【魔王、剣を振るう】
アレフは一人、全力で下山するとそのまま乗り魔物に乗って北へ駆けた。
(ここから北にある中で魔族が潜みやすい場所は限られている。おそらくここから最も近いあそこにいるはずだ)
アレフは、元魔王だった故に人間たちなどから気づかれ辛い地理などを把握していた。そのため、彼は迷うことなくある一点の地を目指していた。
彼が目指した場所は【サマル山】。王都からそう遠くないこの山は空からの襲撃に適している。
そしてアレフは一時間かけてサマル山に辿り着くとそのまま登り、そして見つけ出した。
そこには山に不釣り合いなほど魔物と魔族が焚き木をしつつ集まっていた。そして、その中には、
(イーシェ……!)
黒く艶がかった長い髪に褐色の肌。そして美しい顔立ちをしている。彼女こそ四大帝の一人、イーシェス=ムーンライトである。
(しかし周りにいる奴らは誰だ? どうやら昔のイーシェの配下たちではないようだが。つーか人間いるし)
イーシェスの周りにはさまざまな魔族や人間がいて何事か談笑していた。
「こういう時の、闇属性、位階中。ボイスバット」
アレフは手のひらサイズのコウモリを出現させるとツノをもぎ取り、それを耳に当てた。
コウモリはそのままパタパタとイーシェスのいる方へと羽ばたいていった。
「しかしこれがエルフの涙か。ただの水にしか見えないのにこれが莫大な利益を生むってんだから凄えぜ」
「こんなお宝盗めたのもイーシェスの姉貴のおかげよ。なぁ」
イノシシの顔をした魔族がそうイーシェスに言うが、当のイーシェス本人は興味なさそうに、遠く虚ろな目をしていた。
「ふん、お前らに感謝されても嬉しくなんかない。私は私のためにやってるんだから」
「わ、わかってるよ。な、なぁイーシェス、今夜あたりどうだ一緒に食事でも」
隣にいた魔族の一人がそう言ってイーシェスの腕を触ると、彼女は腰にさしていた剣を抜き取り彼の腕を叩き斬った。
「ぐあああ!」
「私に触るな!! 次に許可なく触ったら命を貰うから!」
「命っていうかこれ既に大量失血で命消えかかってるよイーシェス姉貴」
切られた部分から血が流れだし悶え苦しむ男に他の魔族が駆け寄って応急処置を施す。
(男嫌いなのは変わっていないな。しかし話を聞いてもよくわからんな、ええいめんどくさい。突っ込むか)
「底無」
「なんだっ?」
「敵襲か!?」
アレフは魔法を放って、いきなり数人蹴散らした。それによってイーシェスたちもアレフの存在に気づいた。
アレフは倒した一人の服を剥ぎ、肩に銀の槍の模様があることを確認する。
「また、銀の槍か」
「なんだ貴様!」
「あ、あ、ああ、アレフ……? い、いや、あれは人間、違う……」
(イーシェ、俺の顔を見て戸惑っているな。まぁいい、すぐに他を全滅させて話をしてやる)
アレフのその思い通り、ひとり、またひとりと魔族たちをなぎ倒していき、そして戸惑っているイーシェスを残して他を全滅させてしまった。そして一人の男が持っていたエルフの涙を手に入れた。
「こいつがエルフの涙か。さて……イーシェス、貴様には訊きたいことがある」
「お、おお、お前はいったい何者? な、何故私の名前を知ってる?」
イーシェスのその問いに、アレフは少し笑う。
「薄々気づいているんじゃないのか? 俺はアレフだ、アレフ=デリオラー。お前はよく知ってるだろ? なぁ、イーシェ」
「そ、その名前で呼ぶなぁ! そ、そんなはずがない! あの人は、あの人は五年前に亡くなったんだ! お前がアレフなわけがないっ!」
イーシェスは抜剣すると、それでアレフを斬りつけた。しかしアレフはそれを避けると彼女の腕を掴んだ。
「いきなり斬りかかるな。いいか、よく聞け、俺はな――」
「うるさい! うるさいうるさいうるさい! そんなわけがないんだ、この五年何回もそうやって私を惑わそうとしてきた奴らがいた! もう私は惑わされない! 植物属性、位階中。荊の牢獄!」
「ちょ、お前、人の話は聞けとあれだけ――ちっ、底無」
イーシェスは空いた左手から荊を出し、アレフのことを巻き付けようとした。そのためアレフは咄嗟にその場から離れ、そして闇によって荊を打ち払った。
「や、やはり闇魔法。そんなところまでアレフに似せるだなんて」
「いや、だから本物。これでわかったろ、俺はアレフだ」
「う、うそ……本当にアレフなの? いや駄目だ惑わされるな。そんなわけない。だいたいアレフの肌の色はもっと赤いし!」
「どんだけ騙されてたんだよお前。この肌はなー色々とあってだな……」
「それに本当にアレフだったとして……なんで――」
イーシェスは瞳から涙を垂らした。
「――なんで私に会いに来てくれなかったの?」
「イーシェ……」
イーシェスの一筋の涙。それはアレフが眠っていた五年の間に彼女がどれだけアレフを想っていたのかがわかるものだった。
「うぐっ」
「イーシェ?」
イーシェスは急に左肩を抑え始めた。その左肩は何かが蠢くように皮膚の下に管のようなものが浮き出始め、それが徐々に顔の方にも侵食し始めた。
「うあああああああ!」
そしてイーシェスの瞳は赤く染まり、アレフを見つめるその視線は先ほどの戸惑いとはうってかわり、殺気を持っていた。
「なんだ、どうしたんだイーシェス」
「ふーっ、ふーっ。死ね。植物属性、位階上。吸血薔薇」
「こいつは……何かに操られているな。やれやれ……世話のかかる。闇属性、位階上。大喰らい」
大量の赤い薔薇がアレフに降り注いだがアレフはそれをダークイーターに食わせた。流石に全ての薔薇は食えず、落としきれない薔薇がアレフへと突き刺さった。
すると薔薇の茎の部分からアレフの血を吸い出し始める。アレフはそれらをめんどくさそうに手で抜き取る。
(ち、だいぶ血を取られた)
「はじけろ、ダークイーター」
薔薇を食し膨れたダークイーターがイーシェスの前で大爆発を起こした。しばらくして爆煙が晴れ、彼女の姿が露わになるとそこには、多少のダメージは負ったもののほぼ無傷のイーシェスの姿があった。
「流石だ。爆発ごと斬り伏せたか」
「うがああああ」
「剣勝負か、面白い。やってやろう」
剣を持ち襲いかかってくるイーシェスに対し、アレフはその場に倒れていた銀の槍の団員の持つ剣を勝手に拝借して立ち向かった。
「はあっ!」
「左、胴、右、右。ふん、忘れたのかイーシェ。剣も俺が教えてやったものだろう?」
「う、うぅぅ……うるさいっ」
イーシェスは苦しそうな顔をしながらアレフに斬りかかる。アレフはそれを軽く剣で受け流していた。
イーシェスは一旦アレフから距離を置くと、剣を構えて息を整える。
「あの構え、辻風か。いいだろう受けてたってやる」
アレフもイーシェスと同じ構えを取る。
「鬼神流剣術奥義――」
「鬼神流剣術奥義――」
そして同じ言葉を発し、
「辻風」
同じタイミングで斬りかかった。