第五話 冒険者はほぼ奴隷みたいなものらしい(アキナside)
待ち合わせをすることになっているエンマルという名前のカフェに着いた。ハルトはコーヒーが好きで時々カフェ巡りとかするらしいけど、この名前のお店は聞いたことがない。
コーヒーを注文して私と二人は席に座った。席は四人掛けのテーブル席で、エキドナさんは私の横、イエティさんは私の正面だ。
飲んでみる。
うーん。自然豊かな土地で育てられた高品質な豆を使っているらしいが、普段飲んでいるチェーン店の味との違いは分からない。価格も割高な感じがしたし、なんというか損した気分だな。
というかコーヒー一杯で銀貨十枚はちょっと高くない?
しかもこのコーヒーがエンマルで一番安いメニューだし。もしかして大富豪専門のカフェとかなの。私の学生時代のバイト代が時給で銀貨十枚だったというのに。経済格差をひしひしと感じる。
そんなことを考えながら雑談をしていると、二人やこれから会う人物のことが少しだけ分かってきた。二人は先生と呼ばれる男が主催した飲み会で知り合い、普段から先生のもとで稼ぐための勉強をしているらしい。先生と呼ばれる男は三十二歳で過去にビジネスで大成功して今は投資家として悠々自適に暮らしているらしい。これまでの学びを若者に伝えて自分と同じように成功してほしいと思って日々活動しているだとか。なんというか改めて聞くとやっぱり胡散臭いな。
コーヒーも飲み終わりいつまで待たされるのだろうと思っていると、二人の姿勢が急に伸びた。
「お疲れ様です!」
「お疲れっす!」
人の気配がする方に視線を向ける。細身で髪を七三に分けた男がいた。首元には高級そうな宝石が施された金色のネックレスを着けている。
男は私たち全員に目配せをしてから微笑みかけてくる。
「お疲れ。イエティ、エキドナ。ところでこの人は?」
「わ、私はハルナって言います」
「ハルナちゃんもビジネスに興味あって先生の話を聞きたいって!」
「そうかい。私の話に興味のあるいつでも若者は大歓迎さ」
「さすがっす。先生! 今日はよろしくお願いします!」
「よろしくお願いします!」
「……よろしくお願いします」
いつ私が話を聞きたいと言ったのだろうと思いながらも、二人の雰囲気に飲まれて反論するタイミングを逃した。
「ははは、そう身構えなくてもいいよ。ところでハルナさん、あなたは何の仕事をしていますか?」
「冒険者をしてます」
さすがに正直に職場を言う必要はないよね。冒険者ギルドなんてそんなにたくさんあるわけじゃないし、もしも職場に来られたら面倒だ。
仕事柄身近な職種で嘘をついても誤魔化せそうだから冒険者を選んだだけだが、先生は大げさに目を見開いた。
「……なんと! それは大変じゃない?」
「そうですね。やっぱりモンスターとの戦闘は命がけですし」
実際に働いてはいないけどこれは事実だと思う。冒険者育成学校を卒業してまだ二年だが、同級生が怪我で引退したとか殉死したという話はゼロではない。
「うんうん。大変だよね。こんなに可愛らしい見た目でモンスターと戦うなんて……ところでハルナさん、冒険者としての報酬が少ないって思ったことはないかい?」
「報酬ですか」
「ああ。私もかつては冒険者をしていた。だが今は辞めた。何故か分かるかい?」
「やっぱり危険だからですか?」
「それもある。だがそれだけじゃない。気づいたのだ。冒険者は現代の奴隷だって」
「どういうことです?」
奴隷。はるか昔はあったらしい制度。人としての権利を持たない存在。冒険者は身近な存在ではあるため、彼らを奴隷と表現するのはちょっと納得できなかった。
「そのままの意味だよ。みんなは冒険者が何をする仕事か知っているかい?」
先生が私たち全員に向かって問いかける。
「ギルドとか個人から依頼を受けて、モンスターを討伐したり素材を集める仕事っすよね」
イエティさんが答えると先生はゆっくりと首を横に振った。
「半分正解だ。残りは何だと思う?」
「……分かんないっす」
「私も分からない」
エキドナさんも気の抜けた返事。
「私も」
とりあえず反論しようと思って考えてみたけど何も浮かばなかった。
「正解を教えよう。モンスターを討伐と言ってもなんせ命がけだ。そんなに気軽に倒せるわけではない。だから武器や防具を選定したり、戦うためのセミナーを受講したりする必要がある。そういった事前準備も含めて冒険者の仕事なのだ」
「なるほどっす」
「そんな装備や講習にかかる費用は年々高騰している。万が一の場合に備えて沢山仲間を雇ったり保険に入ったりもしなくてはならない。だが駆け出し冒険者にそんな入念な準備をするお金はない。だからどうするか?」
先生の視線が私に向く。
「ほかの人が作った冒険者パーティーに入れてもらうとかでしょうか?」
受付嬢をしているから単独で依頼を実行する人は基本的にいないことを知っている。モンスターとの戦闘中に想定外の事象があったときのリスクに対応できないし、駆け出し冒険者は十分な装備を購入する資金がないからだ。
だから駆け出しの冒険者は、他のすでに稼いでいる冒険者に雇われることで冒険者パーティーを結成して働くことになる。
「悪くない回答だ。だがそのほかの人が作ったパーティーはどうやってお金を集めたと思う?」
「…………」
「答えは一つ。投資家に出資をしてもらって冒険者パーティーを運営するんだ」
「でも、私も私の彼氏フリーランスで冒険者してますが、そんな投資家との繋がりはないですよ?」
実はハルトもそういうお金の話を誰かとしているのかな。聞いたことがないけど。
軽い気持ちで言ってみたが、先生は急に身を乗り出して声を荒げる。
「フリーランスだと! 今すぐやめた方がいい。そんな保証がない暮らしをしているのか。もしも怪我とかして前線に立てなくなったらどうするつもりなのか」
真剣なまなざしで見つめられたから、私は気まずくなって目を逸らした。
「……それは」
「俺、ハルナさんの彼氏が心配っす!」
「私も……」
「そうですね。彼氏に伝えておきます」
フリーランスというだけこんな風に言われるとは思わなかった。昔聞いたときにハルトは「街の近隣でスライム倒すだけだから」とヘラヘラ笑っていたし、私もそれを聞いて安心していたのだけど、よく考えたらスライムの結晶価格が暴落したから無茶しないとも限らないんだよね。
やっぱり私もちょっとは稼げるようにならないと。
先生は取り乱したことを恥じるように小さく咳払いをした。
「すまない。話題がそれたね。話を続けよう。出資をしてもらうということは、冒険者パーティーはリターンとして配当金を投資家に返さなくてはならない。当然だよね。それだけじゃない。ギルドで依頼を受けた際も報酬から手数料が引かれる。さらに国からの税金も引かれる。そこから武器や防具のメンテナンス代を支払ったら手元に残るお金はごく僅かだ。命がけで戦うのにこんなのあんまりじゃないか?」
「それは辛いっすね。先生の言う通りっす」
「うん……私もそう思う。冒険者かわいそう……」
先生の話に二人は感銘を受けた様子で頷いている。
「だから私は冒険者を辞めた。今は市場での商品取引で稼いでいる。ハルナさんは市場での取引をしたことはあるかい?」
「特にないです」
「では何のことかは分かるかい?」
「それくらいなら」
市場。
それは高度な魔法や最先端の技術を駆使して、この世の様々な商品がリアルタイムで取引されるプラットフォームだ。
スライムの結晶やダイアモンドのような宝石、鉄やオリハルコンのような武具に使われる自然界のモノだけではなく、冒険者パーティーから配当金を受け取る権利である出資権や、土地や建物までもが売買されている。
世の中には市場で商品の売買だけで年間金貨数万枚を稼いでいる人もいるらしいけど、私には何が値上がりして何が値下がりするかなんて分からないので、遠い世界の別人みたいだ。
そういえばハルトも時々スライムの結晶の価格推移を見てあれこれ語っていた。なんだか難しくて聞き流していたけど。
「なら話は早い。私は市場で取引される様々な商品の状況や世界経済の状況から今後の価格を予想し、安く買って高く売ることで生計を立てている。投資家ってやつだ。イエティとエキドナはよく知っているよね?」
「はい、先生のチームで勉強させてもらっているっす!」
「私も!」
「ハルナさん、あなたは投資家を遠い世界の人間かと思っているかもしれない。だがそれは間違いだ。私の言う通りにすれば誰でも稼げる」
「誰でもですか……」
信じられない。
そんな方法があるなら人はわざわざ人は労働なんてしないと思う。
「ああ、大衆は相場の値動きはランダムだと言う。だがそれは本質を見抜けない弱者が思考を放棄しているに過ぎない。相場はコントロールできるのだ。私たちと共に投資の世界で荒稼ぎしよう」
先生は曇りのない真っ直ぐな目で私に手を差し出した。よく見たら指には高そうな指輪を着けている。きっと本当にお金持ちなのだろう。
「私、ハルナさんと一緒に稼ぎたい!」
「先生が直々にスカウトなんてそうそうないっすよ!」
エキドナさんとイエティさんもキラキラ輝く子供みたいに無垢な目を私に向けてくる。
「永遠と続く不景気、一向に上がらない労働報酬、冒険者という不安定な仕事ならなおさら将来への不安はあると思う。だが私ならそこから抜け出させることができる。沈みゆく船とか衰退国家とか言われているけど、私はこの国の若者には幸せに過ごしてほしいのだよ。ともに経済的自由を勝ち取ろう」
先生は自信に満ちた口調で、私の持つ不安という感情からは無縁そうだ。
「はい……」
私は先生の手を取った。
別に先生の言葉を盲信したわけじゃない。ただ現実として将来への漠然とした不安はあって、それに対して今の仕事の給料では心もとないし、ほかに稼げる手段の目途が立っていないこともまた事実だ。だからもうちょっとだけ話を聞いてみてもいいかもなって思っただけ。
先生は私に微笑みかけてくる。
「よろしく、ハルナさん」
「はい。よろしくお願いします」
私も微笑みを作った。受付嬢としてお客さんに対して毎日繰り返すように。
今はハルトも大変な時期だし、私が稼いでハルトを支えるんだ。




