【ウロボロス】
そうして数日が経ち、時計台は完成した。
「出来た。理論は完璧のはずだ。あとは、タイミングか」
ボフォイは完成した時計台を眺めるためにはしごから降り、眺めた。
すると町の人々も完成と取ったのか周りに集まってくる。
「これで完成かい? ボフォイさん」
「ええ……ご迷惑をおかけしました」
「名前は? この時計台の名前はなんてぇんだ?」
「名前、か」
ボフォイはこの時計台を芸術として作ったわけではなかったため、名前など考えていなかった。しかし、ボフォイは時計台を眺めると、ぽつりと呟いた。
「ウロボロス……」
「え?」
「【ウロボロスの時計台】という作品にしようと思います」
「ほーう、どういう意味だいそりゃあ?」
「永遠を表しています。この町が、永遠にあるようにと」
「へぇ、そりゃいいや!」
嘘だった。彼がウロボロスと名付けた最大の理由は永遠ではなく、死と再生という意味があった。
彼は、禁忌を犯そうとしていた。
時計台は本人の意思とは反して、すぐに観光的な人気スポットになった。主に、永遠の愛を求めてやってくる恋人や長寿を求めてやってくる老人などに人気となったのだ。
それによってリンガーサの町は時計台ができる前の四倍近い利益を得ていた。
「いやぁボフォイ様様だね!」
「おめえ作る音がうるせえとか言ってたじゃねえか!」
「そりゃおめえもだろ!」
「まぁなんにせよボフォイさんはこの町の誇りだな! おっとお客さん、リンガーサクッキーはいかが?」
町の人々も手のひらを返してボフォイを称え始めた。だが、ボフォイ自身はそんなものどうでもよかったのだ。彼は静かに時を待った。
――だが、悲劇は起きてしまう。
月が完全に円を描いた日の夜のこと。その日、リンガーサはいつも通りの時間を時間を過ごしていた。
ある者は一人で、ある者は友と、ある者は恋人と、ある者は家族と過ごす。そんないつもの日常。
ボフォイもその例に漏れる事なく、孫のレミーと家で過ごしていた。
「ねぇねぇお爺ちゃん! 今日はなんでそんなに怖い顔をしてるのー?」
レミーのそんな突然の問いかけにボフォイは思わず驚いた。
「えっ? わ、私がそんな怖い顔をしてたかい?」
「うんー。なんかおでこのところにシワがわーって集まってるよ!」
「そ、そうか。実は今日は爺ちゃんにとって大切な日なんだ。それで少し考え事をしててね」
「ふーん。ねえねえ、お母さんたちっていつ帰ってくるのー?」
レミーのボフォイに対する純粋な疑問。その眼差しをボフォイは素直に受け止める事が出来なかった。
彼は、レミーの親たちは遠くに出かけていて帰ってくるのに時間がかかると嘘をついていたのだ。
「……すぐに帰ってくるさ。そう、今日か明日にでもね」
「ほんとっ? やったーっ!」
喜びのあまり部屋中を駆け回るレミー。ボフォイはそれをどこか後ろめたい気持ちで眺めていた。そして自分を勇気付けるかのように拳を握りしめる。
「そう、きっと帰って来させる……」
その頃、町の外れでは酔っ払った一人の男が、酒瓶を片手に歌を歌っていた。
「あーらよっとー。精霊のぉ、歌はぁ大地に根を張りぃ世界樹の……おっとっと。すまねぇすまねぇ」
彼はよろけて人にぶつかった。ぶつかった方の男はローブを着ていて、フードで顔を隠していた。彼は酔っ払いのを方を向くとある質問をする。
「構いませんよ。聞きたい事があるのですが、この町のボフォイさんという方はどこにいらっしゃいますか」
「ボフォイさん? 俺たちの誇りさぁ」
「居場所を聞いているのです」
「居場所だぁ? んなもん、えーとなんだっけか。ははは、忘れちまった。んなことよりよぉ、兄ちゃん。俺と飲もうぜぇ」
酔っ払いはフードの彼の肩に手を回そうとした。しかしその瞬間、酔っ払いのその腕は切断されることになる。
「熱っ。ありっ、俺の腕は?」
そして酔っ払いが痛みを感じる間も無く、フードの男の部下が酔っ払いを斬り伏せた。
「危険と判断しました」
「殺してしまいましたか。ならば仕方ない、襲撃するとしましょう。では、後は手筈通りに攻撃を開始してください」
男はフードを脱ぎ、顔を露わにした。いや黒い髪に肌を持つ、四大帝が一人ギルレイドといった方が正しい。
ギルレイドは部下に指示をして、リンガーサの町を襲撃させることを決定したのだ。
(王、待っていてください……)
時刻は午後7時をちょうどさしていた。そしてリンガーサの町には火が降り注ぐ。
突然のことだった。逃げる間などなく人々は命を散らしていく。
「おや、お前は他の人間とは違うみたいだなぁ」
ある道具屋の店内では、一人のプロ勇者が魔物と対していた。
「お、俺はプロ勇者だ!」
「そうか、ならすぐに死なないでくれよ?」
魔物とプロ勇者の戦いは長くは続かなかった。プロ勇者とは言え彼のレベルは2。推定グリズリークラスの魔物にはなすすべもない。
「ぞ、増援を呼ばないと!」
彼は増援の為の緊急発火玉を上空に打ち上げようとしたが、その前に魔物に殺されてしまった。
「くくく、増援? そんなもの来る前に全てが終わっているさ」
そして魔物は、店内に残った怯える人々の顔を見て舌舐めずりをした。
しらみつぶしに町を破壊していく行動。ギルレイドが、ボフォイに会うのもそう時間はかからなかった。
「お、お前たちはいったい何者なんだ!」
遂にボフォイの家にはギルレイドが侵入していた。ボフォイは家にある護身用の鉄の槍を持ち、ギルレイドへと語りかける。ボフォイの足を涙目のレミーが掴んでいた。
「私は、四大帝が一人。ギルレイドと申します。あなたがボフォイさん、ですね」
「よ、四大帝だと? な、何故お前らがこんなところに」
「私は大いなる目的のためにここまで来たのです。藁にもすがる思いでね。単刀直入に言いましょう。時を遡れる道具を渡しなさい」
ギルレイドのその唐突とも取れる質問はボフォイを明らかに動揺させた。
「その表情だと噂は本当だったようですね。何故バレたか知りたいですか? 別に難しい事ではないですよ。六ヶ月ほど前、【王立図書館】から時空魔法に関する書籍が大量に貸し出されていました。そう、ボフォイさんあなたにね」
そう、六ヶ月前、ボフォイは部屋にこもり始める前に王立図書館から多くの書籍を借りていた。彼はそれらを読み漁り家で過ごしていたのだ。
「あなたがその時期から作り始めたのが、あそこにある時計台だ。あれはただの時計じゃない、そうでしょう? もちろん私は時計台の中に勝手に入らせてもらいましたよ。あの螺旋階段は美しいですね。けれど一番上までいって色々と試してみたんですが、何も起きないんですよ。だから、ボフォイさん。あなたが何か持っているんでしょ? 鍵的な何かを」
「わけのわからない事を。さっきからお前の言っている事は全て想像だ。あれはただの時計台。それ以上でもそれ以下でもない」
ボフォイは汗を垂らしながらも、気丈にそう言った。だがギルレイドは続ける。
「なかなか強情な方だ。私はこういう手は嫌いなんですがね。レッドスピア」
ギルレイドは右手に炎の槍を持ち、それをおもむろにレミーへと向ける。
「やめろっ! この子は関係ない!」
「ならさっさと話すべきだ」
「だからそんなものはないと……」
ザクッと、炎の槍がレミーを貫いていた。ギルレイドが投げたのだ。彼は困ったような顔をしていた。
レミーのお腹はじんわりと血が広がり、彼女は何かを発する間も無く事切れた。
「私は、二度言うのは嫌いです」
「レ、レミー? レミー!」
「無駄です、死んでいますよ」
「お、お前……! くそっ!」
ボフォイはレミーを抱き抱え、踵を返すと逃げ出した。
「逃げましたね。まぁいい、お前らボフォイの家をくまなくさがせ。時計台に関するものは全て奪え」
「はっ」
「さて、私は追うとしますか」
ギルレイドが冷静に部下へ指示を出していた頃、ボフォイはレミーを抱え必死に走っていた。
既に目に光はなく、急速に冷たくなっていく身体。それはレミーの命が消えている事を示していた。
(くそっ、くそっくそっくそっ。こんな、はずじゃあなかった)
渦巻く後悔。辺りを見渡しても、あるのは無残な死体と瓦礫だけ。魔物がそこら中を徘徊している中、ボフォイはその死角をくぐり抜けるようにして時計台へと向かっていた。
「鍵が壊されてる。あの四大帝の奴が入った時に壊したのか」
時計台の鍵は壊され、扉は開いていた。ボフォイ時計台の中へと入る。
螺旋状に上へと続いていく階段。彼はレミーを背中に抱え、息も絶え絶えに階段を歩く。
「ぐあっ」
いきなりのことだった。石に囲まれた壁が崩れ外から炎の槍が打ち込まれる。それによってボフォイの太ももは槍に貫かれる。
「当たりましたかねぇ?」
槍の正体は外からギルレイドが投げたものだった。彼はボフォイが時計台に行くだろう事を予測し、走ってきたのだ。
彼は、崩れた壁の隙間からボフォイに槍が当たった事を確認すると、時計台の中へと入っていった。
「ボフォイさーん。今から私も行きますから、諦めて私に教えた方がいいですよー」
(奴も上ってきたか。だが私の方が早く着く)
遥か下の方から聞こえてくるギルレイドの声。ボフォイは血で染まった足を踏ん張り、歩みを進めた。
そして、ボフォイは頂上へとたどり着く。彼はレミーを壁へともたれ掛けさせると、ボフォイは手前に倒れている時計の針を動かしているレバーを奥へと倒した。
すると針は止まり、天井が開いた。空からは月明かりが差している。
そして時計の針の中心から箱がせり出してきた。ボフォイはその箱を開き、中から青い水晶を取り出す。
(満月の夜。高き場所にて時の砂を練り込んだ水晶を置く。そして、古代魔法を唱える)
「過ぎ去りし悠久の時を求めて、私は願う。追いつけるだろうか、君のいる世界へ。禁じられた遊びは、時空を繋ぐ架け橋となる――」
(まるで、手紙だ。これを作った人も恐らく……。さぁ、今会いに行くぞ)
「ボフォイ! 一人だけ時空など超えさせませんよ!」
ギルレイドが頂上にたどり着いていた。彼は走ってボフォイの元へと行こうとする。
しかし、ボフォイは走ってくるギルレイドを見て不敵に笑った。
(恐らく、こいつも誰かを想って私を狙いにきたのだろう。ふ……何が違うというのか)
「無限時空」
ボフォイが魔法を唱えた瞬間、動かないはずの時計の針は逆向きに回り始めた。そして時空が歪み、ボフォイは気を失う。
「ん……」
ボフォイは目を覚ました。そこは時計台などではなく、見知った天井。彼は理解した。
(成功、したんだ!)
彼は喜んで起き上がり、本棚がある部屋へと向かう。すると既にレミーは起きていた。
「あ、お爺ちゃんおはよー」
(レミーが生きている!)
その事実だけで泣きそうなボフォイだったが、もっと気になることがあった。
「レ、レミーちゃん。お母さんたちは?」
「え? まだ帰ってきてないよ。お爺ちゃんが遠くに出掛けてるって言ったんじゃんー」
嫌な、予感がしていた。ボフォイはすぐに家を飛び出し、色々な人から話を聞いて、そして残酷な事実を知ってしまう。
「一日しか戻れていない……!」
それは、彼の研究が失敗だった事を示していた。
(私は、何のために……やはり時の流れに逆らうなど許されない事なのか。いや、一日だけでも戻れたんだ。そうだ! 私にはレミーがいる、諦めんぞ)
そしてボフォイは研究を続ける事を決意した。
だが彼は、この時点ではまだこの魔法の残酷さに気づいていなかった。それに気づくのは午後7時を回った時だった。
あたりは火の海になっていた。そう、一日を戻すということは、襲撃すらも元に戻るという事。
ある時は殺され、ある時は拷問される、色々なパターンで魔物たちから襲撃をされる。
やめたくてもやめられない。
――彼は、醒めない夢を見続ける事になった。