に至るまでジバル病に関する特効薬や治療法は一切確立されていない。
病気の進行度は患者によってバラバラであるためほとんどわからないが、一般的に余命は五年から十年と言われている。
「不治の病“ジバル”。レイナは既に“フェイズ2”まで進行してる……! 発症してから六年だ! あいつにはもう時間がねえんだ。あいつの病気を治すには世界中から医者や学者を集めて最高の環境で研究させなきゃだめだ。だがそのためには莫大な金がいる」
「なるほどな。それでか……」
「そうだ、褒賞金はもう妹をもっと良いところに入院させるために全部使っちまった。もっと金が必要だ。もっともっとな……!」
そう言ってゴレアムは拳を握りしめた。ロキはそんな彼の肩をポンと叩いた。
「だったらさっさと行こうじゃないか。僕は力を手に入れるために。君はお金を手に入れるために。ダンジョンに!」
「ロキ……お前って思ったよりいいやつだったんだな……」
「どういう意味だそれは!」
こうしてロキたちはオロロ遺跡に向かうのだった。