【魔王、思い出し笑いをする】
(この少女、間違いない。夢で見たあの少女だ。しかしそれだとおかしい、辻褄が合わんぞ)
アレフは少女を見ながらそう考えた。それもそのはず。アレフは今日初めて少女と出会ったのだ。
にもかかわらず、昨日の夢でこの少女が出てくるはずがない。しかもボフォイの娘という事実すらも引き当てて。
(だとすると、いったい……)
「あんたのお爺ちゃんボフォイさんなの!?」
「そーだよー」
「ね! ね! それならさ、アタシたちをお爺ちゃんに会わせてくれない?」
「いいよー」
あっさりとクレアの頼みを許可した少女はそのまま彼女たちをボフォイの家へと連れて行った。
「まさかボフォイさんの孫と会えるなんてね、ラッキーだわ」
「ふむ……」
「どうかした?」
「いや、なんでもない」
(仮にあの夢が何者かの魔法によるものだとしたら、厄介だな。俺の正体がばれてる事になる)
アレフは色々と考察していた。彼がそんな事を考えているとは全く思っていないクレアは、今の事態に素直に喜んでいたが。
少女はアレフたちをボフォイの家へと案内すると、玄関の扉を開ける。
「お爺ちゃーん」
「おぉ? おーおー、レミーちゃん! もう帰ってきたのかい!」
ボフォイが今までに聞いたことのないような声でレミーちゃんと呼ばれた少女を迎え入れていた。
その反応にクレアは眉をひそめている。
「ね、ねぇ今の声聞いた? あの、頑固ジジイが。やばくない? かなりの孫好きだよあれ」
「ふむ……孫好きか」
アレフはその情報にはあまり驚かなかった。何故かすんなりと納得してしまったのだ。それは夢からの既視感であったのだが、本人は気づいていない。
「あのね、お爺ちゃん。お爺ちゃんに会いたいって人がいるんだけど。話してあげてよ」
「ほう? レミーちゃんの頼みじゃ断れんな。どれどれ、どの人?」
「あの人たちだよー」
レミーがボフォイを外に連れ出し、アレフたちを指差す。するとボフォイは、彼らを見て怪訝そうな顔をしたが、彼らを手招き家の中へと入れた。
ボフォイの家は本で溢れていた。建築学、人体学、工学、様々な分野の本が並べられている。
「ふん、お前たち昨日の奴らか……懲りずに来たな。なんだ、何しに来た。時計台か? それとも他の建築か」
ボフォイは部屋の真ん中にある椅子に座ると足を組んでキセルをふかしはじめた。
アレフたちも対面の椅子に座る。
「アタシたちは、【賢人】と呼ばれる学者のあなたに話を聞きに来たのよ」
クレアがそう言うと、ボフォイの表情が変わった。ボフォイは煙を吐き、一呼吸置くと真剣な表情になり、クレアを見つめる。
「賢人か。久しぶりに聞いたな。それで、何の用だ」
「外見だけ幼くなる、もしくは人間が魔物化する呪いについて何か知らない?」
「若返りに魔物化、なるほどな。お前さんもその被害者というわけか」
「……そうよ」
ボフォイはクレアを見て口のはしをわずかに歪ませた。それは憐れみか同情か、クレアには判断できなかった。
「そんな強力な呪いとなると、出来るやつややり方は決まってくる。恐らくそれは宝具を応用した類だろう。しかも魔物化となると、【龍神の鱗】を使ったものかもしれん」
「龍神の鱗?」
(龍神の鱗。聞いたことがあるな。しかしやはり宝具か、厄介な)
アレフにはその名前に聞き覚えがあった。それは、彼が魔王だった時代より前、彼の父親から聞かされていた昔話に出てきたものだった。
宝具とは、遥か昔からこの地にあるとされる、強力な力を持った道具のことである。世界に数点しかないその宝具はどの時代でも伝説とされ、それに纏わる物語もいくつも存在する。
ボフォイは龍神の鱗の説明を始めた。
「龍神の鱗はその名の通り、龍の神の鱗。そのたった一枚の鱗は、触っただけで龍と同等の力を、そして常人を遥かに凌ぐ賢さも得ることが出来るというものだ。しかしその代償に、鱗に触れたものは――」
「――自らが龍となる。だったか」
「ほう、お前若いのに良く知っているな」
(まぁ貴様より断然長生きしているからな。とは言えん、やれやれ)
少しアレフに関心したボフォイだったが話は続く。
「とまぁ、そういう伝説がある宝具の龍神の鱗を応用するならば、その魔物化も可能だろう。宝具の解析は相当難しいがな」
「へぇ、宝具ねぇ。噂では聞いてたけど実在するのね。じゃあその宝具を手に入れたら呪いを解く事が出来るの?」
「うむ、正確にはそれを解析して特効薬を作れる人がいれば解けるはずだ」
「で? そんな人いるの?」
いつの間にかクレアは机に乗り出し、ボフォイへと詰め寄って必死に聞いていた。
ボフォイはクレアの鬼気迫る視線をさらりとかわし、淡々と答える。
「わからない、としか言えないな。それこそ宝具を扱うとなると、勇者の元パーティの【賢者ヤヨイ】ならもしかしたら何か知ってるかもしれん」
「え? でも元勇者のパーティって」
「ああ、全員行方知れずだ。一説にはもう死んでるとも言われているな」
(確か、ディーノが俺の城にやってきた時にいたあいつの仲間は、四大帝が葬ったと思っていたが……実際に死体を見たわけじゃないからなんとも言えんな)
そう、アレフのいた魔王城での決戦時、ディーノは四人のパーティで城に挑んでいた。
そしてディーノ以外のメンバーは、ディーノを魔王の元へと送り、魔王を討伐する事を第一として行動していた。
そのため、途中で魔王を守るために立ちはだかった四大帝とディーノたちが戦う際も、仲間たちが盾となり、ディーノはそこで力を使わずに魔王の元へと辿り着いた。
この仲間たちが盾になりディーノを先に行かせるための闘いが、城の半分が半壊するほどの壮絶な闘いとなり、その場で勇者軍、魔王軍、お互い重傷を負うことになったのだ。
つまりアレフは勇者が一人で自分の元へと辿り着いた時点で勇者以外の仲間は全滅したものと考えていたが、四大帝との闘い自体がどうなったかは知らないため、実際に死亡したかは知らないのだ。
「けど、勇者たちって一回魔王を討伐した後城に帰還してきたじゃない。あの時はみんな生きてたわよね?」
(えっ、生きてたのか。じゃあ四大帝の奴らは仕留めきれてなかったのか。ディーノも完全に仲間の仇だ、みたいな雰囲気出してたのに仲間死んでなかったのか)
そう、実は勇者のパーティは魔王城での闘いで重傷は負ったものの誰一人して死んではいない。そしてそれは四大帝も同じである。
「そうだ。しかしあれから五年、彼ら勇者パーティの行方は誰も知らない。だから彼らは魔王の呪いで死んでいるなんて噂も流れてる」
(なんだその呪い。そんなのあったらあんなに勇者たちに苦労せんかったわ)
明らかにありえない噂にアレフは腹を立てていた。
「でも、じゃあヤヨイの事を捜すのはかなり難しそうね賢人と呼ばれるあなたですら知らないんだから」
「いや、それはわからんぞ。私は学問における知識はそれなりに有していると自負しているが、情報などに関しては情報屋に負ける。その手の話は情報屋にでも聞いたらどうだ。プロ勇者にもいるだろう」
ボフォイの言うように、プロ勇者には色々な職業の者がいる。それはもちろん剣士だったり魔法使いだったりもあるが、商人や情報屋なんてのもいるのだ。
「情報屋、なるほど。確かに人探しなら情報屋に聞くのが手っ取り早いわ。あ、けど龍神の鱗はどうすればいいのかしら」
「それは呪いをかけたやつが持っているんじゃないのか?」
「あ、そうか。奴らのアジトを見つけてみればいいのね」
徐々に冷静になってきたのかクレアは椅子に座りなおしていた。
「ね、アレフ。確かプロ勇者に情報屋として名高い【迷彩のリンカ】って子がいたんだけど、その子に会いに行きましょ」
「別に構わないがどうやってそいつと会う気だ? 貴様の事だからそいつと友達というわけでもなかろう、居場所を知っているのか?」
「と、友達じゃないって決めつけないでよーっ! ま、まぁ友達じゃないけど……」
(それにしても迷彩のリンカという名前はどこかで聞いたような……駄目だ。何故かパンイチの筋肉ダルマの肉体しか出てこない)
あんなにツボにはまっていたのにもかかわらず、アレフはあのムキムキな男から聞いていた迷彩のリンカの話を忘れていたのだ。
「けどアタシには当てがあるの。二週間くらい前に彼女は都で王族を助けたらしいのよ。それで手厚く感謝されたってね。ならもしかしたらまだ都にいるかもしれないわよ」
「あっ、それ俺も聞いたな。あ、ふふふ。そうだパンイチの男から聞いたんだった」
「何一人で笑ってんのよ気色悪いわね」
「あー、すまんすまん。思い出し笑いだ。ふははっ」
再び笑いのツボに入ってしまったアレフはそこで少しの間笑い続けた。
そんなアレフをクレアは無視して、一段落ついた彼女は個人的に気になっていた事をボフォイに聞くことにした。
「あと、そうだ。話は変わるけど、あの時計台。なんで急に作ったの?」
その話題にすると、ボフォイは少しだけ眉を動かした。
「あれか。あれは、作った当初はただ私の遺作として作ったんだ」
「遺作? どういう事?」
「そのままの意味さ。私も歳だ。建築家というのを続けるのも苦しくなってきた。それで最後に永遠をモチーフにした時計台を作ろうと思ってな。そしたら案外それが受けたんだ」
「ふぅん。あれ作ってから一年経ってるのにこの人気だものね、凄いわ」
その言葉に対して、ボフォイは絵本を静かに読んでいるレミーの方を見ると、
「一年、そうか……一年経ってるのか」
そう、どこか重々しい口調でそう言った。
♦︎
「うーん、割と時間経っちゃったわね」
ボフォイ宅から出てきたクレアは手を伸ばし欠伸をしながらそう言った。時刻は午後4時ほどだった。
「そうだな、今から都に向かうとなると、夜になってしまうか」
「それは危険ね、主にあんたが! って事でこの町にもう一泊していきましょう」
そんなこんなでアレフたちは昨日と同じ宿屋へと向かった。昨日と違い、今日は宿屋は空いているらしく、アレフとクレアは別々の部屋となった。
部屋を取るときに、クレアが「なんで今度は空いてるのよ!」と微妙に怒っていた事をアレフは知らない。
アレフたちは暗くなるまで町をぶらつく事にした。食べ物を食べたりボフォイの建築物の数々を見たりとそんな事をして時間を潰し、暗くなってきた頃に部屋に戻った。
時刻は午後6時を回っていた。
部屋に戻ったアレフは暇つぶしに本棚の本を読んでいた。今度はディーノの本ではなく、普通の観光地などの本である。
――ごぉん、ごぉん。
本を読みふけっていると、辺りに鐘の音が鳴り響いた。アレフはふと部屋から見える時計台の針を見る。
「7時の鐘か、確か昨日も鳴って――なんだ?」
外からは急に何かが爆発したかのような轟音がした。アレフは驚いて、思わず窓を開けて外を見る。二階の部屋から見える景色は、町の東側が燃えている事を知らせていた。
そして、その燃えている方の空には、大量の魔物が飛んでいたのだった。
夢と現実の境界線が崩れ始めていた。