婚約破棄されましたので
ただ婚約破棄される話です。
王立学園の食堂ではざわめきが広がっていた。
中心にいるのはエリジット男爵令嬢。彼女は恥じらいもなくマリオス第三王子の腕に絡みつく。
「もう一度、よろしくて?」
アンジェリカは扇子をパタンと閉じて猫のような瞳で二人を見つめる。
「だから、婚約破棄して、エリジットと結婚するから。」
おどけた様な声で軽い笑みを浮かべながらアンジェリカを見る。
アンジェリカは食堂中に響くような音で扇子を開いた。
扇子に隠れた口元でため息を漏らす。
「一応理由を聞きますわ?何でですの?」
「お前のことが好きじゃない!」
アンジェリカからは嘲笑うように冷たい息がもれた。
「親同士が決めた婚約でしょう。恋愛するわけでもないし、好きも嫌いもないでしょう。」
「⋯ぐっ。と、とにかく俺が好きなのはエリジットだ。」
エリジットは胸をマリオスに押し付ければ、マリオスの顔が赤らみ鼻の下が伸びる。
アンジェリカは呆れ果てて眉を少しだけ顰める。
「⋯⋯他に理由が、あるなら聞きますわよ?」
「⋯嫌がらせしてただろ。エリジットに。パーティーのときは嫌味を言って、お茶会のときはカップを隠しただろう。」
「婚約者のいる相手とは距離感を考えるように言っただけですわ。それにカップはお茶会のテーマと違ったから取り替えただけ。」
マリオスは酸欠の金魚みたいに口をパクパクするだけで言葉を言わない。顔が太陽よりも真っ赤に染まっていく。
「⋯他にもッ!!!」
声を荒げようとするマリオスに被せるように、アンジェリカは扇子をピシャリと閉じた。
「証拠はありまして⋯?」
口の端をアンジェリカが吊り上げた。
取り囲んで行く先を伺っていた人々から、アンジェリカの笑みに感嘆の息が漏れる。
「うぐっ。」
「⋯マリオス様。」
腕に絡みついていたエリジットは上目遣いで話しかけた。
「婚約破棄するなら、宣言するのではなく正式に神殿に証書をもらわねばならないんですよ?アンジェリカ様との婚約は口約束ではないのですから。」
「⋯そう、なのか?」
「はいっ!」
元気いっぱいの笑顔を振りまきながらエリジットが答える。
水を得た魚のようにマリオスが答えた。
「⋯!神殿!!神殿に行ってやる。」
「⋯行かれてはいかが?ご健闘をお祈りしますわ。」
お人形のようなアンジェリカの視線は斜め上。
ダルそうに扇子でパタパタと顔まわりを扇ぐ。
アンジェリカは、とうにこの茶番に飽き飽きしていた。
★★翌日、アンジェリカのサロンにて。★★
部屋の屋根には窓がついており太陽の気持ちいい光が降り注いでいた。
「にしても、なかなか演技がお上手でしてよ?」
アンジェリカは紅茶をすすりながらエリジットに微笑みかける。
「ありがとうございます。アンジェリカ様。でも、ほんとに、ほんとに、私なんかが、第三王子と結婚してもいいんですか?」
エリジットは唇を尖らせながらアンジェリカに聞いた。
「⋯⋯逆に良いんですの?あんなので。」
エリジットは太陽のように底抜けに明るい笑顔で返事する。
「操縦するならバカのほうがちょうどいいじゃないですかぁ。」
パタパタと長いまつ毛が動き、エリジットは目の前にあったクッキーを口に放り込んだ。
「⋯それこそ今後、アンジェリカ様はどうするんですか。」
「未定よ。」
アンジェリカは紅茶をすする。
「あ、でもアンジェリカ様ぐらい賢くて綺麗だったら引く手数多ですよね!羨ましい。」
素直な言葉に思わずアンジェリカの口元がほころんだ。
「⋯⋯これでお父様もこりたでしょう。今度こそ婚約者ぐらい自分の手で選びますわ。」
太陽の降り注ぐサロンは甘い花の香りで包まれていた。




