番外編:イーシェス【世界から色が消えた日】
あたりは夕暮れだった。
少し前まで“魔王城”だった瓦礫の山から、一人の女性が這い出していた。彼女はイーシェス=ムーンライト。
「……い、生きてるのか私は」
彼女たち四大帝は先ほどまで勇者の仲間三人と激闘を繰り広げていた。
「物凄い衝撃音の後に気を失って……何があったんだ」
彼女は辺りを見渡すが魔族と魔物の死体と瓦礫の山しかない。
「よぉ、お前生きてたのか」
ふとイーシェスの背後から声が聞こえたために、彼女は後ろに振り返った。
そこには赤黒い肌と頭から長く伸びたツノ――といっても先ほどの戦闘で二本のうち一本は折れていたが――をもつ巨漢が立っていた。
四大帝の一人、ゾイド=バーサークルである。
「ふん、お前こそ生きてたのか。しぶといやつだな」
「これで四大帝は全員生きてる事が判明したな。おーいおめえらイーシェスが生きてたぞ」
ゾイドは瓦礫の山の反対側に向かってそう声をかけた。
「そんな報告いりません! というかそんな奴が生きててもどうでもいいのです!」
そう言って山の反対側からイーシェスの方に歩いてきた女はハミング=セイレーン。
紫がかった黒髪を後ろで結んでいて前髪で片目が隠れている。
ちなみに彼女も四大帝で人魚族であるが普通に二足歩行である。マーメイドは恋を抱いた相手に従って下半身が変化するため人型のアレフに恋したハミングは二足歩行なのだ。
「王、王ォォオオオ! どこですか! 王ォォオオオ!」
奇声をあげながら瓦礫の山を全力で駆けている男はギルレイド=テンタルウィン。
薄黒い肌と漆黒の長い髪をもつ美男子である。
「はははは、ギルのやつブッサイクな顔して走ってらぁ。イケメンが台無しだぜ」
ゾイドはそう言いながら笑った。
ここでイーシェスは異変に気付く。魔王が、アレフがいない事に。
「お、おいゾイド。魔王様はどうしたんだ? どこにいる?」
ゾイドはイーシェスと目を合わせようとしない。
「見つからん。もう五時間になる。あのアレフがこれだけの間起きないのは考えられない。恐らくもう――」
――ザンっ
ゾイドの前に剣が突き刺さった。ゾイドは投げられた方を睨む。そこにはハミングがいた。
「それ以上言ったら許さないですよっ! 魔王様は生きています! 絶対!」
「ちっ……俺だってそう思いたいがな」
それだけでイーシェスは察した。アレフはこの五時間懸命の捜索にもかかわらず見つかっていないのだ。
イーシェスの中に言いようのない不安が立ち込める。
彼女はふらふらと歩き始めると、近くの瓦礫を手でどかして捜索を始めた。
「アレフ……どこ? どこにいるの?」
イーシェスの呼び声はあまりにもか細かった。
それから更に彼らは捜索を続けた。何も食べず、何も飲まず三日間瓦礫の山からアレフを探し続けた。
だが、見つからなかった。
瓦礫の山は完全に全て調べ尽くしていた。瓦礫の山だったところはすでに地面が見えていた。
頬が痩せこけ、足取りもふらふらなギルレイドは調べ尽くしたはずの瓦礫にまた手をつけ始めた。
「も、もう一度探しましょう。瓦礫のどこかに王はいるはずなんです。瓦礫のどこかには……」
「いい加減にしろギル!!! もう全部探しただろうが!!!」
「な、何を言ってるんですゾイド。ほら、ここにいっぱい瓦礫はあるじゃないですか」
そう言ってギルレイドは探し終えている瓦礫の山を指差した。
それを見て他の四大帝はどこか切ない表情をした。そしてハミングがギルレイドを手伝うように探したはずの瓦礫の中をまた探し始めた。
「ほ、ほらイーシェスさんも探しましょうよ魔王様を」
そう言ってハミングはイーシェスを手招いた。イーシェスはよろよろと何かに取り憑かれたかのようにそこに向かう。
それを見たゾイドは地面に拳を叩きつけると叫んだ。
「馬鹿野郎っ!! 馬鹿野郎が!! もうわかってんだろ! ハミング!! お前は感知魔法の使い手だ。ここにアレフの魔力があるかどうかくらいわかってるだろうが!!」
「探しましたよ。け、けど魔王様の魔力が感知できないから、こうやって瓦礫の中を手作業で探してるんじゃないですか。き、きっと魔王様は気を失ってるんですよ。それで、それで……」
ハミングは疲れ切った顔で自分に言い聞かせるようにそう言った。
空からは雨粒が降り注ぎ始めた。それはすぐに勢いを増し、彼らを濡らした。
「馬鹿野郎! 馬鹿野郎が……! わかってんだろうが……王は、アレフはもう――」
「――言わないでっ……それ以上は言わないでよっ……」
イーシェスは目を手で覆い隠しながら願うようにそう叫んだ。
「“俺のために生きろ”って、そう言ってたのにっ! なんでっ……なんでっ、アレフ……!」
イーシェスの慟哭は虚しく空に消えた。
ゾイドは雲で淀んだ天を見つめていた。彼の拳は、いや全身は震えていた。
ギルレイドもハミングも、力が尽きたかのように瓦礫に寄りかかり、生気がなくなった顔のまま涙か雨か、顔を濡らしていた。
その時、全員はわかった、わかってしまった。
――魔王は死んだのだ。
その日イーシェスの世界から、色が消えた。
♦︎
その日から四大帝はしばらく表に出てこなかった。崩れ去った魔界は優秀なギルレイドの部下が指示を出し、着実に元の姿に戻ろうとしていた。
だがアレフがいなくなった衝撃は配下たちに少なくない衝撃を与えていた。
一ヶ月が経ち、イーシェスはようやく行動に出た。彼女はこの一ヶ月、あらゆる蘇生に関する本を読んでいた。
そして彼女は、禁忌魔法と呼ばれる様々な理由から禁止にされている禁断の魔法に手をつける事を決断する。
禁忌魔法はほとんど書に残されてはいない。記しても大罪であるため基本的に歴史の闇に葬られてきたのだ。
つまり、情報を得るためには先祖代々受け継がれていたり、隠れて研究している知識がある者たちに会う必要があった。
「イーシェスさん、行くのですか」
魔王城からひとり、誰にも告げず去ろうとしていたイーシェスをまるで待っていたかのようにハミングが止めた。
「ハミングか。ああ、私は……」
「禁忌魔法ですか」
「……っ! 何故それを」
「わかりますよ、それくらい。どれだけ一緒に戦ってきたと思ってるですか」
「……今日は随分と優しいんだな」
「余計なお世話ですよ。これでもう会えなくなるのに罵り合っていても仕方ないでしょう」
「会えなく? どういうことだ?」
イーシェスがそう訊くと、ハミングは普段彼女には絶対見せない笑顔を見せた。
「やはり私には魔王様無しの世界は考えられません。けれど魔王様が亡くなったとは今でも信じられないのです。だから私は“眠る”事にしました」
「眠る……そうか」
「私はエルフのあなたと違って長命ではないですからね。あの方が帰ってこられた時、変わっていない姿を見せて差し上げたいのです。よぼよぼのおばあちゃんになったら子も成せませんからね」
「ふん、最後の最後まで……お前らしいな」
そう言って、イーシェスも笑顔を見せた。
「だから、あなたも変わってはいけませんよ? あの方を今と変わらずお出迎えするために。まぁあなただけ変わって魔王様に捨てられるのも面白いですけどね」
「……努力するよ」
「そうですか。では、頑張ってくださいイーシェスさん。御機嫌よう」
「ああ、またいつか」
こうしてイーシェスは城を出た。この時ギルレイドもイーシェスと同じようにアレフを取り戻すために様々な方法を模索していた。彼が至った結論は死者の復活ではなく時の改ざんであった。
その後ゾイドとギルレイドは四大帝の主を失った配下たちをまとめ上げ、人間たちに戦争を次々と仕掛けていった。
(眼前に広がる光景は灰色ばかり。けれど私は必ずやってみせる。何を犠牲にしても……!)
思いを胸に抱き、イーシェスは瞳に映る色の無い世界を歩み始めた。愛する者のために。
彼女がアレフと再会するのはこの五年後のことである。
四章はこれで終わりです。
よろしければ下までスクロールして評価やブックマークしていただけると嬉しいです!