召喚
2000年以上の昔から存在し、代々レザリス王家に受け継がれてきた《召喚の間》。
その中央に設置された巨大な祭壇からほとばしる赤い光を、神聖王国レザリスの王女フェリスティアーナは、直接的なまぶしさだけではない理由で、目を細めて見つめていた。
魔法の松明が、風も吹かぬのに激しく揺らめいている。
《召喚の間》は《謁見の間》よりも少し小さいかという広さであるが、地下にあって窓一つないせいか、ひどく閉塞的に感じられる空間だった。壁や床、天井に至るまで、文字とも模様ともつかない不思議な紋様が刻まれており、それが祭壇上の光と共鳴するように、強く発光している。
部屋中を満たす赤い光に、様々な様相をした十数人の人間が照らされていた。
全身鎧で完全武装しているが、気を張って警戒しているのがわかる直立不動の騎士。
祭壇に向かって低く詠唱を続ける、ローブ姿の魔術師達。
ただ一人いる徳の高そうな神官の正装をまとった老人は、フェリスティアーナの傍らに控え、そして祭壇の正面に、白を基調としたドレス姿のフェリスティアーナがたたずんでいる。
フェリスティアーナが期待を込めて見つめる先で、赤い光が一際強くほとばしった。
光の爆発といっていい光量で、さすがに誰もが目を開けていられなくなり、それぞれ腕や手で目元をかばい、緊張をみなぎらせて身を固くした。
だが、それを最後に光は勢いをなくし、呆気ない程あっさりと消え失せた。祭壇の光はもちろん、共鳴していた紋様も光を失い、ただの黒い模様となって沈黙している。
唯一残った光源の松明が、落ち着きを取り戻して静かに燃える。
視界の戻らない者共は、恐る恐る顔を上げ、目を瞬かせながら祭壇を見つめた。
明瞭ではない視界に、祭壇に立つ人影が映る。
それを認識したフェリスティアーナは、召喚の成功を確信し、会心の笑みを浮かべた。
―――絶対に成功させる心積もりではあった。
その為に人材を掻き集め、禁書を広げ、金にも糸目を付けず、努力も惜しまず、この日を迎えたのだ。
しかし不安が消える事はなかった。何せ最後に勇者を召喚したのは、200年も昔なのだから。
……だが、全ては最早過去の事。
今、勇者はフェリスティアーナの目の前にいるのだ。
「目がっ、目がァ~っ! ……ってゆーか、ちょっと待って。…ここ、どこ?」
人影が不安げに辺りを見回し、困惑の声を上げる。
その声で我に返ったフェリスティアーナは、未だチカチカと目蓋の裏で明滅する赤い光のわずらわしさも無視して、前へと進み出た。咲き誇る花のごとき笑みを引っ込め、髪と同色の柳眉を頼りなげに下げ、瞬時に青の双眸をうるませて、感極まったように祭壇に駆け寄る。
「ああっ、よくぞおいで下さいました、勇者様! どうかっ、どうかこの世界をお救いっ……?」
「へ?」
勇者が混乱から立ち直る前に主導権を握ろうと、あらかじめ決めていた台詞を口にしたフェリスティアーナだったが、祭壇上の光景に、思わず続く言葉を失った。
振り返ってフェリスティアーナの姿を目にし、間違いなく彼女の美貌にだろう、間抜けに大口を開けて目を剥いた人物が、予想していたよりも若い少年で、なおかつあまりにも凡庸な容姿をしていたから、ではない。
召喚された勇者の多くは、元の世界では下々の民で、なんら特別な所のない者である事が大半であると、レザリスの勇者に関する書に記されている。
彼らは召喚された際に神から《祝福》を受け、無限の魔力を、大地を割る剛力を、一流の騎士を蹴散らすセンスを……常人を遥かに凌駕する力を一つだけ身に宿してこの世界に降り立つのだ。
ゆえに、少年だろうが元が凡庸だろうが、勇者は勇者なのだ。
むしろこの少年のような、顔を真っ赤にしながら初対面の女を凝視し、特に胸元を二度見した後はそこに釘付けとなり、フェリスティアーナと目が合うと、慌てて目を泳がせて顔を逸らすような――経験が浅く、女に対する免疫もないような相手は、フェリスティアーナにとってはこの上なく好都合だった。勇者が若い男である事を想定して、下品にならない程度に露出のある、女としての魅力を引き立たせる衣装を選んで着たのだが、見事に功を奏している。
召喚した勇者は、むしろ望んだ通りの御しやすそうな人物だった。
ならばなぜ、フェリスティアーナが言葉を失ったのかというと――――召喚されたのは勇者だけでなく、じゅうじゅうと音を立てて焼ける肉を乗せた鉄板がでーんと存在を主張する食卓と、それを囲んで呆然とこちらを見てくる、勇者の家族と思しき男女3人までもが、召喚されていたからである。
予期せぬ沈黙の中、《召喚の間》に集った全員の鼻を、焼けた肉の香ばしい匂いが、悪戯に刺激した。
読みたかったシーンその1
『家族と一緒に召喚されました』
読みたかったシーンその2
『《召喚の間》で焼き肉』