【魔王、喧嘩を売ってしまう】
「全くもってたるんでいる!」
ピシッと鞭が廊下を弾く音が響く。鞭を持っているのは一人の白い鎧を着た女性である。
彼女の名前はアリス=マゾリネス。黒く長い髪、だが前髪は横にぱっつんと切り揃えていて、眉毛はほとんど隠れている。口を真一文字に固め、元々少しツリ目の目は怒りでさらにつり上がっていた。
彼女の前には多くの鎧を着た兵士たちが気をつけの姿勢で並んでいた。
「おい、お前」
「は、はい……」
アリスに目をつけられた一人の兵士は今にも泣き出しそうである。
「我々はなんだ? 言ってみろ」
「は、はいっ。我々は、七百年以上の歴史を持つ由緒正しき騎士団! 【白薔薇の乙女】です!」
「そうだ、その通りだ! では、何故! 何故プロ勇者などというものに後れをとっている⁉︎」
「ひ、ひぃっ!」
アリスは再び廊下に鞭を叩きつける。そのあまりの迫力に問い詰められている兵士は目を瞑ってしまっていた。
【白薔薇の乙女】。俗に都と略されている、ここ【王都ダムステルア】は騎士団という組織が古くから存在する。騎士団自体は各国に必ずと言っていいほど存在しており、主に王都及び王宮、王族を守るのがその役目である。
この白薔薇の乙女もその例に漏れず王都を守り続けてきた。しかし、ここ最近ではその役目にも異変が起きていた。その原因がプロ勇者である。
「二ヶ月前の貴族遠征の襲撃! そして二週間前の王族誘拐未遂! そのどちらもプロ勇者に手柄を立てられている!」
アリスが気にしているのはプロ勇者に手柄を取られ、騎士団の存続が危ぶまれているという事だ。
市民は今や実際に貴族を守る事が出来ているプロ勇者に尊敬を抱いていて、彼らには騎士団は時代錯誤の飾り物だと言われている。
(このままでは名誉あるマゾリネス家に泥を塗ってしまう! それだけは避けないと!)
「プロ勇者めぇ……!」
歯をぎりりと食いしばりながらアリスはしかめ面をした。彼女の家は代々騎士団を纏めてきた名門の家柄。こんなところで伝統を壊すわけにはいかないのだ。
「決して奴らに後れをとるな! 次は必ず我らが手柄を挙げるのだ! 良いな!」
「はいっ!」
場には大勢の甲高い女性の声が響く。
そう、白薔薇の乙女は女しか入れない特殊な騎士団。
♦︎
「そういえばアレフ」
「なんだ?」
リンガーサを出て、乗り物の魔物プロトンを借りて馬車で都へと向かうアレフたち。そんな中クレアが肝心な事を忘れてた、というような顔でアレフに尋ねる。
「なんか、記憶が曖昧なんだけど、あんた強力な魔法使ってたわよね? あれなに?」
「なにとはなんだ」
(ちっ、こいつ覚えていたか。まぁ時間が戻る時に防御壁を張ったのは俺だが)
「あんたかなり高難易度の魔法使ってたじゃない。しかも闇属性! それでプロ勇者ですらなかったっておかしくない?」
実はクレアが一番気になっているのは高難易度の魔法を使ったことより闇属性を扱った事にある。
普通、魔法は【火水土風雷】の五属性が基本となっていて人によってこの中のどれかが適正となるわけだが、稀に五属性以外のレア属性と呼ばれる属性を扱える者がいる。アレフの闇属性もそれである。
レア属性はただ珍しいというだけではなく、単純に能力が強力という事もありプロ勇者で扱える者がいればそれだけでレベル3にはなれるほどの重宝のされ方なのだ。
「別にプロ勇者にならなきゃならないわけでもなかろう」
「ま、まぁそうだけどさ。そういえば、ちゃんと聞いた事なかったけど、あんたアタシと会う前は何してたの?」
ここにきてクレアからの質問攻め。ただでさえ謎であるアレフの、謎な部分が少し暴かれてしまったため、今まで気になっていたところを聞きたくなってしまったのだ。
(さて、なんと答えるべきか。魔王だった、これは論外だな。まぁ適当に嘘と真実を混ぜておくか)
「まぁ西の大陸で凄く強い人に修行をつけてもらっていた事があってな(父上にだが)。俗世から離れていたから(魔界だが)、プロ勇者とかは興味なかったんだ。けどあるプロ勇者との出会い(ディーノだが)から興味を持ってな、そいつがこっちの大陸のやつだから会いにきたんだ」
吾ながら口が回るな、とそんな事を考えながらアレフはまくしたてるようにクレアにはそう説明した。
「ふーん。なんか怪しいけどまぁいいわ。とにかくこれからはあんたも戦力に加わるって事でいいわね」
「いや、あまり目立ちたくないから人がいるところでの戦闘はしない方向で頼む」
「何よ消極的ねぇ。ま、アタシが全部蹴散らしちゃえばいい話か!」
頼もしい奴だ、とアレフは笑った。アレフ本人は気づいていないが、彼はクレアのそのあっけらかんとした性格に随分と救われている。その自信満々な性格のせいで彼女に友達が出来ないのも確かなのだが。
「お客さん、着きましたよ」
馬車の運転手がそう言ってアレフたちは降ろされた。都についたのである。
「さてと、それでその何とかの何とかとかいうやつはどこにいるんだ?」
「迷彩のリンカね。何も覚えてないじゃないあんた。あの子はまだ都にいるなら貴族院にいるはずよ」
「貴族院? なんだそれは」
「そのまんま貴族しか入れない場所よ。まぁ私たちプロ勇者ならある程度までは入れるけどね」
貴族院は王が住まう城や、かの有名な王立図書館などがある。それ以外にも貴族しか住んでいないため、数々の派手な店が立ち並んでいる。
「いや、でもクレア。貴様プロ勇者と認定されないのではないか? 貴様のプロ勇者のライセンスカードは成人した貴様だから意味ないだろう」
アレフがそういうと、クレアは待ってましたと言わんばかりに笑い始めた。
「ふっふっふ。その点はもう考えてあるわ! じゃーん、これを見なさい!」
「なんだこれは」
クレアがアレフに見せたのはとある雑誌のある記事だった。そこに書いてあったのは、新しく開発された魔法商品。『魔力検知器』と書いてあった。
「なんかこれに向かって魔力を込めるとデータベースに魔力が登録されてれば本人確認が出来るらしいのよ。今までのプロ勇者の識別は変身魔法とかで穴があったからね。これで改善する気らしいわ」
「クレアにとっては渡りに船だな」
「そうよ! で、やっぱり貴族院ってお金沢山あるから早速導入したみたい。魔力自体は勇試の時に記録されてるし、大丈夫なはずよ」
(何、俺の魔力も記録されてるのか。それはちょっとまずいような……まぁいいか)
アレフは一抹の不安を抱えながらも、都を進み貴族院の入り口までやってきた。
貴族院には大きな門があり、小屋もあっていつもそこに衛兵がいる。門の前にアレフたちが近づくと、小屋の中にいる兵が話しかけてきた。
「魔力検知をお願いします」
そう言って彼は小屋の机の上にある半球の石のようなものを指差した。指示された通りにアレフはそこに手をかざす。するとその半球の石にはネームレス=サタンと文字が浮き出てきた。
「凄いな。クレアもやってみろ」
「わざと言ってんの⁉︎ 届かないのよ!」
クレアは魔力検知器が置いてある机まで身長が届いていなかった。机の端を手で持って懸垂でよじ登ろうとしているが彼女の筋力では無理な話だ。
「やれやれ」
「なっ、あ、あんたどこ触ってんのよ!」
アレフはクレアの膝下を腕に乗せ、もう片方の手で背中を支えて彼女を持ち上げた。
「いいからさっさとやれ」
「ふ、ふんわかったわよ」
クレアが魔力検知器に触ると、クレア=レイゼンフォールと文字が浮き出てきた。それを見て衛兵は驚いた顔をする。
「え、え? あのクレアさん? にしては……その」
「うっさいわね! 呪いよ呪い! 魔力合ってんだからいいでしょ、門開けてよ!」
「は、はいーっ!」
(こんな気弱な兵士で大丈夫なのか、ここは)
クレアの圧力に負けた兵士は急いで門を開けた。とは言っても大きな門を開けたわけではなく、その隣にある人が通れるほどの小さな門だ。人々はそこから貴族院へと入る。
門を通過し、アレフたちが見たのは煌びやかな街並みだった。水晶や宝石がふんだんに使われた家々。気品溢れる華やかな人々の服。そしてどこか上品な匂いが香る。
「ふん、これが貴族たちが住む場所か。さっきまでの街と同じとは思えんほどえらい違いだな」
「アタシたちの場違い感が凄いわね」
「で、俺たちはどこに行けばいいんだ?」
「それは知らないわ」
「適当だな貴様。ならば手分けして探そう」
「良いわ、じゃあ1時間後にまたここに集合ね」
ということでアレフたちは二手に分かれた。
アレフが街を歩く事数分。問題はさっそく起きる。
「ねぇあれって」
「ええ、白薔薇の乙女よ」
(む? なんだ?)
アレフはボソボソと街の人々が噂しているのを聞き、その注目の先に歩いてみると、そこには白い鎧を纏った騎士団が列をなして歩いていた。
(あれは騎士団というやつか。確か民からは慕われていると聞いていたが……見る限りそうではないようだな)
「偉そうに歩きやがって」
「私達のこともろくに守れないのにね」
「役立たずな騎士団よね」
街の人々は好き勝手に彼女たちに罵倒の言葉を投げかけていた。コソコソ話とはいえ無論それは彼女たちにも聞こえているはずで、騎士団の何人かは気まずそうな顔をしていた。
気になったアレフは町の人に話しかける。
「何故彼女らはそこまで言われている?」
「あんたプロ勇者の方か。二週間前の王族誘拐未遂は知ってるだろ? あれで全くあいつらが役に立たなかったのが大きいな。リンカさんが全部解決しちまった。しかもあいつらリンカさんと協力とかもする気なかったらしいぜ?」
「なるほど。要はプロ勇者に自分たちの手柄を取られた間抜けな騎士団というわけか」
「お、おいっ。あんた声がでか――」
「――間抜けだと……?」
プロ勇者という単語が悪かったのか、割と大きな声で騎士団の悪口を言ってしまったアレフは列の先頭を歩いていた団長アリスに睨まれる。そのままアリスはアレフの元へとずんずん歩いてくる。アレフの近くにいた人は離れてしまった。
(おっと、何やら面倒になりそうだな)
「お前、その格好を見る限り貴族でもないのだろう。その癖にそこまで言うということは、よほど実力があるんだろうな!」
「別に。怒らせたなら悪かったな。ああそうだ、貴様迷彩のリンカというプロ勇者がどこにいるか知ってるか?」
「なっ、なん……! 私たちを侮辱する気か!」
その言葉でアリスの何かがぷつんと切れた。彼女は腰にしている鞘から剣を抜きとり、それをその場の地面に突き刺した。
「私は私の名誉を守るため、お前にこの場で決闘を申し込む! 承諾するならこの突き刺した剣を抜け!」
その瞬間、周りがどよめく。決闘など普通起こらない。一応制度としては残ってはいるがやるものがいないのだ。
騎士団の団員たちもアリスをいさめようとするが彼女は全く聞く耳を持たない。
「俺はそんな事に興味はない」
そう言ってその場から去ろうとするアレフ。
「逃げるのか? なるほどな、でかい口な割に実力はないモヤシ男というわけか」
「なんだと?」
アレフは去ろうとする歩みを止めた。そしてそのまま刺さっている剣を抜き取る。瞬間周りの人々がどよめきを起こした。
「小娘が。泣いても知らんぞ」
「私のセリフだ」
場には異様な緊張感が流れ出した。
実はこう見えてアレフはかなりの負けず嫌いなのである。