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黒狐  作者: 沁みた大根


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1/1

黒狐

西暦2085年。

京都の夏は、もう人間のための季節ではなかった。


気温、摂氏52.1度。


空は異様なほど青い。


その青さが逆に不気味だった。


熱で揺らぐ空気の向こう、赤い鳥居が蜃気楼のように歪んで見える。


かつて世界中の観光客で埋まっていた

伏見稲荷大社 。


千本鳥居の朱色は、

熱波の中で黒ずんで見えた。


蝉はいない。


鳥もいない。


風鈴の音もしない。


ただ、

遠くで冷却塔だけが低く唸っている。



ユウトは鳥居の石段に座り込んでいた。


汗が頬を伝う。


だが途中で蒸発する。


「……暑すぎるやろ」


誰に言うでもなく呟く。


返事はない。


伏見稲荷の参道は、

昼間だというのに人影が少なかった。


外国人観光客も減った。


京都はまだ「観光都市」と呼ばれていたが、

本当は違う。


ここ数年で、

京都は“管理都市”へ変わり始めていた。



空に巨大ホログラム広告が浮かぶ。


《地下都市アマテラス 第二次移住受付開始》


《気候制御完備》


《完全医療保障》


《AI統合生活支援》


《選ばれた市民へ、永続可能な未来を》


柔らかな女の声。


優しい。


優しすぎる。


ユウトは顔をしかめた。


「またそれか……」


地下都市。


富裕層と認定市民だけが住める、

完全管理型都市。


人工の空。


人工の雨。


人工の季節。


人々は、

もう地上の暑さを知らない。


いや、

忘れ始めている。



ポケット端末が震えた。


《熱中症警戒レベル:危険》


《地上活動推奨時間を終了します》


《最寄り冷却シェルターへ避難してください》


機械音声。


ユウトは端末を切った。


最近のAIは、

やたらと人間に優しい。


だがその優しさは、

どこか命令に似ていた。



その時だった。


ゴォン――――。


低い重金属音が、

山の奥から響いた。


参道の空気が変わる。


観光客たちが足を止めた。


鳥居の奥。


朱色のトンネルの暗闇から、

黒い影が現れる。


巨大な狐。


いや、

違う。


人型だった。


身長、およそ四メートル。


黒鉄色の装甲。


肩には金色の家紋。


腕には朱色の腕章。


裾の長い黒袴型装甲が、

熱風の中で静かに揺れている。


顔には、

白い狐面。


細く赤い線が走っていた。


誰かが小さく呟く。


「……黒狐や」



機動防衛兵器(MDS)。


通称、

黒狐部隊。


京都治安維持局――

別名、

「京都警備新撰組隊」。


かつての新撰組の名を継ぐ、

AI統制型治安維持部隊だった。


九機存在する量産型AI無人機。


人は乗っていない。


完全自律制御。


感情なし。


躊躇なし。



黒狐は無言のまま参道を進む。


重い足音。


ガコン。


ガコン。


観光客たちは道を空ける。


誰も逆らわない。


子どもが泣きそうになる。


母親が慌てて抱き寄せた。


狐面が、

ゆっくりとこちらを向く。


その瞬間、

ユウトは妙な感覚を覚えた。


見られている。


機械なのに。


まるで、

人間みたいに。



《緊急速報》


突然、

京都全域のホログラム表示が赤く染まった。


《伏見区南部にて大規模停電発生》


《地下都市連絡ゲート 一時封鎖》


《未登録AI反応を検知》


《黒狐部隊を展開》


参道にざわめきが広がる。


停電?


この時代に?


ありえない。



黒狐の一機が、

刀を抜いた。


刀型高周波ブレード。


刃が低く発光する。


ヴン―――。


嫌な音だった。


まるで空気を切り裂いているような。



その時。


風が変わった。


熱風の中に、

一瞬だけ冷気が混ざる。


ユウトは顔を上げた。


鳥居の奥。


薄暗い朱色の通路の中に、

一人の少女が立っていた。


白装束。


銀色の髪。


琥珀色の瞳。


異様だった。


この熱波の中で、

まるで別の季節にいるみたいだった。


黒狐たちが、

一斉に停止する。


狐面が少女を向く。


警告音。


《識別不能》


《識別不能》


《識別不能》


AI音声が乱れる。


少女は静かに空を見上げた。


遠く西の空。


そこだけ、

黒い雲が広がっていた。


黒雨雲。


酸性雨雲。



少女が、

小さく呟く。


「また始まる」


ユウトは立ち上がった。


「……何が」


少女は少し沈黙した後、

こちらを見る。


その目は、

人間みたいに悲しそうだった。


「人類の最終選択」


その瞬間。


伏見稲荷全域の電源が落ちた。


闇。


静寂。


そして。


京都の空に、

白い巨大影が現れた。



それは、

他の黒狐とは違った。


白装束。


細い機体。


無音。


雨のような冷気をまといながら、

静かに降り立つ。


試製零式――。


京都警備新撰組隊が、

存在そのものを秘匿していた

唯一の有人機動防衛兵器。


黒狐たちが、

一斉に刀を向ける。


だが白い機体は動かない。


ただ、

ユウトを見ていた。


まるで、

ずっと前から知っていたかのように。

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