プロローグ
ここは魔王城。その最も奥にある魔王の間で二人の戦士の数時間にも及ぶ戦いが終わろうとしていた。
「ハァ……ハァ! やるな……人間」
一人はこの魔王城のあるじ、『魔王』アレフ=デリオラー。
彼は魔族とはいえ人型の魔人。赤い肌に銀髪で端正な顔立ちをしていた。
「ハァハァ……どうやら、次で結着がつきそうだ」
もう一方はこの魔王城に四人のパーティでやってきて、遂にここまで辿り着いた『勇者』ディーノ。彼は黒い髪に正義の目を携えていた。
「そのようだ。俺の全てを貴様にくれてやる。いくぞ、『漆黒なる闇夜の世界。深淵より来りしは絶対なる一撃――』」
「古代式詠唱……! しかも極大魔法。魔王め……まだそんな力を。だが俺も全てを込める! 『光属性、位階極――』」
二人の唱えている詠唱はこの時代において、発動できるものがこの二人だけしかいないほどのものである。
どちらも一国を滅ぼせるほどの威力。最後まで取っていたのは切り札に使うためであった。
魔王の右手の手のひらには、超圧縮された暗黒の魔力が漂っていた。
そして勇者の剣にも目を閉じたくなるほどのまばゆい光を持つ光の魔力が付与されていた。
そして一瞬の間の後、二人は同時に魔法を唱えた。
「魔大葬!」
「聖なる光剣!」
ほぼ互角の魔法ではあったが、勇者は倒れていった仲間たちから貰った力をその身に宿していた。その差で魔王の魔法は飲み込まれる。
「これが……人間の力だ! 魔王おおおお!」
「……ふ」
(まさか人間がここまでやるとはな……。素晴らしい)
勇者の雄叫びを聞き、自身の敗北を悟った魔王だったが、抱いた感想は無念でも怒りでもなく、賞賛であった。
普通ならば辺り一帯を消し飛ばすような一撃も、二つのほぼ同威力の攻撃により、その場において威力は圧縮され高密度のエネルギー体となり魔法に競り負けた魔王の方へと全てが降り注いだ。
そして、魔王は敗れた――。
「どうやら……終わったみたいだね」
「そのようだ……もはや手も動かん。俺の負けだ」
魔王はもはや身体中ボロボロであり、血だらけの状態で壁に座りかかっていた。
勝負がついたようだ。勇者が魔王の首元に剣の切っ先をつける。
「お前が……もし魔族じゃなかったなら……友達になれたかもしれないのに」
ポツリと勇者がそんな事を呟いた。
思わず魔王は吹き出してしまう。
(何を言っているのか、この人間は。俺たちはこいつの仲間を殺したし、こいつらは俺の部下を殺した。そんな関係だというのに……)
「馬鹿だな……敵に同情してどうする」
「僕は勘違いしていた。魔族はどうしようもないクズばかりだとな」
「別に間違ってはいない。基本的に馬鹿ばかりだし、どうしようもない奴らだらけだ」
「そんなのは人間も同じさ……僕だって勇者なんて持て囃されてはいても、所詮は王の使いっぱしりだしな」
「ふふ、ままならないものだな」
「ははは、違いない」
二人は笑いあっていた。
魔族と人間、決して分かり合えないと思われている二つが、今皮肉な事に魔王と勇者という関係を通して分かり合おうとしていた。
「僕が力を持たないばかりに、魔族を救う事は出来なかった……。君たち魔族という敵を作る事でしか、平和を作れなかったんだ」
「馬鹿を言え。魔族を救うなんて出来るわけがない。人間が滅ぶか魔族が滅ぶか。それしかなかったのだ」
魔王のこの言葉は、自身の長い人生経験の中で出した結論だった。魔王自身、何度か人間に歩み寄ろうと思った事もあったが、その度に挫折していた。
「残念だ……人は戦う事でしか生きられないのか」
「それが生物の性だろう」
「……そうだな。最期に言いたい事はあるかい?」
魔王はしばし考えた。自分の人生の最期となる言葉だ。何がいいかと思ったが、頭には何も浮かばず、ふと思ったことを言ってしまった。
「人間……貴様の名前はなんという?」
「僕のかい? 僕はディーノだ。ディーノ=ホープレイ」
「そうか……ディーノ。俺はアレフだ。アレフ=デリオラー」
魔王が他人に、まして人間に自分の名を明かしたのは初めての事だった。
「アレフ。君と一緒に冒険がしてみたかったよ……」
「ふん、名前を教えたくらいで甘っちょろいやつだ。良いからさっさとやれ、何を泣いてやがる」
ディーノは泣いていた。その涙はどのような感情によるものなのかはアレフはわかるはずもなかったが、何故か悪い気はしなかった。
「残った魔族は僕に任せてくれ、絶対に悪いようにはしない!」
「どこまでもお節介なやつだ。世界を頼んだ……ディーノ」
「ああ……!」
(ふん、冒険か……。それも悪くないな――)
その言葉を最期に、魔王はこの世から消えた。数日後、勇者ディーノは国に帰還し、魔王を討ち取ったという報告をした。
これは後に【勇者ディーノ伝説】として世に語り継がれていく事になる。