【魔王、賢者と会う】
「それで、どこに向かってるんだ?」
アリスがアレフにそう質問した。
王都から出たアレフたちは、馬車に乗って移動していた。
「リンゼイア地方の、キリトという町だ」
「キリト? 聞かない名前だ。というかお前たちは何の目的で旅をしてるんだ?」
アリスのその疑問に、アレフは答えるべきか迷った。すなわちそれはクレアのことも話すことになり、呪いだということは知っていても言っていいのか迷ったのだ。
アレフのその心を読み取ったのか、クレアが喋り始めた。
「アタシの呪いを解除する方法を探してるのよ。そのために賢者ヤヨイにあいに、わざわざそのキリトって町に行くのよ」
「なるほど、しかし賢者とも呼ばれたお方がなぜそのような場所に……」
「さあね。まぁアタシたちじゃ想像つかないような理由なんじゃない?」
そう言ってクレアは外を見ながらツンとした態度でそう言った。
そんなクレアを見て、アレフは思っていた。
(あいつ、まだアリスが付いて来たことに納得してないな)
しかしアリスはクレアのそんな感情には全く気づいておらず、旅が一緒にできている嬉しさであふれていた。
「あとアレフ、お前はいったい何者なんだ? その桁違いの強さはどうやって?」
「さっきから質問ばかりだな貴様は。別に、大したことではないだろう」
「いやいやいや。レベル4のロキとクレアが二人がかりで倒した魔族より強いのをお前は一人で倒したんだぞ? どう考えてもおかしいだろう」
「西の大陸ではこれくらい普通だ」
「なにっ西の大陸出身なのか。西は確かに魔物も強く戦士も強いと言われてるが、アレフが基準だとしたらあまりにも強すぎる。西はいったいどうなっているんだ……?」
(当たり前だが嘘だ。しかし最近目立ちすぎたな。厄介だ)
様々な人々に自身の実力を見られてしまったために、アレフは注目され始めていた。それはもちろん人間にも魔族にもである。
そんなアリスの質問をのらりくらりとかわしながら、アレフたちはキリトに着いた。
「ここがキリトか」
「なんか寂しいとこねー」
キリトはこじんまりとした町であまり人がいない。これといった名産品などもなく、年々人口も減っているのだ。
「とにかく賢者ヤヨイとやらを見つけるぞ」
「じゃあ聞き込みをしていきましょ」
そしてアレフたちは聞き込みを開始した。意外だったのはこの町において賢者の名前は全く知れ渡っておらず、ヤヨイという医者がいるという認識だった。
「ヤヨイ先生は凄えぞ。俺たちの病気なんかもすぐ診て特効薬を作ってくれんだ」
町の老人はそう言っていた。ヤヨイは町人たちにかなり信頼されている様子だった。
アレフたちは人々から聞いた情報からヤヨイが住むといわれる町から少し離れた森の中へ入った。
「こんなところに伝説の賢者様は住んでいるのか。私には考えられん」
「こんな森に家なんて。まるで隠れてるみたいね」
「案外その通りかもしれんぞ」
そして少し歩いたところに木で作られた小屋があった。アレフは扉を叩く。
「旅の者だ。賢者ヤヨイはいるか」
すると少しして扉が開き、中からは水色の髪色をした女が出てきた。
「私が、ヤヨイです。あなた方は?」
「プロ勇者だ。アレフと言う」
「……そうですか。とりあえず中へ」
家の中は、至る所に本や草が積まれていて、机に置いてある瓶には何かの液体が入っていた。
「す、凄い草の数だ。やはり賢者様なだけある」
「お見苦しくて申し訳ないです。研究が趣味なもので。そこにお座りください」
そうしてアレフたちは椅子に座ると、ここにきた経緯を全て話した。ヤヨイは時折頷きながら彼の話を聞いていた。
「――というわけだ」
「なるほど。呪いですか。確かに宝具ともなると私以外に対処できる方はそうおられないでしょう」
「じ、じゃあやっぱあんたならアタシの呪いも?」
「いえ。それは難しいと言わざるを得ません」
「えーっ? なんでよ!」
クレアは机を乗り出してヤヨイに詰め寄った。ヤヨイはそんなクレアを見てふぅっとため息をつくと呆れるように言った。
「いや普通に考えて宝具なんていう大層なもの一個人が研究していいわけないでしょう。馬鹿なのですかあなたは。普通に犯罪ですよ犯罪」
「な、なにをーっ!」
クレアがヤヨイに掴みかかろうとしたところをアレフがクレアの頭を掴んで椅子に再び座らせる。
「まぁこいつが馬鹿なのはいいとして、では結局クレアの呪いは治せんということか?」
「いえ、可能性はあります。話を聞く限りでは、その呪いは宝具そのものの呪いではなく宝具の研究の副産物で生まれたものなのでしょう? でしたら宝具よりは威力が弱いはず。それなら私がなんとかできるかもしれません」
「えっ、なにっなに! 何したら治せるの!?」
「【エルフの涙】というものを知っていますか」
その言葉を聞いて聞き覚えがあったのはアレフだけだった。
「エルフ族に伝わる万能の薬か」
「まぁ、知っているのですか。中々聞く機会はないと思いましたが。その薬を私がさらに手を加えれば或いはなんとかなるかもしれません」
「じゃあ早くそのエルフの涙を取りに行きましょうよっ!」
アレフの服を掴みグイグイと引っ張り始めるクレア。
「事はそんな単純な話じゃないぞクレア。当たり前だがエルフの涙はエルフの里にある。だがエルフは基本的に排他主義で他種族を嫌う。人間など到底入れん」
「えぇ。じゃあどうすんのよ」
「だからそれを考えるんだ」
そう言って考え始めたアレフ。するとずっと黙っていたアリスが口を開いた。
「お前ら、最近巷で噂の旅人を知っているか?」
「何よ急に」
「とんでもなく強いらしく、噂では異世界から来たなんて言われてたりするんだが」
「異世界ぃ? 胡散臭いやつね」
「で、そいつのパーティにエルフがいるらしいのだ。そいつから何か引き出せると思うのだが。前に聞いた話ではゼゴに滞在していると言っていた。ゼゴはここから近い、行ってみる価値はあると思う」
「何よアリス、あんたも役に立つじゃない!」
「お前は私をなんだと思ってたんだ?」
「ストーカー騎士」
「叩っ斬ってくれる!」
クレアとアリスが言い争っている中、アレフはヤヨイの方を向いていた。
ヤヨイもその視線に気づく。
「何か?」
「貴様、勇者とともに旅をしていた一人なのだろう。今、仲間が何をしているのか知っているのか?」
「……さぁ。ただ、良い事にはなっていないでしょう……」
「ラゲルとかいう奴は銀の槍って盗賊団の頭になってたぞ。英雄から大悪党だ」
「そう、ラゲルが……」
ヤヨイは窓の外を眺め、どこか儚げな目でそう言った。
「魔王を討伐した後、貴様らに何があった?」
「……察しが良いこと。でも、あなたに話す事は何もありません」
「ふん……なら別にもう訊かん。薬を手に入れたらまた来る。クレア、アリス、行くぞ」
アレフはヤヨイに背を向けると、言い争っているクレアたちを連れて、小屋から出た。
彼らが出て行ってから、ヤヨイは立ち上がり、周りにある試験管の液体を見ながら呟く。
「私たちは……間違っていたのでしょうか?」