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レイスの王  作者: 星崎崑・桂かすが・みかみてれん・理不尽な孫の手・鼠色猫・わい・赤巻たると・ピチ&メル
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届かぬ思い

リレー小説一周目七人目

 しまった、とケイは心底後悔した。

 なぜこのタイミングで到着してしまったのか。

 せめてもう少し早く、あるいは連中が街へ入った後だったならば――。


 ケイの悔恨をよそに、シャルロットは涙を拭った。

 そして強がるように現実を否定する。


「いえ、違うわ……嘘よ。パパが、そんな……」


 しかしその声はひどく震えていて、逃避にすらなっていなかった。

 シャルロットの異変を感じ取り、モニカがケイの肩から尋ねる。


「お姉ちゃん、パパになにかあったの?」

「う、ううん。何でもないわ。パパが乗ってる『紫電の天馬』は優秀なのよ。

 イブリースに、やられるはずなんて……」


 生きていて欲しい。

 こんな残酷な仕打ちはありえない。

 シャルロットの言葉からは、身内の死を否定したいという強い思いが見て取れた。


 ケイは彼女の顔を見て、ケイは胸が痛くなった。

 あの男は――あの青い点滅は。

 シャルロットの父親だったのか。


 父親は愛馬ごとイブリースの餌食になってしまったらしい。

 ケイはあの時の光景を思い出す。

 道理で、窪みに溜まる血の量が多かったわけだ。

 一人と一頭の血液がぶちまけられていたのか。


 シャルロットは身体を小さく震わせていた。

 ケイは彼女の姿を痛ましい目で見る。

 ここは一旦落ち着けるために、『親父さんは生きてるよ』と嘘を言うべきだろうか。


 いや、そんなのは気休めにもならない。

 もしケイの虚言を信じたとしも、後で真実を知ったら、確実に倍の悲しみに囚われるだろう。

 では、否定も肯定もしないか?


 それも愚策。

 あのペンダントを見て、シャルロットも内心は分かっているはずなのだ。

 それに――ケイは思う。


 ここで黙っているのも、違う気がする、と。

 意を決して、ケイはシャルロットに声をかける。


「あのペンダントの持ち主は、死んだよ」

「…………ッ」

「確認したんだ、間違いない」


 残酷な言葉だ。

『お前の父親は死んだ、俺はそれを確認した。

 だけど助けてはいない。助けられなかった』


 そういう風に取られてしまっても無理はない。

 だが、事実なのだからどうしようもない。

 あの状況で、父親を救護することは不可能だったのだから。


「パパ、こんなのって……」


 シャルロットが泣き崩れた。

 強がっていた気勢は薄れ、地べたに両膝をつく。

 理不尽を目前にする度、彼女は『パパ』と言っていた。

 心の根本で、頼りにしていたのだろう。


 言ってみれば、心の大黒柱だったのだ。

 それが今、ポキリと折れてしまった。

 悲観に暮れるのも当然と言える。


「……お姉ちゃん? なんで、泣いてるの?」


 モニカは姉の姿を心配そうに覗きこむ。

 ケイは、シャルロットに声をかけることができなかった。

 大切な人を失った者に、どんな言葉をかければいいのか。

 全く分からなかったからだ。


 気休めなんて欲しくないだろう。

 ケイが困惑していると、門衛と男の方から激しい声が響いてきた。


「答えろ門衛! 貴様まさか、グランド殿と令嬢たちの助けを断ったのではあるまいな!」

「そ、そんなことは……」


 門衛は言葉を濁す。

 どう答えたものか、困り切っているようだ。

 徐々に追い詰められ、門衛の顔色が青くなっていく。

 すると、剣幕鋭い男の肩をポンポンと叩く者がいた。


「まあ熱くなりなさんな。

 とりあえず、ペンダントが落ちてた周辺には、レイスとファントムの痕跡があったぜ」

「レイスとファントム……? まさか、『暁の復讐者』の仕業か?」


 ファントム。

 そして暁の復讐者。

 その言葉は初耳だった。

 ケイは聞き逃さないように耳を傾ける。


「多分な。イブリースに追われてた所を急襲されたんだろう。

 グランドって男がどんなのか知らねえが。

 はぐれた所をファントムに目をつけられたらお終いだ。

 『紫電の天馬』とやらでも逃げきれねえだろうな」


 どうやらファントムというのは、レイス・イーグルと同じで、種族の名前であるようだ。

 状況を説明している男は、落ち着いた雰囲気の割に、とても若かった。

 男というよりは、少年と形容した方がいいかもしれない。

 無造作に伸ばした銀髪を、乱暴に短く切りそろえた髪型をしている。

 少年の説明を聞いて、男たちが苛立った声を上げる。


「……落ちた隷属種族どもめが」

「……そんな、グランド殿が」

「……許さん、絶対に許さんぞ。暁の復讐者めが」


 先ほどから話を聞いている限りでの認識だが。

 どうやら暁の復讐者というのは、イーグルの敵であるようだ。

 男たちはやり場のない怒りで、今にも爆発しそうだ。

 そんな彼らを落ち着けるように、少年が話を切り出す。


「ま、今はそんなことはどうでもいい。

 グランドって男の、娘さん達を保護するのが先なんじゃねえか?」

「はっ、そうだ。門衛、昨夜この紋章を付けた女の子が来なかったか?」

「……それでしたら」


 そう言って、門衛がケイの方を指さす。

 その瞬間、ケイの心臓がドクンと跳ねた。

 この距離なら、見つからないと思っていたのに。


 しかし門衛というのは、辺りを警戒し、門を守る者。

 目が良くても不思議はない。

 門衛の示唆を受け、男たちがケイとシャルロットの方に走ってくる。


「シャルロット様!」

「モニカ様も!」

「ご無事でしたか!」


 シャルロットの元に駆け寄る男たち。

 しかし、彼女が涙を流しているのを疑問に思ったようだ。

 男たちはすぐにケイの顔を確認する。

 そして、唾棄するような視線を向けた。


「……貴様、レイスか!」

「シャルロット様に何をした!」

「違う、俺は――」


 何もしていない、とケイは言いたかった。

 危害を加えるようなことは、一つ足りともしていないんだ。

 しかし、そんなことを言っても聞いてくれそうにない。

 男たちがバチバチと身体に紫色の電をまとわせ始める。

 そして、一人の怪訝な声を皮切りに、凄まじい罵倒が飛んできた。


「こいつ、暁の復讐者の構成員なんじゃないのか?」

「なに!? やはり、モニカ様を人質に取るつもりか!」

「今すぐ下ろせ! 貴様が触れていい御仁ではない!」


 じり、とケイは思わず後ろに下がってしまう。

 シャルロットは泣いていて、モニカは何が起きているのか分からず、硬直している。

 目の前の男たちはイーグルであり、シャルロット達の仲間。


「愚鈍なレイスめが……」

「よくも血迷った真似をしてくれたものだ」

「行きて帰れると思うなよ、劣等種族」


 迫ってこようとする男たち。

 この状況でどうしたらよいのか。

 ケイは完全に方策を見失った。

 男たちはケイがモニカを人質に取っていると、勘違いしているようだ。

 モニカへ被害が出るのを避けるため、うかつに手を出してこない。


「違うんだ。俺はただ……こいつらと一緒に、ここまで帰ってきただけなんだ。

 あんた達の言ってる親父も、俺は知らない」

「ほざけ! グランド殿の仇は私が取る!」

「さっさとモニカ様を解放しろ! 卑怯者めが!」


 誤解を解こうとするが、全く聞き入れてくれない。

 ケイは歯軋りした。


 どうすれば……どうすればいい。

 このまま会話を続けても埒が明かない。

 話を聞いてもらうために、全員ねじ伏せるか?

 いや、そんなことをしたら亀裂が決定的になる。

 鷲の雷槌が効かないとはいえ、他の手段で攻撃されたら危険なのだ。


 ならば、シャルロットに説明してもらうか?

 いや、それも得策ではない。

 彼女は今、嗚咽していて話せる状態ではないのだ。

 父親が無惨に殺されたと知った直後である。

 無理に喋ってもらっても、ケイが脅しているようにしか見えないだろう。


 ならば、モニカを降ろし、すぐに逃げ出すか?

 口惜しいが、これが今思いつく限りでは、一番被害を受けない方法と言える。

 そこまで思考した瞬間。


「――悪いな、少し我慢しろ。イオン」


 よく見れば。

 先ほどまで目の前にいた少年が、いつの間にか超接近してきている。

 レーダーの感知よりも早かった。明らかに只者ではない。

 彼は一瞬でモニカを引き剥がし、男たちの元へ届ける。

 それを確認すると、男たちが紫色の雷を放ってきた。


「喰らえ、蛮族めが!」

「断頭台の露にしてやる!」


 バチバチと、魔の電流がケイに直撃する。

 だが、まったく刺激は受けなかった。

 痺れもしないし、身体が硬直したりもしない。

 夢でイオンが言っていたことは、本当だったらしい。


「なっ、こいつ……鷲の雷槌が効かない……?」

「レイスの分際で……なぜだ」

「そんなはずがあるか! さっさと押さえつけろ!」


 男たちの間に動揺が走る。

 鷲の雷槌が有効打にならないと知ったのか、各々が長剣を抜き始める。

 鋭利な切っ先で、一突きされるだけで絶命は免れないだろう。


 男たちの抜剣を見て、少年が舌打ちをする。

 そして彼は恐ろしい速度で、ケイの側面に回り込んだ。

 

「――倒れるフリをしろ、抵抗するなよ」


 耳元で囁かれ、薙ぎ払おうとしていたケイの動きが止まる。

 少年が裏拳でケイの額を打った。

 手加減したようだが、吹き飛ぶには十分な怪力。


 ケイは背中から地面に倒れ込んだ。

 すぐさま少年が馬乗りになり、ケイの首を掴む。

 生命の危機を感じて、ケイは無意識に振り払おうとする。

 まだ抵抗の意志があると思ったのか、男たちが剣を手に接近してくる。


「――だから、抵抗するなって言ったのによ」


 バチバチと少年が紫色の雷を展開する。

 その上で、首に当てた手に力を込め――

レイスの力で持って、ケイの生命力を吸い取った。


「う、ぁああああああああああ!」


 ケイの首に超高熱が宿る。

 力が徐々に吸い出されていく感覚。

 全身から力が抜け、抵抗どころではなくなる。

 意識が徐々に薄れてしまう。

 そんな意識状態で、ケイは疑問に思っていた。


 ――こいつ、イーグルなのに、なんでレイスの力を……ッ!


 聴覚と僅かな意識を残して、身体がぴくりとも動かなくなる。

 少年は吸い取った力を、周りに勘付かれないよう、静かにケイの身体に返した。

 ゆっくりと立ち上がり、男たちに言い放つ。


「悪い、殺しちまった。てか、鷲の雷槌、ちゃんと効くじゃねえか」

「む、むぅ……効かないように見えたのは気のせいだったか」

「その辺に埋めてくるから、そこの令嬢たちの保護は頼んだ」


 そう言って、少年はケイの襟元を掴んだ。

 そのままズルズルと引きずっていく。

 その背後で、少女二人が涙を流しながら放心していた。


 シャルロットは絶望的な表情でペンダントを手にとっている。

 彼女の瞳には、光が宿っていなかった。


 そしてそれは、モニカも同じ。

 ペンダントを見て、事情を悟ってしまったようだ。

 シャルロットは父の遺品を握りしめ、唇を噛む。


「パパ……ごめんなさい」


 ぎゅっとペンダントを強く掴む。

 手汗で血が溶け出し、涙のように地面に吸い込まれていった。

 涙を流しながら、シャルロットは天を仰ぐ。


「……誰か、助けて。

 私、こんなことになるなんて……思って、なかった」


 しかし、その声も虚空に吸い込まれていく。

 隣では、モニカがしゃくりあげて涙をこぼしていた。


「パパ、死んじゃったの? もう、帰ってこないの?

 嫌だ、嫌だよ……誰でもいいから、助けてよぉ……」


 街に着くまでは、あんなにも温かい気分でいられたのに。

 愛する父の死は、少女二人を残酷に痛めつけた。

 耳から入ってくる少女たちの悲愴を聞いて、ケイは……。


 ――シャルロット……モニカ……


 途切れかけた意識。

 もはや思考するだけの力も残っていなかった。

 泣き崩れる彼女たちを、恭しく連れて行こうとする男たち。


『大丈夫ですとも』

『何とかなります』

『まったく、あの小僧はとんでもないことをしてくれた』

『悪魔の血でも入っているのでしょう』

『さあ、ひとまずエルモアの聖館に向かいましょう』


 無責任で、何の慰めにもならない一言。

 そんな言葉を平然とかける男たちを見て、ケイを引きずる少年は吐き捨てたのだった。


「――馬鹿が。

 イオンがそんな大逸れたこと、するわけねえだろ」



執筆者:赤巻たると

一言「受験頑張ってます」

http://mypage.syosetu.com/195765/


※赤巻たるとさんの分はたくさん書いてくれて、ちょっと一回で更新するには長かったので分割させていただきました。

明日もディンディン!

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