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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

誰も知らない話

作者: f
掲載日:2026/08/01

ザアザアと降りしきる雨はとても重くて、何度も何度も転んで、足が痛くて、ぶつけた膝が痛くて、どこもかしこも痛みでいっぱいで。

でもここを離れなければと、足を動かし続けて。

雨がうるさくて何も考えられなくて。喉が渇いて仕方なくて。

そして。



「これ、あなたの?」

飴玉を転がすような可愛らしい声で、蜜のようにとろりと潤んだ瞳が見上げてきた。


その手の中には錆びたペンダント。

千切れそうなチェーンに歪んだロケット。


「よく見えないけれど、これあなたの本当のご家族よね?」

細い指先が写真を撫でる。

その瞬間腹が燃えるようだった。

何故かはわからないけれど、その細い指先が触れているのが我慢できなかった。

「怒らないで。落ちてたのよ。それにしても素敵な写真だわ!妹さんもいるなんて聞いていないわよ」

そうコロコロと笑う彼女の笑顔はいつも通りで、でも少し気まずそうで。

「妹さんは、いまどこにいるの?」

何故かとても喉が渇いて仕方ない。


雨が嫌いだ。

雨は気分を憂鬱にさせる。

昔そう言った時に彼女は黄金色の瞳をはためかせ

「わたしは好きよ。だって雨は嫌なことを隠してくれるもの。泣きたい時や誰かに怒りたい時もね」

そう無邪気に笑っていた。

春風のような柔らかい彼女の笑顔が好きだ。

栗色の長い髪の毛も飴玉みたいな声も黄金色の瞳も。

初めてここに来た時、憔悴し切っていた俺を支えてくれたのが彼女だ。


「無理して話さなくていいのよ。誰にでも言いたくないことはあるわ。話したくなったらでいいの」

窓の向こうは錆色で、湿った土の匂いが風に溶けている。

まるで誰かが泣き出しそうな、そんな直前のような危うさがあった。

「あの日俺は妹を捨ててここに逃げたんだ。」

誰かが泣いてる気がした。

雨が窓にぶつかる。

「もう限界だと。邪魔だと言って。妹は衰弱していたのに。父親に言われていたのに。守れと。なのに。」

誰かが泣いてる声がする。

雨が窓にぶつかる。

「…話してくれてありがとう。」

大丈夫。そう繰り返す彼女の黄金色の瞳から、一粒涙が落ちた。


「…妹さんのこと、嫌いだった?」

喉が震える。

栗色の長い髪の毛

湿った土の匂い

煌めく丸い瞳

ザアザアと降りかかる雨

子猫のような甘えた声


「…嫌いなわけがない」

彼女は窓の外に目線を送り、そして空を見た

「じゃあ、愛してる?」

いつの間にか握りしめていたペンダントがカチャリと音を立てる。


「ああ」


見上げた雨上がりの空は青く太陽の光に煌めいていて、誰かが甘えた声で笑った気がした。



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