【魔王、遊ぶ】
「腐りきった現実?」
クレアはザードが言ったことに疑問を感じていた。王族や貴族はこの国を治める偉大な人々だ。
勇者協会に資金援助をしているのも彼らであるし、その他色々と政治を動かしているのは彼らであるから、腐っているなどあり得ない、クレアはそう思っていた。
「五年前、勇者が魔王を討伐したよな。問題はその後だ。奴ら貴族は魔王という絶対的なカリスマを失い混乱状態にある魔族を根絶させようと動き出した」
「それはそうだろう。君たち魔族は僕たち人間を脅かす敵なのだから」
「そうかもな。だがエルフやマーメイドはどうだ? 奴らも魔族だろう」
「彼らは魔族だが中立の立場を明言している。僕たちは侵略者じゃない。襲ってこない者に攻撃などしないさ」
ロキは世界の常識を淡々とそう述べた。ザードもそれに関しては特に否定しない。
だがザードは眉をしかめた。
「侵略者じゃない、か。面白い事を言うな。しかし現実は違う、貴族たちは自分たちの欲を満たすためにある工作を行った」
「工作?」
「情報工作だ。さっきそこのガキが言っていたホワイトウルフの危険性。そして俺たちの皮や毛から作られる装飾品の高騰。それは奴らが俺たちを根絶するために流した工作だ。俺たちは別に人間などさほど興味ない」
「ば、馬鹿な。何のためにそんな」
「俺たちが強かったからさ。魔王亡きあと、人間の脅威となり得る可能性を持つ魔族は片っ端から滅ぼすつもりだったのだろう」
ザードの真剣なその話は少なからずクレアとロキを動揺させた。
「俺たちホワイトウルフはエルフ族や人魚族等と同じように別に人間と敵対していたわけじゃない。中立的立場だった。だがお前等人間は俺たちを攻撃したのさ。罪の無いものも無慈悲に殺す、これが腐りきったこの国の現実だ」
「そ、そんな話をすぐに信じる気にはなれないな」
「ふん、別に信じようが信じまいが構わない。俺は復讐しに来たんだ。いや、正確には俺達か」
「俺、たち?」
不意に、ザードは口元を歪め笑った。その表情は邪悪そのもので、まさに憎しみそのものだった。
「滅ぼされたのはホワイトウルフだけじゃないだろ? 虎族とミノタウロス。その二人が復讐に来ている」
「ワータイガーとミノタウロスだとっ?」
ロキは戦慄した。何故ならばワータイガーとミノタウロスは魔族の中でもかなり強力な種族として知られていて、人間が数年前に総力を挙げて多大な犠牲を出しながら滅ぼしたものだからだ。
ロキ自身その総力戦には参加しており、少なからず傷を負っている。
(そして……その2種族も数年前に危険性を唱えられて大規模討伐が行われた種族だ。国は、王はまさか……)
ロキは少なからず動揺していた。そして同様の思いはクレアにもあった。国や王族に対する疑心。
だが彼らはその思いを押し殺し、この場を切り抜ける方法を模索する。
「今ごろミノタウロスの方は姫さまを、ワータイガーの方は王様を襲いに行ってるぜ」
「まずい! 王や姫が殺されなどしたら国が!」
「おっと、この先は行かせないぜ。さぁ、王たちの都合のいい駒、プロ勇者さんたち。可哀想な奴らだな、利用されてるだけなのによ。まっ、せいぜい俺を楽しませてくれよ?」
「……王様達に聞きたい事はできたけど、まずはあんたを倒してからね。ロキ、やるわよ」
「ああ」
♦︎
(ほう、これはこれは……)
アレフは興味深そうに相手を見る。
ロキたちがザードを遭遇した頃、アレフたち一行もまた敵と遭遇していた。
「おめえがダムステルア王国の姫君、リリィ=ジオサイドで間違いねえな?」
もちろんリリィは何も答えない。何故なら対峙する相手は魔族。それもまだらな白黒の紋様が体にあり、頭には二本の角を持つ強種族ミノタウロスだからだ。
「あなたはいったい何者ですか?」
リリィは恐怖を押し殺し、毅然とした態度でそう訊いた。
するとミノタウロスはこれはうっかりしていた、と言いたげに頭をかきながら笑う。
「そうかぁ、人に訊くときは自分から言うもんだったな! おらはミノタウロス族のモールっつうんだ。今日は姫さまの命をもらいにきたんだ」
「な、何を無礼な! 貴様なぞに姫の命などやれるか!」
アリスは剣を抜いてそう激昂した。
するとモールはニヤリと笑い、
「やっぱその子が姫さまなんだなぁー」
と言った。
思わずアリスはショックを受ける。
(や、やってしまった)
「ま、いいけんどな。とりあえずおめえたちは全員殺すから。じゃあ行くどー。火属性、位階上。煉獄の斧」
モールは肩に背負っていた巨大な斧を取り出し、そこに燃え盛る炎を宿らせた。
「く、くるぞ! アレフ、貴様は姫を連れて後方へ下がれ!」
「いいのか?」
「他に伏兵がいるかもしれん! 悔しいが貴様は私より腕が立つ、姫を守ってくれ!」
「ふん、まぁいいが。行くぞリリィ」
「あっ、は、はい! きゃっ」
アレフは姫を腕で抱きかかえると、そのままジャンプし30メートルほど下がった。そしてそのまま森の中へ入る。
(さて、あいつらであのミノタウロスに勝てるか。しかしアリスが言ったことは正しい。伏兵は10、20、35人いるな……)
「あ、あのアレフさん」
「ん? どうした」
「そろそろおろしていただけると……」
「そうだな」
(は、初めてお姫様抱っこをされてしまいました……私姫なのに)
顔を真っ赤にしたリリィをアレフはなんともなさそうに降ろした。
「あ、アレフさんなんで森なんかに?」
「そんなのは決まっている。おびき寄せるためだ」
「おびき寄せ……?」
「ほらきたぞ」
何処からか飛んできたナイフをアレフは人差し指と中指の間で掴み取った。
そしてどこに潜んでいたのか武器を持ち顔を布で隠した男たちがぞろぞろと現れだした。
そしてそのままアレフへと襲いかかってくる。
「ちゃんと捕まっておけ」
「えっ?」
アレフは左手でリリィを抱き寄せると、片手だけで襲いかかってくる男をいなし始めた。そして地面に叩き伏せた男の肩部分の服を破いて見ると、そこには銀の槍の刺青がされていた。
「やはりか」
その隙に後方から襲ってきた男に対しては、剣を抜き取ろうとする前にその柄を抑え、
「斬りかかるなら抜いてから来い、馬鹿者」
そう言ってそのまま顎に強烈な拳をお見舞いした。
その後も次々と現れる敵に対し、アレフはたった一本の右手だけでその場からほとんど動かずに撃退していった。
アレフのその圧倒的な強さに、敵も残った五人で一斉に襲いかかる事にした。
そして多方向からの魔法、投擲攻撃に対して、アレフはようやく魔法を唱えた。
「暗黒結晶」
アレフは自分に黒い結晶を纏わせ、敵からの攻撃を防ぐと、間髪入れずに魔法を唱える。
「闇属性、位階中。闇雷」
アレフは地面に手のひらを添え魔法を唱えると黒い雷が地面を走り、残った五人を感電させた。
「ふん、やっぱりこいつらとやるよりあのミノタウロスの方が楽しそうだな」
「あ、アレフさん、こんなに強かったなんて……」
「おい、もう離れていいぞ」
「えっ、あっ、はい!」
敵を倒した後もずっとアレフに抱きついていたリリィは顔を赤らめながら離れた。
そしてアレフは呻いている一人の族に近寄る。
「おい、貴様らの目的はなんだ。王族を殺してどうするつもりだ。言え、言わないなら殺す」
アレフの底知れぬ闇を感じるその目に、男は恐怖を抱き震えながら口を開く。
「く、詳しいことは知らない。ただ王都を混乱させている間に秘宝を奪うと」
「秘宝? それはまさか宝具か?」
「こ、これ以上は知らない」
「じゃあ貴様ら銀の槍のボスは誰だ?」
「ぎ、銀の槍のボスは、ラゲルという男だ」
「ラゲル? どこかで聞いた名だな」
アレフがその名前の人物を思い出そうとすると、後ろに隠れていたリリィがおもむろに前に出てきた。
「ら、ラゲルというのはまさか元勇者パーティの戦士ラゲルですか!?」
「ふ、ふふ。その通り、なんであの人が銀の槍を立ち上げたのかなんて知らないけどな」
「で、では勇者ディーノは!?」
「し、知らない。ただラゲルさんはザリエルとかいう魔族のやつと親しいみたいだった」
(ザリエル……いつかの魔物が新生魔王だとか抜かしてたな)
「ふん、なるほど。意外にも根が深いということか。よし、リリィ行くぞ」
「も、もう聞かなくていいんですか?」
「そいつはもう何も知らん。それにそろそろあっちへ行かないとあいつら死ぬかもしれんぞ」
「そ、そうですね」
アレフたちは沢山の盗賊たちが倒れるその場を離れ、アリスたちの元へと向かう。
しかしそこには思ってもいない光景が広がっていた。
「はーっ、はーっ、ぜぇ、はぁ……な、何故だ……リンカ」
「ふふふ、なんでだろうね。でも死んで? アリスちゃん」
そこには血だらけで剣を構えるアリスと、それを見て邪悪に笑うリンカとモールの姿があった。