【腐りきった現実】
「や、やめてくれぇ! わ、私が君にいったい何をしたと言うんだ!」
一人の貴族の男が床に尻餅をつき小便を垂れながら、対峙する男に命乞いをしていた。
相手側のフードを被った男はそんな彼を見ると楽しくてたまらないとでも言いたげに口元を歪ませる。
「はぁ? 何を言ってんのかワカンねぇなぁ? 俺たち魔族とお前ら人族が殺し合うのは当然の理だろうが」
そう言うと男はフードを脱ぎ、その顔をあらわにした。
その顔は雪のように白く、端正な顔立ちだが右目には大きな切り傷があり、隻眼となっていた。そして何より特徴的なのは頭部についた獣耳。
「ま、魔族……」
「これを見たら貴様ら貴族の罪深さを思い出すか?」
男の体が変化した。身体中が白い毛で覆われ、肥大化し、手足は獣のそれとなり、顔は狼のように変貌したのだ。
それを見て貴族の男は驚く。
「は、白狼族……! ぜ、絶滅したんじゃ……?」
「絶滅させただろ? お前らがよぉ?」
「し、知らない知らないよ私は!」
「どこまでもクズな人間め。お前の部屋に自慢するように置いてあった白いコートは! 俺の同胞で作ったものだろうがよぉ!」
「ぐぁっ!」
ホワイトウルフは、貴族を蹴飛ばした。ゴロゴロと芋虫のように転がる彼を見て、ホワイトウルフはニヤリと笑う。そして後ろにいたゼリーマンに指示を送る。
「さて、俺が嬲り殺してやってもいいんだが、もっといい方法があるんでね。じっくり溶かしてやんな、ゼリーマンよ。戻りたいんだろ?」
「ズ……ウェ……エ」
「や、やめてくれやめてくれやめてくれやめて――」
「――俺たちもその言葉を何回も言ったよ」
「う、ああああああ!」
ゼリーマンが貴族の体をゆっくりと包み込む。貴族の悲鳴は徐々に小さくなり、やがて消えた。
「良い調子だ。どんどんむかつく人間どもを悲痛な顔へ変えてやる。おい、いくぞゼリーマン」
ホワイトウルフもといザードという名を持つ彼はゼリーマンを連れて貴族の家から出た。
彼はその時もう隠す必要がなかった故に自身の擬態を解いていた。
そのため気づかれてしまった、彼女に。
「その姿、まさかホワイトウルフ……? 何故ここに? いえそんなことよりもこの騒動、あんたのせい?」
「ガキ……? いや……この魔力は、並みじゃねえ……!」
ザードの目の前には杖を構えた少女、クレアが立ちはだかっていた。
♦︎
一方でロキとゴレアムたちは倒しては再生するゼリーマンたちを相手にひたすら戦っていた。
そう、ゴレアムや街にいた他のプロ勇者も都の異変に気付き参戦したのだ。
「くそっ、こいつらキリがないぞ!」
「ロ、ロキ。こりゃあちょいとまずいんじゃねえか? こっちは疲れるがあっちはいくらでも再生しやがるぞ」
「無限の命などあり得ない! 必ず奴らの身体の何処かに【核】となる部分があるはずだ。そこを壊せば奴も死ぬはず」
「なーるほど。それでさっきからおめえは頭ばっか攻撃してたのか」
そう、基本的にスライム系などの身体を留めていない魔物は身体の何処かに核と呼ばれるものがあり、それを破壊されると身体が維持できなくなる。一般的に脳がある部分にそれがある事が多いためロキは頭を狙っていた。
「そういう事だ。わかったら君も――」
「でもよ。あいつ二足歩行だし、心臓がある胸のあたりに核あるんじゃねーか? 無属性、位階下。マッスルアーム!」
「おいバカ! 頭から探れと!」
ロキの制止もきかず、ゴレアムは右の拳に包帯でテーピングをし、そのままゼリーマンへと突っ込んでいった。
単調なゼリーマンの攻撃をゴレアムはくぐり抜け、強化された拳で敵の胸の中心を貫いた。
「ォオ……ィ二……ダグ……ァイ」
何事かゼリーマンは呻いた後、貫いた部分を中心にどろどろと崩れ始め、そして遂に戻ることはなかった。
「おっ、へへ。当たりだったみたいだぜロキ」
「……くっ、なんかムカつくな。おい! 君たち、この魔物の核は胸の中心付近だ! そこを叩けば消える!」
ロキのその言葉で周りにいたプロ勇者たちが次々と反撃を始めた。
ゴレアムはロキの元へ戻ってくると耳打ちをする。
「なぁ、ここは大丈夫そうだし、こいつらに任せて俺たちは貴族院に行った方が良いんじゃねえか? 王族が被害に遭ってたらやばいだろ」
「ふむ、一理あるな。よし、僕らは貴族院に向かおう!」
ロキたちはその場を離れ、貴族院へと向かった。途中ゼリーマンを倒しつつ向かったために少し遅れたが、爆発音がする方へ到着した。
そこで彼らが見た光景は、ホワイトウルフと小さな魔女が繰り広げる熾烈な戦いであった。
「火属性、位階中! レッドスピア!」
「氷属性、位階中! ホワイトスピア!」
クレアが出した炎の槍とザードが出した氷の槍がぶつかり合う。拮抗したその二つはぶつかった瞬間に蒸発し、あたりを煙が覆った。
「おいおいおいロキ、なんだあのちびっこ魔女は? プロ勇者にあんな奴いたのか? しかもなんだあの魔物は? ウルフか?」
「お、落ち着けゴレアム。あの女の子は知らない……があの魔物はホワイトウルフだ。しかし馬鹿な。ホワイトウルフは絶滅したはず」
「よくわかんねえが助太刀した方がいいな! 行こうぜロキ!」
「待て! 助太刀は僕だけ入る。あいつは恐らくドラゴンクラス。悪いが君は足手まといだ、死ぬぞ。君は王宮の方へ向かうんだ、そっちにいる魔物たちから王族を守れ!」
「わ、わかった! 行ってくるぜ!」
ゴレアムは急いで王宮の方へと走って行った。ロキは剣を抜き、構える。ひたいからは汗が滲んでいた。
「ふっこの魔力……僕も死ぬかもしれないな、面白い。風属性、位階中。業風」
ロキの剣に薄緑の風が舞う。そして彼は走り出し、魔法をぶつけあわせているザードの背中めがけて剣を振るった。
「っ! 増援か!」
ザードは背後からのロキの攻撃を察知し、それをギリギリでかわした。
しかしロキの剣をかわしても纏っていた風によりザードは肩付近に切り傷を負った。
「ぐっ」
「ちっ、かすっただけか!」
ロキはそのままザードから離れ、クレアの元へと向かった。
「あら? あんた鮮烈のロキじゃない。助かったわ、手伝って。あいつ中々強いのよ」
「き、君はいったい誰だ? プロ勇者なのか? 見たことがないんだが」
いったい今まで何回聞かれたかわからないその言葉を聞いたクレアは少しイラつき気味で答える。
「あたしはクレアよ! 魔女クレア! この体は呪いで小さくなってんの」
「な、なんとそんな事になってたとは。信じがたいがあの魔法を見せられたらな……。それにしても、この襲撃はなんなんだ?」
「あたしも知らないわ。うるさいから外に出て見たらなんか魔族がいるんだもの」
「お互いわからないってことか……」
「そうね、じゃあ訊いてみましょうか」
「えっ?」
ロキが聞き間違いかと思いもう一度クレアに尋ねようとするより前に、クレアはザードへ質問を投げかけていた。
「ねぇ、あんた。何が理由で都を襲うの?」
クレアのその質問に対して、ザードは一瞬困惑した。
(なんだこの人間。緊張感のないやつだな。まあいい、答えてやるか)
「ここの貴族と王族を皆殺しするためさ」
「意味がわからないわ」
「まぁ聞け。お前たちは五年前の魔王討伐の時のことを覚えてるか? 俺はよく覚えてるぜ。なにせ俺たち白狼族が絶滅する事になった一番の理由だからな」
「ホワイトウルフが? 確かあんたたちはその攻撃性と気性の荒さ、そして何より人間を好物とする性格が人間の脅威とされて、討伐されて絶滅したんじゃ?」
「それは嘘だっ!」
ザードは、辺り一面に響き渡るような大声で叫んだ。それを聞いてロキとクレアは驚く。
ザードは肩を上下させながら、深呼吸をして自身を落ち着かせた。
「ふぅ……嘘、そうそれは嘘だ。お前たちには教えてやるよ。この国の……腐りきった現実ってやつをな」