掴みゆく世界
リレー二周目五人目、執筆者は赤巻たるとさんです!
アクシオンがファントムを連れている事に疑問を抱いたケイは、宝玉を握りしめる。
宝玉は熱く、それでいて懐かしい感触だった。
イオンの体にある、宝玉の知識がそう思わせるのかも知れない。
――そう。
エルモアの聖館で。
ケイが宝玉を握りしめた瞬間。
カチリ、と脳の何処かで、何かが切り替わったのだ。
どこか懐かしい思いと映像が、ケイの目に焼き付いた。
急に世界の時間が遅くなり、視界がセピア色にも似たものへと変貌する。
今まで広がっていた光景が、急に見えなくなった。
代わりに、自分で身体が動かせなくなり、視界が色褪せたような色へと変わる。
変わる。
際限なく変わる。
(なんだよ、これ……)
流れこんでくる、自分ではない自分の未来。
決して回想ではない。
そして、間違いなく未来でもない。
例えるならそれは――誰かが望んだ未来の世界。
そして次の瞬間、怒涛のような映像が視界を焼きつくした。
目の前にいるのは、セピア色のアクシオン。
そして、セピア色の自分――ケイだ。
アクシオンはケイに跪き、屹然と言い放った。
『悪いな。俺の頼みを聞いて貰う番だよ、イオン。
……いや、レイスの王よ』
(何を言っているんだ、アクシオン)
ケイはすぐに聞き返そうとした。
今になって、彼が自分に隠していたことがわかった気がする。
その予想が的中しているのなら。
シャルロットとモニカの父親を殺したのは――。
(聞けよ、早く……! 取り返しがつかなくなる前にッ)
ケイは渾身の力を込めて発声しようとした。
だが、なぜか言葉が出てこない。
試しに手を動かしてみたが、セピア色のケイは微動だにしない。
そして気づく。
これは、現実ではない。
誰かに見せられている幻想だ。
だからこそ、こうして眼の前に広がる世界に、自分の意志で干渉できないのだ。
目の前で淡々と繰り広げられていく出来事。
ケイはただ、それを俯瞰視点から眺めることしかできなかった。
セピア色のケイが、アクシオンに告げる。
『……アクシオン、話は後で聞かせて貰う。
用が済んだなら帰るぞ』
違うだろう――ケイは歯軋りした。
今確認しないで、いつするんだ。
セピア色の姉妹が涙を流し、敵意の目を向けてくる。
完全に暁の復讐者の人間だと思われてしまったようだ。
(違う。俺はただ、お前たちを守りたかっただけなんだ。
傷ついて欲しくなからったから。
悲しい顔を見たくなかったから。
そのために、無理を押してここに来たわけで――)
混乱するケイを余所に、色褪せた世界は目まぐるしく進んでいく。
セピア色のケイが、アクシオンを伴って外に出ようとしている。
すると、シャルロットが怨嗟に満ちた目で、こちらを睨んできた。
だが、セピア色のケイは何も言わない。
まるで己の本懐を、完全に忘れてしまったかのように。
『人殺し。卑しいレイスの分際で……』
シャルロットの言葉が、グサリと胸に突き刺さった。
人ではない鬼畜を見るような目。
そして外道を糾弾するような一言。
全てが、ただ見ることしかできないケイを苛んだ。
この瞬間。
ケイは考えることをやめた。
一々感情を荒立てて逆らっても、この世界で動くセピア色のケイには反映されない。
こういうものなんだと、無理やりにでも割り切るしかない。
そうやって傍観していないと、心が折れてしまいそうだった。
(……分かった。分かったよ。
見届けてやる。この世界がどうなるのか。
そして、その結末に、何が待っているのかを)
最後まで見届けるため。
ケイは重く決意した。
そこからは、怒涛のような勢いで世界が進んだ。
今まで分からなかった謎が、ピースを嵌め込んだように埋まっていく。
アクシオンが暁の復讐者の幹部だったこと。
今回の襲撃は、ただ宝玉だけが目的だったこと。
この身体に宿っている人格はイオンではないと、アクシオンが気づいていたこと。
一部は、ケイも薄々感じていた。
しかし、人格がイオンではないと見破られたことだけは、意外だった。
セピア色のアクシオンが、頼み事をしてくる。
『暁の復讐者』を率いてくれ、と。
しかしセピア色のケイは、そこで逡巡する。
その刹那――
シャルロットが殺意を持って攻撃してきた。
完全に仕留めるつもりの奇襲である。
しかし、彼女の行動は至って当然。
父親を殺され、そしてレイス二人組が宝玉を奪い、
勝手に次の算段まで立てようとしている。
そんな光景を見せられて、激高しないわけがない。
しかしその時、セピア色のケイが動いた。
彼が、やっと自分らしい――ケイらしい行動に出たのだ。
彼は宝玉を天高く掲げ――死神のような鎌を出現させる。
シャルロット達に、戦って死んで欲しくないとの一心だったのだろう。
輝く鎌は恐ろしい力を秘めており、周囲の幹部達は拍手喝采だった。
結局、セピア色のケイは――最終的に暁の復讐者への加入を拒否した。
そして高らかに宣言したのだ。
己の理想郷を作るため、力を込めて――
『俺は新たな王になる。この世界に新しい国を作る!』
△▼△▼△▼△
そこからは、とても幸せな日々だった。
三年の時が経ったのだ。
ここはセピア色の世界。
ケイとアクシオン。
シャルロットとモニカ。
皆が仲良く屋敷で暮らしていた。
賛同しなかった勢力やイーグルとの戦いはあったが、
頼れる仲間と共に全て乗り越えてきた。
この日、ケイはシャルロットに叱られてしまった。
歴代の王の知識を持っていながら、なぜこの程度のこともできないのか、と。
シャルロットに叱られ、思わずむっとしてしまった。
しかしモニカの微笑ましい一言がきっかけで、シャルロットが乱心したりと。
ドタバタな日常が、平穏と共に訪れていた。
とても温かく、平和な毎日。
これこそが、ケイの望んだ未来――
――なわけ、ないだろ
ピキッ、と。
誰にも聞こえない一言が、波紋のように響き渡る。
セピア色の世界に、亀裂が走った。
今まで思考を我慢してきたケイが、ついに限界を迎えたのだ。
激しい感情の波が、色褪せた世界にヒビを入れていく。
確かにこの世界は、素晴らしい未来を迎えている。
この通りに行動すれば、甘く楽しい毎日を手に入れることができるのだろう。
血なまぐさく、闘争の絶えない世界の中で、やっと掴めた平穏。
喉から手が出るほど欲しいに決まっている。
だが――
『これは、お前が望んだ未来だ。そうだろ? イオン』
ケイの声が響き渡る。
するとセピア色の世界が消え去り、視界が真っ黒に染まった。
暗黒の世界。
その中央には、赤い光源が一つ。
ルクシュの宝玉がポッカリと浮かんでいた。
ケイの鋭い一言を受けて、宝玉が激しい光を放つ。
煌々と照り映える、美しい光景だ。
やがて光は人の形を取り、ゆっくりと収まっていく。
ケイの目の前で、全く同じ姿の人間が――。
いや、消えたはずの『イオン』が、困ったように微笑んでいた。
『少し、見せ方が荒っぽかったかもしれないね。
確かに、これは僕が望んだ世界さ。
でも、同時にお兄さん――君も望むであろう世界なんだよ?』
肩をすくめて、イオンは嘆息する。
しかし、ケイは全く動じない。
ただ、ひたすらに冷たい視線を、イオンへと向けていた。
『お前、消えたんじゃなかったのか?』
『消えたよ?
でも、世界から消失したとは一言も言っていない』
『俺の身体から消えただけ、そういうことか?』
『ご明察。身体をお兄さんにあげたんだし。
もう少し感謝してほしいな』
ニコニコと微笑み、イオンはケイの出方を伺う。
明らかに、挑発するような態度だ。
理想の世界を見せてやったのに、肯定しないとは何事だ。
そのような思いが裏にあることを、ひしひしと感じる。
『ルクシュの宝玉っていうのは、何だったんだ?』
『レイスの王の魂が収められる器さ。
ただし魂は入るたびに上書きされるから、宿っていたのは僕一人だけどね』
なるほど、ケイは内心で頷く。
あの宝玉を握りしめた時、妙に懐かしい感覚がしたのだが。
今なら、その理由が分かる。
あの懐かしさは、この身体が元の持ち主であるイオンの身体に、共鳴した結果だったのだ。
条件さえ揃えば、生命さえも吹き返すことができる黄金の鎌。
そして、その源は、王たる者の魂を収める器。
幻覚を見せることができても、何らおかしくはない。
『さっきの映像……。
もし俺が肯定すれば、実現できるのか?』
『もちろん。宝玉を駆使すれば、何だってできる。
例えば、万物を滅殺することも。
例えば、命を与えることも。
そして、両親を殺された姉妹が抱く憎悪を、絶対的な好意に変えることもね――』
イオンは残酷に微笑んだ。
そんな彼に対して、ケイはピクリとも笑わない。
ルクシュの宝玉。
誰もが求めてしまう、究極的な力を持つ財宝。
それをレイスが手に入れれば、本当に、何だって不可能はないのだろう。
それを知ったケイは――ただ冷淡に呟いた。
『お前は、【ああいう風】になりたかったんだな』
先ほどのセピア色の世界は、紛れもなくイオンが望んだもの。
そして同時に、ほぼ全てのレイスが望むであろう、安息の日々。
甘く緩やかな、理想の世界だった。
しかし、ケイはそれを肯定しない。
彼のつれない態度を見て、イオンは苦笑する。
『そうだよ。種族の和解とまでは行かなくても。
親しい人と仲直りをして、楽しく過ごす。
お兄さんだって、本当はそういう毎日が良いんじゃないのかな?』
その言葉に、ケイは頷きかける。
確かに、あのセピア色の世界は魅力的だった。
激戦もなく、悲しみもない。
レイスとして生きていくことに、何の不自由もない。
そういう世界を、王の系譜を継ぐイオンは望んでいたのだろう。
同調できるところも一部ある。
それに、シャルロットとモニカの笑顔が見放題なのだ。
誘惑として、これ以上のものはないだろう。
だが、しかし――
ケイはイオンの目を見据えた。
『なあ、イオン。
いや――今は亡き、宝玉に宿ったレイスの先王』
『ん、なにかな』
『一つ聞きたいんだけど、いいか?』
『もちろん、君が望むなら』
イオンは快く頷いた。
すると、間髪入れずにケイは尋ねる。
『お前とルクシュの宝玉を消すには、どうすればいい?』
『……本気かい?』
初めてイオンが冷や汗を流した。
あれだけの楽園を見せたのに。
まさかここにきて、否定するつもりなのか。
そんな思考をしていることが、イオンの表情から読み取れた。
そして、それはケイも看破していた。
動揺を見せるイオンに対し、ケイは首を横に振って補足する。
『いや、単なる興味本位だ。
あんなに楽しい世界を見せられたんだ。
今さら他の未来を望むと思うか?』
しかし、まだ疑いが晴れないのだろう。
イオンはケイの顔を注視した。
それに対し、ケイは表情を変えず、ただ返答を待つのみ。
沈黙を嫌ったのか、イオンはそれとなく答える。
『僕と宝玉は二つで一つ。
宝玉を砕けば、完全に消えるよ』
『そうか……』
『お望みの答えは返せたかな?』
『ああ。ありがとうなイオン。
おかげで、今すべきことが見えたよ』
しみじみと呟き、ケイはイオンに礼を言う。
これで、聞きたいことは全て聞けた。
多くの謎は解け、あとは選択をするのみ。
決断を下そうとするケイの思いを汲み取ったのか。
イオンは再びセピア色の映像を、ケイの眼前に投射した。
それを媒介に、ケイの視界を理想郷への切符たる世界で埋め尽くす。
あとは、ケイが肯定するだけ。
そうすれば宝玉が力を発揮し、その未来を実現させてくれる。
ケイはイオンを一瞥し、次に色褪せた世界を遠い目で見つめた。
そして、固い決意を表す右手の拳が振り上げられ――
「俺の見たい世界は、こんな偽りに満ちたものじゃないッ!」
セピア色の世界が砕け散った。
△▼△▼△▼△
「……はぁ、はぁ」
強い疲労感。
色褪せた世界が消え、リアルな世界が蘇る。
イオンの気配はしない。
鼻を突く血の匂い。
聞こえてくる、すすり泣きと声なき悲鳴。
鉄の味がする口内の血液。
ここがエルモアの館であることを、五感が教えてくれた。
目の前にはアクシオンがいて、
怪訝な目を向けて来ている。
「どうした? イオン」
「……いや、なんでもない」
そうだ、戻ってきたんだ。
先ほどの世界を否定したことにより、現実に帰ってきたのだ。
しかし、まだ否定しきれてはいない。
ここで先ほどの選択をなぞれば、あの未来へとつながってしまう。
そのロジックを、ケイは瞬時に理解していた。
だからこそ、断る。
この現実世界では、断固拒絶してみせる。
ケイは、次にアクシオンが話す言葉を予想できていた。
ゆえに、ケイは万全の構えで持つ。
すると、アクシオンは。
セピア色の世界で言った言葉を、もう一度口にした。
「今度は俺の頼みを聞いて貰う番だよ、イオン。
……いや、レイスの王よ」
「――嫌だ」
ざわっ、と場の空気が一変した。
まず驚いたのはアクシオン。
次に周囲にいたファントムだ。
そんな彼らに対し、ケイははっきりと言い放つ。
「俺はお前らの王じゃない。勝手に進む道を極めるなよ」
アクシオンが愕然とした表情になる。
ファントムに至っては、ケイの発言の意味がわからないのだろう。
ひたすらに硬直していた。
しかし、ケイは彼らのことなど見ていなかった。
端の方で涙を流しているシャルロットとモニカ。
二人に視線をやり――儚げ微笑んだ。
これから自分がやろうとしていることを、察してもらうために。
「悪いな、こんなことになっちまって」
思えば、もう少し早くから何か手を打てたのかもしれない。
こんな取り返しの付かない事態に陥る前に。
円満解決へと導く、魔法のような一手を、ひねり出せたのかもしれない。
しかし、今となっては既に遅い。
それに、そんな方策はきっと、最初から存在していなかった。
ケイは覚悟を決め、姉妹二人に誓った。
「でも、終わらせるから。
全部、ここで。すっきり終わらせてみせるから。
もう少しだけ、待っててくれ」
悲壮な決意。
破滅へと向かう選択肢を、あえて選ぼうとするケイ。
そんな彼の姿を見て、知らず知らずのうちに、モニカは涙を流していた。
しかしそれは、先程までの涙とは意味合いが違う。
その涙には、一切怒りや混乱の感情は混じっていなかった。
心の底では、そのことを信じていたのだと。
お人好しなケイは、必ずその道を選ぼうとするのだと。
そんな彼だからこそ、自分も心を開けたのだと。
短い期間だったが、その中で確かに培った――信頼。
絶対的な安心感に起因する、優しい涙だった。
そして、それは、シャルロットも同じ。
彼女の瞳に宿っていた怒りの炎が、徐々に勢いを弱める。
シャルロットはケイの言った言葉の意味を、咀嚼するように反芻した。
そして一筋の涙を流し、ボソリと呟く。
「……バカ。下賎な、レイスのくせに」
温かい涙。
それは決して、ケイを貶めるものではなかった。
ケイはしばらくモニカとシャルロットを見つめていた。
彼女たちを守るために、ここへとやってきたのだ。
永遠のように感じられた注視。
しかし、ケイは名残惜しそうに視線を切る。
そして、何か言いたげなアクシオンに先制して、宝玉を高く掲げた。
「こんなものは、必要ない――!」
全ての元凶は、このルクシュの宝石だった。
恐らく姉妹の父が殺されることになったのも。
この街に大規模な襲撃が掛けらることになったのも。
ミューが生命を散らしたのも。
――全て、この宝玉が原因だった。
レイスとしてのすべての力を駆使し、ケイは強く握りしめた。
ミシミシと、宝玉が悲鳴を上げる。
「やめろッ! イオン、落ち着け。
それがどれだけ大切なものか――」
「嘘の笑顔を女の子に強いる宝玉が、
大切なわけあるかぁあああああああああああああああああ!」
アクシオンの制止を振り切り、
ケイは宝玉を砕こうとする。
しかし、次の瞬間。
宝玉がまばゆい光を放った。
まるで、砕け散ることを拒否するかのように。
「――ぐッ」
思わず目が眩み、一瞬だけ握力が落ちる。
それを見逃さず、宝玉はケイの手から逃れた。
確固たる意志を持って、アクシオンに向かって猛進する。
呆気にとられたアクシオンの口内へ、
宝玉が凄まじい勢いで衝突した。
「が、はッ……!」
苦しそうに呻くアクシオン。
宝玉は無理やり彼の食道を進んでいく。
そして胃の中へ到達した刹那――
アクシオンの身体が、ドクンと跳ねた。
紅玉の光が彼の身体から漏れ出し、激しい生命の奔流を感じさせる。
しばらくして、アクシオンはゆっくりと立ち上がった。
「やれやれ。
まさか世界を拒否するばかりか、宝玉の破壊を目論むとは。ずいぶん野蛮だね」
明らかに、アクシオンの口調ではない。
これはどちらかというと――
「……イオンか」
どうやら、アクシオンの体を乗っ取ったらしい。
そこまでして、滅びたくないようだ。
アクシオン――の身体を借りたイオンは、ケイに警告を飛ばした。
「この宝玉には、レイスの歴史が凝縮されている。
わかりやすく言えば、全てのレイスの根源の証なんだ。
全てのレイスは、この宝玉があるからこそ存在を保証されている」
「だから、どうした」
「宝玉を砕けば――レイスは全員死ぬよ?」
彼は場の空気を一変させる事を呟いた。
イオンは、ケイが人を見捨てられないお人好しであることを見抜いていた。
まず間違いなく、全レイスのことを心配して、無茶はしないはず。
それ以上に、ケイの胸中で渦巻く生への貪欲な意志に気づいていたのだ。
だからこそ、イオンには勝ち目があった。
「アクシオンや僕はもちろん、お兄さん、君もだ。
せっかく得た生命が、全て失われる。
それでもまだ、宝玉を壊すと言うのかな?」
ケイは圧倒的な事実を突きつけられた。
イオン、即ち宝玉を砕けば、全てのレイスが死んでしまう。
そして、他ならぬ自分も消失してしまうのだ。
レイスにとっての根源。
なるほど、血眼になって奪回を図るはずだ。
まさに『レイス』という種族にとっての秘宝。
秘宝にして命綱。
それを無碍に扱うのは、確かにケイにもできそうにない。
だが――ケイはここに来た当初の目的を思い出す。
その指針のために、たくさんの犠牲が出てしまった。
罪もない一般人のイーグル。
レイス、そしてミュー……。
ここで諦めれば、たくさんの命が救われるのだろう。
しかし、それは同時に、偽りの未来の受諾を意味する。
更に、今までに犠牲になったミュー達の想いを、無駄にすることになる。
大きく息を吐いて、ケイは再び姉妹を眺める。
それとなく、最後に『目的』を確認するために。
しかしそれは、恋しさ故の行為だったのかもしれない。
未練がましい自分に、思わず苦笑してしまう。
そしてケイは、改めて目の前の男に尋ねた。
「なあ」
「なにかな?」
「お前には聞いてねえよ。
俺はアクシオンに話しかけてるんだ」
返事をしたイオンを完全に切り捨てる。
そして、人格を乗っ取られたアクシオンに向かって語りかけた。
しかし、当然返事をするわけがない。
イオンの不快な笑みが、アクシオンに反映しているだけだ。
だが、それでも構わずケイは問いかけた。
「アクシオン。前、俺に聞いてきたよな。
『俺のために死ねるか』って」
それは、イオンがケイでないことを見破るきっかけになった質問。
そんな答えは、ケイらしくない。
セピア色のアクシオンは、確かそう言っていたはず。
「俺だけ質問攻めなのも癪に障るから、訊かせてもらうよ」
ケイはイオンへ――
そしてその奥底に確かにいるアクシオンへと、鋭い言葉を投げかけた。
「――お前、俺のために死ねるか?」
「当たり前だろ」
その言葉は、他ならぬアクシオンの身体から聞こえた。
身体を乗っ取っているイオンは、驚きの表情を浮かべる。
しかし、一度開いた口は止まらない。
内部から意志を表出させたアクシオンは、歯痒そうに答えた。
「俺にとっては……どっちもイオンなんだ。
ずっと一緒に過ごしてきたイオン。
少しの間だが、行動を共にしたイオン。
前者も後者も、俺にとっちゃ掛け替えのない仲間なんだぜ」
――だから俺は、どっちにも味方はできねえ。
その言葉を最後に、アクシオンの言葉は消え去った。
身体の実権が、再びイオンのもとに戻る。
どうやら、後は成り行きに任せるつもりのようだ。
イオンは舌打ちをして、仲間の性格に疑念の意を呈した。
「……単純な奴で、困ったものだね」
そう言いつつも、イオンは自分の胸に手をやった。
それから、周囲に取り巻くファントム達に『手出し無用』の合図を出す。
とはいえ、めまぐるしい状況の変化に、最初から彼らは適応できていない。
――紆余曲折はあったが。
今ここに、二人の王が相対した。
ケイは何かを悟ったように、半分笑みを浮かべながら。
イオンはその真意を理解することができず、若干の苛立ちを覚えながら。
「死ぬ時は一緒だ。一緒に逝こうぜ、ミューの元に。
なあ、アクシオン、そしてイオン」
「ミュー、か。彼女は死に際……何て言っていたのかな?」
イオンからしてみれば、長年一緒にいた親友なのだ。
その最期が気になるのも当然と言える。
ケイは彼女の姿を思い出しながら、ボソリと告げた。
「生きろって、さ。
今もこの中には、彼女の気配が流れている」
「せっかくミューがくれた生命だというのにね。
無駄にする気かな?」
「冗談。全てを終わらせるのは無駄なことじゃない。
ただ、力の限り――俺にできることをやるだけだ」
そうだ。
ミューの死を決して無駄にはしない。
ケイは固く拳を引き絞った。
もはや言葉は要らない。
王の争いに舌戦は不要。
力と力をぶつけあい、勝った方が真の王である。
イオンの顔から作り笑いが消えた。
彼は初めて、その仮面を脱ぎ捨てる。
身体からは膨大な生命力が満ちていた。
能力としては中途半端なアクシオン。
しかし、レイスの全てが凝縮された宝玉を飲み込んだ今、
その実力はケイを遥かに凌ぐ。
まさしく最大にして最強の敵。
そんなイオンは、水のように穏やかに。
一人の王として名乗りを上げた。
「僕はイオン。レイスの先王だ」
「俺はケイ。レイスの王になる男だ――!」
次の瞬間。
二人が一気に距離を詰めた。
もはや誰にも止められない。
――今ここに。
レイスの王を決める、最後の戦いが始まった。
執筆者:赤巻たると
一言「受験、頑張ります。滑ろうが滑らまいが、ディンの紋章は来年の新年度から更新再開予定です。お楽しみに。目指せ、来年は150万字執筆!」
http://mypage.syosetu.com/195765/
次回は、みんな大好きつらたん先生です!




