【魔王、今後を考える】
アレフとイーシェスは山から降りたあと少し離れた街の宿屋にいた。
イーシェスはダークエルフという目立つ種族の上、エルフと比べるとこの国の人間には比較的避けられる存在なので、ローブを着て頭をフードで隠していた。
「さて、やっと落ち着ける」
「じゃあする?」
イーシェスは身に纏っていた服を脱ごうとし始めた。アレフはそれを見てため息を吐いた。
「節操がなさすぎるぞイーシェ。それよりお前は俺に聞きたいことがあるんじゃないか?」
そう言うと彼女は脱ぐのをやめた。
「あーそうだね、うん。じゃあ一つずつ訊いていく。アレフはどうやって生き返ったの? 死体が見つからなかったのはなんで?」
「まず、生き返った理由はわからない。同じように人間だった理由もな。死体が見つからなかったのはおそらく勇者ディーノが持ち帰ったためだろう。俺は王都から馬で一時間ほど駆けた平原のある地下に棺桶にいれられてたからな」
「ディアナ平原は一度調べたはずなのに……私達に視認できないよう勇者が何か“細工”したか……」
そう、イーシェスは一度その場所を調べている。彼女は空白の五年の間にせめてアレフの亡骸だけでも取り戻そうと躍起になっていた。
その中でアレフが眠っていた地も訪れてはいるのだが、勇者の魔法によりアレフの墓は視認できなくなっていた。
「そういえばイーシェ。よくお前ら王都襲撃しなかったな。勇者無き後に襲ったらイチコロだろう」
「それはできないの。王都には勇者たち四人が残した超強力な結界が張ってあるから。あそこは“人間”じゃなきゃ入れないのよ。私達“四大帝”といえどもその結界の中には入れなかったわ」
「結界……? だがこの前ワータイガーだのミノタウルスだの王都に侵入してたぞ?」
実は王都には結界が張ってあった。王都には魔族や魔物が入ることは許されないのだ。つまり同盟や休戦協定を結んでいる魔族と言えど王都には入れない。
だがこれこそが王都ひいてはダムステルア王国全体に蔓延る“魔族差別”の根幹である。結界に護られているという認識がいつの間にやら結界に入れない魔族は卑しく下等な存在であるとすり替わっていったのだ。
「実は“銀の槍”はその結界を何故かすり抜ける方法を持ってるの。その方法は私も知らないんだけどね」
「ほう、銀の槍は思ったより強大な組織のようだな」
「うん、それでここ最近王都襲撃の計画が上がったの。魔族としては“迷彩のリンカ”を王都に送り込んで結界をすり抜けるられる事を確認。魔物に関してはちょっと前にそこそこ強いドラゴンクラスの魔物を王都に送ったんだけど、なんか誰かに返り討ちにされたらしくて」
「それは気の毒だな」
アレフは全く記憶にないようだが、この送り込まれた魔物というのはアレフが最初に辿り着いた街から王都に向かう途中で出会った“カブトン”というあの魔物である。
彼は銀の槍から王都を破壊しろという命令を与えられていたためその指示に従おうとしたのだが偶然居合わせたアレフに討伐されてしまったのだ。本当に気の毒である。
「まぁけどその魔物も結界内自体には入ってたからすり抜けを確認して、計画を実行したのよ」
「それがこの前の王都襲撃か」
「そう。まぁこの様子だとアレフが撃退したんでしょ?」
「ああ、なんか姫様の護衛を任せられたからな」
「“元魔王”に“姫”の護衛をさせるって、偶然とはいえ中々皮肉きいてるよ」
「俺だって驚いたからな」
アレフはそう言ってその護衛していたリリィ姫の事を思い出す。
(ぱっと見では清楚なお嬢様だったが、中身は中々の変人だったな……)
するとイーシェスは頬を膨らませ少ししかめっ面になるとアレフの頬を引っ張った。
「なにひゅるんだ、いーひぇふ」
「今他の女の事考えてたでしょ」
「よくわかったな」
「女の勘だよ。そういえばアレフ、最後に別れの挨拶してたあのチビと女騎士は何? ま、まさかチビはアレフの子供じゃないよね?」
「阿呆か。チビの方は呪いでちっちゃくなってるだけだ。二人ともなんやかんやで一緒に旅をしていた感じだな」
「駄目だよアレフ! そんな流されるまま女と一緒にいちゃ! 急に襲われたりしたらどうするの?」
(それは男の俺に言う台詞ではなくないか?)
そう思ったアレフだったが、イーシェスにここで歯向かっても更に反論が返ってくるだけだとわかっているので何も言わない。
「イーシェ、お前はどこまで銀の槍について知ってるんだ?」
「私が知ってるのはまず――」
イーシェスが話したことはこうである。
銀の槍は、元勇者パーティの“戦士ラゲル”をトップとした組織である事。何故ラゲルが銀の槍を立ち上げたかは不明。
組織は人攫いや盗みの専門班、魔物や魔族による戦闘専門班、宝具研究や人体実験を専門班の三つに分かれている。
銀の槍の資金源は盗んだ宝や奴隷業と言われているが、かなり強い後援者がいる可能性があるようだ。
イーシェスは一応戦闘班に配属されたが仮契約のため大規模な任務以外は関わっていなかった。イーシェスが担当した任務はこの前のエルフの里襲撃によるエルフの涙奪取と、もう一つは宝具である“龍の鱗”を奪うものだった。
イーシェスは銀の槍に入るために西の大陸のレンド公爵と呼ばれる大貴族を殺し、手に入れた龍の鱗を銀の槍に献上した。
奪った道具は研究班に渡していた。イーシェスはその研究が何かはあまりわからないが、“龍の鱗”による研究は思ったよりも凄いことになったと噂で聞いていたようだ。
イーシェスが銀の槍に加入した理由はアレフの蘇生をするためである。銀の槍の研究の一つとして人体蘇生が含まれていてもはや打つ手なしで絶望していたイーシェスは藁にもすがる思いで加入した。
「全く、お前は俺の事になると周りが見えなくなる癖はなんとかならないのか?」
「だ、だだだだだってアレフが死んじゃったんだよぉ!? 私のこの五年間は灰色だったんだから!」
そう言ってイーシェスはアレフにくっつく。アレフは離そうとしたがイーシェスが思い出しただけで涙目になっているのを見てため息をつき諦めた。
「やれやれ……他の四大帝はどうしてるんだ?」
「ギルレイドは人間と戦争しつつも私と同じように禁術に手を出そうとしてた。確か時空間魔法だったかな……」
(なるほど、それであの賢人ボフォイに会いに行ったわけか)
アレフの思うようにギルレイドは魔王復活のために時空間魔法に目をつけた。
そして一年前彼はボフォイの時空間魔法の噂を聞きつけ、訪れたのだ。結果は繰り返す街になってしまったわけだが。
「ハミングとゾイドは?」
「ハミングの馬鹿はアレフがいない世界に用は無いとかなんとか言って“眠った”よ。ゾイドは残った人間どもを根絶する事が残された俺らの使命だ、って戦争しまくってる」
「ふん、あいつららしいな」
ハミング=セイレーン。人魚族である彼女はイーシェスに劣らず強烈なアレフ信者である。
ゾイド=バーサークル。鬼族である彼は戦いこそが全てであり、過去にアレフに負けた事で従ったという経緯がある。
「アレフ、これからどうするつもりなの?」
「個人的にはこのまま人間に扮して人間界の料理巡りでもしてたいんだがな……」
「確かに私も人間界の料理は美味しくてびっくりしたな。てかアレフ! 魔王に戻る気は無いの!? 今度こそ世界統一できるよ!」
「いやもう全然興味ないな。俺が今興味ある事と言えば俺を復活させた人物と銀の槍の目的くらいだな」
「銀の槍の目的か……確かに私も入る時に言われたのは任務の内容だけで組織自体の目的は分からなかった。団員たちも雑魚は小銭稼ぎで入ってるような奴らばっかりだったし、あーでも」
「どうした?」
イーシェスは何かを思い出したように発言した。
「団員たちは大なり小なり“人間への恨み”を持ってたよ」
「恨み、か……まぁいい。そういうことで悪いがイーシェ、俺は特に魔族に戻る気は無い」
「えー、まぁアレフがそう言うならいいけど」
「いいのか……」
反対されると思っていたアレフは拍子抜けした。イーシェスの中ではアレフが生きているという事実だけが全てなのだ。
「まぁいつかは魔王様に戻って貰いたいけどね」
「ふん、気が向いたらな。当面の俺の目標は俺を生き返らせた奴の捜索と目的を明かすことだな」
「当てはあるの?」
「俺の予想では“龍の鱗”が関係してるんじゃないかと思うんだが」
「え、それ私が見つけてきたやつでしょ?」
「ああ、俺が生き返った時期とお前が加入した時期を加味しても十分あり得る」
「じゃあ銀の槍はアレフの遺体を発見してた上に生き返らせたのに私に何も報告しなかった可能性があるって事!? だとしたら許せない!」
イーシェスはそう言いながら拳を握りしめる。アレフがそんなイーシェスの頭を撫でるとすぐにイーシェスはふにゃふにゃと力が抜けた。
「わからん、から調べるんだ」
「わかったぁ〜」
「それともう一つ気になることがある」
「何?」
「お前に傀儡の種をつけた奴の事だ。確か“ゼロ”とか言ったか。あいつ、俺が元魔王だと知っていやがった。イーシェに植えつけた種を通して俺たちの会話を聴き取りそこから俺が魔王だと推理した可能性もあるが……あの言い振り、まるで元から知っていたかのようだった」
「ゼロは、銀の槍の研究班長だよ。私も一度だけ会ったあるけど……眼鏡をかけて髪がボサボサな陰気な奴のイメージしかないなぁ。アレフの事なんて一言も話してなかったよ」
「まぁいい、これから企みを明かしてやる」
こうしてアレフは本格的に銀の槍と関わっていく事になったのだった。