最終話 ハーレムエンド?
郊外の貧民街から街の中心にある冒険者ギルドまではそれなりに距離はあるが、アキナと一緒なら苦じゃなかった。
ギルドの中へ入る。
驚いた。カメリアで内乱が起きて以降はずっとガラガラだったのに今日は活況だ。
なかでも掲示板の周りにはいつになく人だかりができていた。
「聞いたかカメリアの話」
「おいおい。急すぎるだろ」
「中心となった冒険者パーティーのリーダーはここ出身とか」
「これは久々に買いだろ。誰でも稼げるボーナスタイムだ」
「くっそ。昨日空売りしたせいで大損失だ。誰だよ。価値はゼロになるって言ったやつ」
「逆神だな。お前が売ると聞いたから手仕舞いしておいてよかったぜ」
「はあー。誰が逆神だと」
思わず笑みがこぼれた。
周囲から聞こえる会話だけで確信した。
賭けに勝ったのだ。俺は大金を手に入れられる。
「どうしたの?」
表情の変化に気づいたのか手を繋いだままのアキナが俺に顔を向ける。
「借金を返せるんだよ。見ていてくれ」
俺たちは掲示板に向かった。魔力を投入することで様々な情報を獲得できるギルドの掲示板だが、今日はだいたいみんな同じページを見ていた。
「カメリアでの内乱が遂に鎮圧……そして終戦を記念して通貨のリニューアルを発表」
アキナがページを読み上げる。
予想通りの内容だ。
「これがどうしたの? 平和になって嬉しいとかそんなんじゃないよね」
「もちろん。これを見てくれ」
俺は掲示板に手を伸ばし、スライムの結晶の市場取引価格を表示させた。リアルタイムでスライムの結晶の価格が表示されている。
「……前日比プラス百パーセント…………百三パーセント…………百五パーセント」
市場で取引されているスライムの結晶価格を示す数字はどんどん大きくなっていく。
長期に渡って暴落を続けてきたから最高値まではまだまだ遠い。だが事実として一晩で市場取引価格は二倍になった。それにリアルタイムで見ている今も驚異的なペースで上がり続けている。これまでとは比べ物にならない圧倒的な出来高に上昇率だ。スライムの結晶に対する投資家の熱狂が返ってきたのだ。
「すごいだろ。ちなみに家に帰れば大量の結晶を確保しているからな。あとは貸倉庫とかも契約しててそこにも保存してる」
チームによる価格の吊り上げなんてそんなに頻繁に起こるわけではないから、俺は空き時間にひたすらスライムを狩り、結晶を集め続けた。それと並行して市場でもスライムの結晶を買い集め続けた。
いつか来ると確信していたこの日のために。
「でも……なんで。たしかにスライムの結晶はカメリアの国力と比例していた。だから内乱が終われば多少は上がるはず。でも一気に二倍以上だなんて」
「もちろん終戦だけが理由じゃない。むしろメインはもう一つトピックだ」
「それって通貨をリニューアルするって方?」
「ああ。俺はこれを待っていた」
掲示板を操作してまた別のページを開く。そこではカメリアが新通貨を発行し、新通貨には原材料としてスライムの結晶を混ぜると記載があった。
モノの価値は需給で決まる。
綺麗なだけで何にも役立たないスライムの結晶は需要がなかったから暴落した。だったら強制的に需要を作り出せばいい。国と言う超巨大な買い手によって特大の需要を。
森でトーリエがカメリアで内乱鎮圧に参加すると聞いた日、俺がトーリエに依頼したのは、活躍して王様と接触できる機会があればスライムの結晶を通貨の原材料に使用することを提案してもらうことなのだ。
トーリエは天才だ。
トーリエが内乱鎮圧に参加して内乱が終わらないはずがないと思った。
だから依頼した。
王様だって提案を受け入れてくれると思った。内乱の鎮圧後とはいえ混乱した国を再び安定させるためには富裕層の協力が必要不可欠だ。カメリアの富裕層は内乱がきっかけで所有するスライムの結晶の一部を売却したらしい。とはいえすべてを売却できるとは思えない。損失を抱えたまま塩漬けにしている富裕層は多いはずだ。
となると結晶の価格が上がる政策は国内で歓迎される。現段階では使用が発表されただけだが、これから実際に使用される段階に向けて巨額のお金がスライムの結晶に流れ込む。市場取引価格の暴騰はまだまだ始まったばかりだ。
「……すごい。ハルトはこうなることが分かってたの」
「うん。思っていたより時間がかかったけどな。昨日はありがとう。助けてくれて」
結果的に俺の策は成功した。だがアキナがいなければ暴騰前に破産するところだったのも事実である。
ゆっくりと首を横に振るアキナ。
「当然だよ。好きだもん」
「ありがと。俺も好き」
「もうちょっと一緒に居たいし仕事までカフェで時間潰さない? もちろんエンマルじゃなくて普通のチェーンで」
「いいよ。俺も一緒にいたいし」
これでお金の心配もなくなったし、断る理由なんかあるわけがない。
「やった。いこいこ」
アキナはぴょこぴょこと飛び跳ねた。そんな姿も愛おしかった。
俺たちは手を繋いでギルドを出た。カフェでは何を頼もうかなと夢見心地で考えていると足が止まった。
目が合ったのだ。
エリザと。
どうしてギルドの前なんかにいるんだよ。いや町の中心なのだから居ても不思議じゃない。
でも……なんで今日なんだ。
いつか解決しないとは思っていたが、まさかこんなに早く会ってしまうとは。
まだ全然心の準備ができてないし、丸く収めるための最適な言い訳も思いつかない。
心臓はバクバクと音を立てる。
エンマルでアキナの手を振り払い、アキナと会わない間、俺はチームの情報をもらうためにエリザと付き合った。その際、アキナと明確な別れ話はしていない。あのとき俺とアキナは付き合っていたことになるのだろうか。もしも付き合っていたとしたら、俺はアキナと付き合いながらエリザと浮気をしたことになる。もしもあのときアキナと別れたことになっていたとしたら、今の俺はエキドナをキープしながらアキナと付き合ったということになる。どちらだとしても両者からの印象は最悪だろう。
「あ、えっと……その……なんというかこれはだな……」
ダメだ、全然言葉が纏まらない。
手汗はどんどん噴き出してくる。
アキナは不思議そうに俺を見ている。
「やっほ。リリスちゃん、いや今はアキナって呼んだ方がいいかな。チームを辞めたんだってね」
テンパる俺をよそにエリザは落ち着いた様子でアキナに駆け寄って話しかける。そういえばアキナをチームに勧誘したのはエリザだった。面識があってもおかしくはない。
「おはよう。エキドナさん。情報が早いね」
「まあ大ニュースだから。リリスちゃんの本名もアキナだったなんてね。昨日は先生荒れてたよ。あと私のことはエリザって呼んで。そっちが本名だから」
「あだ名はもういいの?」
エリザは念のため確認するように俺を一瞥した。俺はそれを見て頷く。
「もういいの。一応加入はしてるけど気持ちはもう離れてるから。なんていってもハルトにチームの情報を流していたのは私だからね」
「え、嘘! なんで? どうして?」
アキナは驚きを隠せないようだ。それもそうだろうな。違和感を持たれないようにチームの活動には積極的に参加するように言っていたし、まさか自分を引き込んだ人が自分より先に辞めているとは思わないだろう。
「いやー色々理由はあるけど、なんというかハルトを勧誘しようと思ったら逆に言いくるめられたというかね。顔に似合わず本当に悪い男だよね!」
「えー、エリザさんもハルトに勧誘してたんだ」
「まさかアキナちゃんの彼氏だとは思わなかったけどね。第一印象はちょろそうって思ったんだけどなー」
「エリザさんは勧誘成績よかったもんね」
「いやいや昔の話だよ。それにしても二人ともいきなり偽名とか警戒心強すぎー」
「ハルトも偽名を名乗ったんだ。もしかしてやっぱり私たち気が合う?」
「あ、ああ。そうだな」
急にアキナに話題を振られたので空返事をした。
「ハルトはなんて名乗ってたの?」
「……トーマスアキトかな」
「えっ、トーリエ君の苗字ってもしかしてハルトはトーリエ君と結婚したいの……やけに仲いいなとは思ってたけど……」
「い、いやいや違うから……俺は……」
結婚したいのはアキナだけ。二人きりならともかくエリザの前だと思うとそんな言葉を表に出すわけにも行かないので言葉が詰まった。
というかエリザはアキナと和気あいあいと話しているが、俺と付き合っていた事実を一向に言おうとしないしどういうつもりなんだ。だんだん怖くなってきた。自分の彼氏と思っていた男がほかの女と手を繋いで歩いているのだぞ。
「悪いアキナ。ちょっとだけ打倒チームで極秘でシークレットな内緒の会議があるからエリザと二人で話させてくれないか」
繋いでない方の片手で手刀を作りお願いした。アキナは「打倒チームなら私も協力させてよ」と言ったが「お願い。どうしても」と頼み込んだら渋々折れてくれた。
道の隅にエリザを連れてきて小声で話す。
「おい……いったいどういうつもりだよ」
「どういうってなに?」
エリザは平然とした態度。
「いやいや……なんでここにいるのとか、そもそも俺とアキナが手を繋いでいたことになんとも思わないのとか……」
「へー。もしかして私に嫉妬してほしかった? 意外と可愛いとこあるじゃん」
エキドナはニヤニヤと笑う。もしかしてこの子は鋼のメンタルなの。そう言えば初デートでキスしたしキスくらいは挨拶とか言っちゃうタイプ? 俺なら付き合っていた相手がほかの異性と手を繋ぐだけでも三日は泣く自信あるのだが。
エリザは一通り俺をからかった後、やれやれと肩をすくめた。
「まあ私もそんなに鈍くないってこと。付き合っていたら嫌でも気づくよ。本当はハルトが私のこと好きじゃないって。しかもそれだけならまだしも、ちょっと私がストーカーしてみたら貧民街に住んでてお金持ちですらないし本当にひどい男だよね。ハルトにはつくづく呆れたわ。今日来たのだってハルトがいつもギルドで掲示板を見ているのを知っていたから出待ちしただけ」
「ストーカーとかしれっと怖いこと言うな」
苦笑いしてしまう。だがそのあとすぐに感謝した。エリザは俺が嘘しか言っていないと気づいたうえで最後まで協力してくれたのか。
「本当に呆れた。そしてなによりそんな男を本気で好きになった自分に呆れた。ベッドで泣いたのは一回や二回じゃないからね?」
「……悪かったよ」
目を逸らす。俺は目的のためにエリザを利用した。責められても何も言い返すことができない。
最初は利用するだけ利用して用がなくなったら捨てればいいと思っていたはずなのだが、長く関りを持つと情が湧いてきて、そう簡単に切り捨てられないものだな。
「アキナちゃんが本当に好きな人だったんだ。妬いちゃうなー。私といる時と表情が全然違うもん」
そう言ってエリザは優しく俺の頬に触れて正面を向けさせた。
目が合う。
穏やかな顔をしていた。
背伸びしたエリザがぐっと顔を俺に近づけて耳打ちをしてきた。
「……好きだよ。ハルトのことが。これまでも、これからも」
吐息がかかる。なんだかくすぐったかった。
エリザはくるりと体を回転させてアキナの方を向いた。手招きしてアキナを呼び寄せる。アキナは待ちくたびれたとばかりに駆け足でやってくる。
「ねー、アキナちゃん。私がチームを裏切った理由を教えてあげる。それはほかにやりたいことができたからなの」
「やりといこと?」
エリザは一瞬だけ俯いて息を吐いた。それからぴょこんと小さく跳ねて俺の腕に抱きついてきた。
「あ、え、ちょっと」
俺の驚きの声もつかの間、エリザは俺の頬にキスをした。いきなりの急接近。俺とアキナの交際を受け入れる流れじゃなかったのか。
「私はハルトが好き。だから付き合いたい。一緒にデートとかしたい。だから勝負だよ、アキナちゃん」
アキナは面食らったかのように固まった後、俺とエリザを交互に見た。それからもう片方の俺の腕に抱きついてくる。
「意味わかんない。私がハルトの彼女だよ」
「えー、私もハルトから付き合おうって告白されたような気がするんだけどなー」
「ちょっとハルト、それは本当なの?」
「あー、まあなんというか……」
事実ではあるから否定できない。チームの情報を得る手っ取り早い方法がほかになかったのだから許してほしい。
「私の方が絶対長くハルトと長く付き合っているから! 後から出てこないでよ」
「うーん、半年以上会わなかったらさすがにノーカンじゃない?」
「だとしても! 先に付き合ったのは私だから!」
バチバチと火花を散らすアキナとエリザ。二人ともこんな怖い顔するんだ。俺はどうしたらこの場を丸く収めることができるのだろう。
そんなことを考えていたら俺たちの元に駆け寄ってくる三人組が見えた。トーリエたちの冒険者パーティーだ。
「おーっす。ハルト。依頼達成したぜ」
トーリエはハイタッチをするために片手を上げたが、残念ながら俺の両腕は女の子二人に掴まれていてできない。
トーリエは俺たち三人を順番に見てから大きくため息をついた。
「なんというか……無事にハルトがアキナと仲直りできてよかったよ」
「あ、ほら! トーリエ君も言った。私とハルトは内乱を治めた英雄公認だから!」
「それは過去の話でしょ! 一番大変な時に支えたのが私だから。これからハルトは私のことを好きになる予定だから!」
トーリエは生暖かい目でアキナとエリザを眺めている。
「それにしても結構戻ってくるの早かったな。昨日終戦発表があったばかりなのに」
てっきりカメリアでまだ色々と仕事があるものかと思っていた。
「大勢が決した時点で国外から呼ばれた冒険者はお役御免だってよ」
「ふーん。そんなもんか」
もしかしたら長く雇うとそれだけ金がかかるから嫌だったのかな。
「まあ、とりあえず俺はギルドで用があるから。この場は離れるけどとりあえずハルトは約束した合コンの企画を忘れるなよ」
トーリエはそう言って俺たちの横を通り抜けていく。
「え、ちょっと待って。ハルトは彼女が二人もいて合コンまでする気なの! 信じられない……下半身お化け! 性欲の化身!」
アキナが俺の頬を思い切りつねる。痛い。合コンの約束をしたのもまた事実である。エリザの腕を掴む力が強くなった気がした。
フウガは軽蔑するような目で俺を一瞥した後、特に何も言わずにトーリエを追ったが、サンテは俺たちを見て立ち止まった。
「ふーん。もしかしてハルト君はハーレム肯定派? だったら私ともデートしようよ。それで仲を深めて結婚しよ?」
俺は一途を目指してきたはずだ。
「ちょっとあんた誰?」
エリザがサンテに敵意を向ける。
「うーん。二人がハルトの彼女だとしたら私は半年前に森で出会っただけの女かなー」
「そんな人にハルトの何が分かるの!」
アキナもサンテに顔を向ける。サンテは悪びれる様子もなく考え込むように顎に人差し指を当てた。それからゆったりとした口調で言う。
「うーん。顔がタイプだとか?」
「いや、浅っ!」
思わずツッコンでしまった。
「いや……たしかにハルトの性格は最悪かも。平気で嘘とか吐くし。もしかして私が好きなのはハルトの顔だけ……」
「あのーエリザさん」
ぶつぶつと呟くエリザ。ちょっと性格最悪は言い過ぎじゃないですか。
「私はハルトのいいところいっぱい知っているから。やっぱり私が真の彼女ね」
「まだまだ若いねー。結婚してから性格が変わるなんて普通だからね。そんな時に心の支えになるのが顔なんだよ!」
「うるさい! だったらハルトが好きなのは私の顔だから! 昨日は沢山可愛いって言ってくれたから!」
「ふーん。まあいいわ。圧倒的なテクニックで墜としてあげる」
サンテは指先で小さな円を描いた。そこから紫色の光が生まれ、光はゆらゆらと蛇行しながら俺の顔に直撃した。
その瞬間、俺の首から上は動かなくなった。
そして抵抗できなくなった俺にサンテは唇を重ねる。
「どう? 気持ちいいでしょ?」
唇を離してから妖艶な笑みを浮かべるサンテ。
首から上が動かないせいで表情が見えないがアキナの顔を見るのが怖いな。
「魔法で無理やりとか酷い! 性犯罪者!」
隣でアキナの声が聞こえる。
「えー、前に森でした時は喜んでくれたような気がしたんだけどなー」
「ちょっとハルト! エリザさんと付き合うだけじゃなくてこの人ともキスしたの? あり得ない!」
「自分からしたわけじゃないから! あれは事故と言うかいきなりだったというか」
「言い訳とか聞きたくない。したことはしてるじゃん。悲しいから私もする」
そう言ってアキナは俺にキスをした。舌と舌が絡み合う。アキナの唇はなかなか離れない。これまでアキナとは何度もしてきたが。今までで一番長いキスだ。
「ふーん。私の後にしてもテクニックの差に気づかせちゃうだけなのに可哀そう」
「えー、ずるい、早く終わって。アキナちゃんの次は私もするからね」
アキナの次はエリザともキスをするのか。というかずるいと言うけどエリザはさっき俺の頬にキスしたばかりじゃない? とか思いつつもエリザに対しては中途半端に罪悪感があるせいで強く断れない。
これはもしかして人生で何度かあるとかいうモテ期というやつなのか。
スライムの結晶は暴騰して、俺の経済的な自由はほぼ確実となった。けれども首から上は魔法で動かないし、体も女の子に掴まれているせいで自由に動かせない。肉体的にはこれまでの人生で一番不自由だ。
ようやくアキナとの穏やかな日常が返ってくると思ったのだけどな。
俺の平穏な幸せはまだまだ遠いらしい。
最後まで読んでいただきありがとうございました!
★マークを押していただいたり感想もらえたりすると嬉しいです!
また新作としてラブコメも投稿始めたのでそちらもよろしくお願いします!




