王女は助力を乞う
閲覧ありがとうございますー。
第4話ですが、我ながらどうよと思うほど歩みが鈍いです。
これ以上長くすると、逆に切る所を迷って延々と続きの投稿が遅くなりそうというのが短さの理由なんですが、王国サイドの腹の内を書き終えたら、サクサク物語を進めるつもりですので、しばしのご辛抱をm(_ _)m
誰にとっても想定外の事態であったのは明白で、その為、《召喚の間》には息を呑んだような沈黙が落ち、向かい合ったどちらの人間も、お互いを凝視して静止していた。
勇者一家は、目の前に突然現れた物々しい一団のファンタジーな装い、そして一瞬で変わってしまった部屋の様子を、壁、床、天井、背後と、大きく見開いた目玉を動かして見回した。
一方、レザリス王国の者達は、前例のない余計な者が1人どころか3人もついていたものだから、信じられない面持ちで例外そのものである男女を順番に見つめ、召喚されたテーブルに乗っている、異界の技術で作られた奇妙な鉄板に注目し、それから、その鉄板の上で《召喚の間》の神聖な静寂を物ともせず、じゅうじゅうと音を立て続ける不遜なる肉片を、つい凝視した。
ごくり、と誰かが生唾を飲み下した音が小さく鳴る。
空間が静まり返っていたせいか、それとも複数人の喉から鳴ったからなのかは定かではないが、確かに沈黙を破ったそれを契機として、恐る恐る己を指差した少年が、周囲の顔色をうかがいつつ、フェリスティアーナに小さく問いかけた。
「……えっ、ゆっ、勇者って……もしかして、俺の事…?」
半信半疑といった態の少年自身は、気付いていないのだろうが、眉尻を下げた困惑顔と口ぶりからは自信のなさをうかがわせたが、その表情と声色からは、隠しきれない期待と興奮とが見て取れた。若者らしい功名心、あるいは英雄願望があるのだろう。ますますもって勇者として最適な人材であるようだ。フェリスティアーナは凍結していた思考と表情を瞬時に解凍すると、柔らかな微笑を少年に向けた。
「そうです。わたくし達は、あなたをずっとお待ちしておりました、勇者様」
過去の召喚において、勇者以外の人間が召喚されたり、勇者が複数召喚されたという事例はない。今回の召喚は完全に予想外の結果と並々ならぬ衝撃をもたらしたが、フェリスティアーナはすでにこれを冷静に受け止め、どう対処すべきか、急速に思考を回転させていた。
顔かたちの類似点から、彼らが勇者の家族である事はまず間違いない。
中年の男女は父母だろう。10代中程に見える勇者よりも、5つかそこら年上に見える女は、おそらく姉だ。全員が凡庸そうな顔立ちであるが、強いて特徴を上げるとするならば、父母は優しげなたれ目で、姉はその二人の子だからかさらにたれ目、少年はどちらかと言えばたれ目である事だろう。そのたれ目率の高さのせいなのか、なんとなく一家全員、騙す側というより騙される側に区分される印象があった。「人が好さそう」と言えば聞こえはいいが、この世界の人間は満場一致で「カモ」だと判断するだろう、そんな雰囲気があるのだ。
しかし、彼らがお人好しに見えようがカモに見えようが、凡庸な勇者と同じく、そんな事はどうでも良かった。重要なのは、彼らが勇者の家族という、ただ一点のみ。それだけで、彼らには途方もない利用価値があるのだ。
フェリスティアーナは、女神のごとき微笑みの下で考える。
彼らは勇者にとって、最も有効な人質となるだろう。彼らが手の内に在る限り、勇者は裏切る事ができず、またどんな無理難題も、家族の命の為ならば勇者は持てる力の全てを使って遂行するに違いない。もちろん、最初は下手に出て、家族の安全を保障する形で彼らの身柄を押さえ、勇者には協力を仰ぐという体裁を取るつもりではあるが……首輪さえ付けてしまえばこちらのものだ。
元より、召喚されたばかりの勇者は生まれ落ちたばかりの雛のようなもの。
当然、世界について無知であり、己に与えられた力についても無知だ。無知は見えない檻となり、枷となり、雛の本質を内から歪める餌となる。親鳥のように親身なフリをして囲い込んでしまえば、後は都合のいいように意識を操作する事も、脅しつけて言い成りにさせる事も、造作もない事なのだ。たとえ足枷を…家族を見捨てるような薄情者であったとしても、勇者を縛る鎖は、それだけではない。
「勇者様」
残り一歩まで距離を詰め、上目遣いで見つめれば、少年はたちまち顔を真っ赤に染め上げ狼狽えた。少年の初心さに内心で笑みを深めつつ、表面では微笑を哀しげに曇らせ、フェリスティアーナは祈るように両手を組み、懇願した。
「どうか……どうか魔王を倒し、この世界をお救いください…!」
敵を教え、色を使い、金を与え、情を逆手に取り、縁を質にして、意志をくじき、絶対的な格の違いを刻みつけ……そうして王国は、2000年もの長きに渡り、勇者を使役してきたのだ。
そういえば、遅まきながら注意を。
※あらすじは、レザリス王国サイドから見たあらすじです。