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第十七話 お金持ちになる方法(アキナside)

 先生に連れられてやってきたのは郊外にある住宅街。城下で一番の貧民街と言われている。建物はどれもボロボロだし、道路は舗装されていないし、ときどき浮浪者のような人も見られる。こんなところに空売りを仕掛けた大金持ちがいるのだろうか。


「さて暇つぶしに一つ話をしようか」


 歩きながら先生が言う。


「何でしょうか?」

「ここにいる貧民と私たちは何が違うか考えたことがあるかい?」


 私はたまたま先生に出会って稼げるようになった。ハルトが稼げなくなったのはたまたまスライムの結晶価格が暴落したからだ。


「運の良さとかでしょうか?」

「違うよ」


 先生は即答だった。


「違いますか」

「常に思考し、正しい選択を続けることで人は稼げるようになる。ハルナが稼げるようになったのは誤った考えに流されずに私の教えに正しく従ったからだ。私が稼げているのは常に思考して最善に近づけるように努めてきたからだ。あれを見てごらん?」


 やっぱり。

 ということは先生のことを盲信して、ただ従うだけのチームメンバーは、先生の言う稼げる人ではないということか。もちろん先生の教えに従うだけの私も含めて。

 そんなことをわざわざ私に言ってどうするんだろ。それだけ私が先生にとって特別なのかな。

 先生が視線を向けた先に私も顔を向ける。そこにあったのは一軒家だ。ボロボロで手入れされていない外壁はほかと変わらないが。貧民街の中でその家は庭付きで一際大きかった。もっとも庭はろくに手入れされていなくて雑草や雑木が生い茂っていたが。


「廃墟ですね」

「ああ。あれは私の実家だ。もっとも今は誰も住んでいないがね」


 大金を持つ先生がこんな貧民街に住んでいたというのは意外ではある。でも、それが何だというのか。

 先生は話を続ける。


「昔話をしよう。私の祖父は若くしてビジネスで大成功をした。そして祖父の若いころはいまより経済的な格差が少なく貧民街なんて概念はなかったから、ここに土地を買って家を建てた。だが途中で事業に失敗した。祖父は本質的には馬鹿だったのだ。だが不幸なことにたまたま最初のビジネスで成功してしまった。だから時代が変化しても最初のビジネスモデルに固執して借金を増やすし、土地を見る目もないから商人に言いくるめられここの土地を買った。土地の売買で稼ぐ商人がこの辺りの地価が下がっているという事実に気づかないわけがない。つまり祖父は騙されたのだ」

「先生はその商人を恨んでいるのですか?」


「違うよ。それが商人の仕事なのだから当然のことをしただけだ。騙される方が悪い。とにかく祖父が寿命で死んだ後には借金とこの土地だけが残った。土地を売ればいいと思うだろ? だが私の父はそれをしなかった。幼少期の楽しかった家での思い出が捨てられなかったのだ。だから父は働きながら祖父の借金を返すことを選んだ。母はそんな父の考えを理解できずに離婚した。私は母に連れられてこの家を離れたから詳細は知らないが、後から聞いた話によると過労で倒れて死んだらしい。たった一人でな。馬鹿だと思うよ。こんな家、早い段階で売っていれば家族がバラバラになることも過労で死ぬこともなかったのに。もっとも今となってはこの辺の土地の価格は当時からさらに暴落しているし、建物の価値も築古だからゼロなのだけどね」


 私は先生の話に聞き入っていた。どこか懐かしむように遠い目で家を眺める先生が嘘をついているようには思えなかった。


「なんでそんな話を私にしてくれたのですか?」

「ハルナには選択を間違えてほしくないからだよ。正しい方向に思考を続ければ貧民になることはない。それに初めてなんだ。私が稼ぐと決めてから月収が二か月連続で前月より少なくなるのは。そうなったのは空売りが原因だ。そんな男の住処がたまたま実家と同じ貧民街だなんてね。運命を感じずにはいられないよ。そんな相手の最後くらいはこの目で見届けたいのさ」


 私は先生の右手の拳が強く握られていることに気づいた。先生の隣でそれなりの期間過ごしてきたから分かる。先生は勧誘のときは感情的になる演技をすることはあっても、それ以外の場で感情の機微をほかの人に見せることはない。

 だが今日だけは違った。それだけここが先生にとってここが特別な場所なのかな。


「さあもう少しだ」


 先生がそう言ってから一分も経たずに、私たちは足を止めた。ここだよと指さされたのはボロボロで三階建ての集合住宅だった。



「ここですか」

「ああ。間違いない」


 先生に連れられて入口を通り抜ける。仲は薄暗くて埃っぽかった。私の住んでいる家とは全然違う。

 廊下を進み、その真ん中あたりで先生は立ち止まった。

 心臓は大きく音を立てた。扉の先に空売りを仕掛けた人がいる。横目で先生を見たが私と違って落ち着いた様子である。


 なんとなく深呼吸をした。

 先生が扉を叩く。

 それからぎしぎしと音を立てて扉は開かれる。

 扉の先にいた男と目が合った。瞬間、時が止まった気がした。


 目を疑った。

 思考が追いつかなかった。

 ハルトがいたのだ。身なりは昔と変わらず整っていてボロボロの家とは対照的だった。

 ハルトにとっても私の姿は想定外だったのか、私と見つめ合ったまま固まっている。先生の前で彼氏だってハルトの名前は出したことがある。先生は空売りを仕掛けてきたのがハルトだって知っていてここまで連れてきたのか。

 私の隣の先生が真っ先に口を開く。


「はじめましてハマノハルト。私のビジネスに真っ向から歯向かってきたのは君が初めてだよ」

「あんたが先生か。思っていたより普通だな」


 ハルトは私から視線を外して先生と向かい合った。


「奇遇だね。私も同じ感想を抱いたよ。まさか空売りの相手がこんな一個人だったとはね」

「どうして俺だって分かったんだ?」


 ハルトは拍子抜けするほどあっさりと認めた。本当にハルトが空売りを仕掛けてきたんだ。


「はじめは苦労したよ。対抗組織でも現れたのかと思った。それでライバルが邪魔なのかとね。でも、どこを探してもそんな組織はなかった。それに空売りをするにも金が必要だ。どこからそんな金が出てきたのか不思議でね。だから私は金融機関に勤めるチームメンバーに聞き込みをした。そしたら様々な場所で君の名前が挙がった。まさか冒険者パーティーの出資権を担保に大金を借りているとはね。そして君はその大金で空売りをぶつけてきた」


 ハルトが担保にしたという出資権というのは恐らくトーリエ君の冒険者パーティーの出資権だ。あそこなら大金を引き出せても不思議ではない。


「驚いたよ。まさか一人でこんなことをするなんてね」

「まあお前らのやり方は毎回同じだからな。過去の急騰商品の出来高からいくらあれば勝てるか分かった。あとはどの商品がいつ仕掛けられるかが分かれば簡単だ。それなりに自信はあったよ。少しでも長く戦うために家賃を下げてここまで引っ越したわけだしな」

「でも……負けた。そうだろ?」


 先生は言う。落ち着いた口調で。負けたってどういうこと?


「ああ。そうだな。あとちょっとだったんだけどな」


 ハルトは髪を掻きながら言った。ハルトも肯定するし話についていけない。


「吊り上げ対象を君に伝えたチームメンバーの裏切り者は特定できなかったが、君が破産したらどちらが正しかったのか気づいてくれるだろう」

「あの……全然話についていけないのだけど」


 つい口を挟んでしまった。


「借金だよ」

「そう借金だ。そして返済期限が今日までのものが金貨千枚。もう君に打つ手はない」


 先生が口にした金額は誰がどう考えても大金である。しかも今日までのものということはきっとほかに借金もある。


「後悔しているかい?」


 先生の問いにハルトは首を横に振った。


「思ってたよりチームの結束力が強かったなと驚いてはいる。俺の想定だともっと早くチームのメンバーが減って勝てると思ったんだ」

「どうしてこんなことをした?」


 ハルトは先生からも目を逸らして、言いづらそうに俯き、それから間を置いてから口を開く。


「……うーん。それについては自分でもいろいろ考えた。たくさんの人を不幸にするビジネスモデルが嫌とか、彼女が月会費で搾取されるのが嫌とかそれっぽい理由で取り繕うことはできるけど……それ以上に好きな人がほかの男のことを嬉々として語っているのが嫌だったのだと思う。まあ……嫉妬とか我ながらダセーなって思うし、もう終わったことなんだけどな」


 え。

 なにそれ。

 耳を疑った。

 そんな理由なの。

 どう考えてもリスクとリターンが釣り合っていない。

 馬鹿な人。

 そして馬鹿な私。


 ハルトがカフェを去っていった日、もしも私が追いかけていたら。それでちゃんと話し合っていたら。ハルトが好きって伝えていたら。そしたらこんな無茶しなかったはずだ。

 もしも私がチームで勧誘をしなかったら。もしも私がメンバーに夢を見せなかったら。チームのメンバーはもっと減ってハルトは破産しなかったかもしれない。


「そうだよ。終わったんだ。私はそれを伝えに来た」


 先生がニヤニヤと性格の悪そうな笑顔でハルトの顔を覗き込む。


「こんなところまで来るなんて、ずいぶん暇なんだな」

「優れたビジネスモデルとは手離れがいいものだよ」

「あっそ」

「興味があれば君も私の元でビジネスを学んでみるかい?」

「学ぶわけないだろ。先生とか呼ばれて調子に乗ってるんじゃないか? 実態は他人を養分に成長する悪意の塊でしかないのに」

「はあ、酷いことを言うね。返せる見込みもないのに大金を借りる君の方がよっぽど社会的には悪だと思うが」


「見込みはあった。ただタイミングがな」

「馬鹿はそうやって言い訳ばかりするんだよ。その見込みだって君が現実を都合よく解釈しているだけだ。そういう馬鹿を私はたくさん見てきた」

「意図的にチームメンバーをそういう馬鹿にさせてる張本人だろ」

「はあ……本当に口だけは達者だな。とにかく、もうすぐ取立人が来るはずだ。君の最後の表情が今から楽しみだよ」


 先生はハルトの部屋に入っていく。ハルトも諦めているのかそれを拒絶しなかった。私も二人を追いかけて中に入る。

 外壁とかとか部屋の家具は全然違うのに、昔と変わらないハルトの匂いがした。


 懐かしいな。

 ハルトはこれから破産するのか。

 あんなにお金を持っていたのに。


 スライムの結晶価格が暴落してからまだ一年も経っていない。あれから私はお金持ちになってずいぶん立場が変わったものだ。

 ハルトとは最後にカフェで会ってから半年以上会っていない。半年という期間は正式に別れ話をしたわけではないが自然消滅と言っていい期間だと思う。ただ部屋で座っているだけなのに昔の思い出が蘇ってくる。楽しかったな。幸せだったな。城下町の小さな部屋で、取り留めのない話をしているだけで満ち足りていた。


「……まだ終わりじゃない」


 私の声が部屋に響いた。呟きのような小さな声だったけど、はっきりと聞こえたようで二人の視線が私に向かう。


「まだ終わりじゃないよ。私がハルトの借金を肩代わりする」


 何を言っているのだろうと自分でも思う。ハルトが破産したら空売りしてくる相手はいなくなりチームはまた稼げるようになる。末端の構成員ですら稼げるのだから事前に推奨商品を教えてもらえる私の稼ぎはかなりのものになるだろう。当然、金貨千枚を支払えば私がこれまで先生の元で稼いだお金をほとんど失うことになるし、敵対するということだからチームには戻れない。お金持ちから元の安月給の受付嬢に逆戻りだ。それにハルトとは半年も会わなかったのだ。昔みたいな関係に戻れる保証はどこにもない。


 ――幼少期の楽しかった家での思い出が捨てられなかったのだ。


 先生の昔話が頭に浮かんだ。

 そしてそんな父を先生は馬鹿だと言った。私も同じである。私も楽しかったハルトとの思い出が捨てられないのだ。自分でも馬鹿だと思う。どう考えても合理的ではない。でも、言わずにはいられなかった。


 ハルトは驚いたように目を丸くしている。

 こんな顔は初めて見たな。

 長く付き合っていてもまだ見たことない表情とかあるんだ。これからも二人で新しいことを知っていけたらいいな。


「……正気で言っているのか?」

「正気ですよ」

「私と一緒なら大金を稼げるのだぞ? それも一生遊んで暮らせるだけの金額を。馬鹿なのか? 理解できない」


 先生も驚きを隠せていないようだ。これまでなんでも知っていそうに思えた先生でも分からないこととかあるんだ。

 私は頷いた。


「うん。自分でも馬鹿だと思います」

「理解できない……君はもっと賢いと思っていたよ」

「うーん。私は自分のこと頭いいって思ったことはないからよく分かんないな」

「ハルナ……君まで借金漬けになるのだぞ。豊かさから、幸せから遠ざかることになる」

「ごめんなさい。そのハルナって名前も偽名なので。先生が特別って言ってくれたのは嬉しかったけど、私にとって特別なのはハルトだけだから」

「……はあー。意味が分からない。本当にどうかしている。なぜ正しいことができない。なぜ間違える」


 先生は大きく頭を抱えて、その場で震え出した。


 先生は言った。豊かになるためには正しい選択を選び続けることが大事だと。それは決して間違いではないと思う。

 ならその正しさってなに?


 それに私が救済を言い出さない限り、ハルトの破産は確実だった。ハルトと私が恋人同士だったということは先生だって知っていたはず。直接会うことで私が情に流される可能性を考慮できないほど先生は馬鹿じゃないはずだ。

 でも先生は私にハルトと会わせた。

 いつしか私はチームの中でナンバーツーと呼ばれるようになった。経済的には豊かになれた。それでも満たされた気がしなかった。


 きっと先生はそんな私の空白に気づいていた。どういうわけか先生は私にビジネスパートナー以上の特別な感情を抱いていた。だから私をハルトに会わせたのだ。経済的に落ちぶれたハルトを見せることで私が思い出から解放されるために。形のある何かはどれほど優れたモノであっても時間の経過で劣化するが、思い出だけは一生劣化しないから。そんな思い出を上書きするために。私の思いが先生だけに向くようにするために。


 思い出に執着して経済的な豊かさから遠ざかった父との記憶が金への原動力となっている先生だからこそ、思い出が強力な枷になると誰よりも知っていたから。

 結局のところ、先生も私やハルトと同じように経済的な合理性だけですべてを決断できるほど優れてはいなかったのだ。なんて私の想像でしかないのだけどね。


「……本当にいいの?」


 ハルトにまで不思議がられている。もうちょっと喜んでくれてもいいのに。


「いいの。私がしたいことだから。私はハルトを信じるよ」


 そう言うと、自然と私の口元は綻んだ。演技とか打算じゃなくて自然に笑えたのはずいぶん久しぶりのような気がした。

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