【魔王、“ちーと”と戦う】
「アレフ、アレフアレフアレフ! ぎゅーっ」
「いたっ、痛い。お、落ち着けイーシェ」
イーシェスは枷が外れたかのようにアレフに抱きついた。だがアレフはそれを痛そうに拒否する。
「なんでよいいじゃないこれくらい。久々に会えたんだから」
「お前見てただろ。俺魔法吸収したんだぞ。しかも古代魔法。今俺の身体はズタズタだ。あまり触れるな」
「しーらないっ。そう言ってまた私を置いてっちゃうかもしれないし」
「いたたっ、それとここから早く離れなきゃいけない。お前に復讐しようとする奴らがやってくる」
「そんな奴ら全部私がやっつけるよ」
イーシェスはもう二度と離れないとでも言いたげなほどアレフから離れようとしなかった。
アレフはため息をつくと、
「やれやれ。お前が思ってるよりあの男は厄介そうだがな……」
(あのマサトとかいう男の魔力はかなりのものだった)
「それよりそれより、なんでアレフはそんな人間みたいな格好になっちゃったの? ツノは? 翼と尻尾は?」
「いや、俺もよくわかってないんだ」
「ま、いっかぁ。アレフがここにいるんだもんね、ふふ」
イーシェスはアレフの存在を確かめるかのように胸元に頭をぐりぐりと押し付けていた。
「イーシェ、俺が乗ってきた馬があるだろ? そいつに乗って逃げるぞ」
「はーい」
アレフとイーシェスは馬に乗り、山を降りようとした。
「――見つけたぞ」
だが見つかった。
(馬鹿な、速すぎる)
マサトたちはアレフの予想以上の速さで到達した。それはマサトが乗ってきた魔物に高難易度の身体強化魔法をかけていたためである。
「あ、アレフっ!? 何してんのあんた! つーか何その血だらけは!?」
クレアは血だらけのアレフを見て、何が起きているのか全く理解していなかった。
アリスに至っては意味がわからなすぎてかしゃかしゃと、とりあえず剣を抜いたり収めたりを繰り返していた。
「は、早かったなクレア」
「早かったな、じゃないわよ! てかアリスはかしゃかしゃうるさい! アレフ、その女は誰!?」
「あーそれはだな……」
「――どうでもいい」
アレフが何か説明をしようとしたところでマサトがそれを遮った。
「どうでもいいよ、そんなこと。とにかくあの女がリンナの里を襲ったダークエルフなのは確かだ。見ろ、こんなにリンナが震えてる」
マサトの横にいたリンナはマサトの背中に隠れながら震えていた。もちろんそれは里を襲われた時の恐怖心が蘇っているからだ。
アレフはそれを聞いてイーシェスに耳打ちをする。
「おい、お前があのエルフの里を襲ったのは本当なのか?」
「……本当だよ。襲った時の記憶はないけど。それを傀儡の種のせいにする気はない」
「ふん、なるほどな」
「何をこそこそ喋ってる。消えろ。爆蓮!」
(こいつ、詠唱破棄できるのか!)
「避けろイーシェ!」
マサトは右の掌をイーシェスに向けた。瞬間イーシェスの目の前に一瞬チカッと火花が見えたかと思えばその場所は一瞬にして爆発した。
アレフは爆発の前に咄嗟に魔物から降りるとイーシェスの服を掴み遠くへ投げ飛ばした。そしてアレフ自身は這いつくばって魔物の下に隠れる。
爆発の衝撃により魔物の身体がバラバラに吹き飛ばされ、内臓と血がアレフに降り注いだ。
「あの状況で避けた? なんなんだあいつ」
マサトが疑問に思っている傍ら、アレフとイーシェスは互いにマサトの想定以上の実力に驚いていた。
(詠唱破棄に爆破魔法か。思ったよりはるかに強そうだな……あのマサトとかいう男。ちっ、久々に魔物の血なんて浴びたぞ)
アレフはその場からイーシェスがいる場所に素早く移動した。
「アレフ、あの男……」
「ああ、かなり強い。舐めてると死ぬぞ」
「うん、もう大丈夫。油断しない」
イーシェスとアレフは構えをとった。
それを見てマサトはアレフもイーシェスの仲間であると確信した。
「どうやらあんたもそのダークエルフの仲間らしいな。つーことはなんだ? この女二人もグルか?」
マサトは未だに状況が飲み込めていないアリスとクレアを指差してそう言った。
それに対してアレフは淡々と冷淡な声で答える。
「そいつらは関係ない」
「ま、だろうな。この子たちも戸惑ってるし。何のためかは知らないけど騙してたんだろう?」
アレフはその質問には答えなかった。今何を言ったところで無駄だとわかっていたからだ。そして何を言われたところでイーシェスを裏切る事もあり得なかったからだ。
「何で黙ってるのよアレフ!」
クレアが感情を露わにして叫んだ。だがアレフは答えない。
「まぁなんでもいいけどな。俺はリンナの里のエルフたちの無念を晴らすだけだ。爆蓮!」
「イーシェス! お前は俺の援護に回れ! 俺は突っ込む!」
「はいっ」
アレフたちは爆発を転がりながら避けた。そのままアレフはマサトに向かって直進。途中で落ちている剣を拾い、それを投げてマサトを牽制しつつ、また新たな剣を拾い距離を詰めた。
「マサトに援護をって何これ! つる!?」
マサトとアレフの攻防を見て援護魔法を放とうとしたエルフのリンナだったが、それを見越したイーシェスが魔法を放ち、マサトとアレフ以外の全員を拘束した。
「あ、アタシが気付けなかったなんて……」
「これでも私は四大帝だ。お前らごとき、相手にならない」
クレアが悔しがる一方、イーシェスはアレフに見せていた子供のような甘えた姿ではなく四大帝として軍を仕切っていた冷酷な顔になっていた。
(よくやったイーシェ)
マサトはアレフの陽動攻撃に手こずり爆発を起こせなかった。
そうこうしているうちにアレフはマサトの近くまで接近していた。
そしてそのまま剣で斬りあげた。腕を切断する気でやったアレフだったがその攻撃はマサトの抜剣により防がれる。
きぃんという鈍い金属音が辺りに響く。アレフは一旦マサトから離れた。
「まさか今のを防ぐとはな。貴様、剣も扱えるのか」
「剣術スキルをマックスにしといた甲斐があったぜ」
「剣術、“スキル”?」
「おっと。あんたらには関係ない話だ。まさか俺にこの聖剣エクスカリバーを抜かせるとはね」
「エクスカリバーだと……馬鹿な。それは神話の中にだけある伝説の剣のはず」
エクスカリバーは、神話の中に存在する初代の勇者アーサーが使っていたとされる剣である。そのあまりの強力な力に恐怖した魔王は死に際に剣を呪って封印したと言われている。
「女神様に貰ったのさ、この世界に来る前に」
「さっきから訳の分からん事を……」
「あんたは俺に勝てないってことだ、よっ!」
マサトはアレフに斬りかかった。アレフはそれを剣で受け止めるが、刃の部分が折れた。
「聖剣の前ではそんな剣無意味だ!」
「理不尽だな」
「チートって言うんだよ!」
そのままアレフの身体を斬りつけようとするが、アレフは左手で地面の砂を拾ってそれをマサトに投げた。
「うわっ」
目に砂がかかったマサトは思わず剣の攻撃を緩める。その隙を狙ってアレフはマサトを蹴り飛ばすと先ほど投げた剣が刺さっているところに行きそれを抜いた。
「妙な感じだな。貴様からは確かに剣豪のような剣さばきを感じるが、何故か戦闘慣れを感じない。まるで殺陣の素人がいきなり剣豪になったかのようだ」
「くそっ」
マサトはエクスカリバーの鞘を腰から抜くとそれを目に当てた。するとマサトの目に入った石などは消え、元どおりの顔に戻る。
「エクスカリバーの鞘の回復能力。伝説通りだな。しかしそれを目の中の砂を取り除くのに使うとは。“ちーと”というのは贅沢だな」
アレフが冷静にマサトを評する一方で、マサトは言いようのない焦りを感じていた。
(今までどんな敵もエクスカリバーで一撃で倒したきたのになんなんだこの男は)
「つまり貴様は粉々にしない限り何度でも復活するということだ。未来ある青年に対して気がすすまないが仕方ないな。あぁ気がすすまない」
アレフはそう言いつつ邪悪な笑みを浮かべていた。それを見てマサトはひたいから汗を垂らすと心の中で思った。
(これもしかして会っちゃいけないボスキャラに会っちゃった感じ?)