第八話 素敵な先生(アキナside)
「いやー、なかなか難しいね」
勧誘用のカフェであるエンマルでアイスコーヒーを飲み干したエキドナさんは、ストローでグラスの中の氷をくるくると回しながら私に向かって言った。
私は頷いた。
四人掛けのテーブルで、私はエキドナさんと二人で座っている。
失敗したのだ。
エキドナさんと半日声掛けを続けたけど目立った成果は出なかった。たいていは無視されるか、たまに話に応じてくれる男がいても二言目にはビジネスとか投資とかには興味ない様子で「そんなことより二人とも可愛いから飲みに行こ? もしくは俺の家かそこらの宿屋で一休みしてこ?」と逆に誘ってくるようなやつばかりだった。私にはハルトがいるからお断りである。
そんなわけで特に勧誘対象がいるわけではないが疲れたので、一回カフェで休憩することにしたのだ。
「うん。こんなに苦労するなんて思わなかった」
私は率直な感想を述べる。詐欺とかならともかく実際に稼げているのだからもうちょっと簡単に誘えるかと思ったのに現実は厳しい。市場取引ならともかく勧誘で稼ぐのは難しそうだな。
そんな思いを見透かしたのか、エキドナさんは私に励ましの言葉をかけてくる。
「まあ最初はみんなそうだよ。私も当時は苦労したし」
「最初はってことは、エキドナさんは結構紹介料で稼げてるの?」
「もちろんだよー。元々は服屋の店員をしていたのだけど先生のチームの方が稼げるから辞めようか迷い中ー」
小売店の店員という職種はそれほど給料が高いわけではないだろうが、それでも辞められるということはどんなに安く見積もっても月収分の金貨十五枚くらいは稼げているのか。
「すごいなー。今日は私が足を引っ張ったのかなー。ごめんね」
実際イエティさんとのコンビの勧誘で私はチームに入ったわけだし、なんだか申し訳なくなってくる。
エキドナさんは慌てた様子で左右に両手を振った。
「いやいや気にしないで! むしろリリスちゃんと声掛けするの楽しかったから全然おっけー。むしろ私の方が先輩なのにビシッと決められなくてごめんって感じ!」
「そっか、ありがと」
ちょっと気を使わせちゃったかな。また少し悪い気がした。
気持ちを紛らわせるために解けた氷と混ざって味が薄くなったアイスコーヒーを私は飲んだ。ほとんど水の味しかしない。
「ねーリリスちゃん。勧誘活動の初日だし今日は疲れたよね?」
「まあ、それなりには」
「ならさー、これあげる! よかったら試してみて?」
エキドナさんが道具袋から小さな小箱を取り出した。それを開くと中には小粒の白い錠剤が入っていた。
「なにこれ?」
「サプリだよー。冒険者も戦闘の直前に身体能力を上げるためのサプリ飲んだりするじゃん? それを日常生活でも使えるようにしたバージョンなんだー。先生が出資している研究所で作ってるんだよ! 効果は疲労回復と集中力アップ!」
「そんなこともしてるんだ」
たしかに冒険者用のサプリは、体力増強とか筋力増強とかの効果を謳って市販されている。それにしても市場での商品売買以外にも色々しているなんて手広いな。
「私たちに教えてくれる価格の吊り上げは先生にとってボランティアみたいなものだからね。本業はこうやって色々な事業に投資をしてその事業が発展することで社会に貢献してるの。このサプリはまだ一般には未発売だけど、今先生が最も注力している商材なんだってさー」
エキドナさんは、慣れた手つきで小箱から錠剤を取り出して飲み込んだ。
これだけ堂々と飲めるのだから違法なものとか何か毒があるとかそういった類のものではないのだろう。
「ならお言葉に甘えて」
恐る恐る私も小箱に手を伸ばした。
錠剤を掴む。
そして飲み込む。
「どう? どう?」
エキドナさんは身を乗り出して聞いてきた。
「なんかよく分かんない」
特に味もしないし、自分の中で何かが変わった気配もない。
「えー、これ結構高いんだよ?」
「無料で先生がくれるわけじゃないんだ」
「材料費とか研究費とか色々かかってるらしいからねー。三十粒で金貨三枚だよ」
「うわっ、高い……」
冒険者用の市販のサプリでももっと安いよ? 一粒で銀貨十枚ってことじゃん。それだけあったら普通に定食とか食べれるよ?
「だからもっと美味しいとか言ってよね。そんな薄いリアクションじゃなくてさ」
「あはは、ごめんって」
こんな高いサプリを気兼ねなく買えてプレゼントもできるって、エキドナさんは本当稼いでいるんだろうな。
すごいなーって思いながら道具袋に小箱を仕舞うエキドナさんを見ていたら、突然横から声を掛けられた。
聞いたことのある声だ。
「おや、エキドナにリリスじゃないか。どうしたんだい?」
「先生!」
エキドナさんが歓喜の声を上げる。
先生、それは私たちのチームのリーダーだ。
「久しぶり」
「今日はチームへの勧誘していたんだけど全然上手くいかなくて……ごめんなさい」
「そうだったのか。二人が気にすることはないよ。僕の計画のために協力してくれているってだけでも嬉しいのだから。二人ともお疲れ様」
先生は穏やかな声色とともに私とエキドナさんに微笑んだ。
「……先生」
先生を見つめるエキドナさんの目がとろんとしている。さっき私と話していた時とは全然違う。もしかしたらエキドナさんは先生のことが好きなのかな。
まあ先生はこれだけかっこよかったら無理もないよね。
ってあれ?
私、先生のことかっこいいって思った?
これまでそんな風に思ったことないのにどうしちゃったんだろう。




