【魔王、正夢を見る】
「アレフ、町が!」
クレアが青ざめた表情でアレフの部屋を訪れたのは、アレフが窓を除いてから数分のことだった。
「ああ……昨日見た光景と同じだ……」
アレフはクレアには聞こえないであろう声で火に囲まれていく町を見てそう呟いたのだった。
♦︎
「いったい何が起こってるってのよ!」
アレフたちは街を走っていた。というのもアレフが部屋を飛び出して行ったのをクレアが追いかける形でだが。
(昨日の夢は、夢じゃない? ということは……これから起こる事も)
アレフは走っていた歩を急に止めた。それによって後ろを走っていたクレアがアレフの背中にぶつかる。
「ちょっと! 急に止まんないでよね!」
「クレア!」
「は、はいっ!?」
アレフが普段出さないような大きな声を出したため、クレアは思わず背筋を伸ばして答えた。
「あそこにある家の炎を消せるか」
アレフは炎に包まれた家を指差してクレアにそう言った。
「なんでそこだけ? ま、まぁ出来なくはないけど」
「なら頼む」
(俺は迂闊に魔法を使えんからな)
「わかったわよ。風は得意じゃないんだけど。風属性、位階中。業風!」
クレアは杖を取り出すとそれを家の方へ向けた。するとそこから風が巻き起こる。クレアは杖を回転させるようにすると、それに従い風も炎を巻きつけて上昇していく。
少しすると家についていた炎は消え去っていた。
「はい、消えたわよ」
「御苦労。じゃあ行くぞ」
「えっ? 結局なんだったの?」
アレフは再び走り出した。
――彼が走り出した数分後、子供を抱えた母親が消化した家の横の道を通っていた。屋根は落ちなかった。
「どこへ向かってるのっ?」
「時計台だ!」
「何しに!?」
「真実を知るためだ! それでここで何が起きてるのか、わかるはずだ!」
「うぅんっ! わけわかんないけどまぁいいわ!」
アレフたちは町の中心の時計台を目指し走った。そこには、二人の男が佇んでいた。正確には一人の男には小さな少女がついていたが。
「あれは、ボフォイさんとレミーちゃん? なんで避難してないのよ! それにあのイケメン誰?」
「昔の、知り合いだ……」
「え? なんて?」
アレフは時計台の元へと着くと、ボフォイたちがアレフたちに気づいた。
「お前は、若造? 何故こんなところに」
「お、王っ!?」
ボフォイじゃない方の男、ギルレイドはアレフに気づいた瞬間に驚きの声を発した。
(しまった。ギルレイドに俺の正体がバレたらめんどうだ)
「い、いや王のはずがない。ツノも翼もない人間だ。しかし、顔は似ている」
「ボフォイさん! ここは危険よ、早く逃げないと!」
「無駄だ。こいつらは町を破壊し尽くすまで止まらん」
「じゃあ町の外へ!」
「それも無理だ」
「なんでよ!」
クレアのその問いかけに対して、ボフォイは一瞬何かに躊躇したような顔をしたが、再びクレアを見つめると意味ありげにこういった。
「……私は、外に出られんのだ」
「どういう事?」
「待ちなさい人間。話を勝手に進めないでいただきたい。今は私の用件を先に満たしてもらうのですから……気になる事もありますが。さぁボフォイさん、在りかを言ってもらいましょうか」
ギルレイドはクレアの話を遮るとボフォイへと詰め寄り、そう言った。
するとボフォイの足へすがりついていたレミーが怯えて涙目になる。
「そんなものは無いと言っているだろう」
「可愛い娘さんですね。孫ですか?」
「脅しのつもりか」
「警告です。これはあなたへの警告。レッドスピア」
ギルレイドは右手に燃え盛る炎の槍を出現させた。その瞬間、アレフの脳裏には昨日の出来事が蘇る。それは炎の槍に刺されたレミーの姿だった。
(なるほど。だからあの娘は炎の槍に突かれていたのか。そして、少しだがわかってきたぞ。何故かはわからんが昨日の出来事が再び繰り返されている)
「ふん、わかっているさ。お前がその槍を躊躇なくこの子に投げられることくらいな」
「理解が早くて助かります」
「だが私は何も知らない」
「ではその子とはさよならですね」
そう言ってギルレイドは槍を持った右腕をレミー目掛けて振りかざした。
その刹那とも言える時の中、アレフの右腕が動く。アレフは右手の手のひらをギルレイドに向けると、小さな声で呟いた。
「反転暗黒」
「なっ?」
するとギルレイドの振りかざした右腕から槍が吹き飛んでいた。その衝撃でギルレイド自身も少しふらつく。
ボフォイも驚いていた。先ほどまでの全てに飽きたような表情は消えていた。
「今のは、いったいどこから……」
ギルレイドは辺りを見渡す。そして、ハッとした顔をしてアレフの方を見た。
(ちっ、もはや隠すのも面倒か)
アレフは何かを決意した表情をすると、一歩一歩踏みしめるようにしてギルレイドの元へと歩く。
「ちょ、ちょっとアレフ? 危険よ!」
クレアの声を無視して、アレフはギルレイドの目の前へ。ギルレイドは疑いの目を向けながら、どこか悲しみと歓喜が合わさるような表情をしていた。
「ま、まさか……あなたは」
「さてな。ただ、貴様には少々席を外してもらうぞ」
「待ってください、私は――」
「問答無用だ」
アレフはいきなり右足で回し蹴りを行い、ギルレイドのこめかみにヒットさせた。それによって彼はごろごろと地面を転がる。
ギルレイドはよろよろと立ち上がると、苦悶の表情を浮かべた。
「ぐっ、バランスが……」
「闇属性。位階上。暗黒結晶」
「王、何故――」
「少しそこで固まっててくれ、ギルレイド」
戸惑いを隠せないギルレイドに対して、アレフは魔法を使い、正八面体の黒い結晶に彼を閉じ込めた。
それを見たクレアは、開いた口が閉じない。
「な、何よその魔法。闇属性? なんでそんなレアな魔法を……しかもなんて無駄の無い魔力放出……あんたアタシに力を隠してたの?」
クレアはアレフの方を向いてそう言った。
(む。もしかしてクレアは怒ってるのか)
「ま、まぁ落ち着けクレア。騙してたわけじゃないんだ。これには事情があってだな――」
「なーんでアタシにさっさと言わないのよー! こんな凄い力隠してたなんて勿体無いわ!! これなら! あんたとアタシならプロ勇者でトップ取れるわ!」
「え?」
「レアかつ位階上の魔法が使える時点であんたは実質レベル4の勇者と同等かそれ以上よ! レベル4同士でパーティ組むなんて中々無いからね!」
(なんだかよくわからんが、杞憂だったようだな。まぁクレアがそんな事気にするたまでもないか)
ふっ、と笑ったアレフは一人で嬉しそうにしゃべっているクレアを放っておいて、ボフォイの方へと向き直った。
「それより、説明して貰おうかボフォイ。この空間、異質すぎる」
「まさかこんな時が来るとはな。あの四大帝の一人を一瞬で閉じ込めるとは、お前さんただの若造じゃあ無いな。あの男はお前を王と呼んでいたが、まさか」
「おっと、その話は今は関係ないだろう。俺が聞きたいのはこの異様な空間についてだ。何故昨日と同じ事が今日も起きてる。大規模な幻覚魔法か?」
アレフのその言葉にボフォイは信じがたいものを見るような目をした。
「お前、記憶があるのか? 昨日の?」
「ん? ああ、昨日もこんな感じで町が襲われていたな。ただ今日と違って貴様も、その娘も殺されていたが」
「なるほど……何か特殊な防御壁でも纏ったか。そうか、ならもう隠せそうもないな」
ボフォイは、何か諦めるような顔をして真実を語り始めた。信じがたい真実を。
「結論から言おう。この町は同じ日を繰り返している」
辺りは家が燃える音、崩れる音人々の悲鳴に包まれていた。
アレフはボフォイのその言葉を理解できなかった。いや、その場の人間は一人もだ。
「何?」
「この町はずっと同じ1日を繰り返しているんだ。一年前からな」
「どういう事だ。まるで意味がわからんぞ」
「ふん、焦るな。一から話してやる。そう一からな――」
♦︎
それは一年前の神歴702年のこと。リンガーサの町ではある大きな出来事があった。
「もう少しだ」
ボフォイは町の中心で大きなはしごを登り、ある作業をしていた。それは町の中心に大きくそびえ立つ時計台を作り上げるという作業。
彼は、有名な建築家だった。実際は学者が本業なのだが、何が間違ったか彼が作った建築物は至る所で人気となった。
今まで彼は自分の意思で作品を作った事がなかった。誰かに注文されたりする事がほとんどだ。最初にものを作ったのも、息子にせがまれて遊ぶための遊具を作ったからだった。
そんな彼が、一心不乱にひたいに汗をかき自分の意思で作品を作っている。
その光景は言葉で言えば美しいかもしれないが、町の人々はあまり有難がっていなかった。
「まだボフォイさん、時計台作ってるよ」
「あれ日中うるさいんだよなぁ」
「なんで街中なんだ?」
「だいたい彼の全盛期は過ぎただろう」
町の人々は好き勝手言っていた。そしてそれはボフォイの耳にも当然届いていた。だが彼は作業を止めることはなかった。
そして町の人々が嫌がりながらも強制的にやめさせなかったのにも理由がある。
「まぁ好きにやらせてやれ。あんな事件があった後だ」
「そうね、まだ小さいお孫さんがいたでしょう? 可哀想に」
そう、六ヶ月ほど前に起きた痛ましい事件だ。彼は六ヶ月前に実の息子とその嫁を魔物の襲撃で亡くしていた。即死だった。
その日ボフォイの息子と嫁は結婚記念日のために一人娘のレミーをボフォイに預け、北の【オルレリア王国】まで行っていた。
その日、彼らに何があったかは誰にもわからない。だが、息子夫婦はオルレリア王国の途中にある【メダリア遺跡】に入りそしてそこで魔物に襲われて死んだ。彼らは学者だった。
息子たちが死んだという報せがボフォイへと届いたのはそれから三日後の事だった。
その日から、ボフォイは家から一歩も出なくなる。
孫のレミーはちゃんと世話をしているらしく、彼女がたまに家から出て友達と遊んでいる時に、町人がボフォイの様子を聞くと、
「お爺ちゃん、全然眠らずにずっと本読んでるんだよー」
そう言っていた。
ボフォイが家から出てきたのは一ヶ月も後のことだった。彼はボサボサの髪にヒゲを生やしフラフラになりながらも町長の元へと歩いていった。
彼は時計台を作りたいということを町長に言ったのだ。もちろん普通ならば却下する事だが、町長とボフォイは古くからの友人。多大な恩もある。遺作にするという事も言われ、町長はそれを許可した。
その日から五ヶ月、ボフォイは時計台を作り続けている。その時点で完成まであと少しだった。
「もう少しだ。お前に寂しい思いはさせん……」