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神は祝福を授けた

今回はちょっと長いです。

「うぇっ!? や、やっぱ魔王!? いやでも俺、戦いとかはちょっと…喧嘩くらいしかした事ないし…」


 戦うべき相手を示せば、少年はそれまで輝かせていた表情を曇らせ、困ったように後ろ頭を掻いた。

 召喚された勇者が、戦いを生業なりわいとしていた事例はまれである。ほとんどの勇者は魔物と戦うどころか剣を持った事すらない、暴力とは無縁の平和な生活を送っていた者達であった、と勇者の書にも記されている。

 だがレザリスは、そんな勇者が泣こうが怯えようが、彼らを戦場の前線に投入してきた。そして彼らは心を病もうが精神を崩壊させようが、その戦場で戦果を上げ、人類に貢献してきたのだ。

 フェリスティアーナは不安そうな少年に理解を示すよううなづき、その不安を和らげるよう、信頼と確信を込めた微笑みを向けた。


「大丈夫です。勇者様は代々、この世界に降臨する際に神の《祝福》を授かりますので、自覚がないだけで、途轍もない力を秘めていらっしゃるのですよ」


「お、おおぉ…マジか。夢のチート完備とは…………なんかやれそうな気がしてきた」


「やれそうではなく、勇者様にしかできないのです。勇者様、どうかわたくし達をお助けください!」


 己に与えられた力にだろう、再び高揚しだした少年に、ここぞとばかりに詰め寄ったフェリスティアーナは、呆気にとられた少年の手を素早く取り、すがるように、大事そうに抱えて、自然と己の胸元に引き寄せた。

 途端に目を泳がせる少年は、やはり女に慣れていない様子だったが、まんざらでもないようで、フェリスティアーナの手を振りほどこうとはしなかった。それどころか困惑気味に彼女に捕えられた手を見るようにして、彼女の寄せられた胸元を注視している。

 ああ、なんて素敵な勇者様だろうか――勇者の人となりにではなく、あまりの都合の良さに陶酔した色をわずかに浮かべながら、フェリスティアーナは後方に控えた老神官に合図した。

 全体的に白い装束をまとった老人は、好々爺然とした顔に純白のひげを蓄え、高位の人間らしい品格と権力の匂いを、その静かなたたずまいの中ににじませる人物だった。

 彼は一礼するとフェリスティアーナに歩み寄り、腕の中に抱えていた箱をうやうやしく差し出した。

 黄金のふさを垂らした小さな真紅のクッションに、宝飾の豪華な箱が鎮座している。

 「宝箱だ…」と目を釘付けにした少年の呟きに微笑みながら箱を開け、フェリスティアーナは中から銀色の細い輪っか状のものを取り出した。


「勇者様、これは代々の勇者様が身に着けていた《守護の銀環ぎんかん》。古く強力な護りのじゅが込められている、勇者の証ともいえる魔装具まそうぐですわ。どうぞお納めくださいまし」


 宝箱に散りばめられた美しい宝石も霞む笑みを浮かべて、フェリスティアーナはそれを少年に差し出した。

 その白銀のサークレットは、外形はシンプルなものだったが、細かな装飾が施され、額に当たるだろう位置には、純度の高い真紅の魔石がはめられた、見る人が見れば一目で一級品の魔道具と知れる代物だった。装飾は名工の手によるものだろう、文字とも模様ともとれる造形は美しく、芸術品としても一級品である。

 少年は色々な意味で縁のなかった宝物ほうもつを前にして、震える程に緊張し、しかしそれが己の物として差し出されている現実に興奮して、無言でゆっくりと、そのサークレットに手を伸ばした。

 フェリスティアーナは始終笑顔で、老神官はじっと少年の動きを注視し、控えた騎士達、魔術師達は、密かに緊張しながら少年の手がサークレットを運んでいく様を凝視していた。

 両手でかかげるように持たれたサークレットが、ゆっくりと少年の頭の上に運ばれ、ゆっくりと下ろされていく。沈黙を守るレザリスの者達が高揚していくのを空気で感じ取るが、フェリスティアーナ自身はやわらかな微笑をたたえたまま、少年がサークレットをはめるその瞬間を見守っていた。



「ちょっ、待ちなさいよ馬鹿っ!」



 焦ったような、聞き慣れない女の声がした。

 聞こえた方向と品の無い口調から、一瞬で少年の姉だと悟る。

 混乱から立ち直るのに時間がかかったのか、それとも事態を静観していたのか、今まで一言も口を挟まなかったのに何事だろうか、とフェリスティアーナが内心の不快さを隠して少年の背後に目をやれば、そこには発言者である姉の姿が――――どこにもなかった。


「……え?」


 いつの間に、どこへ消えた、と思う間もなく、目の前にいた少年の姿が掻き消えた。

 と、思ったら凄まじい轟音と衝撃が走り、亀裂の入った床が悲鳴を上げ、フェリスティアーナの足元が大きく崩れた。不安定になってしまった足場と発生した突風に、慌てて数歩下がった彼女は、そばに駆けつける騎士達を手で制しながら体勢を立て直し、何事が起きたのかとサファイアの双眸そうぼうを見開いた。


 先程まで少年がいたはずの場所に、なぜか今しがた姿を見失った姉が、拳を振り下ろした格好で立っていた。なぜ、いつの間に、と驚きに見開いた目をさらに大きく見開くフェリスティアーナ達は、その拳の向けられた先を目で追って、破壊された石の床と、そこに突っ伏した少年の姿を発見し、今度はあんぐりと口を開けて、少年の姉を凝視した。

 誰に気取られる事もなくこの惨状を作り出してみせた張本人たる女は、なぜかどことなく困惑した表情で、陥没した床と、それに沈み込む弟の後頭部、己の拳を見比べており、最終的にぴくぴく痙攣している少年を見下ろすと、幾分ばつが悪そうに頬を掻いた。


「あーっと……アレよ、アレ…知らない相手からホイホイ物もらってんじゃないわよ」


「待てぇぇぇぇえええ!! もっと他に言うべき事があんだろがぁぁぁぁぁあああ!?」


 バネ仕掛けのようにガバッと飛び起きた少年に、思わずびくりと肩を揺らすレザリス王国の精鋭達。

 そんな外野の反応を尻目に、姉は弟の身体を上から下まで一通り眺めると、しみじみと感心した風に言った。


「アンタ、丈夫になったわねぇ」


「姉貴こそなんだ今の馬鹿力っ!? 石の床が割れてんじゃねェか! 俺一瞬死んだかと思ったわっ!」


 のん気な姉とは正反対に、泣きそうな顔でわめき立てる少年は、確かに彼女の言う通り、傷一つないようだった。拳の直撃を受けただろう頭部に割れた様子や出血はなく、床を割ったはずの額は赤くなってすらいない。床に沈んだ上半身が多少汚れた程度で、至って元気にぴんぴんしている。

 その一見してわかる異常な頑丈ぶりに周囲がどよめくが、当の少年はそれらが耳に入らない様子で、髪や身体についた土埃や石くずを払いながら、ぶつくさと不満をこぼしていた。


「チートがなけりゃホントに死んでたぞ、くそっ……ってゆーか、あれ? もしかして、もしかしなくても、姉貴もチート?」


「チートって何」


「不相応に身に着けた反則的パワーってゆーか、裏技使って最初からレベル99とか、そんな感じ。ここの人らがいう所の《神の祝福》って奴だ。……しっかし姉貴もかよ。せっかく俺TUEEEしようと思ってたのに、これじゃ俺の地位、今までと変わんなくね? 下剋上できなくね?」


 しょんぼりと肩を落とし、意気消沈して溜息を落とす少年。

 痛々しいその様子に責任を感じた姉は、弟を慰めるべく言葉を探す……のではなく、おもむろに足元の瓦礫を二つ拾い上げると、片方を彼に向かって放り投げた。

 危なげなく受け取った少年が不思議そうに姉を見れば、彼女は残ったもう一つの、決して小さくない瓦礫を軽々真上に放り、目の前まで落ちてきた所で、瓦礫を挟むように両の拳を打ち付けた。


「ふんっ」


 粉砕する瓦礫。

 残った破片を片手で握ると、それは彼女の手の中で粉々に砕かれ、砂となってさらさらとこぼれ落ちた。


「……で、下剋上?」


「余りにも己の分をわきまえておりません愚かな発言を致しました事どうかお許しくださいお姉様」


 同じ事をしても欠けもしなかった瓦礫を放り出し、少年はひび割れた床にまたがって土下座した。…どうやら家庭内の上下関係は、世界を渡ったぐらいでは覆らないらしい。


「ちょっと晴美はるみ。あまりほこりを立てないでちょうだい。食事に入っちゃうでしょ?」


「あ、ごめん、お母さん」


 姉弟の背後から非難するような声がかかると、弟よりも圧倒的上位に位置するはずの姉はあっさりと謝罪し、身体をはたいてから、元の食卓の、自分の席へと戻っていった。


「お母さん、残りの肉と野菜、どうするの?」


「持って帰るしかないわねぇ。ホットプレートも壊れちゃったし…ほら、見てよこれ」


「あらま、見事にコードの先がないねぇ」


「そうなのよ。まるで刃物で切ったみたいにスッパリないの。だから後は余熱で焼くしかないんだけど…もうあんまり熱くないのよね」


「そしたら、新しく焼くのは諦めた方がよさそうね。電源もコンセントもないんじゃ、仕方ないわ。……ところでこれは、明らかにあの人達のせいなんだけど、弁償はしてもらえるのかな…?」


「ねぇ、お父さん。ホットプレートのコードだけって、売ってるのかしら?」


「そうだなぁ。帰ったらネットで調べてみよう」


 場違いに穏やかな食事風景を、フェリスティアーナ達は呆然と見つめた。まるで召喚された事も、娘が石の床を叩き割った事も、息子が無傷で生還した事も、何事もなかったかのようだ。よくよく見て見れば、鉄板の上にあった肉も野菜も、先程見た時よりも確実に減っており、一度も席を立っていない中年の男女は、見慣れぬ棒を器用に駆使して、食べ頃の肉や野菜を口に運んでいる。

 まさかこの状況にもかかわらず、ずっと食事を続けていたというのか…!?

 見過ごしていた真実に気付きかけ、何度目かに自失しかけたフェリスティアーナだったが、そこをなんとか堪え、騒ぎにまぎれて床に転がっていたサークレットを拾い上げると、一人地面に座り込んで石の粉砕に再挑戦していた少年に、慎重に話しかけた。


「あの…勇者様…?」


「―――え? あ、すんません、床割っちゃって。いやぁ、うちの馬鹿姉貴がホンット考えなしでギャー!? ごめんなさいごめんなさいっ、考えなしは俺でしたスンマッセン! マジスンマッセンでしたぁぁぁああ!!」


 悲鳴を上げてじたばたと暴れる少年の頭は、瞬きの合間に現れた彼の姉の手によって、ギリギリと締め付けられていた。

 フェリスティアーナは引き攣りそうになる表情を必死に留めたが、その顔色は一目でわかる程に血の気が失せて、青白かった。

 いつの間に目の前まで移動したのか、またわからなかったのだ。

 それは動体視力と気配の察知に自信のある騎士達も、魔力の流れに気を張っていた魔術師達も同じようで、彼らが少年の姉を見る目は、最早化け物を見るそれへと変わっていた。

 自分達は何を召喚してしまったのだろうか、という不安が伝染する中、なんとか不安げな表情に整えたフェリスティアーナが、この状況で一歩前へ出た。


「…あの、勇者様方……実はわたくし達は、代々の勇者様がお一人で降臨されていたので、勇者様は一人と考えていたのですが…」


 少年と姉、両方と順番に目を合わせながら、思案するように言葉を詰まらせつつ続ける。


「見た所、姉君も《祝福》を受けられたご様子……これは前例のない事で、わたくし達も戸惑っているのです。そこで、恐れ入りますが、どなたが勇者様であるのか、調べさせて頂いてもよろしいでしょうか? 難しい事ではありません。勇者様は《祝福》と同時に《勇者の証》を御身に宿されます。その《勇者の証》は、失われた古き力ある言葉に反応して光り輝くのです。……ここにいる神官がその言葉を唱える事をお許し頂けますか…?」


「へ? …えっ!? 俺、勇者じゃねェの!?」


「それを、今からお調べするのですっ」


 理解の足りない少年に苛立ちを感じながらも、それを微笑の下に押し隠し、フェリスティアーナは警戒した目付きでこちらを見てくる姉からも、どことなく気落ちした少年からも否定の声が上がらなかったのを肯定と見なして、老神官を振り返った。

 神聖王国レザリスが王都レザルノワの神官長にして、人間が信仰する唯一神に仕える最高神官は、うなづくように一礼してから、朗々と歌うように古き言葉を紡ぎだした。

 姉弟だけでなく、勇者一家全員が未知の言語に物珍しそうに耳を傾けている間、フェリスティアーナは一瞬の変化も見逃すまいと、問題の姉弟を凝視した。

 やはり若く未熟な少年が勇者なのだろうか。

 それとも姉か、あるいは姉弟両方が勇者であるのか…。

 微笑みを消し去り、真剣な表情で思索にふけっていたフェリスティアーナは、突然ほとばしった光に目を射られ、堪らず己の前に手をかざした。

 まばゆい光は、魔法陣の赤い光とは似ても似つかない、青白い清廉な光だった。

 神官も詠唱を終え、まぶしそうにしながらも、光源を見極めようと目を細めている。騎士達もまた目を細めながら、無意識に己が手にした武器を握る手に力をこめ、光を見据えて全身で警戒を現した。魔術師達は空気中の魔力の流れに精神を研ぎ澄ませ、何か事があればすぐさま術を行使できるよう、密かに己の内で魔力を巡らせる。

 光は、最初こそ《召喚の間》中を照らし出すような、直視しがたいまばゆさであったが、段々と落ち着き、ついにはその中心を目視できるようになった。

 そして見えてきたものに、全員が全員…それこそレザリスの者も勇者一家も関係なく全員が、落っことしそうなほど目を見開いて、絶句した。


 光の中心、光の発信源は、異常な素早さと怪力を見せた姉、ではなく。

 異常な頑丈さでもって姉の攻撃を耐え、石の床を割った少年、でもなく。



「………うん?」



 片手に棒切れ2本、もう一方の手に白い何かを盛った食器を持った、口をもぐもぐさせている中年の男だったのだ。


読みたかったシーンその3

『主人公らしい少年よりも先にチートを発揮して少年をボコす姉』

読みたかったシーンその4

『若者二人を差し置いて勇者に選ばれる父』

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