【魔王、呆れる】
「で? どこに行くんだ」
町を出て、歩き始めたアレフたち。
アレフはどこに向かうかもわからずにクレアについていた。
「【リンガーサの町】って知ってる?」
「……建築で有名だったか」
「そう。そこにね、物知りな学者さんがいるんだって聞いたことあるの。その人なら呪いの事も何かわかるかも」
そう、クレアには当てがあった。
リンガーサの町は遥か昔から建築をしてきた町で、それは今でも続いている。
普通なら有名なのはこの建築分野なのだが、実はこの町には名物が他にもある
それが著名な建築家でもあり学者である【ボフォイ】と呼ばれる男であった。
「確か、【賢人ボフォイ】か」
「あー、そうそう。よく知ってるわねあんた」
(奴の名は俺のところまで届いていた。勇者どもに厄介な知恵を与えたという噂がな)
アレフが魔王だった時に、勇者側の大いなる知恵としてボフォイは役立っていた。
アレフはその時のことを思い出して彼には良い印象は持っていなかった。
「ふん、昔にちょっとな。しかしなるほど、確かに奴なら呪いについても何か知ってるかもしれん」
「そういうことー。ま、あと有名な【ウロボロスの時計台】も見てみたいのよね」
「なんだそれは、知らんぞ」
アレフは少し驚いていた。リンガーサの町やボフォイについて知っていたのは、彼がボフォイについて昔調べていたからだ。
にもかかわらず全く知らない建築物が出てきたためにアレフは驚いていた。
「今から確か1年くらい前だったかしら。ボフォイが作ったのよ。町の真ん中に巨大な時計台を」
「時計台、なんのために」
「さぁね。けどそれが観光名所になっちゃって、今やそれを見に人が来るって感じよ」
「ほう」
そんな会話をしながら、アレフたちはリンガーサへと向かっていった。
そして歩くこと数時間。時々休憩を挟みながらも二人はリンガーサの町へとたどり着いた。
(あれが時計台か)
町に入る前から見えていた巨大な時計台。何かモザイク画のような着色のされ方をしているその時計台は、観る者を惹き込む何かがあった。
「おっきいわね! もっと近くで観ましょ!」
「ああ」
浮かれているクレアに言われるがまま、アレフはついていった。
時計台の近くまで行くと、多くの観光客であふれていた。皆、巨大な時計台を見上げている。
時計台の大きな針は、カチ、カチとしっかりと音を立てて時間を刻んでいる。
「わぁ、凄い。これがウロボロスの時計台。ねぇアレフ、凄くない?」
「ああ。素晴らしい。とても美しい建築物だ」
楽しそうにクレアはぴょんぴょん飛び跳ねていた。もちろんそんなことをしても時計台が近くで見えたりはしない。
そして珍しくアレフも素直に感動していた。
「しかし何故ボフォイは今になって時計台を作ったんだ」
「確かにねー。まぁ結果的に観光客増えたんだから良いんじゃない?」
「そうかもな。さて、ボフォイの家を探すか」
アレフたちはボフォイのありかを聞くために、人に聞き込みを行なった。
最初は時計台の近くの人に聞いてみたが、彼らは観光客だったために全然知らなかった。
そのためアレフは時計台から離れ、露店を開いている人に話を聞くことにした。
「やぁいらっしゃい。今ならリンガーサクッキーが安いよ!」
「なら一つもらおう」
「はいまいどあり」
アレフはクッキーを貰うと早速それを口へ運んだ。何回か咀嚼した後に、アレフは目を見開いた。
「美味しい! 美味しいぞこのクッキー!」
「お、おおっ。そんなに言われるともっとあげたくなるねぇ。これはサービスだ! やるよ!」
アレフが感動していると店の主人は五つほど入ったクッキーをアレフへと渡した。
放っておくとアレフがずっと食べ続けてしまいそうなので、クレアはアレフを制止し、代わりに店の主人に質問した。
「ねぇおじさん。ボフォイさんってどこに住んでるの?」
「ボフォイさんの家ならあそこだよ。高台の上さ。なんだ、お前さんらボフォイさんに用か?」
「ええ、少し聞きたいことがあってね。この町が随分と賑わっているのも彼のおかげでしょう?」
「そうさ、彼が少し前にあの時計台を建ててからこの賑わい。感謝しきれないね」
(……ん?)
会話に少し違和感を感じたアレフだったが、クッキーが美味しくてすぐに忘れた。
そしてアレフたちは言われるがまま、ボフォイの家へと向かった。
「ごめんくださーい。ボフォイさんいるー?」
玄関を叩いてそう呼ぶクレア。
しばらく待っていると、扉が少しだけ開いた。中から現れたのは薄くなった頭頂部にボサボサの白いヒゲをたくわえた老人だった。
「私に何か用か」
「ええ、物知りなあなたに少し聞きたいことがあるの」
「ふん、お前みたいなガキンチョに教えることなどない。帰れ」
「ちょ!」
クレアが反論を言う暇もなく、バタンと扉が閉まった。
最初はポカンとしていたクレアだったが徐々に頬を膨らませ、地団駄を踏み始めた。
「だ、誰がガキンチョよーっ!」
「貴様しかいないだろう」
「ふざけんじゃないわよジジイのくせに!」
「まぁ待て。今のお前はどこからどう見ても子供だ。俺が聞けば彼も納得するだろう」
そう言ってアレフは扉を叩いた。再びボフォイが姿を現わす。
「なんだ」
「再びすまぬが聞きたいことがあるのだ。話を聞いてもらっていいか」
「お前みたいな若造に話すことなどないわ」
そう言うとボフォイは扉を閉めた。
最初はポカンとしていたアレフだったが、言葉の意味を理解し始めると怒りをむき出しにし始めた。
「ふざけるな、誰が若造だ! 貴様より五百倍は長生きしているわ! ボケが!」
「え、五百倍?」
「あ、いや、なんでもない。ちっ、しかしどうする。取りつく島もなかったぞ」
「うーん、そうね。仕方ないわ、とりあえず町を回ってみて、ボフォイさんについて聞いてみましょう」
そんなこんなでアレフたちは町を回ることになった。しかし町にいる人にボフォイについて聞いていったが、皆の回答はほとんど同じで、
「ボフォイさん? この町の誇りさ」
こんな感じである。他の情報も前から知っていたものばかりで新しいものはなかった。
辺りは日が暮れ夕方になっていた。
「ぜんっぜん、新しい情報が集まらないじゃないの!
「そもそもボフォイの作品が有名なだけであってボフォイ自体に興味がある者はほとんどいなさそうだな」
「仕方ないわ。暗くなってきたし、今日はここに泊まりましょう。それで、また明日ボフォイさんを尋ねてみるのよ」
「ふむ、そうだな」
そしてアレフたちは宿屋へと向かった。
宿に入り、クレアがカウンターで宿の部屋を借りようと手続きをしていると、途中で彼女は耳が壊れるような大声を出す。
「えーっ、なんで一部屋しかないのっ?」
「すまんのう。時計台のおかげで人が多くて」
(何やら揉めているようだな)
アレフはその言い争いを遠くから見ていた。
しばらくして、顔を少し赤らめながらアレフの元へと歩いてきたクレアは、そっぽを向きながら話し始める。
「ひ、一部屋しか空いてなかったらしいから! 一応とったけど、あ、あんたどうすんの?」
「ん? ならそこに二人で泊まれば良いだろう。仕方ないから貴様にベッドは譲ってやる」
「う、うぅ。あ、あんた意外に大胆なのね……」
(何言ってんだこいつ……)
一人であたふたしているクレアにたいしてそう思ったアレフだった。
ちなみに宿の女将はもう腰がほぼ直角に曲がってるかのような老婆であり、耳も遠いらしく何回もクレアの発言を聞き直していた。
「あり? あんたたちなんか泊めてましたっけ?」
「おいおい勘弁してくれよ婆さん。まぁもうチェックアウトだからいいけどよ」
(俺たちの後にも宿泊客と少しもめているようだ。あの婆さん、ボケているのか?)
そんな事を思いながら二人は部屋に入ると、アレフはおもむろに衣服を脱ぎ始めた。
「な、なな! 何やってんのあんた!? いきなりそういう感じ? そういう感じなの!?」
「さっきから何を言ってるんだ貴様は。疲れたからシャワーを浴びようと思ったんだが」
「あ、ああ。な、なるほどね。まぁ確かに順番は大事よね。け、けど服は脱衣室で脱ぐべきだと思うわ」
何か会話が噛み合っていない気がしたアレフだったが、言う通りに脱衣室で服を脱ぎ、シャワーを浴びる。
ちなみにこの世界でのシャワーなどの動力はほとんど魔法の応用によるものである。
(さて……ボフォイのあの様子だと明日行ってもまた追い返されるだけだな。どうするか)
そんな事を考えながらシャワーを浴びていたアレフだったが妙案は思いつかず、そのまま風呂を出た。
宿には簡易的な寝間着があり、アレフはそれを着た。
そして、部屋に戻ると、何故かベッドの上で何かぶつぶつ言いながら転がっているクレアの姿があった。
「や、やっぱりこう来られたらこう返した方がいいのかしら……」
「おい」
「は、はいっ!?」
アレフが声をかけると、裏返った声でビクッと反応し、すぐさま立ち上がるクレア。その反応が面白くて、アレフは少し笑ってしまった。
「上がったぞ。貴様もシャワーを浴びてきたらどうだ」
「そ、そうよね。しっかり洗ってくるわ」
何かの決意表明かのように一歩一歩しっかりと踏みしめながらシャワールームへと向かって行ったクレア。
何が起きているのかさっぱりわからなかったアレフだったが、とりあえずベッドに腰をかけた。
おもむろに辺りを見渡すと、小さい本棚に目を惹かれるタイトルの本があった。
『勇者ディーノ伝説について』
アレフは思わずその本を手に取る。そしてパラパラとめくり始めた。
♦︎
騎士団の中でも比類なき力を持つディーノは国王に命じられ、魔王討伐をする事になった。
その際ディーノは魔王を討伐するメンバーとして3人と仲間になった。それがのちの【戦士ラゲル】【賢者ヤヨイ】【武闘家レイ】である――
〈中略〉
――そして数々の犠牲を乗り越え、四大帝を退け魔王のもとへと辿り着いたディーノは遂に魔王と闘った。
闘いは熾烈を極め、両者一歩も譲らない攻防となった。
そして時は訪れ、お互いの全力を込めた一撃をぶつけあわせたのだ。結果、その攻撃はディーノが僅かに上回り、魔王は敗北に至った。
勇者ディーノはこうして魔王を討ち取った。これが世に言う勇者ディーノ伝説である。
結果はすぐに国王に報告され、彼は英雄となった。
だが彼はプロ勇者制度、魔法学園制度を確立させると、それから3ヶ月も経たないうちにこの国から姿を消した。理由は一切不明。
しかしながら国から捜索依頼などが一切出されなかった事から、彼が失踪した理由を国王は知っているのかもしれない――
♦︎
「あ、ああ上がったわよ!」
クレアのその声で、アレフは読みかけの本を閉じた。
クレアの顔は湯上がりのせいか、赤く火照っていた。
「そうか。俺はもう入ったし別に報告しなくてもいいが」
「う、うっさいわね。ていうかその本って――」
クレアがアレフの持っていた本を指摘しようとしたその時だった。
「鐘?」
「どうやら時報のようだな」
「不思議な音ね。心に染み渡るような……」
時計台の針がちょうど7時を指し、そして鐘を鳴らす。だが、それと同時に事は起こった。
宿の外から巨大な爆発音と悲鳴が響いたのだ。
「なんだ?」
「わ、わかんないっ!」
アレフたちも窓から町を眺めるが、悲鳴が聞こえるだけで何も分からなかった。
そして、他の部屋の人々も異変に気付き始めたらしく、慌ただしくなる。
ドタドタと階段を降りる音が聞こえ、アレフたちも部屋を出てロビーへと向かった。
すると宿の外に出て様子を見てきた男が大慌てで宿に戻ってきた。
「ま、魔物の大群が押し寄せてきた!」
それは絶望的な知らせだった。