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レイスの王  作者: 星崎崑・桂かすが・みかみてれん・理不尽な孫の手・鼠色猫・わい・赤巻たると・ピチ&メル
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忍び寄るもの

リレー一周目八人目(アンカー!)

 悪夢のような光景だった。

 周囲を漂う濃厚な血臭。絶え間なく聞こえてくる苦悶の声と、誰かが上げる悲鳴。


「よせ! 止めろ!」

「来るな、俺に近寄るな!」

「やめてくれ……殺してくれぇ」

「体が勝手に……」

「助けてくれ!」

 

 つい先刻まで、暁の復讐者と呼ばれる組織の襲撃を警戒しながらも、「明日はどこに飲みに行く?」「俺、次の休暇で故郷に帰ったら、幼馴染と結婚するんすよ!」「懲りねぇな、奴らも。下等な奴らがイーグルに勝てる訳がないのにな」「なぁ、賭けないか? 暁の復讐者って奴ら、何匹狩れるか」

談笑していた彼らが互いに剣を振るい、凄惨な殺し合いを演じていた。


「な、何なんだよ……み、んな、どうしちまったんだよ?」

目の前で繰り広げられる、イーグル兵士達による凄惨な同士討ちを呆然と見ながら、その少年は小さく零した。

正門を守備している彼らの為に差し入れを持って訪れた、本来彼らが守るべき市民達にまで剣を向ける者までいた。

街を守って来た堅牢な正門は既に開け放たれ、周囲には仲間であった者によって惨殺された兵士達の躯が転がっていた。


「どうしてこんなことに……」


 これまでにも幾度も行われてきた隷属種族達の組織立った反抗。しかし、イーグルはその都度偉大なる鷲の雷槌の力でもって退けて来た。

 その事実が彼らの驕りを招いたのかもしれない。

 襲撃を事前に察知しつつも、どこか軍全体に緊張感の欠けた空気が漂っていた。正門前で持ち場につきながらも談笑している者すらいた。 

 今日が兵士として初陣となるイーグルのその少年も、始めは戦いになるかもしれないという緊張で体を固くしていたが、先輩兵士達のその余裕ある態度に幾分か肩の力が抜けていくのが分かった。

 少年も街を歩いている際にレイスや、他の隷属種族達を見かけることがあった。


 少年達イーグルとは異なり、いずれもみすぼらしい身なりをした者達。

 偉大なるイーグルのお零れに授かる、媚びへつらう事しか知らない愚鈍で卑しい存在。

 

 理由もなく彼らを追い回し、命乞いをする彼らに鷲の雷槌を振るった。苦悶の表情を浮かべる彼らを見るのは、少年に全能感と爽快感、そして興奮を与えてくれた。

 年寄りであろうと、か弱い子供や女性であろうと関係ない。

 なぜなら彼らはイーグルではない。

 何の痛痒も感じなかった。

 少年にとって、それは蟻を踏み潰すのと同じこと。

 

 その筈だったのに――。

 誰が点けたのか炎が上がる。

 揺らめく炎が、この惨状を生み出した奴らの存在を少年に思い起こさせた。


 ファントム。

 暁の復讐者を名乗る組織を纏める隷属種族。


 街で見かけることはない。事実、少年も目にしたのは始めてだ。

 かつて、イーグルの偉大なる祖先達が邪悪で野蛮なる先住民族――今の隷属種族達からこの大陸を開放するべく戦った際、レイス達の眷属として付き従っていた連中だ。 

 その姿はまるで、幽鬼。実体のない彼らは、生物に憑りつきその肉体を意のままに操る事が出来る。

 取り憑いた生物の肉体を利用した性的行為によって子を生す彼らは、他の種族からは忌み嫌われる日陰者であったが、唯一レイスにだけは従っていたとされている。 

 偉大なるイーグルがレイスに勝利を収めた後に、ファントムだけは徹底的に駆逐された筈であった。剣を始めとする物理的手段が通用しないファントムは、それだけイーグルにとって、レイスをも上回る脅威であったのだ。


 だが、彼らは生き残っていた。

 この大陸の片隅に。

 イーグルによって都合よく改変された歴史の中で、かつての主であるレイスが貶められようと、ファントムという種族が在ったことすら抹消されそうになっていたとしても、それでも彼らは生き残っていたのだ。


 ――イーグルを殺す。殺す。殺す!


 積年の恨みは強大な殺意へと昇華され、彼らは暁の復讐者を名乗り、イーグルへと逆襲を開始した。


 止められる者はいない。

 彼らに命令できるものはレイスのみ。

 だが、そのレイスもまたかつての栄華を徹底的に破壊しつくされ、イーグルへ服従させられていた。かつての主がイーグルという剽窃者によって服従させられている――その事すらもファントムにとっては許しがたい行為であった。

 イーグルの持つ能力、鷲の雷槌は幽体に近い彼らであっても脅威であったが、物質を通り抜けることのできる彼らの能力をもってすれば、死角からイーグルに憑りつくことなど、造作もないことだった。


 愛する家族、恋人、親しい友人、信頼できる仲間や上司。

 彼らの身体に取り憑き、意識を乗っ取ることはせずに、ただその肉体だけを一方的に操る。

 涙を流し「殺してくれ」「止めてくれ」と哀願しながら迫ってくる彼らを、どうして斬りつけることが出来るだろうか? 鷲の雷槌を撃つことが出来るだろうか?


 古に繰り広げられた光景が、幾星霜もの年を経て再現されている。

 偉大なるイーグルの祖先達が、勝利を収めたにも関わらず、歴史をねつ造してまでその存在を抹消しようとした脅威。

 暁の復讐者――ファントム。


 戦場に絶望が満ちる。


 取り憑かれ操られた者が自らの手で家族を殺害し、または取り憑かれた恋人を止めるために、その手に掛けざるを得なかった者の悲哀に満ちた叫び――。

 ファントムを殺すには、憑りつかれた者ごと斬るしかない。

 実体がなく精神生命体に近い彼らは、高威力の鷲の雷槌を浴びせ続けるか、取り憑かれた者が斬り殺された際の断末魔の衝撃を中にいるファントムにぶつける以外に、致命傷を負わせることが出来ないからだ。

 だが、多くの者にはそこまでの覚悟はできない。

 必然的に、ファントムに取り憑かれた者による一方的な殺戮が繰り広げられることになった。

 逃げようにも取り憑かれてしまった家族を、恋人を、友人を、仲間を見捨てることもできず、ただ戸惑う内に次々と殺されていく。

 取り憑かれてしまい、愛する者をその手に掛けてしまった者も、やがて精神が壊れてしまいただ生きているだけの屍と化してしまう。

 そうなれば、最早戦場では何の役にも立たない。


 そのファントムも、肉体の持ち主の恋人をその手で殺してやったことにより、恨み重なるイーグルの一人を廃人にしてやったところであった。

 ただの人形と化してしまったそのイーグルの肉体から抜け出すと、次の犠牲者を探して戦場を彷徨う。


 そして――。


「……あ……ああ……」


 ただ、呆然と目の前の光景を見つめながら呻き声を上げている少年を見つけた。

 人型の、幽鬼にしか見えない彼は、ゆっくりと少年へと手を伸ばしていく。


 今、少年が鷲の雷槌を目の前に迫るファントムに向けて撃てば、殺せないまでもダメージを与えることが出来ただろう。

 しかし、あまりにも凄惨な光景に放心状態に陥った彼は、迫るその脅威に気が付かない。


 ファントムの手が少年の胸元へと伸び――。


 ぬるりとした感触が少年の全身を襲った。

 全身を粘液に包まれればこんな感触を覚えるだろうか。放心していた少年が正気を取り戻す。


 嫌だ……俺の中に入って来るな……やめろ、止めてくれ! 


 手足を振るって、全身で拒絶しようとする。

 だが――。


 動かない。

 手も、足も、頭も、視線すらも――。

 思考することはできるのに、口から悲鳴すら上げることはできるのに。ただ、肉体だけが持ち主の意思に従わない。


 ゾッとする。

 自分の肉体が自分のモノでは無くなる感覚。


「だ、誰か。助けてくれ」


 言葉とは裏腹に、少年の顔は醜悪なまでに歪んだ笑みを浮かべる。だが、さしものファントムも不随意筋までは操る事が出来ないのか、その両目からは涙が零れていた。

 

「死にたくない……殺したくないっ! 誰か、助けてくれーーーー!!!」


 少年の絶叫。そして――。


「おらぁあああああ!!」


 絶叫と共に突進してきた自分よりも年下の男の子が――ファントムによって操られた肉体が反応するよりも早く、少年の左頬を殴り飛ばし――。


 ――あああああああああああ!!!!!!!!!!


 少年の頭の中で、ファントムの意識が絶叫し、泡沫の如く砕け散っていった。



執筆者:ピチ&メル

一言「猫にマタタビ」

http://mypage.syosetu.com/258229/


読んで下さりありがとうございます!

これで、リレー小説一周目が終了しました!

次回更新からは二周目に入っていきます!

二周目の順番は、くじ引き的な方法でシャッフルしています。


一発目の執筆者は――

鼠色猫先生です!

待て、しかして希望せよ。

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