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第九話 養分になってる

「ハマノ様の今後のご活躍をお祈りしています」


 冒険者ギルドの受付嬢は選考結果を淡々と読み上げた。

 落選である。

 これで今後の活躍を祈られるのは何度目だろうか。


 大手冒険者パーティーの募集があるたびに応募はしているが、就職活動は一向に上手くいく気配がない。

祈られすぎて俺の天職は冒険者ではなくどこかの宗教団体の教祖なのかもしれないとか勘違いしてしまいそうになる。


「こことかはどうですか? アットホームで風通しのよい冒険者パーティーらしいですよ?」


 受付嬢が求人を提示する。求人票にはメンバーの姿が表示されているが、着用している防具が見るからに安っぽくて性能が低そうだ。たしかに防御力が全然なくて風通しは良さそうだが。 

 といっても日に日に貯金は解けていくからえり好みはしていられないんだよな。


 だけどやっぱり中小というのはなあ。知る人ぞ知る優良中小もあるだろうけどそういうところは紹介ベースでしか採用していないとも聞くしギルドの求人では望み薄だろう。思い切ってトーリエに頭を下げて雇ってもらうか。いやでも少数精鋭な冒険者パーティーにはついていける気もしないな。

 憂鬱である。


 ため息を吐いた。

 スライムの結晶が暴落して以来、どう考えてもため息を吐く頻度が増えている。

大手の選考に落ちたというだけでも憂鬱なのだけど、今日はこれからもっと憂鬱なイベントが控えている。


 アキナから話があると言われているのだ。

 どう考えて別れ話だよな。

 就活に忙しくてあんまりデートとか誘えてないし、たまに俺から誘っても「ごめん今日は他の予定があるから」と高確率で断られてきた。


 それだけじゃない。

 たまに会ったときの日々の言動から、段々アキナの気持ちが俺から離れていることが伝わってきた。


 アキナのことを思い出す。

 冒険者育成学校で出会った。

 一目ぼれした。


 なんとしてでも付き合いたいと思って、あの手この手で試行錯誤を重ねた。デートをするたび、取り留めのない会話をするたび、気持ちの中の好きはどんどん増していった。


 たしか、町はずれの広場で開催された花火大会の帰り道だったと思う。

 人込みの中、いつもとは違って髪を三つ編みで纏めたアキナの手の平を俺は初めて握った。夜とは言え真夏の人混み、ちょっとでも涼しい方がいいはずなのに俺は触れたい気持ちを抑えられなかった。


「人が多いしちょっと遠回りして時間潰さない?」


 言い訳だった。

 本当は離れたくないだけだった。

 人の流れを避けるように郊外の方へと進み、気づいたら辺りには俺とアキナだけになっていた。心臓はずっとバクバクしていた。


「好きです。付き合ってください」


 言った。

 歩きながら。

 今にして思うと捻りがなさすぎる。それになんで急に敬語なのか自分でも謎だ。今ならもっと上手く距離を詰められると思う。


 だけど好きって感情だけが溢れて、ほかの上手い言葉を探したり、もっとロマンチックなシチュエーションを作り上げる余裕なんてどこにもなかったのだ。

 アキナは立ち止まった。


「ありがとう。私も好きだよ」


 アキナは少し照れくさそうに俯きながら言った。

 心の底から幸せだった。

 アキナを絶対に幸せにしたいと思った。

 暗闇だって言うのに、微かに見えるアキナの表情は今までで一番愛おしく思えた。

ずっと恋人でいたいと思った。ほんの数か月前まではずっと恋人でいられると思っていた。

 でも――。

 終わるのだ。今日。


 永遠の愛とかないもんな。

 現実としては。

 冒険者育成学校だって色んな同級生が付き合ったり別れたりを繰り返していた。それは学生から社会人になっても変わらない。永遠の愛を誓いあって結婚しても三割くらいは離婚しているらしい。

 だから分かっているよ。それくらい。自分たちだけが特別だって思うほど自惚れてはいない。

 それでもちょっとだけ別の話題だったらなんて思ったりもして。

 悪い予感ほどよく当たると言うのに、無根拠に楽観的な未来を期待してしまう自分もいる。なんというか漠然とカメリアの内乱はすぐに収まりスライムの結晶価格は再び上がると思い込んでいた頃から何も成長していないな。

 とにかく一人で考え込んでも答えは出ない。アキナから直接聞いてみないと何も分からないのだ。

 俺はアキナが指定したエンマルという商店街近くのカフェへ向かった。


 カフェではコーヒーを注文した。メニュー表を見ると全体的に相場より割高だ。俺が金をあんまり持っていないこと知っているだろうし、やっぱり「ごめん。私この人と付き合うから」とか言いながら超絶金持ちでも紹介されるのかな。そいつが実はこのカフェのオーナーだったりして。


 席に座ってコーヒーを飲んだが全然味がしない。

 コーナーは嫌いじゃないはずなのだけど……豆が悪いのか俺の精神状態が悪いのか。豆はそれなりに高価でこだわりの豆らしいからきっと後者なのだろう。

 コーナーを半分ほど飲んだところで、机上のコーヒーカップを人影が覆った。

 顔を上げる。

 アキナがいた。アキナは片手にコーヒーカップを持っていて、それを机にそっと置くと俺の正面に座った。


「ごめん。お待たせ」

「いや、全然。俺も来たところだから」

「ならよかった」


 アキナは微笑み、テーブルの上のコーヒーに口をつけた。


「コーヒー好きだった?」

「ううん。最近飲むようになった」

「そっか」


 味の好みも変わったのか。昔は俺と一緒にカフェに来ても紅茶ばかり飲んでいたような気がする。

 アキナの飲むペースに合わせて俺もコーヒーを飲む。自分と似たような仕草をした人に親近感を持つという効果を狙ったミラーリングだ。何回コーヒーを口に入れても値段の割に微妙な味という感想が変わらないし、今さら小手先の恋愛テクニックなんてアキナになんの意味もないと本心では分かってはいるのだが。


「ハルトは最近どう?」

「どうって言われてもな……」


 就活は上手くいっていないし、スライムの結晶価格は上向く気配がない。


「就活とかは?」


 俺は首を横に振った。それを見たアキナは申し訳なさそうに俺から目を逸らした。なんとなく沈黙は嫌だった。


「アキナは最近どうなの?」

「私は元気だよ。ごめんね。大変な時にあんまり支えてあげられなくて」

「いや、アキナが悪いわけじゃないから」

「ごめん。ありがと」

「いや、本当にアキナが謝ることじゃないって」

「……うん。そうかもだけど」

「…………」

「…………」


 あまり盛り上がらない会話。無為に過ぎていく時間。結局、アキナが俺を呼び出した要件は何なのだろう。

 アキナの気持ちが知りたい。

 けど怖い。

 その気になればアキナの表情から面接官とか受付嬢みたいに本心を推測することはできるのだろうけど、それをする勇気はなかった。


 終わりが来るなら憶測ではなく、せめて直接アキナの口から聞きたかった。

 昔はアキナとなら沈黙だって心地よかったはずなんだけどな。

 テーブルに視線を落とす。コーヒーカップはすっかり空になってしまっていた。


「あのさっ」

「ねえアキナ」


 俺とアキナはほとんど同時に口を開いた。


「あっ」

「いや、アキナから先でいいよ」


 俺がそう言うと、アキナは小さく息を吸ってからゆっくりと口を開く。


「ありがと……実は私、ハルトに伝えたいことがあるんだ」

「伝えたいこと?」


 聞き返す。

 本当は確信していた。

 やっぱり別れ話だ。

 事前に予想していても心臓がぎゅーっと掴まれたような気持ちになる。

 本当に今まで幸せだったな。

 大好きだったな。


 せめて最後は笑顔で終わらせて、それでせめてこれからも友達でいられたらいいな。

 関係を持ち続けていれば可能性はきっとゼロじゃないだろうから。

 相場の予想は全然当たらないのに、こんな時だけ当たらないで欲しい。

 これからアキナは言うのだ。

 別れようって。

 ほかに好きな人ができたとか、今は大変な時期だからお互い個人の活動に集中した方がいいとかそれっぽい理由をセットにして。


「あのさっ、私、絶対に稼げる方法を見つけたんだ! だからハルトは無理に就職しなくても大丈夫だよ。一緒に先生のチームで稼ご?」


 アキナが言った。

 耳を疑った。

 アキナの顔を見る。

 あー、何回見ても滅茶苦茶可愛いな。

 アキナに嘘を言っている様子はない。


「聞こえなかった? 一緒に稼ごう。もう私たちは無理して働く必要はないの!」


 子供みたいに目をキラキラと輝かせたアキナは続ける。


「アキナ……何を言って……」


 混乱する。思考が追いつかない。


「先生から稼げる方法を教えてもらったんだ!」

「先生?」

「うん。先生。みんな先生って呼んでるから私もそうやって呼んでいるの。教えるね。絶対に誰でも簡単に稼げる方法を」

「そんなのあるわけ……」

「あるよ! 先生はすごい頭がいいんだ」


 アキナは嬉々として語り出す。

 先生は三十代の男で年収金貨一万枚を稼いでいると。

 先生は市場での商品取引のプロで、それ以外にもサプリ開発など様々なビジネスも手広くやっていると。


 アキナは町でイエティにエキドナという同世代の男女二人組に声を掛けられたことがきっかけで先生のことを知ったと。

 先生のやり方は市場で注目を集めていない商品を事前に買い集めておいて、後から人工的に熱狂相場を作り出して高値で売り抜ける方法だと。

 参加するためには月額金貨三枚を支払う必要があること。だけど商品取引とチームへの勧誘報酬ですぐに取り戻せると。


 ……本気で言っているのか。


 どう考えてもこんな方法で稼げるわけがない。

 本当に市場での取引だけで稼げるなら参加者から金を集める必要なんてない。参加者が同時に商品に対して買いを行って価格を吊り上げた後、チームメンバー以外が後から高値で買ってくれる保証はない。

 確実に儲かるのは月会費で確実に金が手に入り。自分より後からチームメンバーが同じ商品を買ってくれる先生と呼ばれる男だけなのだ。


「どう? 一緒にやらない?」


 一通り話し終えたアキナがぐっと身を乗り出してくる。

 最悪だ。

 これならまだ別れ話の方が良かった。

 だってお別れならアキナはまだ幸せになれるから。俺以外の人とっていうのはやっぱりちょっと寂しいけど。


 でも……こんなの……。

 自分にとって大切な人が他人の養分になっていることが許せなかった。

 養分。それは誰か利益のために搾取されるだけの存在の蔑称。


「今すぐにやめた方がいい」

「なんで? 稼げるよ」


 アキナはきょとんとした顔。

 俺はアキナの所属しているチームが、先生と呼ばれる男以外は儲からないシステムだということを熱弁した。

 でもそれはアキナに届かない。


「えー、信じてないんだ。だって私は稼げているよ?」

「それはたまたま相場が良かっただけだ。それに勧誘に費やす労働時間や毎月支払う月会費を考慮しても本当に稼げているのか? 時給換算したら普通にギルドの受付嬢で残業とかした方が稼げるんじゃないのか?」

「稼げてるもん。ハルトもやろうよ。どうせ冒険者としてじゃ稼げていないのだし」

「……それは」

「勧誘すればするほど勧誘者の紹介報酬が増えて不労所得にもなるよ」


 勧誘システムだって穴だらけだ。そんなに魅力的なシステムなら参加者は雪だるま式に増えていくはずだし、それだけ大量に参加者が増えたらチームで吊り上げた商品を売りつける投資家がいなくなってしまう。

 だから、こんな方法は必勝法でもなんでもないのだ。先生だって一儲けしたらその後さっと雲隠れするに決まっている。


「本気で辞めて欲しい」

「なんでそんなに嫌なの? みんないい人ばっかりだよ? 先生だっていつも丁寧に教えてくれるし」

「だから……その先生って言うのが詐欺師だって!」


 つい、声が荒げてしまう。

 アキナは怯えたようにビクッと華奢な体を震わした。

 それからアキナも声を大きく出して反論する。


「違う! 怪しくなんてない! すごい人だもん」

「絶対詐欺師だって。そんなにすごかったら、個人からチマチマ金貨集める必要はないだろ!」

「だからそれは活動の運営に必要なお金だって!」

「なんで分かんないんだよ!」

「分からないのはハルトだよ!」


 俺とアキナは睨み合う。

 アキナとこんな言い合いがしたかったわけじゃないのに。長く付き合ってきたけど、こんなことは初めてだ。

 アキナの視線に耐えられなくなって、俺は目を逸らす。


「どうして俺の言葉より先生とかチームメンバーとかそんな奴らの言葉を信じるんだよ……」

「私だってハルトに信じて欲しいよ。せっかくハルトのために稼ぎ方を見つけてきたのだから。今のままじゃ絶対に将来しんどいじゃん。お願い。私を信じて」

「信じられるわけないだろ……そんな話」


 普通に考えて、こんな子供だましの手法に騙されるなんてあり得ない。アキナだってこんな話に乗るほど馬鹿ではないはずだ。


「なんで……私はただ……ハルトと一緒に稼ぎたいだけなのに。先生の言う通り投資して勧誘すればそれだけで生きていけるんだよ? もう冒険みたいな危険なことしなくていいし、二人でずっと長く一緒に居られるんだよ?」

「無理だって。そんな方法じゃ……」

「でも、今のハルトだってお金持ちになれていないじゃん。だったら信じようよ」


 アキナは俺を真っ直ぐ見つめる。アキナに引く気配はなく、会話は平行線だ。

 どうしてここまでアキナは先生の手法に執着するのだろうか。

 考えれば考えるほどアキナの提案する必勝法は先生と呼ばれる男以外は稼げない最悪のシステムだ。もちろん紹介を受けた勧誘者が優秀で大量に勧誘すれば紹介報酬でそれなりの不労所得にはなるが。


 不労所得。

 誰もが一度は夢見る魅惑の響き。それがあれば経済的自由にぐっと近づくことができる。労働者という地位で生きている以上、働かずに生きていきたいと一度も思ったことのない人なんていないはずだ。

 あ、そっか。

 腑に落ちた。

 気づいてしまった。

 気づきたくなかった。

 受け入れたくなかった。


 俺はアキナの恋人でも友達でもなく養分候補に成り下がったのか。


 金を失った。昔みたいに高級なレストランへ連れて行ったり宝石をプレゼントすることはできない。

 だが、アキナは俺をチームに入れれば勧誘報酬を獲得できる。銀貨十枚はそれほど大金ではないが、万が一、俺がさらにほかの誰かを勧誘すればそれはアキナにとっての不労所得になる。


「そうかよ……アキナは最後に俺で一稼ぎしようと思ったってことか」


 辛い。苦しい。泣きたい。吐きそう。消えたい。死にたい。

 目の前にいるアキナは俺を養分にしようとしているというのに、頭の中では楽しかった思い出ばかりがフラッシュバックしてしまう。 


 冒険者育成学校の休み時間に中身のない話をだらだらと続けたこと。

 初めてのデートでいつもと違う私服姿のアキナに目を奪われたこと。

 告白をして友達から恋人に変わった日のこと。

 付き合ってからのピクニックでアキナが弁当を持ってきてくれて、それがめちゃくちゃ美味しかったこと。

 お互いの進路について真剣に話し合ったこと。

 卒業したら疎遠になったりするのかなと不安に思ったこともあったけど、お互い積極的に連絡を取り合い、デートの頻度は学生時代より増えたこと。

 毎年、記念日とかお互いの誕生日とか盛大に祝いあったこと。


 具体的に結婚の話とかしたことなかったけど、本気で結婚したいって思ってた。ずっと一緒に居たいって思っていた。

 全部が全部かけがえのない思い出だった。


 瞬いた。


 まるで魔法にでもかかったみたいに視界がぐちゃぐちゃになった。

 俺の頬を水滴が垂れる。泣いているのか俺は。

 泣くのなんていつぶりだろう。全然覚えていない。


「あっ、え、ハルト、どうしたの?」


 アキナが俺の涙を拭おうとしたのか手を伸ばしてきたから、俺はそれを振り払った。アキナの表情を見る余裕はなかった。


「ごめん……ちょっともうなんか無理」


 俺は椅子から立ち上がり、アキナに背を向けて、カフェの出口へ向かった。

 扉を開けて、店の外へ出る。

 あてもなく歩いた。


 家には帰りたくなかった。

 何もしたくないけど何かしていないと正気を保てないような気がした。

 最悪だ。

 どこで間違えたんだろう。


 ほんの少し前、アキナの誕生日までは幸せの絶頂だったというのに。

 完璧だったはずなのに。

 考える。

 きっかけは明確。


 カメリアでの内乱に起因するスライムの結晶価格の暴落だ。

 もしもスライムの結晶価格が暴落しなかったら。

 今頃俺はこれまでと変わらずに高年収のままだった。俺が高年収ならアキナも欲を出さずに平穏な暮らしを続けていたはずだ。


 全部カメリアの内乱が悪い。

 俺は運が悪かっただけだ。

 外国の内乱なんて、そしてそれが長期に渡るなんて予想できるはずがない。「大国です」「これまでずっと安定して経済成長してきた国です」みたいなことをアピールしておきながら内乱ひとつあっさり沈静化できないカメリアの国王とか政治家陣の無能っぷりが全部悪い。

 そうだ。俺は悪くない。

 全部この社会が悪いのだ。


 ――本当にそうか?


 突如、酷く冷静なもう一人の自分が問いかけると同時に、胃酸は俺の食道を逆流する。

 とっさに口に手を当てる。ふらふらと道路の隅に移動してしゃがみ込んだ。

 幸い嘔吐物が口から外へ出ることはなかったが、尋常じゃない痛みは食道を伝わり、気持ち悪さを残した。


 分かっているよ。

 本当は自分の愚かさに。

 カメリアとか社会のせいにしても、それはただの言い訳でしかないのだ。

 スライムの結晶に価値なんてない。みんなで価値があると思い込んだことで価格が吊り上がっていただけだ。


 だからちょっとしたきっかけで暴落する。

 俺だってそれほど価値を感じていなかったから、アキナの誕生日に同じ宝石でもスライムの結晶じゃなくてダイアモンドを選んだのだ。


 カメリア経済は安泰だとか、スライムの結晶価格は過去ずっと右肩上がりだったとか、そんな自分にとって都合の情報だけを盲信していたのだ。カメリアについては大きい国ということしか知らなかったし、過去の価格推移など、それはあくまで過去がそうだったというだけ。未来を保証する理由にはならないのに。


 きっとカメリアで内乱がなくても、いつか何か別の理由でスライムの結晶価格は暴落した。

 じゃあどうすればよかったのか。

 答えはない。


 どうにもならないのだ。だって仕方ないだろ。ほかに縋るものがなかったのだから。

 俺に冒険者としての才能はなかった。

 正攻法じゃ一生かけてもトーリエに勝てる気がしなかった。


 唯一の方法だったのだ。スライム狩りに特化して結晶価格の高騰に賭けることが。

 リスクはある。そんなことは理解していた。それでも年収くらいは勝ちたかった。

 分かっていたうえでリスクテイクしたのだから全部自己責任だ。


 だからきっと同じなのだ。 

 俺もアキナも。

 自分じゃどうにもできないから、ほかの何かを盲信して、都合よく解釈して、思い通りにならない現実から目を逸らしているのだ。

 盲信する対象が他人かスライムの結晶だったかの違いでしかない。

 人が生きるためには金が必要だ。その金を稼ぐ手段として冒険者を選び、それなのに冒険者としての真っ当なスキルを積まずにスライム狩りに特化するなんて正気の沙汰とは思えない。


 リスクマネジメントができていないと馬鹿にされるだろう。スライム狩りだって、俺がスライムを倒せば倒すほど市場に流通するスライムの結晶は増えていくのだから、俺が頑張れば頑張るほど供給過多となる。カメリアでの内乱が起きた日、きっと優秀な投資家はスライムの結晶を空売りした。アキナのことを養分だなんて思ったが俺だって立派なそいつらの養分なのだ。


 アキナと金、俺はすべてを失った。

 ただ人生が終わったわけではない。


 幸いまだ若いから、中小零細冒険者パーティーに就職して慎ましく生きるというのも選択肢だってあるだろう。だってそういう冒険者パーティーに就職して生きている人は実際に居るのだから。


 だが、そんな未来ならいらない。

 取り戻すのだ。すべてを。

 ならどうやって。


 人が大逆転するには大きくリスクを取るしかない。

 すべてを失った俺が賭けられるもの。

 それは命だけだ。

 俺は立ち上がり、冒険者ギルドへ向かった。

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