【魔王、お姫様と会う】
「こんにちは」
「……」
一人の女性が椅子に腰をかけながら挨拶をする。
アレフは今、信じられない人物と対面を果たしていた。その彼女のいる部屋は個人の部屋というにはあまりに大きく、そして豪勢なものだった。巨大なベット、シャンデリア、きらびやかな装飾。
アレフが何とも言えない表情をしている一方、彼の後ろで立っているリンカは相変わらず笑顔だ。
「こらアレフ君ーっ。ちゃんと挨拶しなきゃダメじゃないかぁ」
黙ったままでいるアレフに対してリンカは楽しそうにそう言う。
(そんな事を言われてもな。まさか一国の姫と対面するとは思うまい)
そう、アレフの目の前にいるのはこの国の王女である。リリィ=ジオサイド、綺麗に揃えられた薄緑の髪の毛と物憂げな瞳。
「リンカ、この人がそうなのですか?」
「そうだよ。彼が一番適任だね」
リンカとリリィは遠巻きにそんな会話を交わした。もちろんだがアレフは全く意味がわからない。なので彼は後ろにいるリンカに話しかけた。
「おい、なんの話だ」
「ああ、そうだね。君には説明しなきゃ。実はね近々リリィ姫を護衛する秘密任務があるんだ」
「秘密なのに言っていいのか?」
アレフがそう聞くとリンカは不敵に笑った。
「いやぁ、駄目だね。だから秘密を知った君には協力してもらうよ。もちろん拒否権はない」
「勝手なやつだな。脅しというやつか? 下らないな。それは人質などがあって初めて成立するのさ」
アレフがそう言うとリンカは彼の前に回り込み、指を突きつけた。
「君、僕のこと探してたんでしょ? ということは僕の持つ『情報』に用がある。違う?」
「その通りだな」
「僕の情報は高いんだよ。たぶん無名の君じゃ払えないくらいにね。けどどうだろ、護衛を引き受けてくれるならタダであげるよ」
リンカはアレフをじっと見つめ、参ったかとでも言わんばかりに腰に手を当てて笑った。
「……ふん、なるほど。まぁ最初から情報を得るには一筋縄ではいかないとは思っていた。いいだろう、その任務引き受けた」
「ほんと? やった!」
ぴょんぴょんと飛び跳ねるリンカ。その動作はまるで小さい子供のようだ。
「それで? いったい護衛とはどこに行くつもりだ?」
「年に一度、姫さまは都から四〇分くらい歩いたところにある石碑に祈りを捧げるんだ。けど毎年そんな姫さまを狙う不貞の輩がいるから、用心棒が必要なんだよ」
「なるほどな。しかし何故俺なんだ? プロ勇者から雇った方が早いだろう」
アレフのその問いに、リンカは笑顔を見せた。そして再びアレフに向かって指を指す。
「別にレベル4の勇者とか雇っても良かったんだけどね。誰にするか迷ってたところに君が現れたもんだから。それであの強さ、すぐ決めたよ」
「ふん、呆れたもんだな」
「何が?」
アレフは鼻で笑い、リンカは首をかしげる。瞬間、じゅっと何かが焼けるような音がした。実際に下のカーペットが焼けたのだ。アレフの踏み込んだ足の摩擦によって。
そして視線がそのことを認知し、彼女らがアレフの場所を認識した頃には、アレフは姫の首筋に手をかけていた。
「ア、アレフ君。君はいったい何を?」
「俺がこういう者だったらどうするつもりなんだ? ほら、もう姫さまを一撃で落とせる位置にいるぞ」
アレフはそう言って不敵に笑う。だが実際その胸の中は疑問ができていた。
(なんだこいつら。妙に落ち着いているな。この姫はまさか影武者か?)
「どうするつもりか、ですか? ふふ、安心してください。大丈夫ですよ」
「なに?」
こんな状況でも笑みを絶やさないリリィ。アレフはそんなリリィ姫の顔を、不審に思い見つめると目があった。その時、彼女の目が大きく開きピンク色の瞳孔が光る。
(これは……!)
「こういうことですの」
「姫の目は特殊魔法の幻惑! あれにかかった男は全員一目惚れして操り人形になるんだよ!」
「さぁ、私から離れてくれますか? アレフさん」
勝ち誇るように声を出すリンカ。そしてリリィはゆっくりと指示を出した。
だが、アレフは動かない。数秒経って、彼女らも異変に気付く。
「なんで動かないの⁉︎」
「私の目は確実に見たはずですが……あれれ?」
リンカが明らかに焦っているのに対して、リリィはこんな状況にも関わらず、のほほんと謎の答えを探していた。
そんな中、アレフは姫から手を離すとその沈黙が笑いによって破かれる。
「ふはははは。流石一国の姫と言ったところか。肝が据わっている。なるほどチャームか。確かに男の撃退にはうってつけだな」
「わぁ、お褒めいただきありがとうございます」
ぺこりとアレフに向かってお辞儀をするリリィ姫。流石姫と言うべきか、礼儀作法は完璧に近い綺麗さを誇っていた。
「ってそうじゃないでしょお⁉︎ 姫! アレフ君! なんで君には姫さまのチャームが効かないのさぁ⁉︎」
「そんなものは決まっている」
アレフはリリィ姫に近く付くと顔の高さまで腰を下ろした。
「そんなに近づくとまたチャームが……あっ」
「こ、こら無礼だぞアレフ君っ!」
そしてアレフはリリィ姫の顎に手をやり、顔が触れてしまうかと思うような距離で言い放った。
「俺が王だからだ」
リンカはもちろん訳のわからないといった表情をしていて、リリィ姫はぽけーっと気の抜けたような顔をしていた。
「アレフさんは、王さまだったのですか?」
「姫さま、そんなわけないよ。僕は国の王が誰かくらい把握してるけどこんな奴いないから!」
「……まぁいい。結局俺がこの姫のチャームにかからないのは、俺が彼女に意識下で服従していないからだ」
アレフが言う、意識下の服従とはチャームの効果が及ぶ条件のようなものだ。チャームは他の魔法とは違い、自らで努力をして手に入れる魔法ではなく、手に入れるものは才で決まっている特殊魔法である。
その性質上、チャームを所持する魔法者はカリスマ性に富み、出会うものを本能的に屈服させるものが多い。
今回の場合も、一国の姫であるリリィには生まれつき人を懐柔することができるカリスマ性があった。そのため、それによって男の場合は特にチャームにかかってしまうのだ。
しかしアレフは、曲がりなりにも元魔王。姫を上回る圧倒的なカリスマ性と、自信がアレフの心にはあり、人間の姫程度には屈服はしなかったのである。
「そ、そんな馬鹿な。だって姫さま、今までチャームにかからなかった男なんていないんでしょう?」
「ええ。皆さま一回見ただけでポーンって意識がどこかに行っちゃいますの。お父さまでさえそうなったのに」
アレフは姫から離れると、置いてあった椅子に座り、足を組んだ。
「問題は俺がかからなかった事より、チャームがあるから姫に危害が加わらないとタカをくくっていた貴様らの警備姿勢だ」
「う……言い訳できない」
「ふん、次に活かすんだな。さて話を戻すが、石碑に行くメンバーはこの三人でいいのか?」
「いや、流石に王族から推薦された一人腕の立つ護衛が加わるよ。僕も信頼はされてるけど建前上そういうのもないとね」
リンカは、盗賊団の件で王族から絶大な信頼を得ていた。
リリィ姫はその能力故に近くに人を置けない。女でさえ普通のものでは魔法にかかってしまうのだ。その点リンカはチャームにはかからず姫のそばにもいれるため、部屋に二人きりでも許されているという特権を得ている。
「なるほど。それでその任務はいつやるんだ」
「明日だよ」
「また随分と急だな。わかった……あ、そうだ。もう一人メンバーに加える事は出来ないか。レベル4の手練れなんだが」
「んー、悪いけどちょっと無理かな。石碑には四人で行く伝統があるんだ」
「そうか、ならいい」
(クレアのやつ、絶対怒るな。どうやって事情を説明するか)
「じゃあ明日の朝八時に王宮前に来て。そのまま行くから」
「わかった。準備しておく」
「お待ちしてますわ、アレフさん」
そう言ってアレフは王宮を後にした。
クレアとの集合は1時間後だったが、この時すでに2時間は経過していた。この後アレフが鬼のように怒られたのは言うまでもない。




