【魔王、気分が良くなる】
「あ、アレフ。あんた来てたの」
「おおクレア、なんだ貴様ボロボロだな。 ははは」
「わ、笑い事じゃないわよ。こっちは死にそうだっつの」
「アリス、貴様は重傷の奴らを連れて奥に逃げていろ。応急処置をしてやれ」
「わ、わかった。私も結構ボロボロなんだがな……」
そう言いながらもアリスはまずクレアを抱えて部屋の外に出た。
「リリィも下がっておけ」
「は、はい」
言われるがままに部屋の外に出るリリィ。
「ま、待てネームレス=サタン。ここであったが百年目だ。僕の事を覚えているか!」
「誰だお前」
ロキはボロボロの体でアレフに話しかけていた。しかしアレフの方は全く彼のことを覚えていなかった。
「な、な。この僕を覚えていないのか? この鮮烈のロキを?」
「知らん。だいたい誰だネームレスって。俺はそんな名前じゃない。人違いだと思います」
(あ、あんたの偽名でしょーが)
クレアは会話を聞きながらそんなことを思っていたが、そんなツッコミを入れる体力は残っていなかった。
「ふ、ふざけるな。サザンクロスに敗北は許されないんだ。もう一回僕と勝負しろ!」
「いや何言ってんだお前。今だって負けてるじゃん。なんで俺だけそんなつきまとわれないといけないんだ。邪魔だからさっさとどいてろ。そっちのゴリラと一緒にな」
「なっ!?」
アレフは半ば強引にロキとゴレアムを気絶させぶん投げて部屋の外に出した。
そしてちょうどその時、アレフの魔法で吹き飛ばされていたタイグロが起き上がった。
「がはっごほっ……な、なんなんだお前は」
「プロ勇者だ。それと先に言っておくぞ、貴様じゃ俺には絶対勝てん。諦めてさっさと帰れ」
「そんなことが、できるかぁ!」
「やれやれ……めんどうな」
殴りかかってきたタイグロを、アレフは避ける。そしてすかさず拳での攻撃。
だがタイグロはわざと攻撃を受け、アレフの拳を掴んだ。
「ほう」
「これで逃げられん! 土属性、位階中。脈動する岩」
アレフの後ろの壁から直方体の岩が飛び出て迫っていた。
「底無」
アレフは残ったほうの手で迫り来る岩めがけて暗黒エネルギーを放出した。
闇は岩を破壊しながら進む。
「ば、馬鹿な」
「ほら、余所見禁物」
「おうっ!?」
アレフは右足でタイグロの横腹めがけて思い切り回し蹴りを放った。
それによってタイグロは再び吹き飛ぶ。壁に激突し、埃を巻き上げた。彼は壁にぶつかりながら思っていた。
(魔力の、格が違う……!)
アレフが先ほど言っていた絶対に勝てないというのは嘘ではなかったのだと、タイグロは理解した。
「さて、長引くのも面倒だ。これで終わりにしてやる。何安心しろ、殺しはしない。こう見えても俺は絶滅危惧種には優しいんだ」
殺しはしない、などという確かに優しいのかもしれない言葉を聞いたタイグロは、しかし全く逆の感情を覚えていた。
それは恐怖。種族として、圧倒的に自らよりも上に君臨するものに対する恐怖である。まるで、そうまるで、
(魔王のようだ……)
と、そう思ったタイグロだった。
「闇属性、位階上。黒き判定」
アレフが魔法を唱えると、タイグロの背後には鎌を持ち、ローブを羽織ったドクロが現れた。
そしてそのドクロはアレフを見ると問う。
「罪状は……?」
「闇鍋かな、あれ面白いし」
「承知した」
おもむろにドクロはタイグロの両腕を持ち、浮遊して彼を上に持ち上げた。
そして彼の真下には巨大な煮えたぎった黒いスープの鍋が出現する。
「お、おいおい嘘だろあんた」
「もしかしたら貴様からいいダシがとれるかもな」
「や、やめ─―あぁあっつ!」
「ははは、愉快愉快。もっと揺らせ死神」
「い、いや旦那。これあっしもあついんですよ?」
「知るか馬鹿、やらんかい」
「死神使い荒いなぁもー」
じゃぶじゃぶと死神がタイグロのことを鍋の中で揺らしていく。顔がどんどん赤くなっていく彼を見て、アレフは楽しそうに笑っていた。
そんなアレフの姿を見て、アリス、クレア、リリィの感想は次のとおりである。
(な、なんだあれは……魔族があんなにじゃぶじゃぶと、ああまたじゃぶじゃぶと。わ、私も少しやられてみたい……はっ、私は何を!)
(な、何あれ馬鹿じゃないの? あんなので笑ってるアレフって頭どっかおかしいわね。いや前からわかってはいたけど)
(あぁ良い。良いですわ。魔族を鍋に入れて茹でる。見ていて飽きない。なんという天才的閃きなのでしょう。アレフさん、素晴らしい。素晴らしいですわ)
三者三様の意見を持っていた。
「よし、もういいぞ。引きあげろ」
「あーい。やっと終わったよ、熱かった。次は闇鍋以外にしてくださいね、旦那」
「わかったわかった。御苦労」
そうして、死神と鍋は消えた。
タイグロは既に気を失っていた。
「や、やった。やったぞ! 私たちの勝利だーっ!」
「うっさいわよあんた。傷に響くから静かにしてくれる?」
「おっと、ごめんな少女よ。ところでこの子はなんだ? 迷子か?」
「アタシは大人よーっ! 魔女クレア! この身体は呪い!」
「えっ、そうだったんですか? てっきり私も迷子の子が巻き込まれたのかと」
「むきーっ! あんたたちなんか体が元に戻ればアタシの方が全っ然ナイスバディなんだからね!」
「なんの話をしてるんだ貴様らは……」
謎の言い争いをしているクレアたちにアレフは呆れていた。
「私、戦いが終わったことをお父様に言ってきますね」
リリィはそう言って、王たちが避難している部屋に入り、王たち王族を王の間へ集めさせた。
王の顔の特徴といえば、まず蓄えられた金のヒゲ。そしてとても冷徹そうな瞳である。
王は、こんな事態にもかかわらず頭には王冠をしていて、とても高そうなマントを羽織っていた。
「その方ら、大儀であった」
「は、ははっー」
王がアレフたちにそう声をかけると、クレアとアリスとリリィはすぐに跪き、かしこまった。
そう、アレフだけはその場に直立不動の姿勢で立っているのだ。あまりにも堂々と立っているので一瞬誰もが何も言えなかったが、王の従者が口を出す。
「お、おい貴様! 無礼だぞ、跪け。王の御前だぞ!」
「興味ないな」
「は?」
「興味がないと言ったんだ。王だろうがなんだろうがなんだろうが俺は誰かに跪く気なんてさらさらない」
「何を……叩っ斬ってくれる!」
王のそばに控えていた甲冑を着た剣士二人がアレフに斬りかかってきた。
「そんなことだから貴様らは守るべき時に大切な人一人すら守れんのだ」
襲いかかってきた二人の剣士をアレフは軽くねじ伏せると、一人の剣を奪い、それを王の後ろにある柱に向かって投げた。
「ち、血迷ったか王に当たったらどうするつもりだ!」
「よく見ろ」
投げた剣は柱に刺さるわけでもなく、なんと柱から生えてきた手によって受け止められていた。
「そいつは敵だ」
「なにっ!?」
「よく見抜いたね、俺がこの柱に化けたって」
「馬鹿、ばればれだ。皆が部屋からこの王の間に入り込んでくる時に貴様の殺気がダダ漏れだったぞ」
「まぁいいや。そんなに簡単に殺せると思っていなかったから」
そう言って、柱からは一人の男が現れた。体格は良く、そして太刀を背中に背負っている。
髪は短く整った黒であり、少しいかついが整った顔立ちの青年である。
「な、何故お前が……」
一番最初に驚いたのは王だった。王は彼を見てまるで死人が生き返ったかのように驚き、そして震えていた。
「お久しぶりです、王よ。僭越ながら戦士ラゲル、戻って参りました」
「せ、戦士ラゲルだと」
「お、おおあの伝説の勇者パーティの」
周りにいた貴族たちはすぐに湧き上がった。当然だ、死んだとまで噂されていたラゲルが目の前に現れたのだ。
しかしそんな場にあって王だけは厳しい顔をしていた。
「な、何故今更私の前に現れたのだ」
「何故? ははは、何故ってのはないでしょう王様ー。わかっているんでしょ?」
「ぬ、ぬぅ……」
「これは宣戦布告ですよ。銀の槍からダムステルア王国へのね」
そう言って、ラゲルは王の伏せた目を見つめた。
「……勝てると思っているのか?」
「そりゃこっちの台詞ですよ。そこの馬鹿強い彼、彼さえいなきゃすでにこの王都は壊滅してましたよ。つまり彼さえ封じてしまえば終わりでーす」
「ああ、ちなみに俺はこの国を守る気なんてさらさらないから俺の事を封じなくていいぞ。勝手に滅してくれ」
アレフはあっけらかんとしてそう答えた。その瞬間、その場にいた全員が、
(お前はなんなんだよ!)
と思っていた。
「ははは! 面白いね君、どう? 銀の槍入らない?」
「悪いがそんなのにも興味はない」
「そっか、残念だな」
「それより貴様、勇者ディーノはどうしているのか知らないか?」
「……さぁ?」
ラゲルは少し含みを持たせるように笑うとそう言った。
「まぁいいや今日の話はこれでおしまい! これも手に入れたし!」
「そ、それは我が城の秘宝!」
「んじゃまた会いましょう王! じゃあねー」
そう言って、ラゲルは水色の水晶玉を手に再び柱の中に入るとその場から姿を消した。
「あ、あぁ! あの魔族もいなくなってる!」
そして気づくとタイグロも消えていて、後からわかったが縛っていたリンカやモールも消えていた。
残っていたゼリーマンたちはプロ勇者たちが殲滅した。
結果的に残った事実は一般人の犠牲者が数十名、貴族の犠牲者も数名出て、城の内装もボロボロになり、秘宝も奪われたというものだった。
つまり完全な敗北である。
「くくく、やっぱり偉そうな王たちが敗北するのを見ると気分がいいな」
事件後、城の中で客人として部屋を貰ったアレフはベッドの上で笑っていた。
それをクレアは呆れたような目で見る。
「王様にあんな態度取るなんて……あんたってばやっぱりよくわかんないわよねぇ」
ますますアレフの謎が深まったクレアであった。