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リロード〜二度目の魔王は世界を巡る〜  作者: ハヤブサ
魔王と勇者〜二章『醒めない夢』〜
16/80

番外編:ロキ【無駄な努力】


「やっ、やぁ!」


 ロキ=サザンクロス。通称【鮮烈のロキ】と呼ばれる彼はプロ勇者きっての天才と言われている。


 彼は今、一心不乱に剣を振っていた。


「ロキ坊っちゃまも頑張ってございますなぁ!」


 ロキの執事である男は、小さいながらも大人たちに混じり剣術を学ぶ姿を見て感動していた。

 この時ロキは10才だった。

 だが感動する執事とは対極的に厳しい目でそれを見つめる男がいた。


「ふん、まるで駄目だな。やはりあいつには才能がない」


 ダムド=サザンクロス。ロキの父である。ロキは五つの頃から剣術を習わせているが、ダムドの目から見ればそれは才能が無いに等しく、失望するのに時間はかからなかった。

 しかし幼い頃からロキの世話役をしていた執事はどうにかダムドの意識を変えようとする。


「し、しかしご主人様。ロキ坊っちゃまはまだ10歳です。これから様々な成長が……」

「ふん、お前はあいつの世話役だからな。甘やかすのもわかる。だが見ろ、二つ下の弟ロイドを。既にあの子はロキを超えているわ」


 ダムドの視線の先には、ロキと同じく周りの大人たちに紛れて剣を振る小さな子供の姿があった。

 名をロイド=サザンクロス。ロキの実の弟であり、二つ年下ながら既に剣の才能はロキより遥かに優れていた。


(また、父様はロイドを見て嬉しそうな顔をしている……僕の時は怖い顔ばかりなのに)


 ロキにも、幼いながら父の考えは分かっていた。自分よりも弟のロイドの方が剣の才能に溢れている。そして父は強い子供が欲しかったのだ。


(じゃあ僕は……何のために……?)


 自身の存在すらも否定しかねないそんないびつな感情を持って、ロキは幼少時代を過ごす事になる。

 そして、その感情はロキを狂気とも言えるような練習の日々に誘い込んだ。


「はぁはぁ。父様に、認めてもらうために!」


 彼は毎日毎日、隠れて剣の稽古をしていた。家の裏にある山。そこに暇な時に行っては剣を振るう。手には血豆ができ、それが潰れまた血豆ができる。時には皮も剥がれながら彼は努力した。


「坊っちゃま……」


 そんなロキの努力を、執事だけは見ていた。だからこそ、彼は主人であるダムドにそのことを報告し、ロキの事を認めてもらうよう懇願していたのだ。

 そして数年が経ち、ロキは15。ロイドは13となっていた。


「そこまで言うなら良いだろう。あいつらももう騎士団を任せても良い歳だ。5日後に奴らを戦わせ、跡目を決める」


 サザンクロス家は、【オルレリア王国】における騎士団【金色の守り人】を代々率いる家系。

 その跡目には勿論自分の息子から継がせるため、ダムドは厳しく彼らを見てきたのだ。


 その結果、ダムドは弟のロイドに継がせようと思っていた。しかし長年自分に仕えてきた執事がロキの努力をずっと報告してきたのだ。無下にすることもできず、結局二人を戦わせて決めることにした。


(ロイドと直接対決か……)


 ロキは複雑な感情を抱えていた。弟とは特に仲良くはない。というのもこんな家であるからどこか気まずいためだ。父には認められたいが、かといって弟と戦いたくもない。

 しかし、一番己の感情を支配していたのは、五年間死にものぐるいでした修行の成果を知りたいというものだった。


(ふん、絶対に僕よりロイドが修行してるはずがない。勝てるはずだ、今の僕なら)


 そんな思いを抱きながら、二人の対決の日は訪れた。

 サザンクロス家がいつも訓練している場所を今回は対決のためだけに使い、周りには騎士団員たちが集まっていた。


「なぁ、どっちが勝つと思う?」

「そりゃロイド様だろ。ロキ様には悪いけど才能が違うよ」

「だよなぁ。可哀想に、生まれる家を間違えたな」


 団員たちが好き好きにそんな事を言っているとも知らず、ロキとロイドはお互いに視線を交差させていた。


「兄様、僕はこんな事になるとは思っていませんでした」

「僕もだよロイド。けど、僕は本気でやるよ」

「是非そうしてください。でないと僕も勝ったことにならないので」


 ロキは舐められていた。それもそのはず、ずっと父親には才能が無いと言われ続けてきたのだ。弟のロイドがそれを聞いて育ったら兄を軽視するのも仕方ない。

 しかしロキは、ロイドの特に意識していないが心の底からロキを舐めているその態度に対して、燃え上がる何かを感じていた。


「では兄様。先に攻撃をどうぞ」

「っ! 後悔するなよ!」


 そう言ってロキは駆け出し、ロイドを剣で攻め立てる。

 そのロキの踏み込みからの速さ、剣の速さを見て騎士団員たちは驚いていた。


「お、おい」

「あぁ、いつの間にロキ様はここまで!」

「だが……」


 団員はロキの剣術に驚く一方、それを悠々とさばいているロイドにも驚愕していた。


「やりますね兄様」

「試合中に無駄口たたくなっ! 風属性、位階中! 業風タイフーン!」

「へぇ。風属性、位階中。業風タイフーン


 二人の強烈な風魔法がぶつかり合う。そしてそれは相殺し合って消え去り、二人は再び剣の勝負へと戻った。


(よし、よし! 戦えてるぞ! この調子でいけば鍛えた僕の体力がロイドを上回るは――)


「ロイド、いつまで遊んでいる。さっさと片をつけろ」

「はい、父様」


 見ていた父ダムドからの思いがけぬ一言。瞬間、ロイドは剣先に力を入れ、ロキを吹き飛ばし距離を取る。


「なっ!?」


 ロキはしっかりと剣でガードしたためダメージはなかったが、驚きを隠せなかった。


(急に、ロイドの力が強く……?)


「ごめんなさい兄様。という事でそろそろ終わりにしますね」

「な、何を馬鹿なことを! 力でも抜いていたっていうのか?」

「はい、その通りです。風属性、位階上。斬斬舞きりきりまい


 ロイドの剣に研ぎ澄まされた風が宿る。そして、彼は動いた。


「ぐっ。風属性、位階中。業風タイフーン

「無駄ですよ」


 ロキが放った風魔法を、ロイドは文字通り、切り裂いた。そのまま直進。


「う、うわあああ!」


 動揺するロキに対して、ロイドは極めて冷静に肩から斜めに剣を振り下ろした。


「ぎゃあああああ!」


 絶叫するロキ。風を纏った剣で斬られたロキの胴体は、赤いシミで埋め尽くされていた。


「坊っちゃま!」


 たまらず飛び出してくる執事。勝負は決まった。

 朦朧とする意識の中、ロイドはしゃがみ、微笑んだままロキの耳元で囁いた。



「無駄な努力、ご苦労様でした」



 この対決を機に、ダムドは正式にロイドを騎士団の次期団長として任命。ロキはサザンクロス家での立場を完全に無くした。

 その後ロキは半年の休養を経て作られたばかりのプロ勇者になることを決意。

 彼は血の滲むような訓練の果てに弟に負けたことによってある1つの結論に達してしまった。それはすなわち、


 ――努力が才能に勝る事はない



 ♦︎


 そして、月日は流れ、アレフが都に到着する少し前。


 ロキは今イライラしていた。


「ちっ。なんでオフの日にドラゴンクラスの魔物なんて出るんだ」


 都から少し離れたところにいた彼は、勇者協会から突然の招集を受けていた。それによるとドラゴンクラスの魔物が都付近に出たらしい。


「だいたいそんなのもっと前から把握しとくものだろう。これだから怠慢なんだ、協会は!」


 ロキは一本角で四足歩行の人や荷物を運ぶ用の魔物――人間用に飼育されている――プロトンの背中に乗り、走らせた。


(だいたい僕以外にプロ勇者がこの付近にいないというのも変な話だ。相手はドラゴンクラス。最低でもレベル3はないと相手にならないが、僕が時間を稼いでいる間に集まってくれるのか?)


 ロキは優秀ではあるが、流石にドラゴンクラスを一人で倒すことなどできない。その為、彼の作戦としては時間を稼いで他の勇者たちを呼び、そして叩くといったものだった。

 その為に脳内で戦いを何度もシミュレートしていた彼だったが、意外な理由でその考えは無意味だったということがわかる。


「既に死んでいる、だと?」


 彼が協会から言われた現場付近に向かった時、そこには既に魔物の死体があったのだ。流石に見間違いかとも思ったが、死してなお発せられる禍々しい魔力は、その魔物がドラゴンクラスであるということを表していた。


(確実に死んでいる。しかしいったい誰が? この辺りには僕以外に強いプロ勇者はいなかったはずだが……)


 実際はアレフが少し前に倒していったわけなのだが、ロキはそんな事を知る由もない。そのためとりあえず彼は協会に連絡し、そして魔物を引き取らせた。

 その時にちょうどロキは協会のプロ勇者の認定試験の監督の仕事まで引き受けさせられたのである。


「なんで僕がこんな面倒なことまで」


 ロキは文句を言いつつも都まで訪れて勇試の試験管を務めた。相変わらず歯ごたえのない挑戦者たちを倒していき、そして最後の挑戦者と戦うことになる。


(次で最後か。銀髪、見ない髪色だな。この辺のやつじゃなさそうだ。まぁいい、さっさと終わらせて帰ろう)


「君が最後の受験者か。僕は無理やり呼び出された挙句試験管をやらされて少々イラついてるんだ。早めに終わらせるとしよう」


 そう言ってロキはアレフに向かってかかってくるように指で誘った。


「きなよ。最初の一撃は打たせてあげる」


 その言葉は、彼の慢心からきていたものだった。事実、プロ勇者になってもいない者の一撃など、かわすことは造作もないはずなのだ。しかし、誤算があるとすれば相手は素人ではなく、元魔王だったということか。


 アレフが一気に詰め寄り、ロキに拳を繰り出してきた時には既に回避不能の状態になっていた。


(なっ? 速っ、避け……無理⁉︎)


 そのため、ロキは防御の姿勢に入る。しかしそれもアレフのパンチによって弾かれ、そして顎に掌底を叩き込まれてしまった。


(なんて……正確な攻撃)


 薄れゆく意識の中で、ロキは相手の無駄のない動作に尊敬の念を抱いていた。


 ♦︎


「ここは……」

「ここは選手控え室ですよ」


 ロキは目覚めて周りを見渡すと、自分がベッドに寝ていることに気づいた。身体を起こそうとするが、頭に痛みを感じて思わず頭を抑える。


「っつ!」

「何があったか覚えてますか? 会場で倒れているロキさんを見たようなのですが」

「何があったか……」


(そうだ、僕はやられたんだ! 名も知らない素人に!)


 するとロキは話しかけられている女性の腕を掴むと、焦った顔で質問した。


「ねぇ、今日の勇試の名簿を見せてくれ!」

「えっ? は、はい」


 ロキに言われて女は名簿を持ってくる。ロキはそれを受け取るとすぐに名簿の名前を見始めた。彼が注目したのは最後の挑戦者。


『ネームレス=サタン、合格』


ネームレス(名無し)だと。ふざけやがって……サタンも初代魔王として知られたやつの名前だ。普通つけたりしない、偽名か。ん?)


「これ、合格って書いてあるけど、僕そんなの書いた覚えないんだけど」

「え? おかしいですね。けどもうプロ勇者認定しちゃったと思いますよ」


 名簿の名前の横に書いてある合格のハンコはもちろんロキが押したものではない。普段ならロキは、そんな事を勝手にやった者の捜索をするところだが、今回はそれをしようとは思っていなかった。


(プロ勇者ならどうにかしてこいつを探す事ができるはずだ)


 そう、逆にこのネームレスという男を探しやすくなったと考えたのだ。


(あの強さ、僕が手加減していたとはいえ普通じゃない。必ず探し出して正体を暴いてやる! そして今度は負けない!)


 密かに決意を固めたロキは、その日からネームレスことアレフの捜索を始めた。そして、体も回復した彼が最初に考えた行動は、


「まぁ情報といえば情報屋だろう。頼るのは癪だが、【迷彩のリンカ】を尋ねてみるか」


 そう思い立ち、ロキはリンカがいるとされる王族達の住まう貴族院へと向かうのだった。


(彼に負けたのは僕が手を抜いてたからだ。彼に僕以上の才能はない。僕に負けは許されないんだ……そうだよね? 父様)


 彼の父親に対する歪んだ愛情は、彼の心の拠り所となって、心の奥底に暗く潜んでいたのだった。


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