第十八話 超好き
先生はアキナに対して「絶対に後悔することになる」と捨て台詞を吐きながら去っていった。それから入れ替わるように借金の取立人がやってきて、アキナは宣言通りに小切手で金貨千枚を支払った。
本当に金貨千枚を肩代わりできるくらいお金を持っていたのか。俺はそんなアキナの姿がどこか遠い世界の住人のように思えた。だけど取立人が帰っていった後に使い古されたぺたんこの布団の上で俺の隣に座りながら「久しぶり。ようやくゆっくり話せるね」と言うアキナの穏やかな表情は昔と全然変わっていなかった。幸せだったあの頃と。
「えへへ。貯金使い果たしちゃった」
アキナは料理がちょっと焦げ付いた時と同じようなテンションで微笑んだ。
「本当によかったのか。金貨千枚だなんて大金」
「いいよ、気にしないで。お金だけあっても幸せになれないって分かったから」
「チームでアキナは本当に稼げたんだな」
「まあ私は運が良かっただけだけどね」
アキナは謙遜しているが、きっと実力だ。俺はチームを先生だけが稼げる組織だと思っていたのだが外部からでは分からないものだな。
きっと俺がチームに首を突っ込まなければアキナはきっと今も変わらず稼げていただろう。だが、アキナはそれを捨てた。俺のために。
「本当にどうしてこんなことを」
「決まってるじゃん。好きだからだよ」
アキナは平然とした顔で言う。俺は返す言葉が見つからない。結局のところ肝心な場面で口下手なのは昔と変わらないようだ。
「ちょっと目を逸らさないでよ。恥ずかしいじゃん」
アキナは唇を尖らせた。
「いや……ごめん。アキナは俺のどこを好きになったの?」
花火大会の日、俺はアキナに好きだと告白をした。アキナはそれを受け入れてくれた。死ぬほど嬉しかった。まるで夢みたいだと思った。
それからしばらくして俺と付き合ってくれた理由を聞いた時は「えー、秘密」と誤魔化された。
アキナはあの頃と変わらず照れくさそうに俯いた。それからゆっくりと口を開く。
「えー、秘密」
聞こえてきたのはあの頃と同じ言葉だった。
「やっぱり気になるよ。アキナはめちゃくちゃ可愛いし。俺でなくてもいくらでも付き合いたいと思う相手はいそうだし」
「どうしても言わなきゃだめ?」
アキナは上目づかいで俺を見つめる。アキナの頬はほんのり赤みを帯びていた。
「うん。教えて欲しい」
「ハルトはさ……まだ私のこと好きでいてくれる? お金もないし、サプリがないと情緒不安定になっちゃうし、きっと私のせいで不幸になったチームメンバーもいるだろうからたくさん恨みも買ってるような女だよ?」
アキナは自信なさそうに声を震わせた。
そんなの答えは決まっている。俺はアキナを力強く抱きしめた。
本当はずっとこうしたかった。アキナがこの部屋に来た瞬間から。
抱きしめたのはいつぶりだろうか。お互い変わった。俺は少し痩せたし、アキナは化粧の仕方が変わったような気がする。
だけどアキナに対する気持ちだけは変わらなかった。
「好きだよ。大好き。お金なんか俺もないし、情緒不安定になったらいくらでも話とか聞くし、俺だって他人の不幸の上で生きているのは一緒だから」
借金はまだ残っている。サプリはエリザも依存していたが辞めさせるのに苦労した。エリザというのはエキドナの本名だ。付き合うことになったときに教えてもらった。今のエリザはサプリを飲んでいない。エリザが脱サプリできてアキナにできないはずがない。
さて、これからエリザはどうするか。一応付き合っていることになっているんだよな。アキナと復縁できたから交際関係を維持する必要はない。なんといって別れたら穏便だろうか。
目的のために他人を利用する俺と先生で何が違うのか。
考えたけど答えは出なかった。
でも、社会なんてそんなものだとも思う。
そもそも俺がアキナと付き合うということはアキナと付き合いたい誰かが付き合えないということだ。トーリエだって就活の時に大量に大手冒険者パーティーの内定を獲得していたから、それだけその冒険者パーティーで働きたかったほかの就活生の席を奪っていたということになる。
この社会で生きている人はみんなどこかで誰かと戦い、誰かの幸せを奪って生きているのだ。
きっと俺もアキナもエキドナもトーリエも先生もみんな大差ないのだ。
でも、だからこそ常に最善を目指して試行錯誤を重ねる必要がある。ほかの誰かに負けないように。幸せで居続けるために。
アキナも俺の背中に両腕を回した。アキナの細腕に力が入っていくのが伝わってきた。
「ありがと。私も大好き、ハルトの全部が好き。顔も、声も、スタイルも、そんなに才能ないのにトーリエ君に負けないように頑張っていたところも、美味しそうに私の作った料理を食べてくれるところも、デート中に楽しそうにしてくれるところも、ちゃんと言葉で好きって口にしてくれるところもハルトの全部が好き」
途中からアキナは涙声になっていた。
――好き。
アキナの声が頭の中で反響する。
嬉しかった。
ずっと聞きたかった言葉だった。
それだけで幸せで満たされたように思えた。
「俺も大好き。アキナの全部が」
「大好き」
「もう本当に好き」
「超好き」
「世界一好き」
「私も世界一好き」
「アキナの泣き顔も可愛い。好き」
「ハルトも泣いてるじゃん。好き」
アキナは俺の頬に触れた。いつの間にか俺も泣いていたらしい。
思い出す。別れる時も泣いて、再開しても泣いて、なんというかサプリなんて飲んでないのに俺も大概情緒不安定すぎるな。
「あはは」
自分に呆れて笑えてくる。
「なんで笑ってるの?」
アキナは目を細めて俺を見つめる。
「いや……ようやく幸せだなって」
「なにそれ。私も幸せだよ。大好き」
「うん大好き」
俺とアキナは唇を重ねる。それからこれまでの空白を埋めるように色々なことを語り合った。気まずさとか全然なかった。ただただ楽しかった。アキナは俺の家に泊まると言った。正直家賃の安さだけで選んだ場所だから二人で寝るには狭すぎる部屋だ。それでも全然嫌な気がしなかった。
同じ布団で一緒に眠った。今までで一番安眠できた。
朝になる。部屋に残っていたありあわせの食材でアキナが作ってくれた朝食は、同じ材料を使っているとは思えないほど自分で作るのとは違っていて美味しかった。
「それでこれからどうする?」
狭いキッチンに二人で並んで朝食の後片付けを一緒にしていると、アキナが俺に聞いてきた。
「どうするってなんのこと?」
「まあ普通に生活のこととか。借金だってまだ残ってるんでしょ」
「あー。あるな」
金貸しから借りた分は返さないと取り立てられるし、アキナに肩代わりして貰った分も返したいからこの先のことを考えるうえで避けては通れない。
「あてはあるんだよね?」
アキナは拭き終わった薄いプレートを棚に仕舞いながら言う。声色は確信を持っているようだった。
確定していないことを言って、あんまり期待させたくはないんだけどな。
「どうしてそう思う?」
「だってどう考えても無策すぎるもん。借金だけでチームに対抗するなんて。私の知ってるハルトならもうちょっと考えてるかなって。言ったでしょ。ハルトを信じるって」
全部お見通しということか。
まあお金だけじゃ幸せになれないかもしてないけど、そうかと言って無くてもいいかと言われたらそんなこともないからな。アキナとの将来を考えるなら尚更だ。
策はあった。
でも間に合わなかった。
アキナが助けてくれたおかげで首の皮一枚つながったけど。
「よし。とりあえず冒険者ギルド行くか」
いつの間にかキッチンもテーブルも綺麗に片付いていた。二人で作業をすると早いな。
「ギルド? 私のシフトまではまだ時間あるよ?」
「掲示板が見たいからさ。そこに稼ぐための策がある」




