ふりつもる雪
冬になった。辺りは一面真っ白になっていた。雪はいまだその勢いを緩めない。傘を少し前側に傾けてさしながら、地面に積もった薄い雪の層を、さく、さく、と踏んでいく。
駅までは徒歩にしておよそ15分だ。普通に歩けばもっと早く着くのだが、私は駅までの道をゆっくり歩くのが好きなのだ。いろんなところに目を遣れば遣るだけ、新しい発見がある。その成果主義さが、好きなのだ。
教室に入ると、親友は既に来ていた。机に座って、スマートフォンの画面上で、何やらぐねぐねと人差し指を動かしている。私はゲームに疎いので、何をしているか、全く分からない。
指にばかり目が行って、すぐに気付かなかったが、髪が短くなっている。肩まであった髪は、顔を包み込む程度まで短くなっていた。
よく似合っている、と思った。
「髪、切ったんだ」
「おぉ、よく気付いたね。んだよー。少し重くてさ」
親友はハンドボール部の期待のエースらしい。より良いプレーをするために、身軽さが肝要なのだろう。
帰りに、本屋に寄った。先日受けた模試の、古文の部分の出来があまりにひどかったので、古文についての参考書を買い、次回、少しでも挽回しようと思ったのだ。
古文というのは存外、奥の深い教科だと感じる。昔の人は非常に言い得て妙なことを言っているので、文法事項をマスターしただけでは、内容を正確に理解するのは難しい。文法事項を頭にインプットした上で、文の内容を理解しにかからなければならない。要は「二度手間」なのだ。
手間暇かけて、人間は真理に近づいていく。
らしい。
雪はもうやんでいた。積もっていた雪も、人に踏まれ、タイヤに轢かれ、黒ずみ、ぐちゃぐちゃになっていた。積み上げたものを崩すのは、とても容易い。
親切にも、「読んでおいて損はない!古文・有名な歌」というような本が、参考書の隣に置かれていた。その本をぱらぱらとめくっていると、ふと、ひとつの歌に目がとまった。
ひとつひとつの情景や天候に、意味があるのだとしたら、それはとてもすてきなことだなあと思った。
筑波嶺の峰より落つるみなの川恋ぞつもりて淵となりぬる
参考書、ついでにマンガを1冊、計2冊を片手に、温められた店内を後にした。外は相変わらずの寒さだった。4時45分。まだ家に帰るには早いと思い、アーケードの中を適当に歩いた。
当然ながら、アーケードの中には、雪は積もっていなかった。私は少し淋しかった。
アーケードを出た。淋しい気持ちに、俯かずにはいられず、下を向いたまま、とぼとぼと歩いていた。
交差点を左に曲がったところで、1人の男に遭遇した。
ばったり、ってやつだ。
彼は私のクラスメイトで、まあ、そこそこモテる。
私にはよくわからないけど。
でも確かに、奥ゆかしさ、みたいなものは感じる。
「おお、お疲れさん」
「あんた部活ないの?」
「それが無いんだなあ」
「そう」
「…ほら、昨日まで県大会だったから」
「ああ、そっか。結果は如何ほどで?」
「…」
「…残念賞をあげます。定価2000円+税のところ、なんと無料でご提供」
「ははっ。ありがたくいただくよ」
その笑い顔には、やっぱりどこか、陰があった。
そこからは、彼と並んで歩いた。どちらかがそう望んだわけでもなく、自然と、そうなった。
不思議だった。男の人と並んで、しかもこんな大勢の前で、歩いて帰ることになるなんて、今までの私は微塵も想像してなかっただろう。
「なあ、あの新しいカフェ寄ろうぜ」
「ううん…奢ってくれるなら考える」
「…ショートサイズなら」
「さっすがぁ」
温かいカフェラテを飲みつつ、どうでもいい話を、ただなんとなく、続けていた。数学が得意で、国語がめっぽうダメな私とは対照的に、彼は国語や英語が得意なぶん、数学が学年で下から3番目の成績だった話。県大会での、彼のチームメイトのミス、そして彼自身のミスの話。私は、笑ったり慰めたり、ときに怒ったり、とても充実した時間を過ごした。何時間も、何日も、何年も、ここにいる気がした。
「ほんとに奢ってくれるとは思わなかった」
「まあ気にすんなよ、おれも楽しかったしさ」
「そう。なら気にしない」
「おう」
「んじゃまた明日、学校でな」
明日の私は、きっとどこか少し変わってしまっているだろうと、そう確信した。
いや、もう既に、私は変わってしまったのかもしれない。
わからない。
変化とは瞬間的なものではなく、長い期間を費やすものなんだな、と、空を見ながら思った。
やんでいた雪はまた降り始め、やがて地面に、どんどん積まれていった。




