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人は過ちを繰り返す

今回もちょっと長いです。

 《祝福》で得た力をまざまざと見せつけた姉弟は、勇者ではなかった。

 この事から見えてくるのは、今回召喚された者が全員…勇者を含めた4人全員が《祝福》を受けているという事実だ。

 勇者、すなわち《祝福》を受けた者は、代々召喚した神聖王国レザリスが保有してきた貴重な手駒にして、反則的で凶悪な兵力であった。それが図らずも4人も召喚できた事は、単純に考えれば戦力の増強であって、人類にとっては僥倖といえただろう。戦場に放り込めば、たった一人で千人分の働きをするのだから、どんな戦局でも容易く支配する事を可能とする兵力を手に入れたも同然なのだ。

 だが、正直に諸手を挙げて喜ぶのは、まだ早い。それもこれも、全てはうまく首輪を着けて、鎖に繋ぐ事ができたらばの話なのだから。

 無防備に転がり込んだ強大な力を物にできるか否か、ここが正念場だと、フェリスティアーナは覚悟を改め、再び一団から一歩前へ進み出た。


「知らぬ事とはいえ、先程は失礼を致しました、勇者様。けれど、あなたが勇者であるならば、どうかこの《守護の銀環ぎんかん》をお受け取りください」




 受け取り拒否はありえない。そんな真顔と姿勢で差し出されたサークレットを、当の勇者――鉄男は、手を伸ばす事もせずに当惑して見つめていた。

 しかしいくら待っても、フェリスティアーナが手を引っ込める気配はなく、また彼女の背後に控えた物々しい一団からも、さぁ受け取れ、受け取って装備しろ、と口ほどに語る視線が穴を開ける勢いで寄こされるばかりである。

 七瀬鉄男は、日本人である。

 つまり、空気を読む事に長けており、ノーとは言い出せない性分をしていた。


「えーと……これを受け取れば、いいのかな?」


 誰にともなくうかがいを立てながら、そっとサークレットを手に取る鉄男。受け渡しの完了と同時に、目の前の美少女から花がほころぶような笑みを向けられたが、それには控え目な愛想笑いを返しただけ。動揺も惚けた様子もない。当然である。鉄男は学生時代から、現在の妻である涼子一筋なのだ。

 さて、何やら大層な名の付いた宝物ほうもつを受け取ってしまった鉄男だったが、それを周囲が求めるとおりに身に着ける事はしなかった。

 そもそも、大変価値のある物のように渡されたが、それを渡してきたのはまったく面識のない、初対面の相手である。それだけでも十分断る理由となるのに、さらにその相手は、何やら鉄男の常識にそぐわない格好をした一団なのだ。テレビのニュースで報道されているのを何度か見た事があるが、いわゆる「コスプレイヤー」という奴だろうか。そんな事を思いつつ、鉄男は手元の輪っかを見下ろした。

 ……これを着けるという事は、鉄男も彼ら「コスプレイヤー」の仲間入りをするという事ではないだろうか。

 無言の内にこれを身に着けた己の姿を想像してみて、早々に想像力の限界にぶち当たった鉄男は、その未来を少しでも遠ざけようと、無意味に輪っかを手の中で遊ばせた。

 …そういえば、あれよあれよという間に色々な事が起こったので意識に上りにくかったが、もしかしたら自分達はこの団体に拉致されているんじゃないだろうか、と鉄男は思索しながらようやく気付く。というかここはどこで、自宅で焼き肉をしていた自分達は、どうやってここに連れてこられ、どうして娘も息子もあんなに強く、頑丈になってしまったのか。

 先程までは、子供達が主役の劇でも見ているような気持ちでいたから深く考えなかったが、今や自分がその渦中だ。鉄男は焦れたような視線が突き刺さるのを意図的に受け流しながら、難しい顔をして手中の輪っかを見つめ、黙考した。そしてふと気付く。

 輪っかの内側に、何か文字のようなものが刻まれている。


 鉄男があからさまに何かに気付いた顔をして、サークレットをためつすがめつ眺め始めたので、平静を装うフェリスティアーナや老神官、そして魔術師達の間に、ほんのわずかな緊張が走った。サークレットの観察に集中していた鉄男は気付かなかったが、娘の晴美はこれに目敏く気付き、得体の知れない集団を据わった目で見据えた。水面下で、どちらの陣営からも警戒と緊張でピリピリと張りつめた空気が流れだす。


「……うーん、小さくてよく見えないなぁ。…ここに眼鏡があればなぁ…」


 空気を読まず、鉄男がのんびりとそう漏らした時だった。




 凄まじく高密度な魔力が、一瞬で《召喚の間》を埋め尽くした。




 少しでも魔力を身に宿していれば、肌身で感じ取らずにはいられない、恐怖を覚える程に圧倒的な力の奔流だ。

 事実、職業柄それほど魔力を持たない騎士達だが、動揺して周囲を見回し、対象を定めずに武器を構えて全身鎧をガチャガチャと鳴らしている。

 魔術の専門家である魔術師達と、魔術師並に魔術を扱えるフェリスティアーナ、術式は違えど魔力をもって法術を行使する老神官の動揺は、彼らよりも多くを理解できる分、顕著だった。

 ぶわりと全身に鳥肌を立て、取り繕う事も忘れて表情を強張らせ、瞬き一つできずにその魔力の中心――鉄男を凝視している。彼女達の目には、鉄男からあふれ出て《召喚の間》を埋め尽くした魔力が渦を成し、恐るべき速さで逆流して中心に集合し、広がる事なく際限なく凝縮していくという、悪夢のような光景がはっきりと見えていたのだ。

 魔法陣を敷く事も、詠唱する事もなく、意識しているのかも怪しい様子で行われたそれは、最早人間業ではなかった。偉大な功績を残し、歴史にその名を刻んだ大魔導師達が、まるで無能に足掻く凡人のように思える、圧倒的にして原始的な力の行使だ。

 それにこの魔力……とても人間の器に収まるような量ではない。魔術的素養が種族的に高いエルフや魔人、魔力の塊である精霊であっても、これほどの力は扱えまい……人の意志がそこになければ災害そのものと成るだろう、膨大な魔力だ。

 本能的に畏怖の念を抱いて、魔力の流れを見つめるしかできないフェリスティアーナの前で、あれだけあった魔力が全て一カ所――鉄男の目の前の空間に凝縮し終えた。息の詰まるような圧迫感は失せたが、冷や汗は止まらない。なぜなら、本来、肉眼では捉える事ができないはずの魔力が具現化し、青白い光となって、ぐるぐると渦巻いているのが見えるのだ。

 ――と、固唾を呑んで見守っていた者達が、はっと息を呑んだ。

 光の渦の中に、何か物体が顕現けんげんし始めたのだ。

 物体が全容を現すに従って、威圧的な魔力は鳴りを潜めていくが、何が現れるのか、何が起ころうとしているのか、まるで理解が及ばず、レザリスの者達は等しく本能的な恐怖を覚えた。恐ろしくて目を逸らす事ができない。焦燥の炎が腹の底からじりじりと喉元まで這い上がって、口内をからからに渇かしていく。

 そうして衆人の緊張と視線を集める中、魔力の渦が完全に姿を消すと、代わりに、宙には何か華奢な作りの物体が浮いていた。

 フェリスティアーナを始めとした、事の異常さを体感した者達にとっては、ひどく長い時間に感じられただろうが、実際は《召喚の間》が魔力で埋め尽くされてからここまでは、ほんの数十秒の出来事であった。

 その為、魔力という概念と感覚に馴染みのない七瀬一家には、前触れなく不自然な沈黙が訪れたようにしか思えず、渦巻く魔力が具現化するに至って、ようやく異常に気付いて驚き、さらにそこから何かが出てくるようなので重ねて驚いたという有様だった。

 ちなみに、七瀬一家の中でも鉄男だけは手の中のサークレットに集中していたので具現化した魔力にも気付かず、彼が嵐の前の静けさを思わせる静寂に気が付き顔を上げた時には、その目の前には問題の物体が浮いている状態だった。

 周囲からずれた鉄男は、遅れて驚きに目を見張る。


「あれ? これって………僕の眼鏡じゃないか」


 そう、魔力の渦の中から現れたそれは、つい今しがた鉄男が「あったらいいなぁ…」と思い浮かべたそのもので、鉄男や七瀬一家にとっては見慣れた、特に奇異な所の見られない一般的な眼鏡であった。ちなみに老眼鏡だ。

 鉄男はしばし、宙に浮く眼鏡を色々な角度から不思議そうに眺め回し、眼鏡の上で宙を撫でるように手を滑らせてみたりして、種も仕掛けもなさそうな事実に驚きを通り越して感心した。


「……創造魔法、だと…!?」


「バカな! いくら魔力があろうと、無から有を作り出すなど…」


「人の身ではありえん……神のみわざだぞ…!!」


「いくら《祝福》を受けた勇者とはいえ…いやしかし、先程の魔力は…」


 うめくようなささやきで空気がざわついたが、鉄男は聞き流した。そんな事よりも目の前の、長く愛用してきた老眼鏡が、未だかつてないほど気になって仕方がなかったのだ。

 鉄男は一通り眺めてから、少しだけ警戒しながらそれを手に取ってみた。

 …眼鏡自体には特に仕掛けはなさそうだ。本当に自分の眼鏡だなぁ、と心底不思議そうに観察してから、ひょいとそれを装着してみた。軽率にしか見えない行動に、晴美と冬吾、そしてフェリスティアーナや老神官がぎょっとしたが、鉄男は慣れ親しんだ掛け心地に己の私物である確信を得て満足げだ。息子から呆れた視線を送られるが微塵も気付かず、これでやっと好奇心を満たせる、と鉄男は興味津々で手中のサークレットに目を落とした。


「ああ、やっぱり、よく見える。どれどれ……」


 細い銀色のサークレット。その内側に、見逃してしまいそうなほど薄く、小さな文字がびっしりと刻まれている。ぐるりと環の中を途切れる事なく巡っており、どこが書き始めでどこが文の終わりなのか、ぱっと見た所では皆目見当がつかない。

 鉄男は困ったように眉尻を下げた。残念ながらそれは、鉄男の知るどの言語でもなかったのだ。形としてはアラビア文字に似ているが、明朝体のように細い線と太い線で強弱がはっきりついており、角もしっかりかくかくと曲がっている。


「うーん……何語だろうなぁ、コレ。さっぱり読めないな…」


 鉄男の残念そうな言葉に、どこか落ち着かない様子で見守っていたフェリスティアーナ達から、ほっと安堵したような空気が生まれた。晴美がますます剣呑に目を細めてこれを黙視する。だが、やっぱり鉄男はそんな周囲の様子にもまったく気付かないで、諦め悪く不思議な文字を見つめ続けていた。

 鉄男は一度興味を持つと、どんなにしょうもないと他人から見られる事でも、とことん調べないと気が落ち着かない性質をしていた。


 ―――気になるなぁ。この文字はいったい何を表してるんだろう? この輪っかの制作者に関する事かな、あるいはこの輪っかの役割、もしかして歴史を示しているのか。気になるなぁ……そうだ! これの持ち主である女の子に訊いてみればいいんじゃないか。

 

 鉄男が謎の文字を凝視しながら、そう思い至った時だった。

 鉄男がフェリスティアーナに声をかけようと、サークレットから視線を引き剥がして顔を上げる寸前、鉄男はその視界に、いつからか見慣れた日本語が映っているという不自然な事実に気が付いた。思わず夢から覚めたような顔をして、パチクリと瞬く。

 鉄男が凝視していた謎の文字。その少し上に、まるでルビでも振るように日本語の文が並列していた。

 鉄男は無言で、謎の文字を追うようにサークレットを回してみた。すると、それに合わせて日本語も動き、続きの文が現れる。しばらくゆっくりとぐるぐる回してみて気が付いたが、どうやらこの日本語の文章は、この謎の文字の翻訳文であるらしい。そうとわかった鉄男は、どんなに考えても真実に辿り着きそうにない自動翻訳の原理を追及するよりも、見ただけでわかるようになった謎の文章の内容を読み解く事に専念した。少しだけわくわくしながら、文章の始まりを見つけ出す。


「えーと、何々……」



“我、魂に誓い、王の血に隷従れいじゅうする者なり”


“王の血に逆らわず”

“王の血に偽らず”

“王の血を流さず”

“王の血に代わって己が血を流し”

“王の血に全身全霊を捧げる下僕なり”

“我、魂に誓い、王の血に隷従れいじゅうする者なり…”



 ……夢も希望も萎えさせる、何をどう好意的に受け取っても不穏な文章だった。

 銘にある《守護》を思わせる部分など、どこにも見当たらない。それどころか、血、血、としつこく何度も繰り返されているせいか、とても血生臭く、物騒な代物にしか見えなくなってしまった。

 予想すらしていなかった内容に、思わず鉄男は絶句した。

 実は声に出して読み上げていた為、聞いていた周りの者達も絶句していた。

 どこか気まずげな、不安定な危うさをはらんだ静寂が満ちる。

 何かの見間違いか、翻訳ソフトの誤変換だろうか、と嫌な焦燥に駆られた鉄男が、救いを求めてさらにじっと凝視し続けていると、ピコンッと軽快な電子音が聞こえ、鉄男の前に、パソコンのディスプレー上に表示されるような黒いウィンドウが現れた。そこには日本語でこう書かれている。



“レアアイテム《守護の銀環ぎんかん》。”

“正式名称は《隷属の銀錠ぎんじょう》。代々の勇者に隷属を強いてきた、レザリス王国の国宝の一つ。装備した者はレザリス王国の王とその血に連なる者への隷属を魂に刻み付ける。失われた古代魔法によって作り出された魔道具である為、現代のいかなる魔術・法術をもってしても、このじゅを解く事はできない。なお、一度装備すると死ぬまで外す事ができない。”



 りずにうっかり読み上げ終えた頃には、痛々しい沈黙が《召喚の間》を支配していた。

 これは一体なんなんだろう…と不安と嫌悪に駆られた鉄男は、とりあえず手にしていたサークレットを親指と人差し指だけで嫌そうに摘まみ上げた。

 いらないから返したいんだけど、と持ち主であるはずの美少女を見れば、フェリスティアーナは一目でそれとわかるように表情を引き攣らせて固まっていた。鉄男が思わず状況も忘れて、せっかく可愛い顔をしているのに、と思ってしまうような引き攣り具合だ。

 返すんで誰か受け取ってくれませんか、と今度はフェリスティアーナの保護者と思われる隣の老人に目を向けるが、老神官は穏やかだった表情に苦渋をにじませて瞑目しているので、目が合わない。

 鉄男の前に並び立つ団体の構成員は誰も彼もがそんな具合で、困り果てた鉄男は家族を振り返り、眉尻を下げた。困り切って弱り切った顔だ。

 最初に目が合った涼子は、鉄男同様に困った顔で困ったように頬に手を当てており、次に視線を向けた晴美は、呆れた様子で嘆息して肩をすくめている。最後に見やった冬吾は、フェリスティアーナと同じように顔を盛大に引き攣らせていた。

 そういえば、冬吾は最初に勇者と呼ばれて喜んでいたな、と思い出した鉄男は、そんな冬吾ならこれを喜んで受け取るんじゃないだろうか、と摘まみ上げたサークレットを息子に向かって差し出してみた。

 しかし鉄男の予想に反して、顔を青ざめさせた冬吾は、


「冗談じゃねえっ! 呪われてんじゃねェか!」


 と叫ぶと、サークレットを力の限りに叩き落とした。

 カンッ! カランカラーン! と硬質な音が白々しい空気を裂いて響き、呪われたサークレットは無力そうに《召喚の間》の冷たい床を転がった。


読みたかったシーンその6

『プレゼントしてくれたこのアイテム、呪われてますよ? と指摘する』


謎の文字はチベット文字のイメージです。

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