【魔王、うっかり強キャラを倒す】
商人たちは縄に縛って騎士団に引き渡し、アレフは再びサーナの家にいた。
「神歴703年?」
「ええ、今年はそうですけど。アレフさんはあまり年とか気にしない方なんですね」
「いや……」
(ということは俺が封印された時から5年経っているのか)
「しかし、魔王がいなくなったというのにあまりこの街は治安が良くないな」
「魔王……5年前に封印された大魔術師ですね。私はその背景は良くわかりませんが、魔王がいなくなった後も断続的に戦争は続いています」
「何? 何故だ?」
「魔王の側近の四人。いわゆる『四大帝』と呼ばれていた彼らが残った魔族を率いて度々人間たちに戦を仕掛けてくるからです」
アレフはそれを聞いて、事態が思っていた方向とは違ったところに行ってしまったことを理解した。
当時のアレフは、自分の一番の部下である四大帝たちに、自分の死後は各々好きな事をやれと言いつけていた。
しかし、結果としてそれが四大帝たちの魔王からの最後の使命として固く心に残り続け、葬い合戦を5年に渡り続ける事になったのである。
(ち、あの馬鹿ども。俺が死んだ後も俺に縛られてどうする)
アレフは心でそうは思うものの、自分の為にそこまでしてくれる部下のことを考えて、口元から笑みが止まらなかった。
「アレフさん? どうしました?」
「いや、なんでもない。じゃあ今も大陸を挙げての戦争が続いてるのか。そうだ、勇者はどうした?」
「勇者? ああ、勇者ディーノ様ですか。ディーノ様は魔王を倒された後、魔王の封印場所を作り、そして行方をくらませました」
「何? そこから奴は見つかっていないのか?」
「ええ。既にディーノ様は生きてはいないというのが通説になっています」
(ディーノにいったい何が……? あいつが魔族と人間の戦争を放っておくとは思えないが)
アレフはしばし考えたが答えがでない事に気づき、やめた。
「アレフさんはこの後、何をするつもりなんですか?」
「前は都合で出来なかった事でもやってみようかと思っている」
「なんです?」
「世界の観察だ。要は冒険だな」
「そう、ですか……」
(もしかしたら私と一緒に暮らしてくれないかな、とか思ったけどやっぱ駄目だよね)
サーナはそんな事を考えていたのだが、アレフは知る由もなかった。
「ああ、せっかく堅苦しい地位から抜け出せたからな。今度は好き勝手にするつもりだ」
「堅苦しい? そういえばアレフさんは『プロ勇者』ではないんですか?」
「プロ勇者? なんだそれは?」
「えーっ! 知らないんですかっ?」
(アレフさんどんな田舎から来たんだろ?)
サーナがそう思うのも無理はなかった。プロ勇者とはこの世界における常識の一部となっていたからだ。
しかしプロ勇者が発足されたのはちょうど5年前、すなわち勇者ディーノにより作られたものであり、アレフが知らないのも仕方ない事であった。
「プロ勇者っていうのは勇者たちの組合ですよ。困っている人たちがいたら助ける、魔物や魔族が襲ってきたら倒す、などなど」
「いつの間にか勇者がそんな記号化していたとは……。それに入ると何かあるのか?」
「プロ勇者になれば勇者協会から活動資金としてお金が貰えます。もちろんランク分けもされていてそれに見合った報酬ですが」
(ふん、勇者にランク分けか。呆れた話だ)
アレフはそう思ったものの、興味を持っていた。プロ勇者にはディーノのように強い奴がいるかもしれないと考えると、心踊るからである。
「興味があるなら都に勇者協会がありますから試験を受けてみるといいと思いますよ」
「ふむ、都か。面白そうだ。行ってみるか」
アレフはサーナから地図を見せて貰い、都の場所を教えてもらった。
もともと人間界の地理はあらかた頭に入っていたため、これでアレフは自分の居場所の把握と目的地までの距離がだいたいわかった。
「本当にありがとうございました。また会える事を楽しみにしてます!」
「ああ、元気でな」
そう言ってアレフはサーナと別れた。そして街を出て北へと向かう。
幸いな事にここは都からは近く、馬を使えば一時間ほどで着く距離だった。
「さて、行くか……」
一方その頃、都の勇者協会はかなりばたついていた。対魔物協議本部では現在都に近づいている強大な魔物への対策が練られていた。
「都に近づいている魔物はドラゴンクラスという情報あり!」
「ドラゴンクラス……! そうなってくるとレベル4以上の勇者が必要になるぞ……! 動ける勇者はいるのか?」
「現在ほとんどの高レベル勇者は都にはおらず、呼べるとしても【鮮烈のロキ】が一時間で着くかどうかという距離です!」
「絶望か……! 今すぐロキへ連絡を!」
協会員が絶望し、机を叩いていた頃から30分ほど後。
アレフは道の途中で魔物と出会っていた。頭に大きなツノを持ち、体は硬い甲羅で覆われている。
アレフは久々に見た魔物で少しテンションが上がっていた。
「おお。久しぶりに魔物を見たぞ」
「なんだ、お前は?」
「お前? 誰に向かってお前と言ってるんだ貴様は?」
「うぐ……⁉︎」
(な、なんだ? この今すぐにでも土下座したくなるようなこいつの圧倒的な重圧感は?)
魔物は即座にそう思ったが、なまじ実力があったため、その本能に逆らう事が出来てしまった。
「お、俺様の名前はカブトン! 俺様は今から都を破壊しに行くんだ! 邪魔をするならお前も破壊するぞ!」
「ほう……破壊か。大きく出たな」
(そうか、こいつら俺が魔王だと気づいていないのか。肌やツノ以外は前と同じなんだがな……)
「おい貴様、魔王を知らないのか?」
「あぁ? なんだ急に。魔王を知らないわけねーだろが。新生魔王のザリエル様をな!」
「ザリエル……?」
(なんだそいつは……聞いたことがないぞ)
アレフは全く聞いたことがないその名前に困惑していた。
「ふん、人間には今の魔界の派閥などわかるまい。とにかく死ねい!」
「おい、まだ聞きたいことが……ちっ」
カブトンは話を断ち切ってアレフに殴りかかった。その為アレフはそれを軽々と避け、カブトンの腹めがけて重い拳の一撃を放った。
カブトンは手で腹を抑え悶絶し始めた。
「ぐおっ……⁉︎」
「続きだ。新生魔王とはなんだ? 今は四大帝が魔物を治めてるのではないのか?」
「な、何者なんだお前は……人間どもに言わせればドラゴンクラスの俺様をこ、こうもたやすく……」
「質問には簡潔に答えよ。新生魔王とはなんだ」
「ぐあっ」
アレフは転がるカブトンを踏みつけ、見下しながらそう言った。その姿、まさに魔王。
「い、今の魔界は派閥が分かれてるのさ。カリスマ無き旧体制の四大帝からは離れてる奴も多いぜ。俺様もそうだ」
(派閥だと?)
アレフが一瞬思案に時間を取られた隙をつき、カブトンは魔法を唱えた。
「死ねえ! 土属性。位階、中。女鹿豚パンチ!」
「馬鹿めが。反射板」
「詠唱破棄だとぉ!」
カブトンが繰り出した岩石のようなパンチは、アレフが出現させた鏡の中に吸い込まれ、そしてその鏡から全く同じ拳がカブトンめがけて繰り出された。
瀕死だったカブトンはそのパンチにより自らの力で事切れた。
「くそ、死んでしまったか。まだ聞きたい事があったんだがな。つーかなんだったんだこいつ」
アレフはよくわからないまま馬に乗り、再び都へと向かった。
その頃都。
「そ、そろそろ魔物が来るはずなんだが」
「ま、まさか誰かがやっつけてくれたとか?」
「馬鹿な。ドラゴンクラスと戦闘して誰も報告しないわけないだろう!」
「そ、そうですよね」
都から少し離れたところでその魔物の死体が発見されたのは30分後の事だった。