【魔王、強い】
「な、何がどうなっているんですかこれは」
「さあな、だがどうやらリンカが裏切ったように見えるが」
アレフたちは目の前の光景に理解が追いついていなかった。
とりあえずアレフは傷だらけのアリスの元へと近寄る。
「あ、アレフか」
「ふむ、ボロボロだな。何があった?」
「わ、私もよくわからない。ただ急にリンカが裏切って私を攻撃してきた」
「……そうか。よく耐えたな、あとは俺に任せておけ」
「な、何を。お前でもあいつら二人は無理だ! わ、私も、ぐっ」
アリスはしゃべっている途中で苦しそうにお腹を抑える。
「無理をするな。お前は姫を守れ。ここでお前には前に楽しませてもらった借りを返す」
「し、しかし……えっ!?」
まだ何か言いたそうなアリスをアレフは抱き寄せて黙らせた。彼は彼女がこういう攻撃に弱いことがわかっていたからだ。
案の定アリスは顔を赤らめて黙った。
「いいな?」
「は、はい……」
「リリィ、アリスを診ていてくれ」
「わ、わかりました」
「さて……」
アレフはリンカたちへと向き直る。
「どういうつもりだ? リンカ」
「別に。見たままだよ、僕は最初からこっち側だったのさ。それより驚きだよ、伏兵30人はいたのにどうやって逃げてきたの?」
(あいつの中では逃げた事になっているのか。まぁめんどくさいしその認識でいいか)
「さぁな」
「リンカ! ど、どういうことですか! 何故あなたがそちら側にいるのです!」
アレフの後方にいたリリィは声を荒げてそう言った。リリィはその問いに対して小馬鹿にするように笑いながら答える。
「だーから、最初から嘘なんだって。リリィ姫に近づいたのも今日この日のためってこと」
「えっ、で、でもあの日私を助けてくれたじゃないですか!」
それを聞いたリンカは甲高く笑った。
「ははは! だからあれは仕込みだよ! あの刺客も僕が送ったんだから。そういえば彼を倒した時「な、なんで?」とか言いながら気絶してたね。まぁ彼にはリリィ姫を襲うようにしか言ってなかったから当然だけど」
「そんな……」
「君は面白いように僕を信じてくれたね。いくら命の恩人の上に回復属性持ちとは気を許しすぎだよ」
「なんで、殺さなかったんですか?」
「ん?」
リリィは涙を流し、声を震わせながらも訊く。
「私を殺す機会なんていくらでもあったはずです。なんで殺さなかったんですか」
「城で姫を殺しても警戒されて王は殺せないでしょ? だからこうやって二人が引き離される日に確実に殺す必要があった。それに何より石碑の確認をする必要があったしね」
「な、なんで王族を殺すんですか」
「復讐だよ」
するとリンカは深くかぶっていた帽子を脱ぎさった。
彼女の頭には白い獣耳が生えていた。
「ま、魔族だったのですか」
「兎族さ。君はもちろん知ってるよね?」
「ワーラビットは……我々ジオサイド家が長年同盟を結んでいた……」
「そう、結んでいた、けれど君たちが裏切った。僕が裏切っただって? 巫山戯てる。先に裏切ったのは君たちじゃないか」
「それは……」
四年前、ダムステルア王国がホワイトウルフ、ワータイガー、ミノタウロスなどを殲滅させる計画の中の一つに、ずっと不可侵条約を結んでいたワーラビットとの同盟を破棄するものがあった。
そして王国はそれを決行。全く戦の準備などしていなかったワーラビットは数日と持たず滅びた。
リンカはその戦から偶然離れていたために生き残れた一人だった。
「まぁいいさ。お話は終わりだ、死んでもらうよ。 モール」
「おうよ。火属性、位階中。レッドスピア、よっと」
モールは炎の槍をリリィに向けて投げた。隆々としているミノタウロスの筋肉から放たれた槍は豪族で風を切る。
だがその槍はリリィに届く前にアレフの左手に掴まれていた。
「お、おらのを避けるのでも防ぐのでもなく、取った?」
モールはアレフの放つ異様な雰囲気に飲まれ始めていた。
リンカもひたいに汗を滲ませていた。
「アレフ君。そう、君がいちばんの謎だよ。僕が調べてもここ数週間の情報しか出てこない。君はいったい何者なんだい?」
「ただの人間だ」
「話す気は無いってことか。まぁいいよ、いくら君と言えど僕たちドラゴンクラス二人を相手取って勝てるとは思ってないだろう?」
「そうなのか? よくわからんがそんなに強いなら楽しみだな」
「強がりを」
そしてリンカとモールは同時にアレフへと襲いかかってきた。
リンカはその素早い動きでアレフへ体術勝負を仕掛ける。アレフはそれを軽くさばき、背後から炎の斧を振り下ろしてくるモールの脇腹に蹴りを入れた。
「うおっ!」
「ふん、その程度か?」
「や、やるべなぁ、じゃあこれだ。火属性、位階上。蛇火」
モールが放った炎は蛇のようにとぐろを巻きながらアレフへと迫っていく。
「力比べといこう。闇属性、位階上。大喰らい」
アレフがかざした右手からは大きな口だけを持つ真っ黒な闇が放たれた。その闇はモールの放った火とぶつかりあうと、火を飲み込み大きくなって進んでいく。
「う、嘘だ。おらの蛇火がこんなあっさり」
「まだだよ! 回復属性、位階上! 全反射」
リンカの魔法はアレフとアレフが放った魔法を取り囲むように球状にバリアを張った。
「これは中からの攻撃を全て跳ね返すバリア! アレフ君、自分の攻撃で死ね!」
「ふん、バリアか……食えダークイーター」
「え?」
アレフの魔法はそのままお菓子でも食べるかのように全反射のバリアを内側から食い破った。
その光景を見て、カリンは顔から大量の汗を吹き出した。
「ば、馬鹿な。あれは位階上の魔法だよ? それをあんな容易く……」
「おい、貴様らそんな突っ立ってていいのか? ダークイーターが迫っているぞ」
「う、退避だモール!」
「お、おうっ」
「逃げるのか、つまらん。弾けろダークイーター」
ダークイーターの能力は食べた魔法を魔力として爆発させることである。今回食べたのは位階上の魔法二つ。
その爆発は逃げようとした二人を巻き込む大爆発となった。
アレフは自分を含めリリィたちを暗黒結晶の魔法で閉じ込めてその爆発から身を守った。
爆発から数秒。土ぼこりはやみ、そこには衣服がボロボロで血だらけになった二人の魔族がいた。
「ま、まさかここまで強いなんて。本当に彼は何者なの。回復属性、位階下。ヒール」
「ぜぇぜぇ。お、おらをこんなに軽くあしらう奴なんて初めてだ」
「お前らの実力はだいたいわかった。これ以上やっててもつまらん」
アレフは一気に二人の元へと距離を詰めると、膝をついているモールの側頭部に回し蹴りを食らわした。
「おぅっ」
モールは勢いよく吹っ飛びそしてアレフは再び追跡。立ち上がる前に心臓付近に思い切り拳を叩き込んだ。
それによってモールは泡を吹き白目をむいて気絶した。
「リンカ、次はお前だ」
「ひっ」
回復もちゃんと終わっていないリンカはふらふらとしながら歩き逃げようと必死だった。
それをアレフは後ろから歩いて徐々に距離を詰めていく。まさに狩るものと狩られるもの。
アレフは遂に彼女に追いつき、そしてその場に押し倒して馬乗りになる。
「うぁぁあ」
「何故泣く? 死ぬのが怖いからか? 復讐ができなかったからか? それとも他に何かあるのか?」
アレフのその問いにリンカは泣くのをやめ、少しの沈黙の後、答え始めた。
「生き返らせたかった……お父さんとお母さん、そして弟を」
「生き返らせる? 蘇生魔法か? 研究するのも禁忌だし、そもそもそんなものは出来ないはずだ」
「でもかすかな望みがあった。それが宝具。王都ダムステルアの城の地下深くにあるとされる【神の雫】という宝具を使えば命すら蘇るという情報を得たんだ」
(馬鹿な、宝具といえど蘇生など……いや待て? よく考えたら俺、蘇生してるな。俺はどうやって蘇生したんだ? いや、今はそんな話じゃない、落ち着け)
アレフは蘇生魔法などあり得ないという常識と自分が一回死んでから生き返っている事実の矛盾で困惑していた。
「それを手に入れるためにこの襲撃に参加したのか」
「そうだよ。もちろん王族達への復讐もあるけどね」
「それがお前の本音か、なるほど。残念ながら夢は叶わなかったな」
「まさか君がここまで強いとはね。本当、何があるかわからないものだ」
そう言ってリンカはうっすらと笑った。
「ふん。おっと、聞いておかないと。お前、賢者ヤヨイの居場所を知っているか? あと龍神の鱗という宝具もだ」
「龍神の鱗は知らないけど……賢者ヤヨイなら聞いたことあるよ。確か、今は【リンゼイア地方】の【キリト】という町にいるって」
「リンゼイア、西か。よし、アリス歩けるか? 城に向かうぞ」
「ま、待て。僕を、殺さないのか?」
リンカは何もせず立ち去ろうとするアレフに思わず訊いてしまった。
その問いにアレフは無表情のまま淡々と答える。
「なんだ、殺して欲しいのか?」
「そ、そうじゃないけど……」
「ふん、なら別にいいだろう……いつか王族に復讐できるといいな」
「な……」
「あ、アレフさん! 私も一応王族なんですよ?」
「知るか、護衛中は守ってやるがそれ以外は自分でなんとかしろ」
「そ、そんなぁ」
そう言ってアレフはスタスタと歩き始めてしまった。
リリィはがっくりとうなだれた。
ボロボロのアリスは立ち上がると倒れているリンカを睨んだ。
「姫に危害を加えるものなど……ここで私がとどめを刺したいが、もう私にはそんな力が残っていない。次また来た時は私だけで倒してやる」
嘘だった。アリスにはまだ心臓を突き刺す程度の余力は残っている。だが、リンカの両親を生き返らせたいという強い想いを聞き、彼女は同情してしまったのだ。
リリィはリンカの元へ歩み寄るとそこに膝をつき、彼女の手を握った。
「な、何をしてるのさ」
「謝ってもどうなることでは無いと分かっています。けれど謝らせてください。本当にごめんなさい」
「ふふ。そんな気休め、聞きたくないよ」
「ええ、ですが言わせてください。感謝を。たった数週間でしたが、私にとってリンカは、初めての友達でした。ありがとう」
リリィは握ったリンカの手を自らのひたいに押し当て、祈るように目をつぶった。リリィの瞳からは一粒の雫が落ちていた。
「さようなら」
そう言ってリリィは立ち上がり、アレフの後ろを追って去ってゆく。
リンカは起き上がれぬまま、彼女の儚げな後ろ姿を見て、哀れむような視線を送っていた。
「姫、あなたは可哀想な人だ。人一倍優しくありたいと願っているあなた自身が、傲慢で自分勝手な王族を一番体現している」
そしてリンカは決意をする。
「いつか、僕が君を殺すよ」