王女はこの時を待っていた
はじめまして、初投稿となります。
読専だったんですが、読んでみたいシーンがふっと浮かんだので、それを具現化する為だけに書き始めました。不純です。そのシーンを書けたら後は「おれ達の冒険はこれからだ!」的に終わりを迎える予定の作品ですが、楽しんで頂けたら恐縮です。
【残酷な描写あり】は今のところ保険です。
暗雲が垂れ込め、低くくぐもった雷鳴が、稲光の合間に遠く、近く、轟く。
今にも降り出しそうなのに、溜め込むようにして堪える空を、高くそびえた城の塔が貫いていた。
昼間の晴天の下であれば、歴史と誇りを感じさせる壮麗なたたずまいを見る事ができたであろう白亜の城は、しかし今この時はとにかく陰鬱で、不吉な影をまとった灰色の古城にしか見えない。
その城の窓から、彼女は外を眺めていた。
室内唯一の光源は豪奢な燭台が一つ。それは冷たい石壁の表面をつるりと撫で、書棚を埋める分厚い背表紙をぼんやりと浮かび上がらせるだけの小さな明かりだったが、不思議とこの部屋はそれ以上の明るさがあるように感じられた。窓辺の少女が振り返ると、一層明るく、空気も澄み渡るようである。
腰まで伸びた髪は月光を束ねたような白銀、肌は陶磁器のように白く滑らかで、サファイアの双眸は月を映した湖面のように澄み、きらめいている。
神聖王国レザリスが誇る至宝、王女フェリスティアーナは、その稀有な美貌を憂いに染め、儚げに吐息をこぼした。
「―――報告、ご苦労でした。下がりなさい」
部屋の中程で跪いていた騎士が「はっ」と短く答え、畏まって退出する。
それを見届け、少し間を置いてから、フェリスティアーナは先程よりも大きな吐息をこぼした。
この部屋には今、彼女の他には誰もない。フェリスティアーナが人払いしたのだ。
窓の外の曇天を背景に、一人たたずむフェリスティアーナは、また吐息を…溜息をこぼした。軽くうつむいた彼女の表情は、はらりと垂れた銀糸に遮られて、うかがう事はできない。
また、空が鳴いた。竜の唸り声のように低く腹の底に響き、咆哮のように耳を打つ。段々と数を増やしているようなそれの合間に、フェリスティアーナの可憐な唇がわずかに動いた。
「―――――卑しい畜生の分際で、小賢しいマネを……」
雷鳴に掻き消され、誰の耳にも入る事はなかっただろう。しかし王女の口から出たとは思えない呪詛のような暗さと激しさをもった言葉は、確かに部屋の空気を震わせた。
口惜しげに引き結ばれた唇は、色を失う程に噛み締められていたが、やがて歪み、不敵な笑みへと形を変えた。
「フッ…フフフフ! ああ、でも、いいわ。亜人共がいくら裏切ろうが、寄り集まろうが、もう構わない……まとめて滅ぼしてしまえばいいのだもの」
お楽しみを前にした子供のように、声を抑えて無邪気に笑うフェリスティアーナ。
そこに、扉の向こうから声がかけられた。彼女は穏やかな微笑みをたたえたまま入室を許可する。
入ってきたのは、奇妙な紋様の入ったローブ姿の男で、不気味な静けさをまとう彼は一礼すると、感情の凪いだ眼で王女を見据え、事務的に口を開いた。
「殿下、準備が整いましてございます」
フェリスティアーナの笑みが、一層深まる。
「ああ、待っていましたよ。いよいよこの時が……我らが魔族を圧倒する力を……人類最強の兵器を手にする時が来たのですね…っ!!」
何も知らぬ童女のような無垢さと、聖女のように侵しがたい清らかさが同居した貌に、恍惚とした色がのる。途端に人を惑わす妖しげな色香が、悶えるように自身を掻き抱くフェリスティアーナから立ち上るが、それをじっと見つめる男が顔色を変える事はない。
時間にすれば短くもないが、長くもない間。
言葉にできない衝動に身を震わせていたフェリスティアーナだったが、波が引くように段々と落ち着きを取り戻すと、それまでの媚態めいた高ぶりが嘘のように、静かに微笑んだ。
「……フフッ………それでは、全ての人類の希望である英雄――《勇者様》を、お迎えに上がりましょう」
紅潮したままの頬は興奮の余韻をうかがわせるが、それは彼女の輝くばかりの美貌をさらに昇華させるだけである。
フェリスティアーナは生まれながらの王族らしい、淑女らしい身のこなしで部屋を出ると、ローブの男と扉の外に待機していた護衛の騎士を従えて、長い廊下を一路、城の地下にある《召喚の間》目指して颯爽と歩き出した。
一話一話は大体このくらいの短さで投稿する予定です。